死神は悪役令嬢を幸せにしたい

灰羽アリス

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[1]婚約破棄は突然に

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 どうしてなの、アレク。

「フィオリア、君がこんなことをするなんて……」

 違うと言ったわ。なぜ、信じてくれないの。

「君がルルにした数々のひどい仕打ちは全て知っている」

 どれもこれも、事実無根。何一つ、身に覚えがないわ!

「平民を人とも思わぬ君を、将来の王妃にするわけにはいかない。フィオリア、君との婚約は破棄する」

 ───嘘よ。アレクがこんなの、こんな、

「……け、結婚式の準備が面倒だったのなら、ごめんなさい。これからは相談せず、全部私が準備するわ」

「フィオリア……」

「来月は、隣国へのお披露目パーティーもあるでしょう? 二人でお祝いされるの。お父様もすごく楽しみに……」

「フィオリア!」

「っ────」

 訳が分からなかった。つい先日まで優しかったアレクの視線は射るように鋭くて、彼が腕に抱くストロベリーブロンドの髪の少女は怯えた目を私に向けている。彼らを取り囲む貴公子たちも憎悪をその瞳に滲ませて私を睨んでいる。

「婚約は破棄された。婚約者でもない未婚の女性の入城は禁止されている。即刻立ち去られよ」
 貴公子の一人、宰相の息子のジェファーが言った。
 じゃあ、ルルは? なぜアレクの隣に彼女がいるの……っ!

 

 気づけば自宅の自室にいた。
 王城からどうやって帰ってきたのかわからない。
 何があったのかと詰め寄る侍女のティナに一人にしてと言い放ち、部屋に閉じこもった。

 真っ暗な部屋。ベッドに腰掛ける。
 窓辺から僅かに射し込む月の光。

 おかしいわ。
 アレクがあんなこと、言い出すわけない。甘く蕩ける笑顔をたくさん私にくれた。彼は私を愛してたはずなの。

「うっ、うっ……ぐす」

 私も、彼を心から愛してる。
 だから──我慢していたの!
 彼の隣にルルがベタベタ貼り付いていても、彼がそれに対して何も言わなくても、私とのランチを断って、彼女と楽しそうにサンドイッチを食べているのを見ても、そのうち彼があまり家に訪ねて来てくれなくなっても、パーティーへの随伴をしてくれなくなっても、ダンスの相手をしてくれなくなっても───

 アレクは賢い王太子。だからわかってるはず。何の後ろ盾もない平民の娘を妃にはできないということ。ルルとのあれこれは、全部結婚する前の学生同士のお遊び。だから、卒業すれば自然と私の元に帰ってくる。

 そう思っていたのに……!どうして……っ!!

「うっ、うっ……」

 私に婚約破棄を言い渡しながら、彼女を甘い瞳で見つめるの。その視線は私のものなのに。

 ─────あの女、許さない。 

 あの女がいるから、アレクがおかしくなったのよ。
 あの女さえ消えれば、きっと、アレクは私の元に帰ってきてくれるわ。

 そうよ。あの女さえ、いなくなれば───

「おーっ、怖い怖い」

 男の声がして、ビクリと立ち上がる。

 なに……?

「怨念に取り憑かれた女ほど、怖いものはないな」

 窓辺に真っ黒な人影が立っている。背後の月明かりが眩しくて、顔は見えない。
 男はコツコツと靴を鳴らして近づいてくる。

 誰? 侵入者……? まさか!

「アレクが、暗殺者を差し向けたの……?」

 声が震えた。
 まさか、それほど私が邪魔だというの。どうして、アレク。私が何をしたっていうのよ。あなたのため、立派な婚約者であろうと必死に努力してきたわ!その結果がこれなの?
 
 男の忍び笑いが聞こえた。
 いよいよ目と鼻の先まで近づいた男は、全身黒ずくめだった。顔はローブのフードとお面で隠れている。笑い顔と泣き顔が半分ずつ描かれた珍妙なお面。一目で怪しいとわかる男。

 私、いまからこの人に殺されるのね……

 恐怖で胃がすくみ上がる。呼吸も速まる。

 が、次の瞬間、すっと心が静まった。
 婚約破棄された私には、もう何もない。何の価値もない。王子に捨てられた女として一生笑い者になるでしょう。果ては変態貴族に売り飛ばされて終わり。
 そんな人生になんの意味があるのか。

「…………殺すがいいわ」

 男が一瞬、驚いたような気配を感じる。顔も何も見えないけれど……
 何よ、私を殺しに来たくせに、何を驚いているの。

「殺しなさいよ!早く殺して!!」

 私は側にある戸棚に近づき、護身用の短剣を探り当てる。鞘を取り払い、切っ先を掴んで柄を男に差し出した。手が切れたけれど、かまわない。どうせ、今から死ぬんですもの。

「───まぁまぁ、落ち着きなよお姫様」

 男はおどけるように手を上げる。

「俺は暗殺者じゃないぜ」

 え───?
 
「……いや、ある意味暗殺者と同じか?」
 
「──意味が、わからないわ。私を殺すの、殺さないの」 

「貴女の死には関わるが、殺しはしない」

 男は私から短剣を取り上げると、芝居がかった仕草で礼をした。

「初めまして、フィオリア・ディンバード。私は死神です。あなたを冥府へお連れするためにやってきました。どうぞよろしく」
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