不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺

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番外編など

子供を宿した彼女との出会い。寒空の下で。 <イクス視点①>

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街に戻り依頼の報告をする。
近隣に出没していた魔物はそれほど強いものでもなく、討伐自体はすぐに終わった。
一緒に採取系の依頼を受けていたので、そちらの捜索の方が時間が掛かった。
見つかるときはすぐ見つかるんだが、どうも森の規模に対して素材となる植物が少ないように思う。

まだこの街に来てそれほど立たないがすでに次の街へ行くことを考えている。
護衛依頼で生計を立てているような冒険者ならこの街は依頼が多く稼ぎ処だろうが、自分のような魔物討伐や素材の採取をメインにしている冒険者にはあまり良い場所ではないようだ。
まだ名前のわからない職員へ依頼完了の確認サインをもらいギルドを出て宿へ向かう。
晩飯は宿の近くにあるあそこにするか。
美味いし、女将も気持ちの良い人物で居心地が良い。
通える回数が限られているならどの料理を食べようかと考えながら歩いていると、少し離れた場所から女性の声が聞こえる。
何かを必死に言い募るようなそんな声。

気になり声のする方へ足を向ける。
夜の気配が濃くなる時間にあのように叫んでいては良からぬ輩に目を付けられかねない。
大きな屋敷を囲む塀を回って門の前までたどり着く。そこで見たのは若い女性だった。
鉄柵を掴み、門の中へと声を掛け続けている。
固く閉じられた門には人影もなく、女性の叫びが聞き届けられることはない。
女性も叫んでも無駄だとわかっていて声を上げずにいられないのだろう。
冷たい鉄に熱を奪われたのか、細い指先は白く力も入らないようだった。
よく見れば随分と薄着で、こんな時間に外に出る格好ではない。

「お願い、中へ入れて……。
このままじゃっ……!」

薄手の上着を羽織っただけの肩は細く、震えていた。
何があったのかわからないが、このまま放っておくわけにはいかないだろう。
木枯らしが吹くには早いが、夜は冷える。

「どうされましたか?」

弾かれたように振り向いた女性は驚きと警戒を宿した目をしていたが、見開かれた目には意外にも涙はない。

「失礼、驚かせるつもりはなかった。
通りの向こうまで貴女の声が聞こえていて、何か困っている様子だったので声を掛けたんだ」

怖がらせないようゆっくりとやわらかい音を意識して言葉をかける。

「見たところ貴女の言葉が届くところに家人はいないようだし、そのままでは風邪をひいてしまう。
少しの間だけでも暖かいところで身体を休めた方がいい」

装備品の外套を渡そうかとも思ったが、まだ警戒を解かない彼女を怖がらせるのも悪いと思い止める。

「ここから見えるかな、通りの向こうのあの店。
食事処で、店主はきっぷのいい女将だ。
君に悪いことはないから一緒においで」

暖かい光が漏れる店に心が動かされたのか薄緑の瞳が揺れる。
先に立って歩いた方が良いだろうと判断し、もう一度ついておいでと声をかけて歩き出した。

躊躇う気配はあったが、ゆっくりと後ろをついてくる。
よかった。とりあえずこれで凍えるようなことにはならないだろう。
どう見ても尋常ではない様子だった。
何があったかは知らないけれど、まずは暖かいところで休んで考える余裕を作らないと。
冷え切っている様子の彼女を早く店内で休ませよう。
寒さにぎこちなくなった動きで後をついてくる彼女を置いていかないようゆっくりと足を進めた。







冒険者の間でも美味いと評判の食事処の店内は賑わいを見せている。
一人で晩飯を掻っ込んでいる者もいれば、仲間同士酒を酌み交わしている者たちもいる。
注文をするため料理が書かれている札を眺め彼女に視線を向けた。戸惑った様子で店内を眺めている彼女はあまりこういった店には来たことがないんだろうか。

「夕飯は食べているのかな」

「いえ……」

そうだろうなと思いながら店員を呼ぶ。
身体が温まる物が良いだろうと、色々な具材を煮込んだスープや煮込み料理をいくつか頼んだ。

「あとマルドワインを2つ」

「あの、すみません。
私、お酒はちょっと……」

身体を温める物をと温めた葡萄酒を頼もうとしたら、酒は……と辞退された。
女性の手が腹へ当てられたのを見て彼女の身に何が起こったのかなんとなく察した。彼女は妊娠しているか、その可能性があるのだろう。
温めて酒精の飛んだ葡萄酒とはいえハーブも入っているし、何が身体に障るかわからない以上止めておいた方がいい。
代わりに白湯を頼んで女性に向き直る。
暖かい店内に入ったからだろうか、白かった頬の色が少しマシになったようだ。
白湯を飲んでほっと息を吐いた彼女へ軽く自己紹介をする。

「俺はイクスというんだ、冒険者をしている。
さっきは驚かせて悪かった」

女性の名はレインというらしい。
淡い栗色の髪は艷やかで、まだ年若いのがわかる。
すぐに頼んだ料理がテーブルに並ぶ。
運ばれてきた料理を彼女に勧め自分も口を付けた。

「おいしい……」

温かい物を口にしてほっとしたのか彼女からそんな声が漏れた。

「そうだろう? ここの店の物は大体なんでも美味いけど特に煮込みは絶品だ」

食欲はあるようなのでよかった。
落ち込んでいるときに食事までとれないと回復が遠のくからな。
どうみても訳アリだった彼女を放っておくことはできない。
あんなに必死に門を叩いていても家人は知らんぷりだった。夜が深まればこんな薄着では身体に障るし、怪しげな者に目を付けられる可能性もあったというのに。
何があったのかはわからないがあまり良い対応とは思えない。
スープを掬う所作は綺麗で、やはりお屋敷で働く使用人なんだろう。
自分の分を食べながらこれもあれもと彼女に勧める。
遠慮がちながらもいくつかの料理を食べ、美味しいと表情を緩めていた。

腹が満たされて気持ちが落ち着いたのか頬にも赤みが指し、固かった表情も柔らかくなっている。

「あの、ありがとうございます」

「ん?」

「ここへ連れてきてくれて。
そうでなかったら私、あのまま無駄だってわかってても声をかけつづけることしかできなかったと思います。」

落ち着いたからか先ほどまでのことを振り返ってそう語る彼女。
瞳はまっすぐにこっちを見ていて今後のことへ思考を向ける気力が出たように見えた。

「君はあの屋敷の人だったのかな?」

「ええ」

「すごく不躾なことを聞くけれど、お腹の子はお屋敷の主人の子かな」

屋敷で働く者同士のことならこんな急に追い出されるようなことにはならないはずだ。

「ええ……、そうです」

主人の子ですと告げる震える声は怒りや失望を孕んだ複雑な響きをしていて、受けた仕打ちを飲み切れずにいるようだった。

「近くに誰か頼れる人は?」

屋敷の主人に掛け合ってもらうにしろ、どこかへ身を寄せるにしろ誰かの助けが必要だろう。
俺の問いに彼女は弱々しく首を振った。

「兄がいますが、遠い地にいまして。
近隣には頼れるような方は誰も……」

彼女の兄が住んでいる街を聞くが、確かにかなり離れている。

「お兄さんは、君の話を聞いてくれそう?」

「え? ええ、それはもちろん」

こちらに来る時も随分心配してくれたし、今も何か困り事があると手紙を送り合っているという。
かなり良好な仲のようだ。

「そうか、頼れる人がいるのならまずはそちらに身を寄せるのが良いと思うんだがどうかな。
あとは街の商業ギルドに話しにいくとか。
雇った女性に無体を働いて身籠ったら追い出すような主人は嫌厭されるから、報告と今後の身の振り方を相談しにいくのもありだと思う」

商業ギルドなら彼女の話を聞いて取れる方法や今後助かる知識なども授けてくれるだろう。
彼女はどうしたいだろうか。
顔を見ると心はもう決まっているように見えた。


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