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父親が横領の罪で捕まらなかったIFバージョン
第2話 同期との別れ
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何曲か踊って満足した後、二人は軽食などが取れるスペースに移動した。
少し喉が渇いたし、卒業パーティーで出される軽食の豪華さは語り継がれており、それを楽しみにして卒業までの過程を乗り切る者がいるほどだ。
そこは既に、休憩に来た卒業生たちで賑わっていた。
「ユージーン!こっちに来いよ。・・・・イルゼ・・・さんも。」
よくユージーンと一緒にいるのを見かける生徒が、声を掛けてくる。
「良いか?」
「もちろん。」
ユージーンは礼儀正しく、イルゼに確認をしてくれる。
「ユージーン!次席おめでとう。」
「ギル。君こそ、卒業おめでとう。」
ガッチリと握手して、お互いをたたえ合う友人同士。
ギルと呼ばれた友人は、今度はイルゼの方を見た。
「イルゼさんも、首席おめでとう。我らが栄えある首席卒業生と、握手させていただけますか。」
そう言って、手を差し出される。
その表情は、心からイルゼを称えてくれていた。
「イルゼで良いよ。喜んで。」
イルゼも笑顔で手を差し出して、握手をする。
「ありがとう、イルゼ。・・・・ああ、こんなに簡単なことだったんだな。本当は、ずっと話しかけてみたいと思っていたんだけど、君の実力に恐れをなしてしまって。・・・気後れしてたんた。僕なんか相手にされないかもしれないって。」
「そんなこと、あるはずないだろう。」
「本当に、そうだったみたいだ。もっと早く話しかければ良かった。」
その言葉に、胸に温かいものが広がっていく。
騎士団に入る事だけを考えて、日々鍛錬に打ち込んできたイルゼは、一人でいることが苦ではなかった。
本音を言うと、身軽に動けるので楽ですらあった。
でも、友人と相談しあったり、教えあったり。そんな学生時代も、もしかしたら悪くなかったのかもしれない。
「ユージーンと今日パートナーになったと聞いて驚いたよ。君にはとっくにパートナーがいるものだと思っていた。」
「まさか。ユージーン以外には誘われたこともないよ。直前まで一人で参加する予定だった。」
「本当に!?しまったな、玉砕覚悟で誘うべきだった。」
そんな軽口を交わしていると・・・・。
「そこまでだ、ギル。」
不機嫌そうに眉を寄せたユージーンが、ギルとイルゼの間に割って入る。
同期との友人のような会話に夢中になって、パートナーを放ってしまっていたようだ。
「ははははっ。冗談だよ、ユージーン。お前がギリギリまで誘えないでいるから、もう僕が誘っちゃおうかとは思ったけどね。」
「ギルッ!」
ははははーと笑いながら、ギルは退散していった。
少し離れた場所で、とても可愛らしく、ギルにお似合いのパートナーが待っていた。そのご令嬢のところへ戻ったのだ。
――――完全に面白がって、からかわれただけようだ。
「イルゼさん、私とも握手してもらえませんか。」
「その次は僕と!」
「ユージーン。握手してくれ。」
「君たちと同期であることは、俺たちの誇りだ。」
ギルが退散すると、様子を伺っていた周囲の者達が一斉に押し寄せてきた。
昨日までのイルゼだったら、ちょっとだけ面倒だと思ったかもしれないし、何か裏があるのかと疑ったかもしれない。
でも今日、ユージーンやギルと話して、少し考えが変わった。
一人一人の顔を見渡す。あまり話したことはなくても、何度も協力して訓練をこなした顔が、いくつもあった。
「もちろん、嬉しいよ。」
そう言って、心を込めて、順番にガッチリと握手をしていく。
今日が永遠の別れというわけではない。
同じ国直属の騎士団に所属している以上、これからも会うこともあるし、協力していくこともあるだろう。
これから友人となるのでも、遅くはない。
イルゼとユージーンは、3年間苦楽を共にした同期の友人達と、ゆっくりと別れを惜しむ時間を過ごした。
「楽しそうだな。」
「うん、すごく楽しい。」
同期との握手大会も一段落し、少し休憩できる場所を探す。
ダンスも十分踊ったし、同期との会話も楽しめた。
パーティーも終盤で、卒業式からの疲れもあるのか、帰る者もポツポツと出始めている。
でも楽しくて、嬉しくて、イルゼはもう少しだけ、この空間を楽しみたかった。
ユージーンはそれを分かってくれているのか、バルコニーの方を指さす。
雨の日の訓練で、何度も使用したホールは、綺麗に飾り付けられていても、様子を知り尽くしている。
あのバルコニーの外には綺麗な庭があり、今日は無数のキャンドルでライトアップされているはずだ。
何人か先客が見えるが、混んでいると言うほどでもない。空いているテーブルもありそうだ。
「やあユージーン。そんな女をパートナーに連れているのはお勧めしないな。」
さっそくバルコニーへ向かおうとした時だった。囁くような、そんな声が掛けられたのは。
「何だと?」
「大きな声では言えないけどね、その女の父親に横領の疑惑があったそうだ。残念ながら証拠は握りつぶされてしまったようだけど。平民の出で副団長になるなんて、汚い手を使ってないわけないじゃないか。」
イルゼはその男に見覚えがあった。確か同期の一人だ。
ホワホワとした楽しさが吹き飛んでしまう。少し浮かれすぎていたようだ。
気を引き締めて、感情を律する。
大丈夫。心にさざ波すら立たない。
「その女も。平民の女なんかが首席だなんておかしいと思わないか?俺達二人で抗議すれば・・・。」
「すまない、イルゼ。先に行っていてくれないか。ああ、ギルの奴がいる。」
まだ話を続けている男を無視して、ユージーンがバルコニーの方を指さす。
よく見るとそこにはギルがいて、不穏な空気を感じ取ったのか、心配気にこちらの様子を伺っている。
「でも・・・。」
「少し話があるんだ。頼む。」
イルゼを追い出して二人で悪口・・・・・ということは、ないだろう。
それはないと確信できるぐらいには、ユージーンのことを信頼していた。
きっとイルゼの為に怒ってくれている。
「分かった。」
信頼して、それだけを言うと、イルゼは一人で先にバルコニーへ向かった。
「ユージーン!この後少し時間はあるかい?実は握りつぶされたと言われている証拠の一部を、父上が保管して・・・・・・・ぐぅ!!!?」
何を勘違いしたのか、嬉しそうに言い寄ってくる男の胸ぐら・・・・のもっと上。襟ぐりを掴んで、不快な言葉をユージーンは止めた。
角度的に、他の者達には見えないように、掴む腕をその男自身の身体の影に隠す。
「黙れ。お前の父親は証拠の捏造の天才のようだな。脅された第4騎士団の団員が、寸前で寝返っていなければ、全員が騙されるところだった。」
「な・・・う・・・おれ・・・は・・・・君のため・・・・に。」
「お前も父親も、無事で済むと思うなよ。」
「そ・・・・・そん・・・な・・・・カハッアッ。」
ユージーンが手を離すと、その男は苦しそうにカヒュカヒュと空気を吸った。
顔色が悪い。息苦しさだけが原因ではないだろう。
崩れ落ちそうになった男はなんとか堪えると、よろよろと人気の少ない出口へと向かって行った。
まさか逃げるつもりだろうか。
あの男にも、父親にも、何日か前から憲兵団の尾行が付いているはずだ。逃げきれるわけもない。
イルゼをパートナーにしたと報告したユージーンに、フェルクス侯爵が教えてくれた情報。
初めて聞いた時は腸が煮えたぎるようだった。
殺さなかっただけでも感謝してほしい。
関係のない侯爵家にまで情報が洩れているのだから、逮捕されるのも時間の問題だっただろう。
「ユージーン!大丈夫だったか?」
ユージーンが訓練の成果を遺憾なく発揮して心を落ち着かせ、バルコニーへ向かうと、ギルとパートナーの女性と一緒に待っていたイルゼが、心配気に駆け寄ってきた。
その顔を見て、ユージーンの気分が浮上する。
――――守ろう。
この人を、何があっても、一生。
大人しく守られていてくれるほど、弱くはないだろうけれど。
そう決意を新たにして、ユージーンは微笑んだ。
「なんでもなかったさ。」
そう言って。
「なんでもないってことは・・・・。」
「誰だったんだろうな、あいつ。」
「あー・・・・・・名前なんだっけ。」
「はははっ。」
本気で名前が思い出せない様子のイルゼに、思わず本心から笑ってしまう。
「おいおい。あれでもあいつ、3位だったらしいぞ。本気で知らないのかイルゼ?」
「なっ、裏切ったなユージーン!」
自分だって、父親からの報告があるまでは知らなかった情報を、得意げに披露しながら。
少し喉が渇いたし、卒業パーティーで出される軽食の豪華さは語り継がれており、それを楽しみにして卒業までの過程を乗り切る者がいるほどだ。
そこは既に、休憩に来た卒業生たちで賑わっていた。
「ユージーン!こっちに来いよ。・・・・イルゼ・・・さんも。」
よくユージーンと一緒にいるのを見かける生徒が、声を掛けてくる。
「良いか?」
「もちろん。」
ユージーンは礼儀正しく、イルゼに確認をしてくれる。
「ユージーン!次席おめでとう。」
「ギル。君こそ、卒業おめでとう。」
ガッチリと握手して、お互いをたたえ合う友人同士。
ギルと呼ばれた友人は、今度はイルゼの方を見た。
「イルゼさんも、首席おめでとう。我らが栄えある首席卒業生と、握手させていただけますか。」
そう言って、手を差し出される。
その表情は、心からイルゼを称えてくれていた。
「イルゼで良いよ。喜んで。」
イルゼも笑顔で手を差し出して、握手をする。
「ありがとう、イルゼ。・・・・ああ、こんなに簡単なことだったんだな。本当は、ずっと話しかけてみたいと思っていたんだけど、君の実力に恐れをなしてしまって。・・・気後れしてたんた。僕なんか相手にされないかもしれないって。」
「そんなこと、あるはずないだろう。」
「本当に、そうだったみたいだ。もっと早く話しかければ良かった。」
その言葉に、胸に温かいものが広がっていく。
騎士団に入る事だけを考えて、日々鍛錬に打ち込んできたイルゼは、一人でいることが苦ではなかった。
本音を言うと、身軽に動けるので楽ですらあった。
でも、友人と相談しあったり、教えあったり。そんな学生時代も、もしかしたら悪くなかったのかもしれない。
「ユージーンと今日パートナーになったと聞いて驚いたよ。君にはとっくにパートナーがいるものだと思っていた。」
「まさか。ユージーン以外には誘われたこともないよ。直前まで一人で参加する予定だった。」
「本当に!?しまったな、玉砕覚悟で誘うべきだった。」
そんな軽口を交わしていると・・・・。
「そこまでだ、ギル。」
不機嫌そうに眉を寄せたユージーンが、ギルとイルゼの間に割って入る。
同期との友人のような会話に夢中になって、パートナーを放ってしまっていたようだ。
「ははははっ。冗談だよ、ユージーン。お前がギリギリまで誘えないでいるから、もう僕が誘っちゃおうかとは思ったけどね。」
「ギルッ!」
ははははーと笑いながら、ギルは退散していった。
少し離れた場所で、とても可愛らしく、ギルにお似合いのパートナーが待っていた。そのご令嬢のところへ戻ったのだ。
――――完全に面白がって、からかわれただけようだ。
「イルゼさん、私とも握手してもらえませんか。」
「その次は僕と!」
「ユージーン。握手してくれ。」
「君たちと同期であることは、俺たちの誇りだ。」
ギルが退散すると、様子を伺っていた周囲の者達が一斉に押し寄せてきた。
昨日までのイルゼだったら、ちょっとだけ面倒だと思ったかもしれないし、何か裏があるのかと疑ったかもしれない。
でも今日、ユージーンやギルと話して、少し考えが変わった。
一人一人の顔を見渡す。あまり話したことはなくても、何度も協力して訓練をこなした顔が、いくつもあった。
「もちろん、嬉しいよ。」
そう言って、心を込めて、順番にガッチリと握手をしていく。
今日が永遠の別れというわけではない。
同じ国直属の騎士団に所属している以上、これからも会うこともあるし、協力していくこともあるだろう。
これから友人となるのでも、遅くはない。
イルゼとユージーンは、3年間苦楽を共にした同期の友人達と、ゆっくりと別れを惜しむ時間を過ごした。
「楽しそうだな。」
「うん、すごく楽しい。」
同期との握手大会も一段落し、少し休憩できる場所を探す。
ダンスも十分踊ったし、同期との会話も楽しめた。
パーティーも終盤で、卒業式からの疲れもあるのか、帰る者もポツポツと出始めている。
でも楽しくて、嬉しくて、イルゼはもう少しだけ、この空間を楽しみたかった。
ユージーンはそれを分かってくれているのか、バルコニーの方を指さす。
雨の日の訓練で、何度も使用したホールは、綺麗に飾り付けられていても、様子を知り尽くしている。
あのバルコニーの外には綺麗な庭があり、今日は無数のキャンドルでライトアップされているはずだ。
何人か先客が見えるが、混んでいると言うほどでもない。空いているテーブルもありそうだ。
「やあユージーン。そんな女をパートナーに連れているのはお勧めしないな。」
さっそくバルコニーへ向かおうとした時だった。囁くような、そんな声が掛けられたのは。
「何だと?」
「大きな声では言えないけどね、その女の父親に横領の疑惑があったそうだ。残念ながら証拠は握りつぶされてしまったようだけど。平民の出で副団長になるなんて、汚い手を使ってないわけないじゃないか。」
イルゼはその男に見覚えがあった。確か同期の一人だ。
ホワホワとした楽しさが吹き飛んでしまう。少し浮かれすぎていたようだ。
気を引き締めて、感情を律する。
大丈夫。心にさざ波すら立たない。
「その女も。平民の女なんかが首席だなんておかしいと思わないか?俺達二人で抗議すれば・・・。」
「すまない、イルゼ。先に行っていてくれないか。ああ、ギルの奴がいる。」
まだ話を続けている男を無視して、ユージーンがバルコニーの方を指さす。
よく見るとそこにはギルがいて、不穏な空気を感じ取ったのか、心配気にこちらの様子を伺っている。
「でも・・・。」
「少し話があるんだ。頼む。」
イルゼを追い出して二人で悪口・・・・・ということは、ないだろう。
それはないと確信できるぐらいには、ユージーンのことを信頼していた。
きっとイルゼの為に怒ってくれている。
「分かった。」
信頼して、それだけを言うと、イルゼは一人で先にバルコニーへ向かった。
「ユージーン!この後少し時間はあるかい?実は握りつぶされたと言われている証拠の一部を、父上が保管して・・・・・・・ぐぅ!!!?」
何を勘違いしたのか、嬉しそうに言い寄ってくる男の胸ぐら・・・・のもっと上。襟ぐりを掴んで、不快な言葉をユージーンは止めた。
角度的に、他の者達には見えないように、掴む腕をその男自身の身体の影に隠す。
「黙れ。お前の父親は証拠の捏造の天才のようだな。脅された第4騎士団の団員が、寸前で寝返っていなければ、全員が騙されるところだった。」
「な・・・う・・・おれ・・・は・・・・君のため・・・・に。」
「お前も父親も、無事で済むと思うなよ。」
「そ・・・・・そん・・・な・・・・カハッアッ。」
ユージーンが手を離すと、その男は苦しそうにカヒュカヒュと空気を吸った。
顔色が悪い。息苦しさだけが原因ではないだろう。
崩れ落ちそうになった男はなんとか堪えると、よろよろと人気の少ない出口へと向かって行った。
まさか逃げるつもりだろうか。
あの男にも、父親にも、何日か前から憲兵団の尾行が付いているはずだ。逃げきれるわけもない。
イルゼをパートナーにしたと報告したユージーンに、フェルクス侯爵が教えてくれた情報。
初めて聞いた時は腸が煮えたぎるようだった。
殺さなかっただけでも感謝してほしい。
関係のない侯爵家にまで情報が洩れているのだから、逮捕されるのも時間の問題だっただろう。
「ユージーン!大丈夫だったか?」
ユージーンが訓練の成果を遺憾なく発揮して心を落ち着かせ、バルコニーへ向かうと、ギルとパートナーの女性と一緒に待っていたイルゼが、心配気に駆け寄ってきた。
その顔を見て、ユージーンの気分が浮上する。
――――守ろう。
この人を、何があっても、一生。
大人しく守られていてくれるほど、弱くはないだろうけれど。
そう決意を新たにして、ユージーンは微笑んだ。
「なんでもなかったさ。」
そう言って。
「なんでもないってことは・・・・。」
「誰だったんだろうな、あいつ。」
「あー・・・・・・名前なんだっけ。」
「はははっ。」
本気で名前が思い出せない様子のイルゼに、思わず本心から笑ってしまう。
「おいおい。あれでもあいつ、3位だったらしいぞ。本気で知らないのかイルゼ?」
「なっ、裏切ったなユージーン!」
自分だって、父親からの報告があるまでは知らなかった情報を、得意げに披露しながら。
応援ありがとうございます!
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