文字の大きさ
大
中
小
360 / 877
連載
確保と依頼⑩
いよいよ明日出発だ。
まずは、朝早くお見送り。
誰を? 山風や金の虎、蒼の麓の皆さんだ。たまたま昨日マルシェで買い物中にばったりハジェル君と会い、今日出発することを聞いた。彼らもカルーラで行われる大討伐に参加するためだ。もう一つCランクの冒険者パーティーがいる。これだけのランクの高いパーティーがただ移動するわけない。しっかり護送やら搬送やらで結構な大所帯だ。カルーラにはアルブレンを経由ではなく、北の国営農場経由すると。でも、私達の方が早く着く。なんといってもぶひひん特急ノワールがいますからね。
色んな人達がお見送りに来ていた。ロッシュさんのご家族やラーヴさんのご家族に初めてお会いしたし。ご挨拶した。ロッシュさんの息子さん達、見事にミニチュアロッシュさんだった。
「あ、ユイさーんっ」
わー、といつもの調子でマアデン君とハジェル君が来た。大丈夫かい? 後ろでロッシュさんがげんこつの体勢に入らないね?
「マアデン君、ハジェル君、気をつけてね」
「「はいっ」」
「おにぎり作って来たけど、荷物にならんかね?」
「「ありがとうございますっ」」
はい、げんこつ。
あいたた、といつもの調子や。それからハジェル君のポケット、元気がはみはみ。
「すみませんユイさん」
と、ロッシュさん。
「いえいえ。お昼にでも食べてください」
「ありがとうございます」
おにぎりは無事にロッシュさんが受け取ってくれた。中身は色々。レーヌサーモンの焼いてほぐしたのや、肉味噌を入れたのや、かしわご飯、波音の釜飯等々。
「私達も明日、アルブレン経由でカルーラに行くんですよ」
「そうなんですね。なら、ユイさん達が先に着いてますね。ノワール君、速そうですし」
「ビアンカとルージュもいますから」
最強ですよ。
穏やかに笑うロッシュさんの後方で、キラキラの青い目発見。アルスさんや。ぺこっ、とすると、アルスさんが、たたた、と来た。ちゃんと準備してますよおにぎり。包みを差し出すと、がっしりと来る前に、ホークさんが立ちはだかる。
『ユイ、あの童、敵意はないのです』
『そうね。ユイを慕っているようね』
嬉か、未成年に慕われる三十路女。
「あ、ホークさん大丈夫ですよ」
軽くにらみ会う2人に、私が言うと、しぶしぶホークさんが退く。
嬉しそうにアルスさんがおにぎりの詰まった袋を持つ、私の手を握る。そんなに嬉かね? もっと作ってくればよかったなあ。じーっと、私を見る青いキラキラの目、あはははん、お肌艶々、十代やあ。
「アルスさん、気をつけてくださいね」
「ユイちゃん、俺、やっぱり、むーっ」
いつの間にか走ってきたファングさんとガリストさんが、アルスさんをあっという間に回収。
「テイマーさん、わざわざありがとうございますっ」
あはは、とひきつった笑顔を浮かべるファングさん。勢いで、近くに来たリィマさんに包みを渡す。
「お昼にでも食べてください」
「ありがとうございます、テイマーさん」
リィマさんが、フリンダさんとぺこりして、連れ去られたアルスさんを追う。
なんやろ?
バタバタしたが、ぼちぼち出発のようや。
そんななか、お久しぶりのシュタインさんが私の元に。少しだけお話がと、言われて、なんやろ? と、続く。思い詰めていたから、何かしらの相談かなと思い、ホークさんには離れてもらった。シュタインさんなら安全だもんね。少し離れた場所にはシュタインさんのご両親らしき夫妻が。うちの両親よりは若そう。
「ユイさん、手を」
思い詰めたようなシュタインさんが言う。
「はい?」
何か、くれるのかな? 飴ちゃん? なわけないよね。
私はそれでも手のひらを出すと、シュタインさんはそれをひっくり返し、手の甲を上にする。なんやろ?
「ユイさん」
「はい」
シュタインさんの表情は変わらない。本当に何かしら、悩んでいるのかな? 私でどうにかできる問題ならよかけど。
「俺は」
「はい」
「貴女に」
「はい」
周りが出発前でざわざわしているから、聞こえてないだろう。ビアンカとルージュには筒抜けだろうが、ざわざわがシュタインさんの声をかき消してくれる。
「ずっと、好意以上の感情を抱いてます」
………………………………………………………?
はい? コウイ? あ、着替えるの更衣? え、着替える? ここで?
シュタインさんの灰色の目が、見たことない程、切なげで鮮烈だ。間抜けな私の顔が、ばっちり写ってる。
「俺は貴女に、好意以上の感情を抱いてます」
もう一度。シュタインさんが繰り返す。
そして、手の甲に、ちゅ、とな。
私の髪が、鬘だったら、吹っ飛ぶような衝撃が走る。
いや、その、シュタインさんが、イケメンさんが、ちゅ、て。あ、外国のテレビや映画で見たことあるやつ。あれよ、あれ。あ、あれれれれ? あれ? え、繰り返すが、ちゅ、てしたよ。
三十路行き遅れ女、水澤優衣、パニック。
ひゃーっ、ひゃーっ、ひゃーっ。
シュタインさんの顔が、まともに見れないーッ。あ、もしかしたら、こちらでも挨拶とかでするの? いや、今まで色んな人達とあったけど、これはなかったはず。なかったはず。うん、なかった。あ、これって、あまりよくないフラグ?
日本人感覚の私には、理解できないこちらの文化なのかなっ。はい、パニックです。か、顔が、熱かーッ。
「やっと、言えた」
シュタインさんは少しだけ、嬉しそうだ。え? なんでや? なんで嬉しそうなんやろ? え? これがしたかっただけ? あら?
なんで? 心臓がばくばくしてますけどっ。わずか数秒で心拍数がーッ。
ロッシュさんがシュタインさんを呼ぶ。いよいよ出発だ。
名残惜しそうに、私の手を離して、ロッシュさんの元に。
それから、大所帯を見送ったが、私はよく覚えてない。
シュタインさんの、ちゅ、の衝撃が一瞬忘れる出来事が起こる。
孤児院に両親を含めて、招待された。ふわふわした私は、着いていくだけ。どうしたん? と、母に聞かれたが、晃太がそっとしとき、と言ってくれた。ビアンカとルージュも心配してくれた。
『ユイが動揺しているのです』
『どうしたの? あの雄、次は噛む?』
「恐ろしいこと言わんと、姉ちゃんには刺激が強すぎただけや。しばらくそっとしとき」
『そうなのですか?』
『心配だわ』
すり寄ってくれる2人を条件反射でもふもふ。
いつの間にか、私は孤児院の庭に設置された椅子に腰かけていた。ずらりと前に並ぶ子供達。院長先生がぺこり。
そして指揮棒を取り出す。
キラキラ光る
と始まる歌。あ、そうや、今日は私達の送別会としてご招待されたんやった。
聞いたことがばっちりある歌。ユリ・サエキ様が伝えた歌。
あ、さっきの衝撃がぶっ飛ぶ。きちんと聞かんと、子供達が歌ってくれとる。歌ってくれとる。歌って、目が、目の奥が熱かーっ。こちらも僅か数秒。いかんっ、子供達が歌ってくれとるっ、最後まで、最後まで聞かんとーッ。目が、目がーッ。必死にこらえる。色んな事が頭の中で走り抜ける。ハジェル君がデニス君の事を教えてくれなければ、孤児院の現状なんて分からなかった。父が設計に携わった新しく綺麗に建て直された孤児院をバックに歌ってくれる子供達。訪れるとビアンカとルージュが悲鳴をあげる子供達。小さい子も、大きい子も歌ってくれとる。うっ、あ、いかん、目が、もたん、我慢我慢。最後まで聞かんと。胸の奥底から暖かくなる。私達がしてきたこと、間違ってなかったんやね。嬉しかあ。子供達歌ってくれとる。私達の為に、涙腺、頑張らんね。
だが隣で母が既に号泣していて、私の涙腺も結局もたず、アイテムボックスからハンカチ引っ張りだした。あがあが、いかん、いかん、顔がひどか状況やーっ。
子供達の心の籠った歌を聞いて、私と母の顔はひどい状況になる。
すっかり元気なデニス君が、記念にと、皆で作ったドライハーブを代表して渡してくれる。あはははん、嬉かあ。鼻までまずい状況や。子供達は、いつも炊き出しをもってくる母に群がる。
「おばちゃん、いつ帰って来るのー」
「おばちゃーん」
「行かないでー」
「早く、帰って来てー」
「おばちゃん、おばちゃん」
母は数年分、涙腺酷使したんやない? まあ、きっと私もやね。
その日の夜。
また、ふわふわとした私は、1人になって今日の事を考え直す。
夕御飯の時、鍋を吹かしてしまいそうになり、危ない危ない。ホークさんが何か言いたげだが、黙って見守ってくれた。両親もおかしい私には、晃太のそっとしとき、で見守ってくれた。ビアンカもルージュもだ。ありがたい。
自室に籠り、私はもんもんとする。このルームの中の個室は、ドアをきちんと閉めたら、外に気配がもれない。ビアンカとルージュがまったく分からないから、そうなんだろう。鼾かいてもへっちゃら。
シュタインさん、なんであんなこと私に言ったんだろう? 素直に考えたら、そうなんだろが、よくよく考えたら私は何かが引っ掛かる。あの時年甲斐もなく興奮していたが、今は冷静に考える。うーん。うーん。何かが、引っ掛かる。シュタインさんは、私の知る限り、ふざけてあんなこと言う人やないし。うーん。何か、引っ掛かる。
ふと、私は箪笥の上にある鏡の中の自分と視線があう。ホークさんからもらった、螺鈿細工の鏡。
「あ、分かった」
この引っ掛かった感じ。そうや、あれや。きっとあれ。
吊り橋効果や。
シュタインさんはあの熊の件で、私に対して勘違いしとるんや。だってシュタインさんを救ったのはエリクサーであり、駆け抜けたビアンカとルージュであり、『神への祈り』である。私が助けたわけやない。だけど、エリクサーの所有者は私やったし、ビアンカとルージュの主人は私であり、『神への祈り』なんて説明してないから完全に勘違いや。
ああ、なんや、そうなんやなあ。
鏡の中の私が言う。
シュタインさんみたいなイケメンさんが、好意を抱くわけない。だって顔、私の顔、丸い顔に団子っ鼻、甘味が詰まったどこぞのヒーローみたいな顔。誰が好きになる?
鏡を持ち、まじまじと自分の顔を見る。うん、甘味が詰まったヒーローや。もやもやした気持ちが、綺麗にパズルが嵌まるように落ち着いてきた。
あれだけ興奮していた気持ちが氷水の様に冷えていく。ちょっとだけ、いや、ちょっとくらいじゃないくらい嬉しいと感じたのは嘘ではないのに。今はそれが恥ずかしくて仕方ない。そんな風に感じた自分が恥ずかしい。
いつか、シュタインさんも気が付くはず。
かつて、私と付き合いそうになったあの人のように。あの時、華憐があの人に色々言ったから、離れたなんて思い簡単に諦めた。従姉妹が「何でなにも言わないの?」って言ったけど。私が諦めた理由は別にもある。
私は鏡を見る。
そう、私は自分に自信がない。
甘味が詰まったヒーローみたいな顔、ちょっとぽっちゃりみたいな体型、特に腰周りね。肌だってきめが細かく、白くもない。髪だってクリーム塗らないとバサバサ。化粧なんてしたら、おかしい顔だし。何か家庭的なことで飛び抜けているものはない。料理のバリエーションもないし、掃除もそこまで得意ではないしね。
私は自分に自信がない、女として、自信がない。
だから、繋ぎ止めておけるなんて思えなかった。少し、距離を置かれただけで、引いた。ぐいぐい行っても、絶対無理だと思って。
だから、シュタインさんはいつか気が付くはず。その時、あの人みたいな目で、私を見るのだろうか? いや、もう華憐はいないから、気まずそうに私を見るのだろう。
だから、私はその時、笑わないと。シュタインさん、やっと、気が付きましたって。笑って言わないと。
………………………惨めや。惨めや、惨めや。なんて惨めや。そしてそんな自分が情けない。
せめて、フェリアレーナ様の1割位の美しさがあれば、こんな惨めな気持ちにならないのだろか?
私は、何を贅沢を思っているのかと、頭を振る。
この今の恵まれた現状。
家族がいて、ビアンカとルージュ達がいて、鷹の目の皆さんがいて、ルームがあって、神様が見守ってくれている。
佐伯ゆりさん達を思う。特に病で亡くなった方は、どんな思いだったろう。もしかしたら、日本の医療があれば結果が違っていたかもしれない。そう思うと私は恵まれている。
考えるの止めよう。
明日から、カルーラに向けて出発や。
気持ちを切り替えよう。切り替えんと。
私は鏡を壁に向けて、ベッドに潜り込んだ。
明日には、気持ちを切り替えよう。
だから、今は、自分の自信の無さに、惨めさに、情けなく感じて、今だけ泣こう。
まずは、朝早くお見送り。
誰を? 山風や金の虎、蒼の麓の皆さんだ。たまたま昨日マルシェで買い物中にばったりハジェル君と会い、今日出発することを聞いた。彼らもカルーラで行われる大討伐に参加するためだ。もう一つCランクの冒険者パーティーがいる。これだけのランクの高いパーティーがただ移動するわけない。しっかり護送やら搬送やらで結構な大所帯だ。カルーラにはアルブレンを経由ではなく、北の国営農場経由すると。でも、私達の方が早く着く。なんといってもぶひひん特急ノワールがいますからね。
色んな人達がお見送りに来ていた。ロッシュさんのご家族やラーヴさんのご家族に初めてお会いしたし。ご挨拶した。ロッシュさんの息子さん達、見事にミニチュアロッシュさんだった。
「あ、ユイさーんっ」
わー、といつもの調子でマアデン君とハジェル君が来た。大丈夫かい? 後ろでロッシュさんがげんこつの体勢に入らないね?
「マアデン君、ハジェル君、気をつけてね」
「「はいっ」」
「おにぎり作って来たけど、荷物にならんかね?」
「「ありがとうございますっ」」
はい、げんこつ。
あいたた、といつもの調子や。それからハジェル君のポケット、元気がはみはみ。
「すみませんユイさん」
と、ロッシュさん。
「いえいえ。お昼にでも食べてください」
「ありがとうございます」
おにぎりは無事にロッシュさんが受け取ってくれた。中身は色々。レーヌサーモンの焼いてほぐしたのや、肉味噌を入れたのや、かしわご飯、波音の釜飯等々。
「私達も明日、アルブレン経由でカルーラに行くんですよ」
「そうなんですね。なら、ユイさん達が先に着いてますね。ノワール君、速そうですし」
「ビアンカとルージュもいますから」
最強ですよ。
穏やかに笑うロッシュさんの後方で、キラキラの青い目発見。アルスさんや。ぺこっ、とすると、アルスさんが、たたた、と来た。ちゃんと準備してますよおにぎり。包みを差し出すと、がっしりと来る前に、ホークさんが立ちはだかる。
『ユイ、あの童、敵意はないのです』
『そうね。ユイを慕っているようね』
嬉か、未成年に慕われる三十路女。
「あ、ホークさん大丈夫ですよ」
軽くにらみ会う2人に、私が言うと、しぶしぶホークさんが退く。
嬉しそうにアルスさんがおにぎりの詰まった袋を持つ、私の手を握る。そんなに嬉かね? もっと作ってくればよかったなあ。じーっと、私を見る青いキラキラの目、あはははん、お肌艶々、十代やあ。
「アルスさん、気をつけてくださいね」
「ユイちゃん、俺、やっぱり、むーっ」
いつの間にか走ってきたファングさんとガリストさんが、アルスさんをあっという間に回収。
「テイマーさん、わざわざありがとうございますっ」
あはは、とひきつった笑顔を浮かべるファングさん。勢いで、近くに来たリィマさんに包みを渡す。
「お昼にでも食べてください」
「ありがとうございます、テイマーさん」
リィマさんが、フリンダさんとぺこりして、連れ去られたアルスさんを追う。
なんやろ?
バタバタしたが、ぼちぼち出発のようや。
そんななか、お久しぶりのシュタインさんが私の元に。少しだけお話がと、言われて、なんやろ? と、続く。思い詰めていたから、何かしらの相談かなと思い、ホークさんには離れてもらった。シュタインさんなら安全だもんね。少し離れた場所にはシュタインさんのご両親らしき夫妻が。うちの両親よりは若そう。
「ユイさん、手を」
思い詰めたようなシュタインさんが言う。
「はい?」
何か、くれるのかな? 飴ちゃん? なわけないよね。
私はそれでも手のひらを出すと、シュタインさんはそれをひっくり返し、手の甲を上にする。なんやろ?
「ユイさん」
「はい」
シュタインさんの表情は変わらない。本当に何かしら、悩んでいるのかな? 私でどうにかできる問題ならよかけど。
「俺は」
「はい」
「貴女に」
「はい」
周りが出発前でざわざわしているから、聞こえてないだろう。ビアンカとルージュには筒抜けだろうが、ざわざわがシュタインさんの声をかき消してくれる。
「ずっと、好意以上の感情を抱いてます」
………………………………………………………?
はい? コウイ? あ、着替えるの更衣? え、着替える? ここで?
シュタインさんの灰色の目が、見たことない程、切なげで鮮烈だ。間抜けな私の顔が、ばっちり写ってる。
「俺は貴女に、好意以上の感情を抱いてます」
もう一度。シュタインさんが繰り返す。
そして、手の甲に、ちゅ、とな。
私の髪が、鬘だったら、吹っ飛ぶような衝撃が走る。
いや、その、シュタインさんが、イケメンさんが、ちゅ、て。あ、外国のテレビや映画で見たことあるやつ。あれよ、あれ。あ、あれれれれ? あれ? え、繰り返すが、ちゅ、てしたよ。
三十路行き遅れ女、水澤優衣、パニック。
ひゃーっ、ひゃーっ、ひゃーっ。
シュタインさんの顔が、まともに見れないーッ。あ、もしかしたら、こちらでも挨拶とかでするの? いや、今まで色んな人達とあったけど、これはなかったはず。なかったはず。うん、なかった。あ、これって、あまりよくないフラグ?
日本人感覚の私には、理解できないこちらの文化なのかなっ。はい、パニックです。か、顔が、熱かーッ。
「やっと、言えた」
シュタインさんは少しだけ、嬉しそうだ。え? なんでや? なんで嬉しそうなんやろ? え? これがしたかっただけ? あら?
なんで? 心臓がばくばくしてますけどっ。わずか数秒で心拍数がーッ。
ロッシュさんがシュタインさんを呼ぶ。いよいよ出発だ。
名残惜しそうに、私の手を離して、ロッシュさんの元に。
それから、大所帯を見送ったが、私はよく覚えてない。
シュタインさんの、ちゅ、の衝撃が一瞬忘れる出来事が起こる。
孤児院に両親を含めて、招待された。ふわふわした私は、着いていくだけ。どうしたん? と、母に聞かれたが、晃太がそっとしとき、と言ってくれた。ビアンカとルージュも心配してくれた。
『ユイが動揺しているのです』
『どうしたの? あの雄、次は噛む?』
「恐ろしいこと言わんと、姉ちゃんには刺激が強すぎただけや。しばらくそっとしとき」
『そうなのですか?』
『心配だわ』
すり寄ってくれる2人を条件反射でもふもふ。
いつの間にか、私は孤児院の庭に設置された椅子に腰かけていた。ずらりと前に並ぶ子供達。院長先生がぺこり。
そして指揮棒を取り出す。
キラキラ光る
と始まる歌。あ、そうや、今日は私達の送別会としてご招待されたんやった。
聞いたことがばっちりある歌。ユリ・サエキ様が伝えた歌。
あ、さっきの衝撃がぶっ飛ぶ。きちんと聞かんと、子供達が歌ってくれとる。歌ってくれとる。歌って、目が、目の奥が熱かーっ。こちらも僅か数秒。いかんっ、子供達が歌ってくれとるっ、最後まで、最後まで聞かんとーッ。目が、目がーッ。必死にこらえる。色んな事が頭の中で走り抜ける。ハジェル君がデニス君の事を教えてくれなければ、孤児院の現状なんて分からなかった。父が設計に携わった新しく綺麗に建て直された孤児院をバックに歌ってくれる子供達。訪れるとビアンカとルージュが悲鳴をあげる子供達。小さい子も、大きい子も歌ってくれとる。うっ、あ、いかん、目が、もたん、我慢我慢。最後まで聞かんと。胸の奥底から暖かくなる。私達がしてきたこと、間違ってなかったんやね。嬉しかあ。子供達歌ってくれとる。私達の為に、涙腺、頑張らんね。
だが隣で母が既に号泣していて、私の涙腺も結局もたず、アイテムボックスからハンカチ引っ張りだした。あがあが、いかん、いかん、顔がひどか状況やーっ。
子供達の心の籠った歌を聞いて、私と母の顔はひどい状況になる。
すっかり元気なデニス君が、記念にと、皆で作ったドライハーブを代表して渡してくれる。あはははん、嬉かあ。鼻までまずい状況や。子供達は、いつも炊き出しをもってくる母に群がる。
「おばちゃん、いつ帰って来るのー」
「おばちゃーん」
「行かないでー」
「早く、帰って来てー」
「おばちゃん、おばちゃん」
母は数年分、涙腺酷使したんやない? まあ、きっと私もやね。
その日の夜。
また、ふわふわとした私は、1人になって今日の事を考え直す。
夕御飯の時、鍋を吹かしてしまいそうになり、危ない危ない。ホークさんが何か言いたげだが、黙って見守ってくれた。両親もおかしい私には、晃太のそっとしとき、で見守ってくれた。ビアンカもルージュもだ。ありがたい。
自室に籠り、私はもんもんとする。このルームの中の個室は、ドアをきちんと閉めたら、外に気配がもれない。ビアンカとルージュがまったく分からないから、そうなんだろう。鼾かいてもへっちゃら。
シュタインさん、なんであんなこと私に言ったんだろう? 素直に考えたら、そうなんだろが、よくよく考えたら私は何かが引っ掛かる。あの時年甲斐もなく興奮していたが、今は冷静に考える。うーん。うーん。何かが、引っ掛かる。シュタインさんは、私の知る限り、ふざけてあんなこと言う人やないし。うーん。何か、引っ掛かる。
ふと、私は箪笥の上にある鏡の中の自分と視線があう。ホークさんからもらった、螺鈿細工の鏡。
「あ、分かった」
この引っ掛かった感じ。そうや、あれや。きっとあれ。
吊り橋効果や。
シュタインさんはあの熊の件で、私に対して勘違いしとるんや。だってシュタインさんを救ったのはエリクサーであり、駆け抜けたビアンカとルージュであり、『神への祈り』である。私が助けたわけやない。だけど、エリクサーの所有者は私やったし、ビアンカとルージュの主人は私であり、『神への祈り』なんて説明してないから完全に勘違いや。
ああ、なんや、そうなんやなあ。
鏡の中の私が言う。
シュタインさんみたいなイケメンさんが、好意を抱くわけない。だって顔、私の顔、丸い顔に団子っ鼻、甘味が詰まったどこぞのヒーローみたいな顔。誰が好きになる?
鏡を持ち、まじまじと自分の顔を見る。うん、甘味が詰まったヒーローや。もやもやした気持ちが、綺麗にパズルが嵌まるように落ち着いてきた。
あれだけ興奮していた気持ちが氷水の様に冷えていく。ちょっとだけ、いや、ちょっとくらいじゃないくらい嬉しいと感じたのは嘘ではないのに。今はそれが恥ずかしくて仕方ない。そんな風に感じた自分が恥ずかしい。
いつか、シュタインさんも気が付くはず。
かつて、私と付き合いそうになったあの人のように。あの時、華憐があの人に色々言ったから、離れたなんて思い簡単に諦めた。従姉妹が「何でなにも言わないの?」って言ったけど。私が諦めた理由は別にもある。
私は鏡を見る。
そう、私は自分に自信がない。
甘味が詰まったヒーローみたいな顔、ちょっとぽっちゃりみたいな体型、特に腰周りね。肌だってきめが細かく、白くもない。髪だってクリーム塗らないとバサバサ。化粧なんてしたら、おかしい顔だし。何か家庭的なことで飛び抜けているものはない。料理のバリエーションもないし、掃除もそこまで得意ではないしね。
私は自分に自信がない、女として、自信がない。
だから、繋ぎ止めておけるなんて思えなかった。少し、距離を置かれただけで、引いた。ぐいぐい行っても、絶対無理だと思って。
だから、シュタインさんはいつか気が付くはず。その時、あの人みたいな目で、私を見るのだろうか? いや、もう華憐はいないから、気まずそうに私を見るのだろう。
だから、私はその時、笑わないと。シュタインさん、やっと、気が付きましたって。笑って言わないと。
………………………惨めや。惨めや、惨めや。なんて惨めや。そしてそんな自分が情けない。
せめて、フェリアレーナ様の1割位の美しさがあれば、こんな惨めな気持ちにならないのだろか?
私は、何を贅沢を思っているのかと、頭を振る。
この今の恵まれた現状。
家族がいて、ビアンカとルージュ達がいて、鷹の目の皆さんがいて、ルームがあって、神様が見守ってくれている。
佐伯ゆりさん達を思う。特に病で亡くなった方は、どんな思いだったろう。もしかしたら、日本の医療があれば結果が違っていたかもしれない。そう思うと私は恵まれている。
考えるの止めよう。
明日から、カルーラに向けて出発や。
気持ちを切り替えよう。切り替えんと。
私は鏡を壁に向けて、ベッドに潜り込んだ。
明日には、気持ちを切り替えよう。
だから、今は、自分の自信の無さに、惨めさに、情けなく感じて、今だけ泣こう。
感想 854
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたので、王都の端で小さな香水店を開きます 〜「匂いしか分からない無能令嬢」と捨てられましたが、実は人の嘘と運命を嗅ぎ分ける王国唯
鳳凰院暁月刃夜婚約破棄されたので、王都の端で小さな香水店を開きます
〜「匂いしか分からない無能令嬢」と捨てられましたが、実は人の嘘と運命を嗅ぎ分ける王国唯一の調香師でした〜
☆あらすじ☆
王太子から婚約破棄され、家族にも見捨てられた公爵令嬢リリアーナ。
妹をいじめた悪女。
匂いしか分からない無能令嬢。
王妃にふさわしくない女。
夜会場でそう笑われた彼女は、すべてを失った――はずだった。
けれどリリアーナの嗅覚は、ただ香りを嗅ぎ分けるだけのものではない。
人の嘘。
隠された悪意。
病の兆し。
呪いの残り香。
そして、運命の匂いまで嗅ぎ分ける、王国唯一の異能だった。
公爵家を出たリリアーナは、亡き祖母が残した王都の端の小さな香水店「夜明けの瓶」を開く。
最初は誰にも見向きされない店だった。
けれど、眠れない少女を救い、毒を盛られた貴婦人を助け、夫婦の嘘をほどいていくうちに、店は王都中の秘密が集まる場所になっていく。
そんな彼女の前に現れたのは、冷血公爵と恐れられる辺境公爵ヴァルト。
彼は王宮由来の呪いに蝕まれていた。
リリアーナは彼の呪いを解くため、契約婚約を結ぶことになる。
不器用すぎる公爵に守られ、時に振り回されながら、彼女は王宮に隠された大きな嘘へと近づいていく。
なぜ王太子は婚約破棄を急いだのか。
なぜ妹は姉を憎み続けるのか。
なぜ王宮には、焦げた薔薇の匂いが漂っているのか。
無能と捨てられた令嬢は、もう誰かの言いなりにはならない。
「私は、私の鼻で生きていきます」
香水店から始まる、婚約破棄令嬢の逆転恋愛ファンタジー。
ざまぁあり、契約婚約あり、冷血公爵の不器用な溺愛あり。
最後には、彼女を捨てた者たちが気づくことになる。
本当に失ってはいけなかったのは、彼女だったのだと。
王妃教育を辞退したら「困る」と国王陛下が直接迎えに来ました ~婚約破棄された私に、王太子ではなく国王陛下が求婚してきます〜
由香【全一話完結】
王太子の心変わりによって婚約を破棄された侯爵令嬢リリアーナ。
十年以上受け続けた王妃教育も辞退し、ようやく自由になれると思っていた。
ところが数日後、侯爵家を訪れたのは国王陛下本人。
「王妃教育を辞退されると困る。私の妃になってほしい」
努力を踏みにじった王太子はすべてを失い、選ばれたのは誠実に生きてきた彼女だった。
これは、年上国王に溺愛されながら、世界一幸せな王妃になるまでの逆転ラブストーリー。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
聖女って無給で無休なんですか?じゃあやらないです
こじまき異世界に聖女として召喚されたイラストレーターのチヒロ。しかし聖女には給料も休みもないことを知って「じゃあやらないです」と聖女就任を断る。
「国と人を救う崇高な仕事には、私どもからの感謝を捧げよう」
「心底いらないです」
異世界でまで、やりがい搾取されてたまるかよ。
※小説家になろうにも投稿しています
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまうリリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、悪役令嬢として断罪された少女が、「誰かの物語の脇役」ではなく、自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
五年も笑わなかった辺境伯の娘が、追放された保育係の令嬢の前で初めて笑った
歩人(あゆと)侯爵令嬢クラリスは、五年間、兄夫婦の公爵家で三人の御子の保育を任されてきた。表向きは「下女扱い」だったが、彼女の保育記録には毎日の歌・手作りの絵札・夜泣きの記録が綿密に綴られていた。「育児など侍女の手伝い。本物の貴族のすることではないわ」兄嫁の侮辱に、クラリスは保育記録帳を置いて去る。訪ねた先は、妻を亡くした辺境伯ロタールの屋敷だった。彼の娘リーリャは六歳、母を亡くして以来、誰の前でも笑わなかった。「五年、御子さま方を見続けたあなたなら、リーリャの心も読めるだろうか」ロタールの不器用な依頼に、クラリスは静かに頷く。春が来る頃、リーリャは初めて声を上げて笑った。クラリスの隣で、ロタールも気づくと微笑んでいた——五年ぶりに。
【完結済】ワザと醜い令嬢をしていた令嬢一家華麗に亡命する
satomi醜く自らに魔法をかけてケルリール王国王太子と婚約をしていた侯爵家令嬢のアメリア=キートウェル。フェルナン=ケルリール王太子から醜いという理由で婚約破棄を言い渡されました。
もう王太子は能無しですし、ケルリール王国から一家で亡命してしまう事にしちゃいます!
【完結】妹は庶子、文句があるか? 常識なんてぶっ飛ばせ!
青空一夏(ざまぁ×癒し×溺愛)
庶子として公爵家に引き取られたアメリアは、
王立学園で冷たい視線に晒されながらも、ほんの少しの希望を胸に通っていた。
――だが、彼女はまだ知らなかった。
「庶子」の立場が、どれほど理不尽な扱いを受けるものかを。
心が折れかけたそのとき。
彼女を迎えに現れたのは、兄――オルディアーク公爵、レオニルだった。
「大丈夫。……次は、俺が一緒に通うから」
妹を守るためなら、学園にだって入る!
冷酷なはずの公爵閣下は、妹にだけとことん甘くて最強です。
※兄が妹を溺愛するお話しです。
※ざまぁはありますが、それがメインではありません。
※某サイトコンテスト用なので、いつもと少し雰囲気が違いますが、楽しんでいただけたら嬉しいです。