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【悲報その5】進化するにも時と場合を弁えるべき
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「若様。これ以上は、ちょっと……思い留まった方が」
「若、本当にやるんですかい……?」
「いくらなんでも、これは……」
恐る恐る、というような声が聞こえてきます。
野太いだみ声、無骨な武人の声、かすれた男の声。
ルクセルドの背後に群れなしている「家臣団」たちの声です。めいめい、鉄斧や大剣や弩を構えた屈強な男たちなのですが、その強面に浮かんでいるのは、まるで子鹿のごとく戸惑い怖気づいた表情です。
ルクセルドは未だ、アスクィード家当主とは言えません。ただ、次代の当主として教育されている、というだけのことです。ですが、それこそ十三歳のときから手足となる小兵団を率い、彼らを伴って戦場での経験を積んできました。普通の貴族ではない……つまり、それがアスクィード流、ということです。
その、長らくルクセルドに付き従って苦楽を共にしてきた部下たちが、今のルクセルドに対して腰が引けている、つまりドン引きしているのです。これは本当に異常事態です。
(い、いえ、そんなことを悠長に考えている場合ではないわ)
今の私、罠にかかった小動物よろしく、網を掛けられて地面に転がされています。
(き、きつい……)
ここ数日、毎回毎回、私が変身するのを見計らったかのように、ルクセルドは姿を現しました。冷たく光る刃物を向けられ、もっと冷たい目に睨まれて、正直、何回かは命の終わりを覚悟したぐらいです。それでも、これまでは何とか逃げ延びていたのですが。
今回のルクセルドは戦闘準備に入る前に、問答無用で網を投げ掛けてくることを選んだようです。
身動きすればするほど、絡みついて締まる網。もがくたびに、変身したせいでふんわりと短くなったスカートの裾が捲れてしまいそうで、どうにも気が気ではありません。もちろん、それよりも、剥き出しの腿に食い込む網の方がまずい、というか、痛いのですが……食い込んだ跡が残ってしまいそうです。
「……」
ルクセルドは黙って、鞘に納めたままの剣を持ち上げました。
そのまま、くい! と私の腿を突きます。
鞘に納めたままなので、傷は付きませんし、鈍い鉄の重みを感じるだけなのですが、
「ル、ルクセルド?」
私は息を呑んで、喉奥の「ヒッ」という声を抑えました。
ずりずりと網ごとお尻を動かして、後ろに逃れようとします。無理です、無理……! 無様にもがく私を見下ろしながら、ルクセルドが再び私の腿をぐりぐりと突きました。
「……普段人に見せないような箇所が丸見えですね。義姉上の辞書に、慎みという言葉はないんですか?」
「わ、私はこの戦闘服を初めて見たときに、常識を越えた可愛さというものを知ったのです! 私が可愛いと思って着ているのだからいいのですわ!」
「……へえ。気に入りませんね」
くいっ、くい、ぐいぐい。
鉄の鞘が容赦なく私の腿を突きます。痛くはないのですが、そのたびに衝撃で私の息が弾みました。声は出したくないので、何とか堪えているのですが……「はあぁ~」「う、うわあ……」なぜか、ルクセルドの背後で兵たちがめいめい溜息を漏らし、顔を覆ったり呻いたりしているようです。
な、何事?
「若様こそ正義と、これまで信じてきたのに……」
「家に帰って、『パパー、今日も悪を倒した?』と娘に聞かれたら何と言えばいいんだ……」
「公衆の面前でこんな……堂々と辱めプレイをするなんて、斬新すぎる」
……今、聞き捨てならない単語が聞こえませんでした?
しかし、私の正気が削り取られて無くなる前に、唐突に救いの手が現れました。
「しっかりするにゃ! 負けるでないにゃ!」
「猫ちゃん……!」
ふに、とした肉球の手が、私の肩を柔らかく揺さぶります。
ああ、癒やし……猫ちゃん……救われる、と私が思った瞬間、
「右射手、あの生き物の頭を狙え。左、脚を撃って動きを止めろ」
「ル、ルクセルド?!」
「ひ、非力なマスコットキャラに向かって、何という鬼畜の所業にゃん!」
鬼。
義弟は鬼でした。
これは流石の私もドン引きです。
ひらりと矢を躱した子猫は、全身の毛をふーっと逆立てて、
「この拗らせシスコン、思春期童貞、そんなにスカートの丈が気になるなら定規片手に風紀委員でもやってろにゃ!」
「しすこん……ふうきいいん……?」
意味の分からない単語が多い、気がします。
訳の分からない言葉の奔流に、私が翻弄されてぼうっとしている間にも、子猫は甲高い声で憎々しげに毒づきました。
「お前なんか、お前なんか、黒タイツにギチギチに踏み付けられて喜んでろにゃ! それがお似合いにゃ! ……さあ、お前、新たな力を授けるから第二の変身形態を披露するのにゃ!」
「え? え? え?」
どういうことでしょうか……しかし、流されることにそこそこ定評のある私、子猫に言われるままに網の中でごそごそと変身の印を組みました。
「へ、変身! 戦闘形態、ドレスオン!」
眩い光が私の全身を包み込みます。
「くっ」
光と風に煽られて目を細めるルクセルド、頭や顔を庇う兵士たち。
そして、強烈な光が去ったその後には……
「ヒロイン戦闘服第二形態、黒タイツのお姉さんにゃ!」
腰のラインを余すところなく表すミニのタイトスカート、禁欲的に留め付けられた喉元までの襟、そして黒タイツ……
「わ、悪い子はお姉さんがお仕置きしちゃうぞ☆」
……何ということでしょう。何も考えず、「言わなければならない」と感じた台詞を口走ってしまいました。何かの強制力ですか?
「……」
沈黙が落ちます。
ルクセルドはカチャリと音を立てて、剣を鞘から抜き放ち、
「……悪を断つ。アスクィード流最終奥義、悪、滅断刃!」
一切の容赦が感じられない斬撃を、私に向けて食らわせてきました。
「若、本当にやるんですかい……?」
「いくらなんでも、これは……」
恐る恐る、というような声が聞こえてきます。
野太いだみ声、無骨な武人の声、かすれた男の声。
ルクセルドの背後に群れなしている「家臣団」たちの声です。めいめい、鉄斧や大剣や弩を構えた屈強な男たちなのですが、その強面に浮かんでいるのは、まるで子鹿のごとく戸惑い怖気づいた表情です。
ルクセルドは未だ、アスクィード家当主とは言えません。ただ、次代の当主として教育されている、というだけのことです。ですが、それこそ十三歳のときから手足となる小兵団を率い、彼らを伴って戦場での経験を積んできました。普通の貴族ではない……つまり、それがアスクィード流、ということです。
その、長らくルクセルドに付き従って苦楽を共にしてきた部下たちが、今のルクセルドに対して腰が引けている、つまりドン引きしているのです。これは本当に異常事態です。
(い、いえ、そんなことを悠長に考えている場合ではないわ)
今の私、罠にかかった小動物よろしく、網を掛けられて地面に転がされています。
(き、きつい……)
ここ数日、毎回毎回、私が変身するのを見計らったかのように、ルクセルドは姿を現しました。冷たく光る刃物を向けられ、もっと冷たい目に睨まれて、正直、何回かは命の終わりを覚悟したぐらいです。それでも、これまでは何とか逃げ延びていたのですが。
今回のルクセルドは戦闘準備に入る前に、問答無用で網を投げ掛けてくることを選んだようです。
身動きすればするほど、絡みついて締まる網。もがくたびに、変身したせいでふんわりと短くなったスカートの裾が捲れてしまいそうで、どうにも気が気ではありません。もちろん、それよりも、剥き出しの腿に食い込む網の方がまずい、というか、痛いのですが……食い込んだ跡が残ってしまいそうです。
「……」
ルクセルドは黙って、鞘に納めたままの剣を持ち上げました。
そのまま、くい! と私の腿を突きます。
鞘に納めたままなので、傷は付きませんし、鈍い鉄の重みを感じるだけなのですが、
「ル、ルクセルド?」
私は息を呑んで、喉奥の「ヒッ」という声を抑えました。
ずりずりと網ごとお尻を動かして、後ろに逃れようとします。無理です、無理……! 無様にもがく私を見下ろしながら、ルクセルドが再び私の腿をぐりぐりと突きました。
「……普段人に見せないような箇所が丸見えですね。義姉上の辞書に、慎みという言葉はないんですか?」
「わ、私はこの戦闘服を初めて見たときに、常識を越えた可愛さというものを知ったのです! 私が可愛いと思って着ているのだからいいのですわ!」
「……へえ。気に入りませんね」
くいっ、くい、ぐいぐい。
鉄の鞘が容赦なく私の腿を突きます。痛くはないのですが、そのたびに衝撃で私の息が弾みました。声は出したくないので、何とか堪えているのですが……「はあぁ~」「う、うわあ……」なぜか、ルクセルドの背後で兵たちがめいめい溜息を漏らし、顔を覆ったり呻いたりしているようです。
な、何事?
「若様こそ正義と、これまで信じてきたのに……」
「家に帰って、『パパー、今日も悪を倒した?』と娘に聞かれたら何と言えばいいんだ……」
「公衆の面前でこんな……堂々と辱めプレイをするなんて、斬新すぎる」
……今、聞き捨てならない単語が聞こえませんでした?
しかし、私の正気が削り取られて無くなる前に、唐突に救いの手が現れました。
「しっかりするにゃ! 負けるでないにゃ!」
「猫ちゃん……!」
ふに、とした肉球の手が、私の肩を柔らかく揺さぶります。
ああ、癒やし……猫ちゃん……救われる、と私が思った瞬間、
「右射手、あの生き物の頭を狙え。左、脚を撃って動きを止めろ」
「ル、ルクセルド?!」
「ひ、非力なマスコットキャラに向かって、何という鬼畜の所業にゃん!」
鬼。
義弟は鬼でした。
これは流石の私もドン引きです。
ひらりと矢を躱した子猫は、全身の毛をふーっと逆立てて、
「この拗らせシスコン、思春期童貞、そんなにスカートの丈が気になるなら定規片手に風紀委員でもやってろにゃ!」
「しすこん……ふうきいいん……?」
意味の分からない単語が多い、気がします。
訳の分からない言葉の奔流に、私が翻弄されてぼうっとしている間にも、子猫は甲高い声で憎々しげに毒づきました。
「お前なんか、お前なんか、黒タイツにギチギチに踏み付けられて喜んでろにゃ! それがお似合いにゃ! ……さあ、お前、新たな力を授けるから第二の変身形態を披露するのにゃ!」
「え? え? え?」
どういうことでしょうか……しかし、流されることにそこそこ定評のある私、子猫に言われるままに網の中でごそごそと変身の印を組みました。
「へ、変身! 戦闘形態、ドレスオン!」
眩い光が私の全身を包み込みます。
「くっ」
光と風に煽られて目を細めるルクセルド、頭や顔を庇う兵士たち。
そして、強烈な光が去ったその後には……
「ヒロイン戦闘服第二形態、黒タイツのお姉さんにゃ!」
腰のラインを余すところなく表すミニのタイトスカート、禁欲的に留め付けられた喉元までの襟、そして黒タイツ……
「わ、悪い子はお姉さんがお仕置きしちゃうぞ☆」
……何ということでしょう。何も考えず、「言わなければならない」と感じた台詞を口走ってしまいました。何かの強制力ですか?
「……」
沈黙が落ちます。
ルクセルドはカチャリと音を立てて、剣を鞘から抜き放ち、
「……悪を断つ。アスクィード流最終奥義、悪、滅断刃!」
一切の容赦が感じられない斬撃を、私に向けて食らわせてきました。
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