不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺

文字の大きさ
38 / 49
番外編など

子供を宿した彼女との出会い。旅路の終わり。 <イクス視点④>

しおりを挟む


落ち葉を踏みしめる音が終わり、たどり着いたのは街の外れにある領主の屋敷。
ここに彼女の兄がいるらしい。
街道を通るときにすれ違った紋章入りの馬車を見てからどこか焦ったような顔をしていた彼女がほっとしたように息を吐いた。
彼女の顔を見た門番が驚いた顔をしたが、すんなり通してくれる。俺のことも特に素性を聞くことなく通したがいいんだろうか。

屋敷の玄関にあたる扉から喧騒が聞こえた。何かあったんだろうか。
その声を聴いた彼女が走り出し、白く塗られた扉に手を掛ける。


扉の中へ消えた彼女を追いかけ目にしたのは、貴族らしく整えた姿の男性の胸に飛び込んだ彼女の姿。
驚きに目を瞠るその男性は彼女と同じ淡い栗色の髪と薄い緑の瞳をしていて、兄というのが彼のことだと悟る。

「お兄様!」

「レイン! お前、どうしてここに……。
無事でよかった!!」

領主の屋敷にいた貴族らしき男性を兄と呼ぶ彼女。どうりで物慣れない様子だったわけだ。
行ったときは専用の馬車だったというのも当然。
そうと言われればそうとしか見えないほどしっくりきている。

しばし抱き合って再会を喜んでいたが、身を離した彼女の言葉に空気が険しくなる。

「ここに続く道であの家の馬車とすれ違いました。
何をしにきていたのですか?」

「お前が不貞を働いて身籠ったから慰謝料を払えと世迷言を……。
そうだ! 身体は大丈夫なのか?
身重でここまで旅をするとは、なんて無茶を!
とりあえず身体を休めろ、誰か温かい飲み物を……。
……誰だ?」

そこまで言ってようやく俺の存在に気づいたようだ。
俺が口を開く前にレインさん……、レイン様が説明をしてくれた。

「お兄様、こちらの方は冒険者のイクスさん。
あの家を追い出された私を心配してここまで送ってくれました」

紹介をされてさっと礼を取る。

「冒険者のイクスと申します。
の屋敷の前で難儀なさっているレイン様をお見かけしまして、ここまで同道することとなりました。
知らぬ事とはいえ妹様への失礼がありましたこと、お詫び申し上げます」

領主の妹だとは思わなかった。
まさか貴族の奥方が屋敷を追い出されて途方に暮れていたなんて思わないよな。
すまなそうな顔をするレイン様へ首を振る。
こういう事情なら言えなくて当然だ。
むしろ言わなくて正解である。
表情には表れない警戒がそれでふっと緩む。

「そうだったのか。
そうであれば妹の命の恩人だ。
中に入ってくれ、まずは座って身体を休めてほしい」

それから話も聞かせてほしいと言う屋敷の主の勧めに従って場所を移した。





暖かい室内に腰を落ち着け、ほっと息をつく。
出された飲み物は外から来た俺たちに合わせてか、飲みやすい温度になっている。

「まずは、きちんと礼を言わせてほしい。
イクス、俺の妹を守ってくれてありがとう。
たまたま君が居合わせなければ、妹はどうなっていたかわからない。
ここまで連れてきてくれたことといい、どれだけ感謝しても足りないほどだ」

大げさな、とは思わなかった。
屋敷に入ったときの彼の様子を見ればどれだけ心配していたのかわかる。
妹の婚家が突然やって来て妹を追い出したと聞かされたらそれは慌てるし、気が気ではないだろう。

「偶然の導きではありますが、お役に立てて良かったです」

楽にして良いと言われたので畏まり過ぎない程度に言葉を崩す。

「それでお兄様、さっき聞き捨てならない話が聞こえましたがどういうことですか。
慰謝料を請求?」

「ああ、お前が不貞をしたとか言っていたが、どの面下げて言ってきたんだろうな。
自分も浮気をしている分際で」

お前からもらった報告の裏付けはきっちり取ってあるから安心しろと浮かべる微笑みは怒りを内包したものである。
これは俺が聞いていい話なのか?

「お兄様、私は不貞なんてしていません」

「だが結婚した当初から浮気癖が酷くてお前のところにはあまり通ってなかったんだろう?」

だから5年も子ができなかった訳だしなと不機嫌そうにソファの背もたれに寄りかかる。

「それですよ、浮気です」

何が言いたいんだという表情を浮かべた彼へ、彼女が告げたのはかなりの威力を持った発言だった。

「浮気相手と間違えたんです、城で開かれた夜会で」

「アイツは阿呆なのか」

呆れと怒りを同時に顔に浮かべるという器用なことをしている。
俺は怒りや不快感の方が強い。彼女の表情を見れば望んだものでなかったのは一目瞭然だ。
口を出す立場にないので黙っているが最低の男だなと思う。

「レイン、悪いとは思うが後で日時と場所を聞かせてくれ。裏付けを取る。
証拠は大切だからな」

使うかどうかは別としてな、と呟く声の低さに彼の怒りの深さが知れる。
俺がレイン様を見つけた時の話なども詳細に聞かれた。
レイン様を連れた旅の話もし、それを元に報酬の話も済んだ頃にはすっかり暗くなっていた。
泊まっていけという彼へやんわりと断りを告げる。
今日は家族だけでゆっくりと休んだ方が良い。他人がいては家に帰っても気が休まらないだろうから。
俺の言いたいことがわかったのか彼もそれ以上誘いを重ねることはしなかった。
代わりに何かを書き付けた紙を渡される。

「この辺りはあんまり宿が多くないんだが、たまに来る冒険者用の宿はいくつかある。
その中の一つを紹介するからそこへ泊るといい」

滞在費はこちらで持つと言われてありがたく受け取る。
俺が紹介状を懐に入れたところを見計らって告げられた内容に焦った。

「せっかくだから長期滞在してくれていいぞ。
お前くらい有名な冒険者がいると他の者も張り切るだろうしな」

まさかと思って紹介状を取り出して再度中身を見るとわざわざ期間を定めずと書いてある。
そういうことなら話は別だ。

「今日のところは使わせていただきますが、こちらの街に長く滞在して依頼を受けるなら宿代は自分で払います」

不機嫌な顔を浮かべて見せると彼が悪いと謝った。そんなに簡単に誤ってみせたことに驚く。

「悪い、冗談が過ぎたな。
ただそれはそのまま持っていてくれ。
今日は先に休ませたが、レインが落ち着いたらまた礼を言う機会を与えてやってほしい」

本命はそっちかと悟ると苦笑が漏れた。
護衛依頼なら達成したら拠点の街へ戻るのが普通だからな。

「しばらく滞在していますので大丈夫ですよ。
元々別の街へ移ろうと思っていたので、こちらでもいくつか依頼を受けてそれから先のことを考えるつもりでした」

依頼を受けて宿を空けていることはあるかもしれないけれど、伝言を残してくれればこちらから赴くことに不都合はない。
高すぎる報酬も必要ないので有効期間を書き直してもらって屋敷を後にする。
あれは俺の反応も見ていたんだろうな。
兄がああいう人物なら彼女は大丈夫だろう。
無事に送り届けられてよかった。
彼女と出会った夜よりも少し深まった秋の気配に外套の前を合わせながら宿へ向かう。
婚家から来た連絡を考えると、これからも彼女は困難が待っているのだろう。
困難を退けるため彼が力を尽くすとは思うが。
今日くらいはやっと帰れた温かい場所でゆっくりと休んでほしい。
そんな感傷的なことを考えてしまうのは少しでも関わった者として自然な願いだった。


しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

【完結】『妹の結婚の邪魔になる』と家族に殺されかけた妖精の愛し子の令嬢は、森の奥で引きこもり魔術師と出会いました。

夏灯みかん
恋愛
メリルはアジュール王国侯爵家の長女。幼いころから妖精の声が聞こえるということで、家族から気味悪がられ、屋敷から出ずにひっそりと暮らしていた。しかし、花の妖精の異名を持つ美しい妹アネッサが王太子と婚約したことで、両親はメリルを一族の恥と思い、人知れず殺そうとした。 妖精たちの助けで屋敷を出たメリルは、時間の止まったような不思議な森の奥の一軒家で暮らす魔術師のアルヴィンと出会い、一緒に暮らすことになった。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

そんなに嫌いなら、私は消えることを選びます。

秋月一花
恋愛
「お前はいつものろまで、クズで、私の引き立て役なのよ、お姉様」  私を蔑む視線を向けて、双子の妹がそう言った。 「本当、お前と違ってジュリーは賢くて、裁縫も刺繍も天才的だよ」  愛しそうな表情を浮かべて、妹を抱きしめるお父様。 「――あなたは、この家に要らないのよ」  扇子で私の頬を叩くお母様。  ……そんなに私のことが嫌いなら、消えることを選びます。    消えた先で、私は『愛』を知ることが出来た。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ

ごろごろみかん。
恋愛
「こちら、離縁届です。私と、離縁してくださいませ、陛下」 ある日、悪妃と名高いクレメンティーナが夫に渡したのは、離縁届だった。彼女はにっこりと笑って言う。 「先日、あなた方の真実の愛を拝見させていただきまして……有難いことに目が覚めましたわ。ですので、王妃、やめさせていただこうかと」 何せ、あれだけ見せつけてくれたのである。ショックついでに前世の記憶を取り戻して、千年の恋も瞬間冷凍された。 都合のいい女は本日で卒業。 今後は、余暇を楽しむとしましょう。 吹っ切れた悪妃は身辺整理を終えると早々に城を出て行ってしまった。

地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに

有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。 選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。 地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。 失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。 「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」 彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。 そして、私は彼の正妃として王都へ……

処理中です...