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過去編。
Lost memory~金盞花~
しおりを挟む不快に思うような表現があります。
そして、暫く鬱展開が続きます。
__________
『彼女』と二人切りの平穏な生活を破った最初のそれは、足音だった。
家の近くを窺うような動きの足音。
小さな家の周囲には誰も住んでおらず、基本的にそこへ訪れるのは銀髪の彼だけだった。
しかも、彼は途中まで飛んで来ることが多く、遠くから歩いて来ることはあまり無かった。
更には、注意深くて慎重な彼が、他人にこの場所を教えることは考え難い。
しかし、遠くからその小さな家へ近付いて来る足音は、複数。聴こえる筈の無い足音。
それらの足音を聴き付けた彼女は、まず警戒した。
そして――――
「愚かな娘。××××・愚かな娘・××××。いるのだろう? 聴こえている筈だ。出て来なさい」
低く嗄れた声がした。
「!」
驚きに目を瞠る彼女。
「……どう、して……」
色を失った唇から零れる掠れた呟き。
「なにをしているのです、愚かな娘。呼んでいるのだから早く出て来なさい」
次いで、よく通る叱責するような男の声。
「……××××ちゃん?」
不安になって彼女を見上げると、
「っ!?」
ぎゅっと抱き締められた。
「・・・お前の特徴と似た女と、その子と思しきモノ共がこの森に住んでいると聞き及び、まさかと思いわざわざ来てやったのだが・・・それが、件の子か。何故お前が、シリウス以外の子を生んでいる。愚かな娘よ。それも、他種族との子など、そのような穢らわしいモノを」
吐き捨てるような嗄れ声。
なにを言われているのかはわからなかった。けれど、彼女の顔が辛そうに歪んだ。
「やはり、自由など与えるべきでは無かったな。シリウスの最後の慈悲を、最悪の形で裏切りよって。何故、我らが森へ戻って来なかった。何故、そのような穢らわしいモノを生んだ。何故、それを流してしまわなかった。一刻も早くそれを始末して出て来なさい。愚かな娘よ」
『わたし』を抱き締める彼女の腕が、苦痛に耐えるように震えた。
「違うの、××××。あれは違う。違うから。駄目よ。あんなもの、聞いては駄目」
彼女が『わたし』へと囁いて耳を塞ぐ。
そして――――外からの音が全て消えた。
「・・・空気の、層を作って、音を遮断したわ。これで、………達の声は聞こえない。もう、大丈夫よ××××」
彼女は、無理をしたような顔で微笑んだ。
この日は、それで終わった。
翌日。
またしても、あの責め立てるような嗄れ声と、叱責するような若い男の声がした。
「××××。聞こえているのだろう、愚かな娘、××××よ。出て来なさい」
「愚かな娘。いい加減、子供染みた見苦しい反抗はやめなさい。早くそれを消しなさい。そうすれば赦してあげましょう」
彼女を咎め、そして赦すという声。
「っ!!」
彼女は彼らの声に首を振り、また音が消える。
「愛しているわ。××××」
『わたし』を見詰めて彼女が言う。翠の瞳は、今にも涙が零れ落ちそうに潤んでいた。
「大丈夫だから。大丈夫よ、××××」
それでも、彼女は弱々しく微笑んで見せた。『わたし』を安心させるように・・・
けれど――――
『愚かな娘よ』
声が聴こえた。鼓膜を震わす音ではない声が、脳裏へと響いた。
「っ!?」
『幾ら音を遮断しようとも、無駄だ』
『下等な人間に交じり、聖女だと祭り上げられ、思念で話すことを忘れてしまいましたか?』
嘲るような、蔑むような、侮るような、彼女を見下すような感情が直接伝わって来る声。
そして――――
『早くそれを殺して戻りなさい』
当然のように、命令する声。
けれど、彼女はその声には応じなかった。
すると彼らは、やがて痺れを切らし――――
『あまりやり過ぎと精神が壊れるが・・・』
『むしろ、その方が従順になるでしょう』
『穢れた忌み子を殺せ』『一族の恥晒しめ』『賤しい女』『穢れの浄化を』『大罪を犯せし女』『殺せアマンダ』『その子供を、アマンダ』『殺せ』『穢れの浄化を』『殺せ』『忌み子を消せ』『その子供を殺せば、お前は赦してやる』『アマンダ、その穢れを』『浄化』『アマンダ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』
強烈な殺意混じりの、狂気染みた声が脳裏に鳴り響くようになった。
毎日現れる彼らは、一定の距離よりは踏み込んで来ることも、姿を見せることもなかったが、その代わり・・・
『わたし』を殺せと彼女に命令し続けた。
そうやって彼女を、蝕んだ。追い込んだ。
「ごめんなさい、××××・・・愛しているわ。愛しているの、ごめんなさい・・・貴方は悪くないのに。ごめんなさい……××××」
外からの声を聴かせまいと『わたし』の耳を塞ぎ、泣きながら「ごめんなさい」と「愛している」とを繰り返し続けた彼女。
脳裏に響く声を『わたし』に聴かさないようにして、それに抗い続けた彼女。
ぽろぽろと零れ落ちる涙。
どんどんと窶れて細くなって行った彼女。
彼女の泣き顔と、優しくて痛々しい声。
「・・・××××ちゃん。ごめん、なさい・・・わたしのせい、で。………………、ごめんなさい」
そう謝ると、彼女は首を振った。
「違う! 違うの! ××××、貴方は、なにも悪くないのっ!? そんなこと言わないでっ、お願い、だから、そんな、こと・・・」
ぽろぽろと、涙を零して・・・
「ごめん、なさい××××・・・愛してるの・・・大好きなの・・・大切なの・・・わたし、が・・・ごめ、なさっ・・・」
『わたし』は彼女を愛しているのに・・・
彼女は、『わたし』のせいで――――
『わたし』は、泣いて謝る彼女になにもできなくて。
彼女を・・・助け、られなかった・・・
「愛しているわ。××××」
と、彼女は最期に笑顔で――――
__________
金盞花の花言葉は『別れの悲しみ』『悲嘆』『寂しさ』『失望』『絶望』『悲哀』などです。
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