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18 中納言 石上麿足 -いそのかみのまろたり-
しおりを挟む正直、疲れてきた。
別に大した事は何もしてないのに、何故か体力を吸い取られたような気分だ…。
『最後の1人は中納言、石上麿足ですね…』
お姫様も何処か疲れた声をしている気がする。
「いそのかみのまろたり…だな。
中納言ってことは大納言の下だな」
『一応今回の求婚者の中では一番身分が低いです。
…しかし低いと言ってもそれなりの身分です』
「なるほど…」
感覚がバグっているが一般的にみたら小納言でも十分に身分の高い相手のようだが…
それはまぁ…どうでも良いか。
それより…
「燕の子安貝っていうのは…?」
『…燕の子安貝は簡単に言えば、燕が卵と一緒に産出する安産の為の貝のような物です。
これは、見つけることはとても難しいです…』
お姫様は少し複雑そうな声で子安貝について教えてくれる。
『…しかし、見つける事は本当に奇跡に等しい事ですが無くはないです』
無くはない…ってことはあるって事か。
「…え、あるの?」
俺の驚きの声にお姫様は言葉を探しつつ説明してくれる。
『まず、通常の燕から産出する事はありません。
…しかし、ごくごく稀に子安貝を産出する燕は存在します』
「…産出…?」
燕が産むのか…?
『産出と言っても、子安貝を燕が産み出すわけではありません…。』
「…?」
…どういうことだ?
『燕には稀に子安貝を探す能力を持つ者がいるのです…。
…そしてその探し出した物を雌が飲み込んでいるのです』
「…探す能力……飲み込む…?」
つまり、見つけた子安貝を飲み込んで卵と一緒に外に出すのか…?
まるで卵と一緒に産んでいるように見えるが、実際は産んだわけではないらしい…。
『また、子安貝とは別に一部にて有名なのは…傷付いた雛の為に与える燕石と呼ばれる石です。』
「…燕石…?…それは、子安貝とは違うのか?」
『燕石は傷を癒す石の様な物で、海から探してくると伝えられています。
こちらは石の様な見た目をしています』
「燕石…初めて聞いた」
『…そして、あなたの求めた子安貝は子供を安全に産む為の貝のような形をした物で…こちらもまた海から見つけ出してくると伝えられています…』
傷を癒す燕石と、安産の為の子安貝の2種類があるのか…すごいな。
両方の存在自体もすごいが、そんな物を燕が見つけられるという事実に驚いた…。
『しかし燕石を探す能力を持つ燕は稀な上、そんな燕のもとにたまたま傷付いた雛が産まれる確率は低いです…
…それに、たとえ能力を持っていても無事に見つけて帰ってこれるとは限りません…』
能力を持った燕でも確実に見つけれるわけではないのだな…。
傷付いた雛のもとに偶然能力と運を持った燕が居て初めて手に入れる事が出来る石なのか…そりゃ燕石は貴重だな…
じゃあ、子安貝は…?
『…そして、子安貝はさらに希少な物になります』
燕石でも充分希少なのに、子安貝は更に希少なのか…
『燕石は子供が産まれてから子供の為に採りに行きますが、子安貝はツガイの為に採りに行きます』
ツガイ…番か。
燕石は子供の為に、子安貝は番の為に命を懸けて採りに行くのか…
『通常ならツバメは子孫繁栄の為、生命力の強い健康な相手を探しますが、それが損なわれていても…それでもツガいたいと思う相手の為に命をかけて子安貝を探すのです…
…番が健やかに卵を産む事が出来るように…』
…すごい…番への愛だな…。
『しかし、まずこのような相手に巡り合う燕自体がとても稀な事です』
そうだろうな。
『そして、子安貝を探せる燕も貴重です。
…更に…燕石は海全般で見つかる可能性がありますが、子安貝は見つかる可能性のある海が限定されているのです…』
限定されている…それは、ある程度範囲が狭くなるから逆に見つけるには楽なんじゃないか…?
『…子安貝が見つかる可能性のある海が、そもそもこの国の海では無い為ここら辺にいる燕に取りに行く事はまず不可能だとは思っているのですが…』
この国の海には無いのか…
「え、それなら子安貝を見つけて持ってくるなんて無理じゃないか…?」
『…それが、そんな中でも命を懸けて採ってくる燕が存在する為、絶対にないとは言えません』
…奇跡のような事が実際にあるから可能性がないとは言い切れないのか…。
「燕ってすごいんだな…」
『そうですね…』
燕への認識が変わったところで、そんな奇跡の燕を見つける事が出来そうな奴なのか石上麿足を確認してみたくなってきた。
「…とりあえず、石上麿足を見に行ってみるか」
『…そうですね』
最近はすっかり小慣れた影の移動で石上麿足の屋敷を目指す。
「なんか、普通の屋敷だな…」
『ええ…普通…ですね…』
決して貶めているわけではない。
むしろ、心からホッとしている。
もちろん寝殿造の豪華な屋敷なのだが、規模も今までに比べるとそんなに大きくなく、屋敷の中の様子も普通で、なんなら爺さん婆さん達と住んでる屋敷よりも多少地味なくらいである。
屋敷を見てまわると中央の正殿に石上麿足らしき人物が女御らしき者と共に居た。
女御は部屋の端に控えているようだ。
普通の平安貴族っぽい…。
「…」
『…』
なんか、地味だな…。
いや、地味という表現は失礼なのだが、屋敷と同じでごく普通の人に見える。
今までが癖の強い人物が多かったので地味に感じるだけだと思う。
お姫様からの感想も特にないようだ…。
-「燕の巣はまだ出来ぬのか…?」-
-「まだ、知らせは届いておりませぬ…」-
こいつも俺との結婚を諦めてはいないようで燕の巣を探しているみたいだ…。
端に控えた女御が頭を下げつつ返答している。
-「いつになったら燕は巣を作るのだ…」-
-「…どうも、人間を警戒しているようですので少し人手を減らすのがよろしいのではないかと…」-
-「…そうか。では、…そのようにせよ」-
-「…はい」-
石上麿足はため息を吐きつつ会話を続ける。
-「…今まで壊した燕の巣からは何も見つかってないのだな…?」-
-「…残念な事に…」-
-「…はぁ」-
これは…普通の会話か…?
なんだか何が普通なのかがわからなくなってきた…
…そもそも、普通ってなんだよ…
『この者は、燕の巣を探すのに壊して調べているのですね…』
お姫様の少し暗い声に意識が逸れる。
家を壊された燕を不憫に思っているのだろうか…。
…。
「…燕ってさ、同じ巣を何回か使う事もあるけど、巣を見て安全かどうかの確認もしてるらしいからそこまで心配しなくても大丈夫だよ」
燕って頭良いよな。
「それでも大丈夫って思ったら同じ所に作るだろうし、ヤバそうならもっと安全な所を探すだろ…」
現に石上麿足の屋敷周辺には新しく巣を作る燕は居ないようだしな…。
『…そうなのですか?』
お姫様の声が柔らかくなった。
きっと安心したのだろう。
「お姫様って知識に偏りがあるよな…」
『…』
「…」
なんとなく、今お姫様はムッとしている気がする。
『…何ですか?』
「…ははっ」
ムッとした声が聞こえて思わず笑ってしまった。
『何故笑うのですか?』
「…いや、ゴメン。
とりあえず、コイツもしばらくは様子見で良さそうだな」
『…そうですね。燕が巣を作るか新しい燕の巣を見つけるまでは大丈夫でしょう…』
と、いうことで俺とお姫様は今日のところは石上麿足の屋敷から撤収する事にした。
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