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連載
隠れて護衛⑦
戦闘しています、ご注意ください
(一番恐れていたことが)
ホークは内心歯噛みする。
優衣を対人戦から、受ける精神的ショックから、守りたかったのに。
フェリアレーナ王女の襲撃場所には、ビアンカとルージュ、そして自分達が向かい、優衣達はトッパに向かう。そうすれば、優衣達の安全を守れる。と、そう思ったのに。
襲撃場所には、すでにビアンカとルージュが暴れまわり、地面は派手に陥没し、真っ黒なスイカサイズの玉が飛び回っていた。
ノワールが走りたそうにしていた為、馬車の装具を一部だけ外すと、いつもの調子で爆走する。ノワールは賢い、優衣の言うことも、ホークが言うことも、ビアンカとルージュの言うことも聞く。ただ、戦闘が好きすぎる。魔法馬は、戦場を駆ける馬として重宝され、スタミナも馬力も通常の馬よりある。ホーク自身、その騎乗能力故に、数多くの馬と接して来たが、ノワールはいろいろな意味で桁外れだった。優衣達を護衛した時から、優秀だが、随分好戦的な性格だと思っていたが、優衣の従魔となり、遠慮がきれいさっぱりなくなった。自ら戦場を嬉々と走り回る魔法馬なんて、聞いたことない。本来戦場を駆けるのは、騎乗主があっての話だ。
取り敢えず、馬車はチュアンが優衣から預かっていたSサイズのマジックバッグに入れる。
そこはすでに阿鼻叫喚だ。
ビアンカが吼えると、地面から植物の根が飛び出し黒装束達を縛り付け。ルージュが吼えると黒い玉が襲い掛かり、当たると人体から折れる音が響き、黒い触手が縛り上げて地面に叩きつける。
マーファの騎士達は輿入れ馬車の周囲に固まり、展開している。数人が怪我をして、2頭の魔法馬が縄に絡まれもがいている。ビアンカとルージュがいるため、騎士の数人が縄の切断に走っている。魔法馬を拘束している縄は、通常の縄ではないだろう。
「ブヒヒヒヒヒーンッ」
ノワールに向かって投擲される縄。
ブチブチブチブチッ
そんな通常ではない縄を引きちぎりながら走り回るノワール。
あの縄をもろともせずに走り回る。
ビアンカとルージュに向かっても縄や網が放たれるが、全く効果がない。細い糸のように引きちぎりながら、走り回る2体。時折その巨体に当たり、黒装束が撥ね飛ばされている。
(ノワールは大丈夫だろう。邪魔をするような動きはしない)
ホークは騎士達のリーダーと思わしき男性を見つける。
「テイマー、ユイ・ミズサワ様の戦闘奴隷ですッ」
「伺っているッ、助力感謝するッ」
短い応答だが、直ぐにホーク達は展開する。品のよい馬車を守る騎士達に代わり、ホーク達が前に出る。
ホークは弓を構え、容赦なく矢を次々に放つ。チュアン達が治療に回る。マデリーンは杖を構えて火の矢を連発、こちらも容赦しない。ミゲルは魔法馬の方に回る。ホークとマデリーンが応戦しなくても、直ぐにけりがつく、そう思っていた。
ビアンカとルージュを前にして、逃げられる訳がない。実際に動いている黒装束達はほぼいないし、投擲される物も格段に減っている。
弓を構えていると、急にビアンカが方向転換し、街道を爆走していく。
え? と、数人の騎士の口から漏れる。
次の瞬間、ルージュの身体に黒い模様が浮かび上がり、黒い触手が増えて、黒装束達を更に容赦なく縛り付け、森から引きずり出す。一気に勝負を付けようとしている。そして察知する。
優衣達の身に、危険が迫っている。
「ホークッ、行けッ」
「頼むッ」
チュアンの声が響く。ホークは指笛を鳴らし、ノワールを呼ぶ。弓をアイテムボックスに放り込み。ノワールの動きを見ながら、飛び出して屈んだチュアンの肩を踏み台にして飛ぶ。タイミングがずれたら、大怪我ではすまない。
だが、そこは賢いノワール、飛び乗るホークのために僅かに上体を低くする。ホークはノワールの鬣を掴み、何とか飛び乗る。普通ならスピードを落として乗るが、この時ばかりは自身の騎乗能力に感謝しかない。鞍も手綱もないが、振り落とされないようにするのが精一杯だ。ノワール並みの体躯の魔法馬に裸馬状態で乗ること自体が、あり得ないのだが、ホークにはそれをどうにかするだけの能力があった。見送ったマーファの騎士達が、緊急事態にもかかわらず、唖然としてしまう程の高位騎乗能力。
そんなホークは腹の奥底から冷えていく。今回はフェリアレーナ王女の襲撃のはず。後方、下手したらトッパから肉眼で確認できる場所で、控えていた優衣達に危険が迫る訳がないのだ。現在、フェリアレーナ王女の輿入れ行列を受け入れる為に、厳戒態勢が敷かれている。そんななかで、街道で人が襲われれば、総出とまでは言わないが、警備が対応しないわけない。
自分達を救ってくれた優衣とその弟晃太、そして兄が遺してくれたテオとエマ。テオとエマを連れていかなかったのは単に戦力不足だ。単なる盗賊との対人戦とは訳が違う。恐らく暗殺や誘拐等を生業にしているような連中のはず。王女を誘拐しようとするくらいの連中だ。どんな戦闘になるか、分からないのに、経験不足の双子を連れてはいけない。
いろいろ考えられるが、今は優衣達の安全確保が最優先だ。フェリアレーナ王女達、マーファの騎士達にはルージュがいる。なんの問題もない。
振り落とされないように、ノワールの鬣を握り締め直すと、見えてきた、優衣達が。
テオがナイフを構えている。そのテオに向かって、一人の黒装束が迫る。飛び来る火や水の矢を避け、黒装束を切り裂かれながらも、真っ直ぐに。
直感した。テオでは、迎撃できない。一撃ももたない。
たった一人の兄が遺してくれた宝物。
テオをこんな所で喪えば、兄に合わす顔がない。そして自分とエマを命がけで助けてくれた優衣を守る。それが今のホークの全てだ。
ノワールが加速する。
僅かに力が籠ったホークの手を感じて、身体を低くしながら。
ホークは叫ぶ。
「ユイさんっ、目を閉じてーッ」
対人戦を優衣達から守りたかった、そう言ってられないが、せめて、優衣の視野に入れたくない。
人の命が、簡単に刈り取られる瞬間を。
せめて、その瞬間から、優衣を守りたい。自分でさえ、初めて人の命を奪われた瞬間を目の当たりにして、どれだけ参ったか。自分でさえそうなったのに、優衣が耐えられるとは思えなかった。
ホークは不安定な馬上で剣を抜く。
だが、優衣はホークの言葉に反応して、何故かテオを庇うように動いた。
(なんで、目を覆わないっ)
間に合わない、ユイの視界を守るより、何よりも、命を守る。そうしなければならない。
ノワールのスピードに合わせ、魔力を纏わせた剣を振ると、首が飛んだ。
切断面から血が噴き出して、優衣とテオに降りかかる。特にテオを庇っていた優衣は頭から被る。
一番、恐れていたことが。
優衣の表情が凍り付く。スピードを落としたノワールから飛び降りて、呆然と事切れた黒装束を見ている優衣に駆け寄る。もう遅いが、これ以上、見せられないと思い声をかけながら肩に触れようとしたら。
パシッ
払われた。
痛い、ホークは酷く痛みを感じた。それは払われた手ではなく。優衣を対人戦が及ぼすすべての物から、守れなかった不甲斐なさが。
優衣は目だけ動揺しているが、何も聞こえないように、視線をさ迷わせている。パニックを起こしそうな顔だ。
黒装束連中を雷で沈黙させ、駆け寄ってきたビアンカが顔を覗き込むも、全く反応しない。
そしてやっとユイから出た言葉。
「テオ君、怪我はない?」
パニックを起こしそうな自分の心配ではなく、テオの身を案じている。
「ユイさん、俺、大丈夫だから、ユイさん自分の心配してっ」
テオも血を浴びていたが、怪我はないようだ。ただ、優衣の身を案じている。エマは腕を庇いながら優衣に駆け寄るが、優衣は反応しない。晃太は呆然と広がる血の海を見ているが、元気が駆け寄り顔を嘗めて正気に戻る。自分の胸に手を当て深呼吸する。
「姉ちゃん、アップ」
闇の支援魔法だろうか。効果はないよりまし。そうダイチ・サエキが言っていた。
「わぉん、わぉん、わぉん」
「分かっとうって、でもこれが今のわいの精一杯や」
ビアンカが焦ったように晃太と話している。そこに、単騎で誰かが来た。騒ぎを知って先行して来てくれたようだ。挨拶している余裕はない。次に来たのはルージュだ。
ルージュが優衣の顔を覗き込むと、黒いかすみが優衣の身体を包み込んだ。
ぐらり、と優衣の身体が傾げる。ホークはそれを受け止める。
「ルージュ、何ばしたと?」
晃太が焦ったようにルージュに聞いている。
「ガウガウ、ガウガウ」
「あ、そうね。分かった。魔法で眠らせただけだそうです」
そうだろうと思った。ホークは崩れ落ちた優衣の身体を抱えて移動する。エマもテオも5匹の仔達も心配そうに、付いてくる。晃太が出したタオルで優衣の顔を拭くがなかなかきれいに拭き取れない。鼻先を寄せようとしている仔達に、母親2匹から注意が飛ぶ。多分、人の血だから、舐めるな、だろうか。
トッパから警備の者が到着寸前。
周囲を警戒していたビアンカとルージュが、顔を上げる。
「わぅわぅっ、わぅわぅっ」
「ガルゥッ、ガルゥッ」
「はあ? なんなそれ?」
残念ながら、ホークには分からない。
「どうしました?」
「それが、その、黒い人達が、急に死に出したって」
「はっ?」
慌てて見渡すと、黒装束達が痙攣のあとに、弛緩していく。
「口から変な臭いがするって」
「自決用の毒ですよっ」
こういった連中は、歯に薬物を仕込んでいる事がある。非常時には有効で、騎士団でも即効性のポーションを仕込んでいるし、冒険者でもしていることもある。ビアンカの雷でも回復が早かったのは、自決用の毒以外に、ポーションを別の歯に仕込んでいたからだ。
「ど、どうしますか?」
晃太が毒と聞いて、動揺している。
「気絶させるしか…………」
バリバリバリバリバリッ
「わぉん」
「……………分かった。全員、気絶したそうです。今ので、死んどらんよね?」
「わぉん、わぉん」
「そうな」
死んではいないようだ。ただ、これだけ雷撃食らって後々障害にならないだろうか? と思うが、同情はしない。
それから、トッパの警備の者が黒装束連中を拘束していく。
あの縄に絡まれていたエマの手当てをどうしようかと、晃太が悩みだす。エマの腕にはくっきり痕があり、赤く所々で血が滲んでいる。ポーションを全種類を出して、エマはポーションを飲んでいる。
優衣に着いた血を拭いていると、トッパの警備の者が心配してきた。
「治療魔法ができる者を呼びましょう」
「あ、大丈夫です。怪我はありません、ちょっと気絶しているだけですから」
晃太がやんわりお断り。頭から血を被った様子に、納得してくれ、引いてくれる。
転がっていた黒装束連中、死体も全て荷馬車にのせ終えた頃に、フェリアレーナ王女の輿入れ行列が来た。優衣所有の馬車を、別の魔法馬が牽いて、馭者台にはチュアンとマデリーン。ミゲルは別の騎士の後ろに乗せてもらっている。
優衣の様子に血相変えて駆け寄ってくる。チュアンは治療魔法を発動させようとして、晃太が慌てて説明している。
「そうですか、申し訳ありません、動揺してしまい。テオ、お前も返り血か?」
「う、うん………」
先ほどから口を開けず、思い詰めたようなテオの様子に、ホークは気がついていた。初めての対人戦や、目の前で人の首が飛んだことや、護衛対象である優衣に守られた事、ごちゃごちゃなんだろう。
後でフォローしなくては。
一旦、トッパに戻り事情説明をしなければならない。
「コウタさん、事情を聞かれると思います。ユイさんがこの状況なので、ビアンカさんとルージュさんの通訳を」
「はい、分かりました」
馬車に優衣を乗せようと抱え直すと、小さな騒ぎが起きた。
上品な馬車から女性が降りてきた。
その姿に、思わず、息が、止まった。
(一番恐れていたことが)
ホークは内心歯噛みする。
優衣を対人戦から、受ける精神的ショックから、守りたかったのに。
フェリアレーナ王女の襲撃場所には、ビアンカとルージュ、そして自分達が向かい、優衣達はトッパに向かう。そうすれば、優衣達の安全を守れる。と、そう思ったのに。
襲撃場所には、すでにビアンカとルージュが暴れまわり、地面は派手に陥没し、真っ黒なスイカサイズの玉が飛び回っていた。
ノワールが走りたそうにしていた為、馬車の装具を一部だけ外すと、いつもの調子で爆走する。ノワールは賢い、優衣の言うことも、ホークが言うことも、ビアンカとルージュの言うことも聞く。ただ、戦闘が好きすぎる。魔法馬は、戦場を駆ける馬として重宝され、スタミナも馬力も通常の馬よりある。ホーク自身、その騎乗能力故に、数多くの馬と接して来たが、ノワールはいろいろな意味で桁外れだった。優衣達を護衛した時から、優秀だが、随分好戦的な性格だと思っていたが、優衣の従魔となり、遠慮がきれいさっぱりなくなった。自ら戦場を嬉々と走り回る魔法馬なんて、聞いたことない。本来戦場を駆けるのは、騎乗主があっての話だ。
取り敢えず、馬車はチュアンが優衣から預かっていたSサイズのマジックバッグに入れる。
そこはすでに阿鼻叫喚だ。
ビアンカが吼えると、地面から植物の根が飛び出し黒装束達を縛り付け。ルージュが吼えると黒い玉が襲い掛かり、当たると人体から折れる音が響き、黒い触手が縛り上げて地面に叩きつける。
マーファの騎士達は輿入れ馬車の周囲に固まり、展開している。数人が怪我をして、2頭の魔法馬が縄に絡まれもがいている。ビアンカとルージュがいるため、騎士の数人が縄の切断に走っている。魔法馬を拘束している縄は、通常の縄ではないだろう。
「ブヒヒヒヒヒーンッ」
ノワールに向かって投擲される縄。
ブチブチブチブチッ
そんな通常ではない縄を引きちぎりながら走り回るノワール。
あの縄をもろともせずに走り回る。
ビアンカとルージュに向かっても縄や網が放たれるが、全く効果がない。細い糸のように引きちぎりながら、走り回る2体。時折その巨体に当たり、黒装束が撥ね飛ばされている。
(ノワールは大丈夫だろう。邪魔をするような動きはしない)
ホークは騎士達のリーダーと思わしき男性を見つける。
「テイマー、ユイ・ミズサワ様の戦闘奴隷ですッ」
「伺っているッ、助力感謝するッ」
短い応答だが、直ぐにホーク達は展開する。品のよい馬車を守る騎士達に代わり、ホーク達が前に出る。
ホークは弓を構え、容赦なく矢を次々に放つ。チュアン達が治療に回る。マデリーンは杖を構えて火の矢を連発、こちらも容赦しない。ミゲルは魔法馬の方に回る。ホークとマデリーンが応戦しなくても、直ぐにけりがつく、そう思っていた。
ビアンカとルージュを前にして、逃げられる訳がない。実際に動いている黒装束達はほぼいないし、投擲される物も格段に減っている。
弓を構えていると、急にビアンカが方向転換し、街道を爆走していく。
え? と、数人の騎士の口から漏れる。
次の瞬間、ルージュの身体に黒い模様が浮かび上がり、黒い触手が増えて、黒装束達を更に容赦なく縛り付け、森から引きずり出す。一気に勝負を付けようとしている。そして察知する。
優衣達の身に、危険が迫っている。
「ホークッ、行けッ」
「頼むッ」
チュアンの声が響く。ホークは指笛を鳴らし、ノワールを呼ぶ。弓をアイテムボックスに放り込み。ノワールの動きを見ながら、飛び出して屈んだチュアンの肩を踏み台にして飛ぶ。タイミングがずれたら、大怪我ではすまない。
だが、そこは賢いノワール、飛び乗るホークのために僅かに上体を低くする。ホークはノワールの鬣を掴み、何とか飛び乗る。普通ならスピードを落として乗るが、この時ばかりは自身の騎乗能力に感謝しかない。鞍も手綱もないが、振り落とされないようにするのが精一杯だ。ノワール並みの体躯の魔法馬に裸馬状態で乗ること自体が、あり得ないのだが、ホークにはそれをどうにかするだけの能力があった。見送ったマーファの騎士達が、緊急事態にもかかわらず、唖然としてしまう程の高位騎乗能力。
そんなホークは腹の奥底から冷えていく。今回はフェリアレーナ王女の襲撃のはず。後方、下手したらトッパから肉眼で確認できる場所で、控えていた優衣達に危険が迫る訳がないのだ。現在、フェリアレーナ王女の輿入れ行列を受け入れる為に、厳戒態勢が敷かれている。そんななかで、街道で人が襲われれば、総出とまでは言わないが、警備が対応しないわけない。
自分達を救ってくれた優衣とその弟晃太、そして兄が遺してくれたテオとエマ。テオとエマを連れていかなかったのは単に戦力不足だ。単なる盗賊との対人戦とは訳が違う。恐らく暗殺や誘拐等を生業にしているような連中のはず。王女を誘拐しようとするくらいの連中だ。どんな戦闘になるか、分からないのに、経験不足の双子を連れてはいけない。
いろいろ考えられるが、今は優衣達の安全確保が最優先だ。フェリアレーナ王女達、マーファの騎士達にはルージュがいる。なんの問題もない。
振り落とされないように、ノワールの鬣を握り締め直すと、見えてきた、優衣達が。
テオがナイフを構えている。そのテオに向かって、一人の黒装束が迫る。飛び来る火や水の矢を避け、黒装束を切り裂かれながらも、真っ直ぐに。
直感した。テオでは、迎撃できない。一撃ももたない。
たった一人の兄が遺してくれた宝物。
テオをこんな所で喪えば、兄に合わす顔がない。そして自分とエマを命がけで助けてくれた優衣を守る。それが今のホークの全てだ。
ノワールが加速する。
僅かに力が籠ったホークの手を感じて、身体を低くしながら。
ホークは叫ぶ。
「ユイさんっ、目を閉じてーッ」
対人戦を優衣達から守りたかった、そう言ってられないが、せめて、優衣の視野に入れたくない。
人の命が、簡単に刈り取られる瞬間を。
せめて、その瞬間から、優衣を守りたい。自分でさえ、初めて人の命を奪われた瞬間を目の当たりにして、どれだけ参ったか。自分でさえそうなったのに、優衣が耐えられるとは思えなかった。
ホークは不安定な馬上で剣を抜く。
だが、優衣はホークの言葉に反応して、何故かテオを庇うように動いた。
(なんで、目を覆わないっ)
間に合わない、ユイの視界を守るより、何よりも、命を守る。そうしなければならない。
ノワールのスピードに合わせ、魔力を纏わせた剣を振ると、首が飛んだ。
切断面から血が噴き出して、優衣とテオに降りかかる。特にテオを庇っていた優衣は頭から被る。
一番、恐れていたことが。
優衣の表情が凍り付く。スピードを落としたノワールから飛び降りて、呆然と事切れた黒装束を見ている優衣に駆け寄る。もう遅いが、これ以上、見せられないと思い声をかけながら肩に触れようとしたら。
パシッ
払われた。
痛い、ホークは酷く痛みを感じた。それは払われた手ではなく。優衣を対人戦が及ぼすすべての物から、守れなかった不甲斐なさが。
優衣は目だけ動揺しているが、何も聞こえないように、視線をさ迷わせている。パニックを起こしそうな顔だ。
黒装束連中を雷で沈黙させ、駆け寄ってきたビアンカが顔を覗き込むも、全く反応しない。
そしてやっとユイから出た言葉。
「テオ君、怪我はない?」
パニックを起こしそうな自分の心配ではなく、テオの身を案じている。
「ユイさん、俺、大丈夫だから、ユイさん自分の心配してっ」
テオも血を浴びていたが、怪我はないようだ。ただ、優衣の身を案じている。エマは腕を庇いながら優衣に駆け寄るが、優衣は反応しない。晃太は呆然と広がる血の海を見ているが、元気が駆け寄り顔を嘗めて正気に戻る。自分の胸に手を当て深呼吸する。
「姉ちゃん、アップ」
闇の支援魔法だろうか。効果はないよりまし。そうダイチ・サエキが言っていた。
「わぉん、わぉん、わぉん」
「分かっとうって、でもこれが今のわいの精一杯や」
ビアンカが焦ったように晃太と話している。そこに、単騎で誰かが来た。騒ぎを知って先行して来てくれたようだ。挨拶している余裕はない。次に来たのはルージュだ。
ルージュが優衣の顔を覗き込むと、黒いかすみが優衣の身体を包み込んだ。
ぐらり、と優衣の身体が傾げる。ホークはそれを受け止める。
「ルージュ、何ばしたと?」
晃太が焦ったようにルージュに聞いている。
「ガウガウ、ガウガウ」
「あ、そうね。分かった。魔法で眠らせただけだそうです」
そうだろうと思った。ホークは崩れ落ちた優衣の身体を抱えて移動する。エマもテオも5匹の仔達も心配そうに、付いてくる。晃太が出したタオルで優衣の顔を拭くがなかなかきれいに拭き取れない。鼻先を寄せようとしている仔達に、母親2匹から注意が飛ぶ。多分、人の血だから、舐めるな、だろうか。
トッパから警備の者が到着寸前。
周囲を警戒していたビアンカとルージュが、顔を上げる。
「わぅわぅっ、わぅわぅっ」
「ガルゥッ、ガルゥッ」
「はあ? なんなそれ?」
残念ながら、ホークには分からない。
「どうしました?」
「それが、その、黒い人達が、急に死に出したって」
「はっ?」
慌てて見渡すと、黒装束達が痙攣のあとに、弛緩していく。
「口から変な臭いがするって」
「自決用の毒ですよっ」
こういった連中は、歯に薬物を仕込んでいる事がある。非常時には有効で、騎士団でも即効性のポーションを仕込んでいるし、冒険者でもしていることもある。ビアンカの雷でも回復が早かったのは、自決用の毒以外に、ポーションを別の歯に仕込んでいたからだ。
「ど、どうしますか?」
晃太が毒と聞いて、動揺している。
「気絶させるしか…………」
バリバリバリバリバリッ
「わぉん」
「……………分かった。全員、気絶したそうです。今ので、死んどらんよね?」
「わぉん、わぉん」
「そうな」
死んではいないようだ。ただ、これだけ雷撃食らって後々障害にならないだろうか? と思うが、同情はしない。
それから、トッパの警備の者が黒装束連中を拘束していく。
あの縄に絡まれていたエマの手当てをどうしようかと、晃太が悩みだす。エマの腕にはくっきり痕があり、赤く所々で血が滲んでいる。ポーションを全種類を出して、エマはポーションを飲んでいる。
優衣に着いた血を拭いていると、トッパの警備の者が心配してきた。
「治療魔法ができる者を呼びましょう」
「あ、大丈夫です。怪我はありません、ちょっと気絶しているだけですから」
晃太がやんわりお断り。頭から血を被った様子に、納得してくれ、引いてくれる。
転がっていた黒装束連中、死体も全て荷馬車にのせ終えた頃に、フェリアレーナ王女の輿入れ行列が来た。優衣所有の馬車を、別の魔法馬が牽いて、馭者台にはチュアンとマデリーン。ミゲルは別の騎士の後ろに乗せてもらっている。
優衣の様子に血相変えて駆け寄ってくる。チュアンは治療魔法を発動させようとして、晃太が慌てて説明している。
「そうですか、申し訳ありません、動揺してしまい。テオ、お前も返り血か?」
「う、うん………」
先ほどから口を開けず、思い詰めたようなテオの様子に、ホークは気がついていた。初めての対人戦や、目の前で人の首が飛んだことや、護衛対象である優衣に守られた事、ごちゃごちゃなんだろう。
後でフォローしなくては。
一旦、トッパに戻り事情説明をしなければならない。
「コウタさん、事情を聞かれると思います。ユイさんがこの状況なので、ビアンカさんとルージュさんの通訳を」
「はい、分かりました」
馬車に優衣を乗せようと抱え直すと、小さな騒ぎが起きた。
上品な馬車から女性が降りてきた。
その姿に、思わず、息が、止まった。
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歩人(あゆと)侯爵令嬢クラリスは、五年間、兄夫婦の公爵家で三人の御子の保育を任されてきた。表向きは「下女扱い」だったが、彼女の保育記録には毎日の歌・手作りの絵札・夜泣きの記録が綿密に綴られていた。「育児など侍女の手伝い。本物の貴族のすることではないわ」兄嫁の侮辱に、クラリスは保育記録帳を置いて去る。訪ねた先は、妻を亡くした辺境伯ロタールの屋敷だった。彼の娘リーリャは六歳、母を亡くして以来、誰の前でも笑わなかった。「五年、御子さま方を見続けたあなたなら、リーリャの心も読めるだろうか」ロタールの不器用な依頼に、クラリスは静かに頷く。春が来る頃、リーリャは初めて声を上げて笑った。クラリスの隣で、ロタールも気づくと微笑んでいた——五年ぶりに。
【完結済】ワザと醜い令嬢をしていた令嬢一家華麗に亡命する
satomi醜く自らに魔法をかけてケルリール王国王太子と婚約をしていた侯爵家令嬢のアメリア=キートウェル。フェルナン=ケルリール王太子から醜いという理由で婚約破棄を言い渡されました。
もう王太子は能無しですし、ケルリール王国から一家で亡命してしまう事にしちゃいます!
【完結】妹は庶子、文句があるか? 常識なんてぶっ飛ばせ!
青空一夏(ざまぁ×癒し×溺愛)
庶子として公爵家に引き取られたアメリアは、
王立学園で冷たい視線に晒されながらも、ほんの少しの希望を胸に通っていた。
――だが、彼女はまだ知らなかった。
「庶子」の立場が、どれほど理不尽な扱いを受けるものかを。
心が折れかけたそのとき。
彼女を迎えに現れたのは、兄――オルディアーク公爵、レオニルだった。
「大丈夫。……次は、俺が一緒に通うから」
妹を守るためなら、学園にだって入る!
冷酷なはずの公爵閣下は、妹にだけとことん甘くて最強です。
※兄が妹を溺愛するお話しです。
※ざまぁはありますが、それがメインではありません。
※某サイトコンテスト用なので、いつもと少し雰囲気が違いますが、楽しんでいただけたら嬉しいです。