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賢者と文明の利器?

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「アンタ、よくこんな危険極まりない雑な作りの物体に、乗せてやってもいいだなんて言えたな? 俺は絶対に乗らんけど、操縦とかどうすンだよ」
「遠くを目指しているワケでもなし。近くに降り立つだけなら、なんとでもなるわ」
「適当かよっ!?」
「一々細かい奴だな。お前は乗らぬと言うのだから、別によかろう」
「いいワケあるかっ!? 幾ら絶対に乗らんとは言え、山下りたら少し前に別れた知り合いの死体が転がってる状況とか最悪だろうがっ!?」
「ほう・・・なんだ、アイザック。一丁前にわたしの心配か?」

 ニヤリと意地が悪そうに笑う美貌。

「心配無用だ。何度も飛んでおるからな」
「正気かっ!? ・・・こんな雑な気球で何度も飛ぶとか、実はアンタ頭が悪かったのか。『賢者』って呼ばせてるクセに・・・」

 驚いた後、なんだか可哀想なものを見るように賢者を見下ろすアイザック。

「なんだ、その無礼な視線は? クソ餓鬼ガキが。別に、わたしが好きで賢者と呼ばせておるワケではないわ。そう呼ばれておるだけだ。全く・・・一応、最初はちゃんとした気球を作ったのだが、荷物は重いし、段々と一人で組み立てるのやら荷運びが面倒になってな。必要最低限の緩やかな落下ができればよいと色々削って行き、シンプルな機能を追求した結果がこれだ」

 シンプルというより、横着で安全性という概念を削ぎ落とされた雑な作りの気球を指し、賢者は胸を張る。

「色々削り過ぎだ! もっと安全に頓着しろ!」
「お前は乗らんのだからよかろうて?」
「ったく・・・」

 この、雑過ぎる気球もどきの安全性の話をしていても埒が明かないと思ったアイザックは、話題を変えることにした。

「ところで、アンタ。どうやってここまで登って来たんだ? 登山の跡なんて無かったぞ」

 アイザックが登って来た霊峰ロンジュの断崖絶壁の山肌には、誰かが先に登ったような痕跡は全く見当たらなかった。

「ああ、わたしは断崖絶壁は登っとらんよ。山麓の道を登って来たからな」
「道があるのかっ!?」
「ま、ここはわたしの貯蔵庫だ。それなりに通っとるから、獣道的な細い道がなんとなくある」
「・・・獣、いるのか?」
るぞ。白黒模様で竹を食う珍しい熊やら、鹿、兎に狐、狼、猿、猪なんかだな」
「結構いるな。けど、白黒の熊? ・・・もしかして、この地方特有の、パンダとか言う珍獣か?」
「ああ、そんな名前だったか? あの白黒熊は見た目にやたら愛嬌がある上に草食で竹ばっか食っとるが、あれでも一応熊だからな。そこそこ凶暴だ。舐めて掛かると殺されるぞ。狼も、群れが幾つかったしな」

 それは、熊や猪、狼の群れが幾つもいるような獣道を、標高が高くて酸素の薄い山を、気球擬きの大荷物を抱えた賢者が、一人で登って来たということになる。

「・・・アンタって、そんな細い見た目に似合わず、やたら強いよな」

 賢者は軍で鍛えられたことのあるアイザックに、絶対に逃亡を許さず、何度もボコボコにして小突き回しながら知識を叩き・・込んで・・・くれた相手で、現在のグラジオラス辺境伯領の最強の一角を担う騎士爵ナイトであるベアトリス・グラジオラス卿へと剣を教えた師匠なのだという。

 子弟揃って、細身な体躯の見た目からは想像できないような強さを誇る。
 そして、グラジオラス城内で密かに囁かれる噂では、ベティよりも賢者の方が強いのだとか。アイザック自身は、二人が剣を交じえている光景を見たことが無いが・・・

「ま、それなりにな」

 それなりというか、ベティよりも強いのなら、真実グラジオラス最強なのではないだろうか?
 と、思ったことでアイザックはふと思い出す。この山が、禁域とされている理由を。

「そう言や、この山には竜が住んでるって話だが、アンタは見たことあるのか? ここには定期的に通ってンだろ」
「ふっ、そうだな。この山に竜は住んでおらんよ。ここで竜など、見たことが無いからな」

 笑いながらそう言い切った賢者は、なんとも勿体無いことに、一瓶金貨以下には下らないという馬鹿高い蒸留した蜂蜜酒ミード・ネクターを燃料にし、雑過ぎる気球擬きをふわふわと浮かせて地上に降りて行った。アレが浮かんだこと自体に驚いたが・・・

 賢者と称されていて、とても豊富な智識を持っていて実際に途轍もなく頭が良いクセに、実は案外ものすっごい馬鹿なのかもしれない。と、アイザックはそう思ってしまった。

 まあ、食料や薬などを分けて貰ったことにはとても感謝しているが・・・

 山の麓に、あの雑な気球擬きと賢者が落ちていないことを祈っておく。
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