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連載
閑話 どれくらい
ヒュルトは本日最後の書類を確認、新たな指示書を作成、サインと魔力、最後に押印。
「あああああぁぁぁぁぁぁぁ」
肩を回すと、ごりごりと音がなる。
日付が変わるような時間、既に夜更け。いつもこの時間までヒュルトは執務をしている。
アレクシアン王子が幽閉されてから、生母である正室は寝込んだまま。ヒュルトは軟弱な、と何度舌打ちしたことか。国母となる正室は、あらゆる覚悟をもって王家に嫁いで来たはず。そのようにしっかり教育を施されたはず。なのに、あの体たらく。本当に病かと何人もの侍医に診せたが、ただの精神的なショックによるものと口を揃える。現在3人の側室達が各地を周り、正室の代行として奔走している。
聖女の厄災で国が傷付いているこの時こそ、国母として国王の妻として采配を振るうのだ。ヒュルトの兄である現国王も、正室が心配だからと執務の半分以上はヒュルトに任せ、正室がいる宮に入り浸っている。
「あの夫婦は、現実逃避しているだけだ」
厄災の聖女を召喚したのは、正室がたった1人産んだ息子。幼い頃身体が弱かったのは確かだが、必要な教育さえ施せば、こんなことにならなかったはず。アレクシアンの周りには苦言を呈する者もいた、いずれ側近候補の彼らは、アレクシアンを思っていたのに。苦言1つで、あっさりと彼らを追放した。結局周りには、ご機嫌取りの腰巾着、アレクシアン王子を裏から操ろうとする親が差し向けたものばかり。
あの召喚さえなければ、ディレナスは穏やかな大国のままでいられたはず。ディレナスの貴重な輸出品である薬草や香辛料を栽培していた薬草園を、破壊しつくしたのは、ディレナス第一王子のアレクシアン元第一王子だ。薬草園だけが被害に遭った訳ではない。隣国の灰害は深刻だ。火の手が及んだ魔の森も壊滅的だ。周辺の町や村は、捨てざるを得ない所もあり、難民が発生した。全部、全部、あの聖女一家のせいだ。
あのバカみたいな究極破壊魔法なんて使わなければ。
すべては聖女召喚して、自分の威光を示そうと軽く考えたアレクシアン元王子。甘やかし続けた、現実から目を背けた国王夫妻。その結果、副王にされたヒュルトにすべての仕事が回ってきた。
紅茶を飲もうと、カップを持つと、中身は空。新たに淹れなおさせるのも面倒だ。ヒュルトは執務室の奥に仮眠室を持っている。ほぼ毎日ここで寝泊まりだ。毎日妻が差し入れを持ち、ヒュルトを訪れる。だが、ヒュルトが多忙の為に、ほとんど会わずに差し入れだけをメイドに渡して帰っていく。
今日は昼も夜も食べていない。差し入れの籠のフキンを取ると、彩り豊かなサンドウィッチが並んでいる。片手で摘まんで食べられる食事だ。ヒュルトは妻に感謝する。明日、この籠を取りに来る。ならば、メッセージカードを添えよう。君には感謝していると。
ワインを一杯だけと思い、メイドを呼ぶベルを鳴らす。なぜか来たのはワインを持ったフィリップだ。
「いつフットマンに転職した?」
「そんな訳ないだろ。そろそろかと思って待っていただけだ」
「私は明日も早いんだ。長話は」
「心配するな。午前休みにしてやったぞ」
と、拳を見せるフィリップ。誰をどう脅したのか、疲れたヒュルトは考えない。ありがたい、ゆっくり眠れる。
「ちゃんと食ってるか? 顔色悪いぞ。娘が色々持たせてくれたから、食え食え」
と、出されたのは野菜中心のお惣菜が並ぶ。ピクルスやキッシュ、ラタトゥイユ、野菜のペースト、ビスケット、燻製チーズ、自家製ハムがびっしりと詰まっている。
「ありがたく頂こう」
ヒュルトも妻の差し入れサンドウィッチを出して、ワインを開けて久しぶりにフィリップと飲んだ。
「薬草園の回復が、順調だな」
フィリップがワインを1口。
「ああ、一か八かだったが、あの闇魔法使いがいい働きをしてくれる」
ヒュルトはまず妻の差し入れサンドウィッチを口にする。
性格に問題がありそうだと聞いていたワーズビートの闇魔法使いは、ただ、好奇心の塊だ。自分の闇魔法でどこまでできるか、それだけの為にちからを尽くしている。
それは聖女一家に、闇魔法で軽い幻覚をかけて、復興作業をさせている。毎日微妙に魔力濃度を変えながら、どれくらい使えるか、動けるか、細々とデータを取っている。
おかげで治療院の治療も順調に進み、闇魔法使いが来て半年で終了した。今は薬草園の復活だ。これが最大課題だ。端の方から、順に大地の再生を行い、2割程の土地が食物が育つようになりそうだと。完全復興には、順調なら5~7年を予想している。
思いつきで呼んだ闇魔法使い。ワーズビートの王族だが、本人は至って気にせず、好きな魔法の研究が出来ると働いてくれる。
研究とは言葉はいいが、人体実験。
対象があの聖女一家のため、ヒュルトは毛ほども罪悪感はない。
ギリギリまで使い潰す。いまでもその考えは変わらない。だから、治療院が終わった後もヒュルトが持つ鍵の解放は行っていない。正解には出来ていない。ヒュルトは首都、華憐達は薬草園と物理的に離れているし、多忙なヒュルトがわざわざ行くわけはない。こちらに華憐達が来ることがあり、ヒュルトが手が空いていれば解除するつもりだ。おそらく何年も先の話になるだろう。
ただ、最近、聖女一家の末っ子の様子がおかしいと報告があった。もたらしたのはフィリップだ。末っ子とは華憐の大学生の妹、紗綺だ。
「あの末っ子は、何か分かったか?」
「ああ」
フィリップはピクルスを一口。
「どうやら、厄災孤児が、あの末っ子を自分の母親だと勘違いしたのが始まりのようだな」
「はあ?」
ヒュルトは傾けようとしたワインを止める。
厄災孤児は、聖女一家が起こした厄災で親を失った子供だ。
「その厄災孤児は生まれつき目が見えなくてな。声で母親を認識していた。その母親は薬草園のスタッフで煙に巻かれて亡くなっている。その母親と声がかなり酷似しているようでな。母親を知っている他のスタッフからも聞いたが、まさに同じ声だと」
その厄災孤児が、紗綺の声を聞いて、泣いてすがってきた。
お母さん、どこに行ってたの? と。
「それで目が覚めたようだ。自分達が何をやらかしたか、な。事の重大さに自覚して怯えて、迫られたように大地の再生をしているようだ。あの阿婆擦れ一家の中で、唯一まともになったな」
「だからと言って許される訳ではない」
「同感」
あの聖女一家の末路は、結局は決まっている。
薬草園の回復、その後の復興事業に最大限使い潰して、断頭台行きだ。
始めはさっさと死刑に、と望む声が出た。だが、労働による刑務をヒュルトは王命として正式発表したこと、治療院がすみ、徐々に薬草園が回復を始めて今は落ち着いている。
「それから、彼女達の話を聞いたか?」
「ああ、ユイさんだろ? まさか本名で冒険者資格を取るとはな。しかもフォレストガーディアンウルフとクリムゾンジャガーだろ?」
ヒュルトはユイ達がディレナスを去った後、一応の捜索はした。華憐一家と比べて、真面目に生産的な生活をしていた優衣一家。アレクシアン元王子の浅慮で、向こうで築き上げてきた生活基盤を奪われた一家に対して、ヒュルトは少なくとも責任を感じていた。そして僅かな間に魔道具と薬の特許を取ったことも大きかった。彼らはきっとディレナスを更に豊かにしてくれる貴重な知識を有していると感じていたからだ。だから探した。
難航した。
それは優衣がルームを使い、晃太と2人で移動しているように装ったからだ。
黒髪の4人家族+小型犬。特にこの小型犬はこちらでは珍しい為に、すぐに見つかるかと思いきや、足取りがさっぱりわからなくなってしまった。あの馬車を手配した、女性職員も、口を閉ざしたままだったから余計に。
国内事情もあり、そう優衣達の捜索に人員を割けず、一旦は諦めようかと思ったが、食い下がったのはフィリップだ。きっと不馴れな世界で、優衣達が困っているはずだからと。情報を集めた。
ユリアレーナに、同姓同名のテイマーがいると。直ぐに探りを入れたら、当人と判明。そして様々な活躍を耳にした。
本当に惜しい人物を手離してしまったとヒュルトは思ったが、すでに手出し出来ない位置にある優衣一家。なぜディレナスに残っているのがあれなのだろうと、何度フィリップと愚痴りあったか。
逃がした魚は大きい。
だが、最初から優衣一家は、ディレナスから出ることを考えていたと思っていた。
せっかくの特許を売り払ったあたりから既におかしいとは思っていた。何よりこちらに来て働きに出ていたのは70近い父親の龍太、そして女の優衣。年齢的に働き盛りの晃太だけが、職に就かなかった。国からかなり好条件の就労の話が出ていたのに、決して頷かない。それは、自分が国に拘束されるのを恐れていたか、ディレナスを出る為に支障を来すからと避けていたのではないかと。
せめて、晃太だけでも、引き込めていたら。サイズ不明のアイテムボックスを持つあの弟だけでも。
「今さら、ディレナスに帰って来てくれなんて、口が裂けても言えん。あのダイチ・サエキが後見人もしているが、ユリアレーナにしても絶対に手離したくない人物のはず。何より、フォレストガーディアンウルフにクリムゾンジャガーだ。無理にすれば、こちらが大怪我する」
「まあな。だが、ユイさんの無事が分かっただけでも良かった」
しみじみとフィリップが呟く。
「お前が直ぐに偽の情報を流したおかげで、これからもユイさんは向こうで暮らせるだろう。感謝する」
「いいさ。お前が頼むなんて、今まで一度もなかったからな」
ヒュルトはピクルスを噛る。
優衣がディレナスを出た後、厄災が起き、フィリップは聖女召喚に優衣一家が巻き込まれたと知った。そして危惧した。短い間だが、華憐達と接したフィリップは、優衣一家に何かしらあの聖女一家が害をなそうとあれこれ言うのでは、と。優衣一家がいれば、自分が保護するが、既に行方が分からなくなっていて、フィリップが頼れるのは、ヒュルトだけだった。
だから、ヒュルトに頼み込んだ。優衣一家を聖女一家の害意からどうにかして守れないか、と。
「大したことはしていないしな。ちょっと情報を流しただけだ」
ヒュルトがしたのは、僅かな情報操作だけ。
働きに出ていた龍太と優衣は、国が派遣した高位調査官。実際には黒髪ではなく、染めて誤魔化していただけで、名前も愛称であったと。いつも護衛騎士を連れていたこと、龍太の確かな知識、優衣の技術もあり、勤め先の研究所と治療院のスタッフは、特に疑いもなく受け入れた。ヒュルトが発表した、聖女一家に虐げられて逃げた一家だとは、誰も結び着けることはなかった。
おかげで、ディレナスの元王子が行った聖女召喚に、巻き込まれた優衣一家がユリアレーナにいる事を知っているのは、僅か数人。
ヒュルト、フィリップ。護衛騎士をしていたディードリアンとイーリス。そして口の固い捜査官のみ。
「いつか、ユイさんにこのディレナスに来てみたい、そう思ってもらえる様な国にしなくてはな」
「それは同感だ。あれだけの従魔を従えたテイマーに、来てもらえたら経済活性にもなるしな。それより何より、まずは薬草園の復活だ。隣国への賠償はまだまだ続く」
「そうだな。引き続きあの阿婆擦れ一家の監視を続ける」
ヒュルトは久しぶりにワインとまともな食事、気を許せる友人がくれた半休で、体を休め、再び執務に邁進した。
フィリップも聖女一家の監視、破壊した魔の森からあふれでた魔物の討伐、こんな状況を狙った盗賊達の討伐と駆け回る。
2人がワインを酌み交わして1年後、久しぶりに首都に戻って来たフィリップとヒュルトの執務室で飲んでいた時、ある知らせが飛び込んできた。
聖女華憐が、厳しい監視をくぐり抜け、ワーズビートの闇魔法使いと共に逃亡した、と。
「あああああぁぁぁぁぁぁぁ」
肩を回すと、ごりごりと音がなる。
日付が変わるような時間、既に夜更け。いつもこの時間までヒュルトは執務をしている。
アレクシアン王子が幽閉されてから、生母である正室は寝込んだまま。ヒュルトは軟弱な、と何度舌打ちしたことか。国母となる正室は、あらゆる覚悟をもって王家に嫁いで来たはず。そのようにしっかり教育を施されたはず。なのに、あの体たらく。本当に病かと何人もの侍医に診せたが、ただの精神的なショックによるものと口を揃える。現在3人の側室達が各地を周り、正室の代行として奔走している。
聖女の厄災で国が傷付いているこの時こそ、国母として国王の妻として采配を振るうのだ。ヒュルトの兄である現国王も、正室が心配だからと執務の半分以上はヒュルトに任せ、正室がいる宮に入り浸っている。
「あの夫婦は、現実逃避しているだけだ」
厄災の聖女を召喚したのは、正室がたった1人産んだ息子。幼い頃身体が弱かったのは確かだが、必要な教育さえ施せば、こんなことにならなかったはず。アレクシアンの周りには苦言を呈する者もいた、いずれ側近候補の彼らは、アレクシアンを思っていたのに。苦言1つで、あっさりと彼らを追放した。結局周りには、ご機嫌取りの腰巾着、アレクシアン王子を裏から操ろうとする親が差し向けたものばかり。
あの召喚さえなければ、ディレナスは穏やかな大国のままでいられたはず。ディレナスの貴重な輸出品である薬草や香辛料を栽培していた薬草園を、破壊しつくしたのは、ディレナス第一王子のアレクシアン元第一王子だ。薬草園だけが被害に遭った訳ではない。隣国の灰害は深刻だ。火の手が及んだ魔の森も壊滅的だ。周辺の町や村は、捨てざるを得ない所もあり、難民が発生した。全部、全部、あの聖女一家のせいだ。
あのバカみたいな究極破壊魔法なんて使わなければ。
すべては聖女召喚して、自分の威光を示そうと軽く考えたアレクシアン元王子。甘やかし続けた、現実から目を背けた国王夫妻。その結果、副王にされたヒュルトにすべての仕事が回ってきた。
紅茶を飲もうと、カップを持つと、中身は空。新たに淹れなおさせるのも面倒だ。ヒュルトは執務室の奥に仮眠室を持っている。ほぼ毎日ここで寝泊まりだ。毎日妻が差し入れを持ち、ヒュルトを訪れる。だが、ヒュルトが多忙の為に、ほとんど会わずに差し入れだけをメイドに渡して帰っていく。
今日は昼も夜も食べていない。差し入れの籠のフキンを取ると、彩り豊かなサンドウィッチが並んでいる。片手で摘まんで食べられる食事だ。ヒュルトは妻に感謝する。明日、この籠を取りに来る。ならば、メッセージカードを添えよう。君には感謝していると。
ワインを一杯だけと思い、メイドを呼ぶベルを鳴らす。なぜか来たのはワインを持ったフィリップだ。
「いつフットマンに転職した?」
「そんな訳ないだろ。そろそろかと思って待っていただけだ」
「私は明日も早いんだ。長話は」
「心配するな。午前休みにしてやったぞ」
と、拳を見せるフィリップ。誰をどう脅したのか、疲れたヒュルトは考えない。ありがたい、ゆっくり眠れる。
「ちゃんと食ってるか? 顔色悪いぞ。娘が色々持たせてくれたから、食え食え」
と、出されたのは野菜中心のお惣菜が並ぶ。ピクルスやキッシュ、ラタトゥイユ、野菜のペースト、ビスケット、燻製チーズ、自家製ハムがびっしりと詰まっている。
「ありがたく頂こう」
ヒュルトも妻の差し入れサンドウィッチを出して、ワインを開けて久しぶりにフィリップと飲んだ。
「薬草園の回復が、順調だな」
フィリップがワインを1口。
「ああ、一か八かだったが、あの闇魔法使いがいい働きをしてくれる」
ヒュルトはまず妻の差し入れサンドウィッチを口にする。
性格に問題がありそうだと聞いていたワーズビートの闇魔法使いは、ただ、好奇心の塊だ。自分の闇魔法でどこまでできるか、それだけの為にちからを尽くしている。
それは聖女一家に、闇魔法で軽い幻覚をかけて、復興作業をさせている。毎日微妙に魔力濃度を変えながら、どれくらい使えるか、動けるか、細々とデータを取っている。
おかげで治療院の治療も順調に進み、闇魔法使いが来て半年で終了した。今は薬草園の復活だ。これが最大課題だ。端の方から、順に大地の再生を行い、2割程の土地が食物が育つようになりそうだと。完全復興には、順調なら5~7年を予想している。
思いつきで呼んだ闇魔法使い。ワーズビートの王族だが、本人は至って気にせず、好きな魔法の研究が出来ると働いてくれる。
研究とは言葉はいいが、人体実験。
対象があの聖女一家のため、ヒュルトは毛ほども罪悪感はない。
ギリギリまで使い潰す。いまでもその考えは変わらない。だから、治療院が終わった後もヒュルトが持つ鍵の解放は行っていない。正解には出来ていない。ヒュルトは首都、華憐達は薬草園と物理的に離れているし、多忙なヒュルトがわざわざ行くわけはない。こちらに華憐達が来ることがあり、ヒュルトが手が空いていれば解除するつもりだ。おそらく何年も先の話になるだろう。
ただ、最近、聖女一家の末っ子の様子がおかしいと報告があった。もたらしたのはフィリップだ。末っ子とは華憐の大学生の妹、紗綺だ。
「あの末っ子は、何か分かったか?」
「ああ」
フィリップはピクルスを一口。
「どうやら、厄災孤児が、あの末っ子を自分の母親だと勘違いしたのが始まりのようだな」
「はあ?」
ヒュルトは傾けようとしたワインを止める。
厄災孤児は、聖女一家が起こした厄災で親を失った子供だ。
「その厄災孤児は生まれつき目が見えなくてな。声で母親を認識していた。その母親は薬草園のスタッフで煙に巻かれて亡くなっている。その母親と声がかなり酷似しているようでな。母親を知っている他のスタッフからも聞いたが、まさに同じ声だと」
その厄災孤児が、紗綺の声を聞いて、泣いてすがってきた。
お母さん、どこに行ってたの? と。
「それで目が覚めたようだ。自分達が何をやらかしたか、な。事の重大さに自覚して怯えて、迫られたように大地の再生をしているようだ。あの阿婆擦れ一家の中で、唯一まともになったな」
「だからと言って許される訳ではない」
「同感」
あの聖女一家の末路は、結局は決まっている。
薬草園の回復、その後の復興事業に最大限使い潰して、断頭台行きだ。
始めはさっさと死刑に、と望む声が出た。だが、労働による刑務をヒュルトは王命として正式発表したこと、治療院がすみ、徐々に薬草園が回復を始めて今は落ち着いている。
「それから、彼女達の話を聞いたか?」
「ああ、ユイさんだろ? まさか本名で冒険者資格を取るとはな。しかもフォレストガーディアンウルフとクリムゾンジャガーだろ?」
ヒュルトはユイ達がディレナスを去った後、一応の捜索はした。華憐一家と比べて、真面目に生産的な生活をしていた優衣一家。アレクシアン元王子の浅慮で、向こうで築き上げてきた生活基盤を奪われた一家に対して、ヒュルトは少なくとも責任を感じていた。そして僅かな間に魔道具と薬の特許を取ったことも大きかった。彼らはきっとディレナスを更に豊かにしてくれる貴重な知識を有していると感じていたからだ。だから探した。
難航した。
それは優衣がルームを使い、晃太と2人で移動しているように装ったからだ。
黒髪の4人家族+小型犬。特にこの小型犬はこちらでは珍しい為に、すぐに見つかるかと思いきや、足取りがさっぱりわからなくなってしまった。あの馬車を手配した、女性職員も、口を閉ざしたままだったから余計に。
国内事情もあり、そう優衣達の捜索に人員を割けず、一旦は諦めようかと思ったが、食い下がったのはフィリップだ。きっと不馴れな世界で、優衣達が困っているはずだからと。情報を集めた。
ユリアレーナに、同姓同名のテイマーがいると。直ぐに探りを入れたら、当人と判明。そして様々な活躍を耳にした。
本当に惜しい人物を手離してしまったとヒュルトは思ったが、すでに手出し出来ない位置にある優衣一家。なぜディレナスに残っているのがあれなのだろうと、何度フィリップと愚痴りあったか。
逃がした魚は大きい。
だが、最初から優衣一家は、ディレナスから出ることを考えていたと思っていた。
せっかくの特許を売り払ったあたりから既におかしいとは思っていた。何よりこちらに来て働きに出ていたのは70近い父親の龍太、そして女の優衣。年齢的に働き盛りの晃太だけが、職に就かなかった。国からかなり好条件の就労の話が出ていたのに、決して頷かない。それは、自分が国に拘束されるのを恐れていたか、ディレナスを出る為に支障を来すからと避けていたのではないかと。
せめて、晃太だけでも、引き込めていたら。サイズ不明のアイテムボックスを持つあの弟だけでも。
「今さら、ディレナスに帰って来てくれなんて、口が裂けても言えん。あのダイチ・サエキが後見人もしているが、ユリアレーナにしても絶対に手離したくない人物のはず。何より、フォレストガーディアンウルフにクリムゾンジャガーだ。無理にすれば、こちらが大怪我する」
「まあな。だが、ユイさんの無事が分かっただけでも良かった」
しみじみとフィリップが呟く。
「お前が直ぐに偽の情報を流したおかげで、これからもユイさんは向こうで暮らせるだろう。感謝する」
「いいさ。お前が頼むなんて、今まで一度もなかったからな」
ヒュルトはピクルスを噛る。
優衣がディレナスを出た後、厄災が起き、フィリップは聖女召喚に優衣一家が巻き込まれたと知った。そして危惧した。短い間だが、華憐達と接したフィリップは、優衣一家に何かしらあの聖女一家が害をなそうとあれこれ言うのでは、と。優衣一家がいれば、自分が保護するが、既に行方が分からなくなっていて、フィリップが頼れるのは、ヒュルトだけだった。
だから、ヒュルトに頼み込んだ。優衣一家を聖女一家の害意からどうにかして守れないか、と。
「大したことはしていないしな。ちょっと情報を流しただけだ」
ヒュルトがしたのは、僅かな情報操作だけ。
働きに出ていた龍太と優衣は、国が派遣した高位調査官。実際には黒髪ではなく、染めて誤魔化していただけで、名前も愛称であったと。いつも護衛騎士を連れていたこと、龍太の確かな知識、優衣の技術もあり、勤め先の研究所と治療院のスタッフは、特に疑いもなく受け入れた。ヒュルトが発表した、聖女一家に虐げられて逃げた一家だとは、誰も結び着けることはなかった。
おかげで、ディレナスの元王子が行った聖女召喚に、巻き込まれた優衣一家がユリアレーナにいる事を知っているのは、僅か数人。
ヒュルト、フィリップ。護衛騎士をしていたディードリアンとイーリス。そして口の固い捜査官のみ。
「いつか、ユイさんにこのディレナスに来てみたい、そう思ってもらえる様な国にしなくてはな」
「それは同感だ。あれだけの従魔を従えたテイマーに、来てもらえたら経済活性にもなるしな。それより何より、まずは薬草園の復活だ。隣国への賠償はまだまだ続く」
「そうだな。引き続きあの阿婆擦れ一家の監視を続ける」
ヒュルトは久しぶりにワインとまともな食事、気を許せる友人がくれた半休で、体を休め、再び執務に邁進した。
フィリップも聖女一家の監視、破壊した魔の森からあふれでた魔物の討伐、こんな状況を狙った盗賊達の討伐と駆け回る。
2人がワインを酌み交わして1年後、久しぶりに首都に戻って来たフィリップとヒュルトの執務室で飲んでいた時、ある知らせが飛び込んできた。
聖女華憐が、厳しい監視をくぐり抜け、ワーズビートの闇魔法使いと共に逃亡した、と。
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