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「……まあ、とりあえず、諸々のことを棚上げにしておいて、だな」
「はい」
「そもそも、お前には死霊術の心得なんか無かったはずだろう? どうやって私を復活させた?」

 死霊術どころか、魔術の素養すら無かったはずだ。

 ちなみに、魔術の素養が無いのは私も同じである。

 魔術とはつまり、人外の法だ。そう簡単に行使できるものではない。死霊術となれば、なおさら禁忌に触れる邪法である。

 邪法に堕ちた者は討伐対象だ。私も騎士団を率いて、人々の生活を脅かす死霊と幾度も戦った。スケルトン、グール、レイス、ゴースト、デュラハン。

 白く乾いた骨をカタカタ言わせながら、壁のように群がるスケルトンの大軍と交戦したこともある。聖別された水を振り撒き、祈りによって強化された剣で叩き斬る。取れる戦法といえば、基本的にそれしかなかった。そして、それで十分に通用する相手だったのだ。より強大で高位の不死者、ネクロマンサーやリッチと相対していれば、話は別だっただろうが。

(今、目の前にいるこいつは、私が初めて見る不死魔術師リッチになってしまったわけだが)

 スケルトンレベルを相手どるのであれば、生者を相手にするよりも気が張らない。何せ、相手はすでに死んでいるのだから。敢えて非情な言い方をするとしたら、戦闘というより片付け作業という感さえあった。

 そんな経験を積んだお蔭か何かなのか、我々聖アウジェニスタ騎士団の中に怪談を恐れる者は一人もいなくなり、年度末の恒例肝試しでは、脅かし役は幽霊や死者ではなく、恨みを持った元妻や元夫、借金取りやストーカーに化けて、騎士団全体を渾沌と恐怖と悲哀の渦に叩き込んでいたものだが……いや、それこそ話が逸れた。

 とにかく、生者のように動く、意志あるアンデッドを生み出すのは、生半可の技ではないのだ。

「学びました。習得は容易でした。私は天才なので」
「天才だったのか……」

 グランのつむじを見下ろしながら、私は唸った。

 しばし間を置いてから突っ込む。

「……いや、何の天才だ、お前は」
「総長に対する執念の天才というか」
「それは天才の分野じゃないな」

 白眼になるしかない。私は身体にしっかりと毛布を巻き付けながら、元副官を糾弾した。

「……いや、天才だろうが何だろうが、こんなに趣味に走った不死者を造る奴がいるか!」
「何か、お気に召しませんでしたか」
「とぼけるな! こんな……こんな胸を」

 毛布の上からでも分かる、たわわな二つの膨らみを指し示して、私は叫んだ。

「上官を勝手に巨乳に改造するな!!!」






 最 低 最 悪。

 百年の恋も冷めようというものだ。いや、私はそもそもグランに恋などしていないのだが。

 万が一、恋人同士であったなら破局だし、夫婦なら離婚だろう。

 それぐらい酷い。

(この変態め)

 なるほど、グランが死霊術の天才だとか言う、たわけた発言は一分の真実を含んでいるのかもしれない。私は屍鬼ゾンビでも食屍鬼グールでもなく、自律行動し完全な肉体を持つ死者としてこの世に蘇った。問題は、完全な肉体とやらに、望んでもいない余計なものが付け足されていることなのだが……

「……お前が巨乳好きだという話は聞いたことが無かったが」
「巨乳そのものに関心はありません。以前から、総長の貧乳には大変そそられていました。立派な騎士であり大人の女性でありながら少女のような胸という組み合わせが非常に扇情的だと」
「よし、まずは一発殴らせろ」

 これは殴るしかないだろう。

 かつての私であれば、部下の妄言に対して過酷な特訓シゴキと隔離刑をもって対処するのだか、今の私にその権限はない。かといって、こいつをただ野放しにしておくわけにもいかない。世の為、人の為にならない。

 というわけで、殴った。

 数分後。

「……で、何故こうなった?」

 なんとか気を取り直した私は、話を仕切り直すべく腕組みをしていた。

 ふんわり、むっちりと盛り上がる双丘が存在を主張して、たいそう邪魔である。本当に余計なものを付け足してくれたものだ。今後、戦うたびに慣れない重みが掛かって、面倒なことになる未来しか見えない。

「勝手に巨乳にされて戸惑う総長や、おぼつかない手付きで○○○○や○○○○をしてくれる総長を想像してみたところ、あまりに愉悦でしたので。込み上げる欲望に勝てませんでした」
「…………」

 私は無言で毛布をたくし上げ、露わになった脚で、渾身の蹴りを元副官に叩き込んだ。




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