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連載
カルーラへ⑧
「久しぶりだな、ホーク」
「はい、パーヴェル様」
近くの手頃な石に腰かけるパーヴェル。
「どうした、座れ」
「いや、あのパーヴェル様。今の俺は」
「奴隷だろ? 首の制約紋は分かっている。だが、俺は気にしない。だから座れ」
「……………はい、失礼します」
皿の中身を溢さないように座るホーク。
「食べながらでいい、話そう」
「はい」
熱々の野菜を口に運ぶ、優しい甘さが広がる。ディレックスの野菜は甘味がある。肉は冷蔵庫ダンジョン19階のフィレに、ホークが好きななめ茸大根がかかっている。ちゃんと、それが分かって、優衣が準備してくれている。ホークはそれが何より嬉しい。
「で、何があった? お前が奴隷になるようなドジをするとは思えんが」
「実は」
ホークはかいつまんで奴隷になった経緯、ワインの護送依頼、そして爆発。
「よく、生きていたな」
「はい。先代リーダーから譲り受けた鎧と、チュアンの的確な処置のおかげです」
優衣が神への祈りを使ったことは伏せる。
「そうか。あのテイマー殿には、どう言った経緯で買われた?」
「それは、俺の騎乗能力を、ユイさんが必要としてくれて」
「パーティーごと、購入か。太っ腹だな」
パーヴェルは添えられたパンを齧る。
「で、あのテイマーとはどんな関係なんだ? ただの主人と奴隷の関係には見えんぞ」
それは純粋な疑問。妙な勘繰りをしている様子はない。
「それは、おそらく俺達がユイさん達を護衛したことがあって、その時のままなんだと思います」
「護衛? あれがいるのに?」
「ユイさんがビアンカさんとルージュさんと契約したのは、護衛した最後の方です。始めは家族だけだったんです」
「それで、お前を「さん」で呼んでるのか」
「そうですね」
ホークはちょっと騒がしくなっている後ろを見ると、ノワールの横にレディ・ロストークがぴったり張り付いている。ノワールは戸惑い、ぶるぶると鳴く。
「ほう、珍しい、レディ・ロストークが他の馬に興味を示すとはな。どこのギルドの魔法馬だ? ずいぶん好戦的だったが」
ビアンカとルージュの契約の事は広く知られているが、ノワールの場合は保有しているだけと思われている事が多い。
「ノワールもユイさんの従魔です。正式に契約してますよ」
「魔法馬もか。随分デカイが、なあ、あれ、普通の魔法馬じゃないだろう?」
「それは」
この大陸では珍しい戦車馬(チャリオット・ホース)とは言えない。ホークは言葉を濁す。
「ふーん、なら、テイマー殿に頼んでみるか。あの魔法馬にレディ・ロストークの相手をしてもらえないか」
「え?」
「お前のおかげで俺を乗せてはくれるが、他の雄馬は近付けさせん。レディ・ロストークも出産するにはいい歳だ。そろそろ次を考えんといかん。それにレディ・ロストークの仔なら、きっと優秀な魔法馬のはず。俺も可愛がる自信がある」
「それは、主人である、ユイさんに聞いてみないと」
「そうだな。後で話してみるか」
ちらり、とパーヴェルは優衣に視線を送ると、鉄板前でせっせと作業しこちらに気がつかない。近くにいたフォレストガーディアンウルフが、ちらり、とこちらをみて、思わず視線を逸らす。
それを見てホークが苦笑い。多くの男達が、そうやって撃退されてきたのを見ていたからだ。ただ、パーヴェルには優衣に対して下心がないので、牙はしまっていたのだろう。
「しかし、噂は聞いたが予想以上の従魔達だな。本当に助からないかと思った。テイマー殿に感謝だな」
ふと、思い付くようにパーヴェルは呟く。視界の隅で、起きてきた元気を撫でている優衣。何気なくだったが、それはやけに実感が籠っていた。
「いい女だ」
と、ぽろ、と溢れる言葉。
「戦闘して臭い俺達に対して嫌な顔1つしないし、差し出す手に迷いはない、治療の知識も素晴らしいし、技術もある。惜し気もなくポーションを差し出して見返りも求めない」
パーヴェル達騎士団は戦闘後は嫌われる、特に婦女子達に。理由は臭いだ。汗や血、泥、魔物の返り血で強烈に臭いし、何より見た目が汚く見えてしまう。当然それを理解している女性もいるが、よく知りもしない婦女子は帰還した騎士団には近付かない。特に爵位や裕福な家の婦女子は。何度も帰還後にそういった嫌そうな目で見られている。
「気立てもよさそうだし。愛嬌もある。お前達を受け入れる懐もある。従魔がいなくても、出来たいい女だ。誰か、手に」
カタンッ
ホークの皿が鳴る。
つらつらと呟いていたパーヴェルが視線をホークに戻す。
「どうした?」
「い、いえ、何でもありません」
ホークは視線を落としたまま、スプーンを持ち直す。まじまじとそんなホークを見るパーヴェル。
「ふーん、ふーん、お前がなあ」
「何ですか?」
ふーん、と繰り返すパーヴェルは、新しいおもちゃを見つけた、いたずらっ子のような顔。
「部下が娼館に誘っても、断っていて、女に興味がないんじゃないかと話していたが、単なる憶測だったな」
「な、なんの話ですか?」
「だが、断っていたのは本当だろう?」
「確かに断りました。それは宿にパーティーメンバーを残していましたし」
成人したとはいえ、当時15歳という多感な時期の甥と姪がいるのに、娼館帰りになるような無神経なことはできないと思っていたし、それに何よりホークは娼館が苦手だった。歴とした成人男性のホークは、何度かそっちのお姉さんにお世話になったが、どうしても好きになれず、また足を運ぼうと思わなかった。理由は色々あるが、彼女達が纏う匂いだ。商売柄付けるものだが、化粧ときつい香水の匂いがダメだった。結局疎遠となり、ここ数年自家発電で十分済ませている。
「ふーん」
「ですから、何なんですか?」
「お前、あのテイマーに惚れてるだろ」
パーヴェルの指摘にホークは言葉がでない。
「隠しているのか? それで?」
指摘するパーヴェル。
「誰でも分かるような顔して、何を言ってる」
「か、隠していますよっ、ちゃんと」
パーティーメンバーや優衣達の前では、鷹の目のリーダーとしての顔を崩さない。崩さないのだが。パーヴェルはホークが新人時代に世話になった先代鷹の目のリーダー・ワゾーを彷彿とさせた。パーヴェルも面倒見のよいいい上司で、ついついホークも居心地がよく出てしまう。素直な感情が、顔に。
「ふーん。隠してるのか。お前はそれでいいのか?」
「…………何も、パーヴェル様は知らないでしょう?」
戦闘奴隷になった経緯。失った腕の苦痛と自身の死の恐怖、兄が遺してくれた大事な宝物、エマを喪う恐怖。それを優衣は、ポーション中毒死寸前になりながらも、救ってくれた。パーティーを解散せずに済み、ミゲルのキズも治った。晃太にも、優衣の両親も自分達を温かく迎えてくれた。自身の騎乗能力程度で返せない恩がある。
始めは、忠誠を尽くしていた。いつ頃から、ふと、優衣の旦那と間違われて、心地よく感じていると自覚した時だ。きっかけは何気ない日常の中に溢れていた。
ホークが鷹の目のリーダーをしているため、何かあれば真っ先に優衣は相談に来る。いつの間にか、優衣に付き添うのは、ホークだとパーティー内で自然になった。一緒にいる時間が増えて、それにエマとテオが優衣を母親の様に慕っている事も気がついている。そこにホークが加わると勘違いされる。特にテオはホークの若い頃にそっくりだ。長い付き合いのマデリーンとチュアンが、髪の毛以外、新人時代のホークそのものだと言う。だから、勘違いしそうになってしまう。
優衣が母親で、自分が父親で、なんて。始めはそう思うことはなかった。ただ、時間が過ぎていき、あまりにも心地いい居場所。
「ホーク?」
「俺は、ユイさんの戦闘奴隷ですから」
自分に言い聞かせる。
始めに意識したのはノワールの騎乗訓練最中だった。スピードを上げ始めた時、大事な恩人を抱えているからと気合いを入れていた。入れていたが、当の優衣はホークに負担をかけまいと妙に力んでいて、バランスを派手に崩した。
咄嗟に胴体に腕を回した。
むに。
柔らかい、柔らかくて、弾力のあるものを掴んでしまった。あ、と思った瞬間、優衣の後頭部が顎にクリーンヒット。
「ヴッ」
「す、すみません、すみませんホークさんっ」
「い、いえ、大丈夫です…………」
必死に誤魔化して、何事もないように装った。体を支える為とはいえ、仕方ないとはいえ、まさか主人の胸をがっつり、むに、なんてしたとバレたらビアンカとルージュの牙の餌食になるか、メンバー達に捨てられる。エマに、痴漢、何て言われてら立ち上がれない。当の優衣は直ぐに前方をむいたので、バレてないようだ。良かった、ばれてない、むに、ばれてないと思ったが。
優衣の耳が、リンゴの様に真っ赤になっている事に気がついた。初めて、意識した瞬間だ。その後も、むに、があったり、腰に腕を回したらその腕にぽよんぽよんと当たるし。ソルトのアイアンゴーレムの時に負傷し、優衣にキズを見てもらっていた時。ノワールが軽く背中を押した。ぽふっ、と顔から突っ込んだ。柔らかい、柔らかい感触。血が逆流するような感覚。当の優衣はまったく分かっていない。必死に誤魔化した。自分を誤魔化した。これは違うと。そして思い出して自家発電して、激しく後悔し、どれだけ懺悔したい気持ちになったか。
言い聞かせながらも、何気なく見せる優衣の表情を見て、少しずつだが、胸が温かくなる。孤児達と遊び、エマとテオを連れてマルシェを回る後ろ姿、リティアと真剣に話す姿、襲撃された夜に見せた涙も、元気のために指示を飛ばす姿も、何もかも、ホークの胸を温かくさせた。春の祭りで咄嗟に買った鏡、高額だったが、優衣の嬉しそうな顔に、どれだけほっとしたか。同時に、自分も嬉しくなった。
だが、自分は戦闘奴隷、優衣は主人だ。従魔はドラゴン一撃のフォレストガーディアンウルフとクリムゾンジャガー。しかもあの元最高ランク冒険者、ダイチ・サエキが後見人。
到底、手が届かない。
だから、こんな温かくなる感情は抱いてはいけないのだと、何度も言い聞かせて、誤魔化して。
それを崩したのは先日のこと。
カルーラに向かう知り合い冒険者の見送りの時。顔立ちのいい、灰色の目の冒険者が、優衣の手にキスをした。ビアンカとルージュが近くにいるのに。
その瞬間、ホークの中で、何か、ヤスリをかけたような違和感が生まれた。
自分が、嫉妬したのだと思った時に、やっと誤魔化し続けた気持ちに気がついた。あの灰色の目の冒険者が言っていたように。自分も、内心抱えていた感情。
優衣に、命の恩人に、戦闘奴隷が、好意以上の感情を抱いている。
だが、どう逆立ちしても自分は戦闘奴隷に過ぎないのだ。
毎朝、鏡を見て写る奴隷紋。
嫌でも実感させられる。
奴隷でなくても、可能性が低いのに。ただ、自分は、ノワールに乗れるだけで、そばにいられるだけ。
「俺は、奴隷ですから」
ホークは自嘲するように呟いた。
聞いたパーヴェルは黙ったまま、そんなホークを見ていた。
「はい、パーヴェル様」
近くの手頃な石に腰かけるパーヴェル。
「どうした、座れ」
「いや、あのパーヴェル様。今の俺は」
「奴隷だろ? 首の制約紋は分かっている。だが、俺は気にしない。だから座れ」
「……………はい、失礼します」
皿の中身を溢さないように座るホーク。
「食べながらでいい、話そう」
「はい」
熱々の野菜を口に運ぶ、優しい甘さが広がる。ディレックスの野菜は甘味がある。肉は冷蔵庫ダンジョン19階のフィレに、ホークが好きななめ茸大根がかかっている。ちゃんと、それが分かって、優衣が準備してくれている。ホークはそれが何より嬉しい。
「で、何があった? お前が奴隷になるようなドジをするとは思えんが」
「実は」
ホークはかいつまんで奴隷になった経緯、ワインの護送依頼、そして爆発。
「よく、生きていたな」
「はい。先代リーダーから譲り受けた鎧と、チュアンの的確な処置のおかげです」
優衣が神への祈りを使ったことは伏せる。
「そうか。あのテイマー殿には、どう言った経緯で買われた?」
「それは、俺の騎乗能力を、ユイさんが必要としてくれて」
「パーティーごと、購入か。太っ腹だな」
パーヴェルは添えられたパンを齧る。
「で、あのテイマーとはどんな関係なんだ? ただの主人と奴隷の関係には見えんぞ」
それは純粋な疑問。妙な勘繰りをしている様子はない。
「それは、おそらく俺達がユイさん達を護衛したことがあって、その時のままなんだと思います」
「護衛? あれがいるのに?」
「ユイさんがビアンカさんとルージュさんと契約したのは、護衛した最後の方です。始めは家族だけだったんです」
「それで、お前を「さん」で呼んでるのか」
「そうですね」
ホークはちょっと騒がしくなっている後ろを見ると、ノワールの横にレディ・ロストークがぴったり張り付いている。ノワールは戸惑い、ぶるぶると鳴く。
「ほう、珍しい、レディ・ロストークが他の馬に興味を示すとはな。どこのギルドの魔法馬だ? ずいぶん好戦的だったが」
ビアンカとルージュの契約の事は広く知られているが、ノワールの場合は保有しているだけと思われている事が多い。
「ノワールもユイさんの従魔です。正式に契約してますよ」
「魔法馬もか。随分デカイが、なあ、あれ、普通の魔法馬じゃないだろう?」
「それは」
この大陸では珍しい戦車馬(チャリオット・ホース)とは言えない。ホークは言葉を濁す。
「ふーん、なら、テイマー殿に頼んでみるか。あの魔法馬にレディ・ロストークの相手をしてもらえないか」
「え?」
「お前のおかげで俺を乗せてはくれるが、他の雄馬は近付けさせん。レディ・ロストークも出産するにはいい歳だ。そろそろ次を考えんといかん。それにレディ・ロストークの仔なら、きっと優秀な魔法馬のはず。俺も可愛がる自信がある」
「それは、主人である、ユイさんに聞いてみないと」
「そうだな。後で話してみるか」
ちらり、とパーヴェルは優衣に視線を送ると、鉄板前でせっせと作業しこちらに気がつかない。近くにいたフォレストガーディアンウルフが、ちらり、とこちらをみて、思わず視線を逸らす。
それを見てホークが苦笑い。多くの男達が、そうやって撃退されてきたのを見ていたからだ。ただ、パーヴェルには優衣に対して下心がないので、牙はしまっていたのだろう。
「しかし、噂は聞いたが予想以上の従魔達だな。本当に助からないかと思った。テイマー殿に感謝だな」
ふと、思い付くようにパーヴェルは呟く。視界の隅で、起きてきた元気を撫でている優衣。何気なくだったが、それはやけに実感が籠っていた。
「いい女だ」
と、ぽろ、と溢れる言葉。
「戦闘して臭い俺達に対して嫌な顔1つしないし、差し出す手に迷いはない、治療の知識も素晴らしいし、技術もある。惜し気もなくポーションを差し出して見返りも求めない」
パーヴェル達騎士団は戦闘後は嫌われる、特に婦女子達に。理由は臭いだ。汗や血、泥、魔物の返り血で強烈に臭いし、何より見た目が汚く見えてしまう。当然それを理解している女性もいるが、よく知りもしない婦女子は帰還した騎士団には近付かない。特に爵位や裕福な家の婦女子は。何度も帰還後にそういった嫌そうな目で見られている。
「気立てもよさそうだし。愛嬌もある。お前達を受け入れる懐もある。従魔がいなくても、出来たいい女だ。誰か、手に」
カタンッ
ホークの皿が鳴る。
つらつらと呟いていたパーヴェルが視線をホークに戻す。
「どうした?」
「い、いえ、何でもありません」
ホークは視線を落としたまま、スプーンを持ち直す。まじまじとそんなホークを見るパーヴェル。
「ふーん、ふーん、お前がなあ」
「何ですか?」
ふーん、と繰り返すパーヴェルは、新しいおもちゃを見つけた、いたずらっ子のような顔。
「部下が娼館に誘っても、断っていて、女に興味がないんじゃないかと話していたが、単なる憶測だったな」
「な、なんの話ですか?」
「だが、断っていたのは本当だろう?」
「確かに断りました。それは宿にパーティーメンバーを残していましたし」
成人したとはいえ、当時15歳という多感な時期の甥と姪がいるのに、娼館帰りになるような無神経なことはできないと思っていたし、それに何よりホークは娼館が苦手だった。歴とした成人男性のホークは、何度かそっちのお姉さんにお世話になったが、どうしても好きになれず、また足を運ぼうと思わなかった。理由は色々あるが、彼女達が纏う匂いだ。商売柄付けるものだが、化粧ときつい香水の匂いがダメだった。結局疎遠となり、ここ数年自家発電で十分済ませている。
「ふーん」
「ですから、何なんですか?」
「お前、あのテイマーに惚れてるだろ」
パーヴェルの指摘にホークは言葉がでない。
「隠しているのか? それで?」
指摘するパーヴェル。
「誰でも分かるような顔して、何を言ってる」
「か、隠していますよっ、ちゃんと」
パーティーメンバーや優衣達の前では、鷹の目のリーダーとしての顔を崩さない。崩さないのだが。パーヴェルはホークが新人時代に世話になった先代鷹の目のリーダー・ワゾーを彷彿とさせた。パーヴェルも面倒見のよいいい上司で、ついついホークも居心地がよく出てしまう。素直な感情が、顔に。
「ふーん。隠してるのか。お前はそれでいいのか?」
「…………何も、パーヴェル様は知らないでしょう?」
戦闘奴隷になった経緯。失った腕の苦痛と自身の死の恐怖、兄が遺してくれた大事な宝物、エマを喪う恐怖。それを優衣は、ポーション中毒死寸前になりながらも、救ってくれた。パーティーを解散せずに済み、ミゲルのキズも治った。晃太にも、優衣の両親も自分達を温かく迎えてくれた。自身の騎乗能力程度で返せない恩がある。
始めは、忠誠を尽くしていた。いつ頃から、ふと、優衣の旦那と間違われて、心地よく感じていると自覚した時だ。きっかけは何気ない日常の中に溢れていた。
ホークが鷹の目のリーダーをしているため、何かあれば真っ先に優衣は相談に来る。いつの間にか、優衣に付き添うのは、ホークだとパーティー内で自然になった。一緒にいる時間が増えて、それにエマとテオが優衣を母親の様に慕っている事も気がついている。そこにホークが加わると勘違いされる。特にテオはホークの若い頃にそっくりだ。長い付き合いのマデリーンとチュアンが、髪の毛以外、新人時代のホークそのものだと言う。だから、勘違いしそうになってしまう。
優衣が母親で、自分が父親で、なんて。始めはそう思うことはなかった。ただ、時間が過ぎていき、あまりにも心地いい居場所。
「ホーク?」
「俺は、ユイさんの戦闘奴隷ですから」
自分に言い聞かせる。
始めに意識したのはノワールの騎乗訓練最中だった。スピードを上げ始めた時、大事な恩人を抱えているからと気合いを入れていた。入れていたが、当の優衣はホークに負担をかけまいと妙に力んでいて、バランスを派手に崩した。
咄嗟に胴体に腕を回した。
むに。
柔らかい、柔らかくて、弾力のあるものを掴んでしまった。あ、と思った瞬間、優衣の後頭部が顎にクリーンヒット。
「ヴッ」
「す、すみません、すみませんホークさんっ」
「い、いえ、大丈夫です…………」
必死に誤魔化して、何事もないように装った。体を支える為とはいえ、仕方ないとはいえ、まさか主人の胸をがっつり、むに、なんてしたとバレたらビアンカとルージュの牙の餌食になるか、メンバー達に捨てられる。エマに、痴漢、何て言われてら立ち上がれない。当の優衣は直ぐに前方をむいたので、バレてないようだ。良かった、ばれてない、むに、ばれてないと思ったが。
優衣の耳が、リンゴの様に真っ赤になっている事に気がついた。初めて、意識した瞬間だ。その後も、むに、があったり、腰に腕を回したらその腕にぽよんぽよんと当たるし。ソルトのアイアンゴーレムの時に負傷し、優衣にキズを見てもらっていた時。ノワールが軽く背中を押した。ぽふっ、と顔から突っ込んだ。柔らかい、柔らかい感触。血が逆流するような感覚。当の優衣はまったく分かっていない。必死に誤魔化した。自分を誤魔化した。これは違うと。そして思い出して自家発電して、激しく後悔し、どれだけ懺悔したい気持ちになったか。
言い聞かせながらも、何気なく見せる優衣の表情を見て、少しずつだが、胸が温かくなる。孤児達と遊び、エマとテオを連れてマルシェを回る後ろ姿、リティアと真剣に話す姿、襲撃された夜に見せた涙も、元気のために指示を飛ばす姿も、何もかも、ホークの胸を温かくさせた。春の祭りで咄嗟に買った鏡、高額だったが、優衣の嬉しそうな顔に、どれだけほっとしたか。同時に、自分も嬉しくなった。
だが、自分は戦闘奴隷、優衣は主人だ。従魔はドラゴン一撃のフォレストガーディアンウルフとクリムゾンジャガー。しかもあの元最高ランク冒険者、ダイチ・サエキが後見人。
到底、手が届かない。
だから、こんな温かくなる感情は抱いてはいけないのだと、何度も言い聞かせて、誤魔化して。
それを崩したのは先日のこと。
カルーラに向かう知り合い冒険者の見送りの時。顔立ちのいい、灰色の目の冒険者が、優衣の手にキスをした。ビアンカとルージュが近くにいるのに。
その瞬間、ホークの中で、何か、ヤスリをかけたような違和感が生まれた。
自分が、嫉妬したのだと思った時に、やっと誤魔化し続けた気持ちに気がついた。あの灰色の目の冒険者が言っていたように。自分も、内心抱えていた感情。
優衣に、命の恩人に、戦闘奴隷が、好意以上の感情を抱いている。
だが、どう逆立ちしても自分は戦闘奴隷に過ぎないのだ。
毎朝、鏡を見て写る奴隷紋。
嫌でも実感させられる。
奴隷でなくても、可能性が低いのに。ただ、自分は、ノワールに乗れるだけで、そばにいられるだけ。
「俺は、奴隷ですから」
ホークは自嘲するように呟いた。
聞いたパーヴェルは黙ったまま、そんなホークを見ていた。
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