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番外編など
子供を宿した彼女との出会い。旅路の終わり。 <イクス視点④>
しおりを挟む落ち葉を踏みしめる音が終わり、たどり着いたのは街の外れにある領主の屋敷。
ここに彼女の兄がいるらしい。
街道を通るときにすれ違った紋章入りの馬車を見てからどこか焦ったような顔をしていた彼女がほっとしたように息を吐いた。
彼女の顔を見た門番が驚いた顔をしたが、すんなり通してくれる。俺のことも特に素性を聞くことなく通したがいいんだろうか。
屋敷の玄関にあたる扉から喧騒が聞こえた。何かあったんだろうか。
その声を聴いた彼女が走り出し、白く塗られた扉に手を掛ける。
扉の中へ消えた彼女を追いかけ目にしたのは、貴族らしく整えた姿の男性の胸に飛び込んだ彼女の姿。
驚きに目を瞠るその男性は彼女と同じ淡い栗色の髪と薄い緑の瞳をしていて、兄というのが彼のことだと悟る。
「お兄様!」
「レイン! お前、どうしてここに……。
無事でよかった!!」
領主の屋敷にいた貴族らしき男性を兄と呼ぶ彼女。どうりで物慣れない様子だったわけだ。
行ったときは専用の馬車だったというのも当然。
そうと言われればそうとしか見えないほどしっくりきている。
しばし抱き合って再会を喜んでいたが、身を離した彼女の言葉に空気が険しくなる。
「ここに続く道であの家の馬車とすれ違いました。
何をしにきていたのですか?」
「お前が不貞を働いて身籠ったから慰謝料を払えと世迷言を……。
そうだ! 身体は大丈夫なのか?
身重でここまで旅をするとは、なんて無茶を!
とりあえず身体を休めろ、誰か温かい飲み物を……。
……誰だ?」
そこまで言ってようやく俺の存在に気づいたようだ。
俺が口を開く前にレインさん……、レイン様が説明をしてくれた。
「お兄様、こちらの方は冒険者のイクスさん。
あの家を追い出された私を心配してここまで送ってくれました」
紹介をされてさっと礼を取る。
「冒険者のイクスと申します。
彼の屋敷の前で難儀なさっているレイン様をお見かけしまして、ここまで同道することとなりました。
知らぬ事とはいえ妹様への失礼がありましたこと、お詫び申し上げます」
領主の妹だとは思わなかった。
まさか貴族の奥方が屋敷を追い出されて途方に暮れていたなんて思わないよな。
すまなそうな顔をするレイン様へ首を振る。
こういう事情なら言えなくて当然だ。
むしろ言わなくて正解である。
表情には表れない警戒がそれでふっと緩む。
「そうだったのか。
そうであれば妹の命の恩人だ。
中に入ってくれ、まずは座って身体を休めてほしい」
それから話も聞かせてほしいと言う屋敷の主の勧めに従って場所を移した。
暖かい室内に腰を落ち着け、ほっと息をつく。
出された飲み物は外から来た俺たちに合わせてか、飲みやすい温度になっている。
「まずは、きちんと礼を言わせてほしい。
イクス、俺の妹を守ってくれてありがとう。
たまたま君が居合わせなければ、妹はどうなっていたかわからない。
ここまで連れてきてくれたことといい、どれだけ感謝しても足りないほどだ」
大げさな、とは思わなかった。
屋敷に入ったときの彼の様子を見ればどれだけ心配していたのかわかる。
妹の婚家が突然やって来て妹を追い出したと聞かされたらそれは慌てるし、気が気ではないだろう。
「偶然の導きではありますが、お役に立てて良かったです」
楽にして良いと言われたので畏まり過ぎない程度に言葉を崩す。
「それでお兄様、さっき聞き捨てならない話が聞こえましたがどういうことですか。
慰謝料を請求?」
「ああ、お前が不貞をしたとか言っていたが、どの面下げて言ってきたんだろうな。
自分も浮気をしている分際で」
お前からもらった報告の裏付けはきっちり取ってあるから安心しろと浮かべる微笑みは怒りを内包したものである。
これは俺が聞いていい話なのか?
「お兄様、私は不貞なんてしていません」
「だが結婚した当初から浮気癖が酷くてお前のところにはあまり通ってなかったんだろう?」
だから5年も子ができなかった訳だしなと不機嫌そうにソファの背もたれに寄りかかる。
「それですよ、浮気です」
何が言いたいんだという表情を浮かべた彼へ、彼女が告げたのはかなりの威力を持った発言だった。
「浮気相手と間違えたんです、城で開かれた夜会で」
「アイツは阿呆なのか」
呆れと怒りを同時に顔に浮かべるという器用なことをしている。
俺は怒りや不快感の方が強い。彼女の表情を見れば望んだものでなかったのは一目瞭然だ。
口を出す立場にないので黙っているが最低の男だなと思う。
「レイン、悪いとは思うが後で日時と場所を聞かせてくれ。裏付けを取る。
証拠は大切だからな」
使うかどうかは別としてな、と呟く声の低さに彼の怒りの深さが知れる。
俺がレイン様を見つけた時の話なども詳細に聞かれた。
レイン様を連れた旅の話もし、それを元に報酬の話も済んだ頃にはすっかり暗くなっていた。
泊まっていけという彼へやんわりと断りを告げる。
今日は家族だけでゆっくりと休んだ方が良い。他人がいては家に帰っても気が休まらないだろうから。
俺の言いたいことがわかったのか彼もそれ以上誘いを重ねることはしなかった。
代わりに何かを書き付けた紙を渡される。
「この辺りはあんまり宿が多くないんだが、たまに来る冒険者用の宿はいくつかある。
その中の一つを紹介するからそこへ泊るといい」
滞在費はこちらで持つと言われてありがたく受け取る。
俺が紹介状を懐に入れたところを見計らって告げられた内容に焦った。
「せっかくだから長期滞在してくれていいぞ。
お前くらい有名な冒険者がいると他の者も張り切るだろうしな」
まさかと思って紹介状を取り出して再度中身を見るとわざわざ期間を定めずと書いてある。
そういうことなら話は別だ。
「今日のところは使わせていただきますが、こちらの街に長く滞在して依頼を受けるなら宿代は自分で払います」
不機嫌な顔を浮かべて見せると彼が悪いと謝った。そんなに簡単に誤ってみせたことに驚く。
「悪い、冗談が過ぎたな。
ただそれはそのまま持っていてくれ。
今日は先に休ませたが、レインが落ち着いたらまた礼を言う機会を与えてやってほしい」
本命はそっちかと悟ると苦笑が漏れた。
護衛依頼なら達成したら拠点の街へ戻るのが普通だからな。
「しばらく滞在していますので大丈夫ですよ。
元々別の街へ移ろうと思っていたので、こちらでもいくつか依頼を受けてそれから先のことを考えるつもりでした」
依頼を受けて宿を空けていることはあるかもしれないけれど、伝言を残してくれればこちらから赴くことに不都合はない。
高すぎる報酬も必要ないので有効期間を書き直してもらって屋敷を後にする。
あれは俺の反応も見ていたんだろうな。
兄がああいう人物なら彼女は大丈夫だろう。
無事に送り届けられてよかった。
彼女と出会った夜よりも少し深まった秋の気配に外套の前を合わせながら宿へ向かう。
婚家から来た連絡を考えると、これからも彼女は困難が待っているのだろう。
困難を退けるため彼が力を尽くすとは思うが。
今日くらいはやっと帰れた温かい場所でゆっくりと休んでほしい。
そんな感傷的なことを考えてしまうのは少しでも関わった者として自然な願いだった。
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