15 / 118
第一章 辺境伯領
灯火
しおりを挟む「…………お帰りなさいませ」
近年稀に見る無表情でヨアキムが出迎えた。
一旦砦に戻り馬車で帰宅したが、馬車に揺られてナガセはすっかり眠ってしまった。ナガセを肩に担ぎ、「今戻った」とか言ってもなんだか格好がつかない。玄関ホールで同じく待っていた使用人が、それはそれは残念そうな顔でこちらを見ている。
いや、俺のせいではないぞ!?
帰りが遅いので気を利かせたのか、ヨアキムがエーリクを先に寝かせていた。大分ごねたらしいが。
「オーウェンの店で酒を間違えて飲んだようだ」
もう、それしか言えない。
「左様でございますか」
あなたが付いていながら? と言われている気がする。いや多分言われている。
「替わりますか」
「いや、大丈夫だ。このまま部屋に連れていく」
外套も脱がず、居た堪れない俺はナガセを担いだまま部屋へ向かう。ウルが当然のように着いてくる。
部屋に入り、ベッドへ寝かせた。
しかしなんて軽い身体だろう。これではすぐに倒れてしまう。ナサニエルに言って栄養価の高い食事にしてもらわねば。
「おい起きろナガセ、服ぐらい脱げ」
仰向けでムニャムニャ言っているナガセの足を取って靴紐を解き、脱がせる。
オーウェンの店で働くことになったら、本当に気を付けなければならない。こんなに酔っ払ってしまっては、おかしな奴に連れて行かれてしまう。やはり迎えをやらなければいけないな。
―――ナガセの自立。
別に何も考えていない訳ではない。
ただ、まだ早いと思っているだけだ。言葉も不自由で子供で、誰かの庇護のもとで暮らさなければならないだろう。
仕事を覚えるのもこの国に慣れてからでいいと思っていた。まだ、外に出なくていいと。
だがアルベルトに、選択肢を与えていないと言われた。その通りだ。
まだ自分のそばに置いて、守ってやりたいと思っている。だからこそ、まだ何も教えていなかった。帰宅してナガセと二人で過ごす夜のひと時を、もう少し。
自分にだけ見せる笑顔をもう少し。
この手の中で独占したいと思ってしまった。
「ナガセ」
呼びかけるとうーんと返事はするが、全く動く気配がない。仕方なく外套を脱がせた。その拍子に、コロンと向こうへ身体が転がった。本当に軽い。
今日はクラウスの弟のお下がりだと言うハイネックセーターを着ている。ナガセは首元が隠れる服を好んでよく着ているが、確かにこんなに細ければ寒いだろうな。
「脱がすぞ」
セーターのまま寝かせる訳にはいかない。
ナガセの身体を再度仰向けにしてすっぽりとセーターを抜き取った。
身体が細いナガセは、何を着ても大きいらしく、いつもブカブカの服になってしまう。今度一緒に街へ行って丁度いいものを買ってやろう。
「ナガセ」
寒いから布団に入れと促すが、はい、と返事をするだけで全く動かない。
「まったく…」
仕方なくまた抱えようとして、ふとナガセの薄い肩に目が止まった。
軍の支給品である肌着が大きすぎるらしく、衿ぐりから片方の肩が出ている。ベッドサイドに置かれているライトに照らされて、ナガセの白く薄い肩が艶やかに光る。
首は細く長く、短い髪が美しい頸や耳元を顕にしていた。
酒で酔っているからかほんのり色付いた頬が、白い肌を強調している。薄っすらと目を開けたナガセが俺をぼんやり見つめた。
「レオニダス」
囁くように名を呼んで黒曜石の瞳をユラユラと揺らめかせる。
俺はゆっくりナガセの顔の両側に手をつき、その艶やかに光る黒曜石の瞳をじっと見下ろした。
そっと色付いた頬に掌を添え、親指で柔らかな頬をなでる。
ふふ、とナガセは笑って掌に擦り寄った。
濡羽のような髪を撫でる。サラサラと手触りのいいそれは、灯りを受け艶やかに輝いている。
髪を撫でているのか、頭を撫でているのか。
ただずっと、こうしてナガセが眠りに就くまで撫でてやりたい。そう思った。
黙って撫で続けていると、やがてナガセは気持ちよさそうに瞳を閉じた。
このままでは風邪をひくと、ナガセの腰あたりを持ち上げ、掛け布団をサッと抜き取る。そのまま布団で包もうとして、視界に飛び込んでくるナガセの細い腰。
肌着が捲り上がり、細く薄い腹が顕になる。持ち上げた時の柔らかさが驚くほど繊細で。
直に触れた腰の暖かな体温が自分の内側に広がる気がした。抜き取った布団を今度こそナガセにかけて、ぎゅうぎゅうに巻き付ける。
「むー!」
頭まで布団を被ったナガセが何やら抗議の声を上げた。
ベッドから立ち上がり、ウルを呼ぶと、すぐにベッドに上がりナガセに寄り添う。ウルの重みと体温に安心したのか、もぞもぞと少し動いた後、やがてまた、すうすうと静かに寝息を立て始めた。
「ヨアキム」
私室に戻りヨアキムを呼んで、食事と共に酒も用意するよう伝えた。
応援ありがとうございます!
20
お気に入りに追加
1,368
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる