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13. 凄いところだった

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 それからは激動の時間だった。

 高級レストランはもう避けられないので、ドレスの試着や美容室での化粧、最低限のマナーなど、朝比奈さんに全てを任せることで私は事を乗り切った。

 ──そして、私の目の前には今日最大の難題が立ちはだかっていた。
 東京都を一望できる高層ビル。その中にある予約制のレストラン。そこに出入りする人は、当たり前だけれど全員が高価そうなドレスコードをしていて、雰囲気も気高いというか、余裕があるというか、多分場慣れしているんだと思う。

「さぁ、私達も行きましょうか」

 朝比奈さんもそれは同じで、普段とは少し違った雰囲気を纏っていた。
 いつもは私に好き好き攻撃をしてくるのに、今は胸を張って堂々としていて、妖艶に笑っている。かっこいいと思ってしまったのは、なんか悔しい。

 差し出された手を握り、レストランに入る。

 中はとても静かで、誰も必要以上の会話をしていない。お洒落なクラシックの音楽だけが店内に響いて、私は異世界へ来たような感覚に陥った。

「朝比奈様、お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」

 何を言わずとも店員さんが出てきて、すぐに店内へ案内される。
 まさかの顔パズだ。店員さんが「いつもありがとうございます」と言っていることから、朝比奈さんはこの店の常連なんだとわかる。

「いつものフルコースを頼むわ。この子は未成年だから、適当なジュースをお願い」
「かしこまりました」

 なんとも居心地が悪い。
 個室だから余計に緊張感が大きくなって、そわそわと視線を彷徨わせてしまう。

「落ち着かない?」
「……見ればわかるでしょう」

 そんな私を面白く思ったのか、朝比奈さんは小さく微笑んだ。

「ふふっ、緊張している梓ちゃんも可愛いわよ。それを見られただけでも、今日ここに来た意味があるわ」
「…………それはどうも」

 反論にキレがないと、自分でもわかる。

 この場の雰囲気が全てを狂わせる。優雅な音楽も、高価なドレスも、この場の雰囲気も、何もかもが初体験だから。
 それを朝比奈さんに言ったら、頬を赤くさせながら「梓ちゃんの初めて貰っちゃった」と返してきたので、殴るのを必死に我慢した私をどうか褒めてほしい。

 落ち着け、私。
 ここは高級レストラン。暴力行為は禁止だ。

「あの、フルコースと言っていましたが、お値段は」
「気にしなくていいわよ。いつも利用しているお店だし、これは梓ちゃんの歓迎会なのだから──っと、そうだわ。ここのケーキも美味しいのよ。ぜひ梓ちゃんにも食べてもらいたいと思っていたの。コース料理の最後にもデザートはあるけれど、家で食べたほうがゆっくりできるでしょう? 今のうちに、持ち帰る分を頼んでおきましょうか」

 どれが食べたい? と差し出されたメニュー表を見て、私は言葉を失った。
 桁が違う。豪華さはもちろんのこと、お値段も……私が知っているケーキではない。でも、やっぱり高級なお店というだけあって、どれも凄く美味しそうだ。

「どれがオススメですか?」

 これは、私一人で決めていいものではない。
 そう思ったから、朝比奈さんのオススメを聞いてみる。

「私? ……うーん、たまに食べたいなと思うのは、このバタークリームかしら。普通のクリームケーキとは違う甘さがあって、味がまろやかなのよ」

 朝比奈さんがオススメするだけあって、本当に美味しそう。
 ……値段は、見なかったことにする。

「では、これにしましょう」
「私に遠慮しないで、梓ちゃんの好きなものを頼んでいいのよ?」

 これを鵜呑みにしてはいけないと、私の経験がそう言っている。
 朝比奈さんなら本当に何でも買ってしまいそうだ。ここは私が気を強く保たないと、遠慮という二文字を無視して彼女は財布を開いてしまう。それだけは避けなきゃ。

「お恥ずかしながら私はケーキを食べたことがないので、どれが美味しいかもわからないんです。なので、朝比奈さんのオススメを食べてみたいです」

 必殺、他人任せ。
 つまり、考えることを放棄したとも言える。

「梓ちゃん……よしっ! 折角だから全部頼みましょう!」
「食べ切れませんから。腐らせるのも申し訳ないので、一つで充分です」

 きっぱりとお断りすれば、朝比奈さんは不服そうに唇を尖らせた。

 私は、多く食べるほうではない。それは彼女も同じで、昨日のお寿司も結局は半分ほど残してしまい、朝ごはんはその残りを消費した。

 その時のことを予想して、ケーキはワンホールだけで充分……いや、それでも一人半分は食べることになるから、多すぎるかも?

「それか、すでに小さく切り分けられている物を色々頼んでみる?」
「いいですね、それ。悩む必要はありませんし、味にも飽きませんから。……あ、それだったら苺のケーキも食べてみたいです」

 初日のデート以降、私の好物に苺がランクインした。
 高級レストランにある苺ケーキだ。美味しくないわけがない。

「本当に気に入ったのね……ふふっ、いいわよ。それにしましょう」

 朝比奈さんは店員を呼び出し、オススメのケーキを適当に注文した。

 自分のオススメだけを頼むのではなく、今日入った品質の良い素材を使ったケーキは何かとか、本日のシェフオススメの物はどれとか、店員に詳しく聞いている。
 その目は割と本気だった。もはやそれは注文ではなく、厳選に近い。

「それじゃあ、先程出したものを包んでくれるかしら?」
「かしこまりました。こちらでご自宅までお届けいたしますか?」
「いいえ、今日は持って帰るわ。帰る時に渡してちょうだい」

 結局、かなりの量になってしまった。
 間違いなくホール一つ分は軽く超えているけれど、小分けなら好きな時に食べられるから、こっちの方が絶対に楽だ。ケーキは何日か保つだろうし、学校のお昼ご飯のデザートとして持っていくのもいいかもしれない。

 脂肪がつくことだけが心配だけど、そこは頑張って動けばいい。エステもあるし。きっと大丈夫だ。…………と、信じたい。

 そういえば、朝比奈さんも良い体型をしているな。本人は「何か特別なことはしていないから、多分エステのおかげよ」と言っていたけど、それだけでは絶対に保てないような抜群のスタイルをしている。
 それは女として羨ましいことで、私も彼女のように綺麗な体型だったら良かったのになと、素直にそう思ってしまう。無い物ねだりだ。

「朝比奈さんって、本当にお綺麗ですよね」
「ふぇっ?」

 それは無意識に口から出ていた。
 自分で言っておきながら驚いたし、言われた本人はもっと驚いている。

 彼女がこんなにも目を丸くさせているのを見るのは初めてで、私はその新鮮さに思わず笑ってしまった。

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