bounty

あこ

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★ bounty 03

regret

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話は少し戻り、アンがストルを抱きしめ泣いた後からになる。

アンがストルを抱きしめ泣いた後、落ち着いたところを見計らい少しの休憩を挟んで城内の騎士団の詰所へと連れて行かれた。
そこでアンは、王妃が“直々に”選んだ騎士などに改めて事のあらましを説明し、彼らの質問に判る範囲で答えた。所謂審問と言ったところだろうか。
二日間それを行い、アンは“とりあえず今はこれで十分”と言った形で帰宅を許されたのである。

急遽帰れなくなった事で、ペットのブランを心配する事にもなったアンだが、気を利かせた騎士が街の詰所で預かると言いアンはそこへ二日間の審問を終えフラフラでブランを迎えに行った。
その姿を誰しも心配をしたが、アンは誰にもそれを言わせないように振る舞い自宅に戻り、今日までの八日間、一度も外に出ていない。
ぱったりと、アンの姿が見えなくなってしまった。
新聞配達の少年は毎日心配そうに玄関の先を見ては、新聞をそっと郵便箱に入れて行っている。
箱は新聞が三日も貯まればいっぱいになるような物だから、一番古いのを抜き、新しいのを入れていた。

テオはまだ家のドアをドンドンと、あの調子で叩いてくれない。


司令官の息子が、横領と癒着そして殺人容疑等で牢屋に入っている事は八日のうちに街中に知れ渡り、詳しい内容を殆どの人が知らない中、しかし、殺されているかも知れない人間がテオである事は知られていた。
その件でアンは詰所に呼ばれていたと言う事になっており、まさかアンが『幻の弦楽器ストルの音色が聞きたい』という王妃の希望を叶えるために呼ばれた先のサンルームで暴れたなんて誰も知る事ではなかった。箝口令というあれである。
尚更アンを心配する声が増し、顔が見えない事に不安が募り、誰ともなく「ドアを壊してでも様子を見るべきだ」と言い出した頃、また事件が起きた。

「──────アンが、連れて行かれた!?」
市場で大きな声が上がる。
「声、声がでかい!」
慌てて声を落とした相手に、市場の店員は耳打ちする。場内の賑やかさのおかげで、どうやら先の会話は誰も耳に入れなかったようだ。
「新聞配達のぼうやがさ、朝早くにアンの家に馬車が横付けしてるのを見てさ、慌ててこっそり確認してたらほら今第二旅団あるだろ?あそこの第一連隊隊長が、アンらしき人間とブランを抱えて馬車に乗り込んだってんだ。あの隊長さんは別に悪い話は聞かないけど、なにせテオが死んだかも知れないって時にあれだから、ぼうずもどうしていいか分からなくてよ、顔真っ青にして──────かわいそうに」
首を横に振った店員に聞いている相手も頷く。
この国の人間は──全てが全てではないけれど──少しでも関わると気にかける人の良さ、情の厚い気質がある。
良く買い物に来る、その上利用しやすい食堂でニコニコ働くアンを心配する人間は、アン本人が思うより多くいるのだ。

「どうなっちまうんだよ、アンは」

首を振り頭を抱えた彼らが心配するアンは、アンを連れ去る形となった隊長の屋敷の客室内のベッドの上で目を閉じていた。
ほとんど何も飲まず食わずだったアンは、隊長が部下に命じ鍵をこじ開けさせ中に入った隊長を見ても動きもしなかった。
目は開いていたが、入ってきたと認識していたかも怪しい。
馬車の中で目を閉じると、それきり、アンは微動だにしなくなった。
慌てて屋敷へ連れ帰り、今にも死にそうな雰囲気のアンを医者に見せ、今に至っている。

第一連隊隊長である彼は、テオが“何をしていたか”知っていた。
それでも何も言わず上層部へ告発もしなかったのは、“逃亡犯捕縛”する事は国のために良い事だと思った事もあったし、そもそも彼はそれがのだと聞いていたからだ。
テオに“逃亡犯捕縛”の依頼をする時は、くだんの第二旅団団長から彼の側近へ、側近から第一連隊隊長である彼にきて、彼が部下にテオに伝えるようにと命を出す。そして中隊長やその部下がテオに依頼を伝えに行くという格好であった。
アンが「会いたくない」と面と向かって発言した相手は、その中隊長である。
しかし、彼ら第二旅団第一連隊には“逃亡犯捕縛”なんて仕事はない。彼らのであった。
受け持つ中隊の一つは他の連隊の中隊らと協力しながら街を守ってはいるが、やはり管轄外。
だが爵位も高くなおかつ上司──その上、第二旅団団長は総司令官の息子である──の決定に異を唱える事はしなかった。
おかしいなと思いはしたが追求するほどではない、とそう“真実を知らない”誰もが考えていたのである。
なにせテオに依頼するのは“逃亡犯捕縛”だ。
言ってはなんだが、自分の手駒の情報屋に情報提供を頼むように、テオは第二旅団団長の手駒のハンターにそういう事を簡単に依頼しているんだろうと思う程度だった。
この依頼をするのは期限付きらしいとは聞いていたし、街を巡回する事の多い騎士団の隊長らにアンが「いつまでこんなコトさせるんだ」と怒っていると聞いても、そこまで深く考えもしないでいた。
アンには申し訳ないが、だろう。と。
まさかアンが今では知る人がいなくなったようなストルの能力を使いテオが何をしているのか、その真実を突き止めたなんて彼らは知りもしなかったからアンに対してもの気持ちでいたのだ。
ただそのアンも、どうしてあそこまで頑なにテオが依頼を受け続けているかだけは知らなかった。知っていたらまた、変わっていたかもしれない。

話を隊長である彼の気持ちへ戻すと、彼の元に“捕縛依頼”が来る頻度も、“手駒のハンターに捕縛させている”事を師団長より上の人間や他の師団長らに言わなかった理由の一つにもなっていた。
依頼の頻度が多く、これだけ逃してるとなると問題になるし、問題になった時に騎士団への信頼、ひいては国への信頼に問題が生まれるのではないか、と。
彼らはまさか“捕縛依頼”が、その実“捕縛依頼”だけに留まらず“暗殺依頼”や“脅し”など複数あったなんて知らず、テオへの依頼は全て“捕縛”だと額面通りに受け取っていた。
そう彼の“知っている”はだったのである。

そんな第一連隊隊長である彼が“あの日”、総司令官に全てを告発出来たのは、テオと最後に会った時に聞いた事が警報のように頭に巡ったからだった。
──────アンちゃんはここの国が大好きなんだ。俺はさあ、そのアンの気持ちも守りてえのよ。まあ、俺は守りたい守りてえって言って、結局アンを苦しめてるだけだ。
どうしてあんな言葉を言ったんだろうか。そもそもなぜ彼は軍に協力しているんだろうか。なぜ恋人を苦しめる事になったんだろうか。
一つ疑問を口にしてしまったら、次々生まれた。生まれて途端にその気持ちが膨らんだ。

第一連隊隊長自身の彼にも腹心の──────背中を預けられる部下がいる。
その部下である男には「キャリアを台無しにしかねませんけど、いいんですか?」と聞かれたが、部下は言っているくせに隊長の方針には全面的に賛成してくれた。
そうして確実に自分達の味方を集め使い、テオに何があったのかを調べ、そして何をのかを知った。
その時、調べていた彼らは絶望した。知らなかったでは済まされないような事をしてしまったと。
そもそもテオが軍にしている理由さえ知らなかったのだ。
知った時の失望感は言い尽くせない。
上司だけじゃない、自分にも失望した。
──────これは必ず言わなければならない。自分がどんな罰を貰おうとも。
それでテオに、そしてアンに償えると彼は思っていなかったけれど必ずそうしようと。
家に迷惑がかかるかもしれない、なんては頭になかった。
軍の人間ではダメかもしれない。他の、協力してくれそうな相手に、なるべく爵位の高い国王に信頼されている人に渡さなければ意味がない。
その話し合いをしていたところで、あのサンルームでの事件だ。
部下に聞いた隊長は全てを持ってあの日、総司令官の部屋の扉を叩いた。
同じものを腹心の部下と家族にも預け、一人で向かったのだ。

あの日のサンルームでの事を聞き、後悔した。ひどく。
もっと早く疑問と向き合えばアンを悲しませる事も、テオが行方不明になる事もなかったはずなのに。
真実を知るべきだったとも後悔した。疑問を持って行動するべきだったと思った。
を目標にしていなかったのに。と思った彼は総司令官に「償い終わるまで職を辞する事はしません」と言った。
ここで止めるのは簡単だ。けれど止める前に、これから一気に信用を失うだろう第二旅団の一員として信頼回復に努めてからにしよう。そう思っての事だ。
まさに王妃が総司令官に言ったそれも同じである。

そして彼がいつ辞職する事になったかという話をすると、結論から言えば彼は
彼が信頼回復に努めそれを自身も認められるようになった頃には、彼がこの件を理由にする事は叶わなくなった。彼自身はそうしようとしたが、周りがそれを認めなかったのである。
それだけ彼は信念を曲げずに二度と後悔しないように、誰かのためにと守り続けた証だろう。
彼が年齢を理由に“退職”した際、彼に感謝を伝えようとした人で溢れたそうだ。

その彼は生涯ずっとテオが行方不明になる直前に交わした会話が忘れられなかった。
──────大切な人が好きになった国。その人の、この国が好きだという気持ちも守りたい。でも、それは独りよがりだったのかもしれない。
テオがどうして協力せざるを得ない状況になったのか、それを知るとテオがどんな気持ちだったか。彼には想像する事も出来なかった。
想像する事は出来るが、彼にとってこの件でそれをするのは軽々しすぎると出来なかったのだ。

この国はたしかに他国の人間にもあたたかい。
多数の審査を受けるとはいえ、国籍を与える事もある。
そして、それをいち師団長クラスの人間が邪魔する事は、残念ながら非常に簡単だ。
アンは知らなかったが、テオは二度断りに行っている。
その時も同じように言った。
自分はそんな事は出来ないし、あなたにもそんな権利はないだろう、と。
しかし一度目に断りに行った時にテオは言われた。
「ゆっくり考えてから、もう一度返事をしに来てほしい」
二度目に断った時のテオの顔は一度目よりもずっと深刻で真剣な顔だったが、答えは一度目と変わりはなかった。
しかしその時団長は“ついに”はっきりと言った。
断ればアンに与えられていた国籍を剥奪した上国外追放、そしてテオを間諜容疑で投獄すると。それでも良いなら断ってくれと。
アンは元は難民だ。母親と他国から逃げてきた。元々国民ではないと元々ここにいる人間より簡単に剥奪出来るだろう。
事実、国籍を与えられた人間がその後事件を起こし──その度合いは勿論考慮されるが──剥奪された事はある。
そしてテオに間諜容疑をかけるのは簡単だ。テオの生家と彼の軍歴などを考えれば、無実を信じる方が難しくなるかもしれない。
アンを国外追放にすると脅しテオを投獄するとも言ったのは、アンを追放すればテオが追いかけていきアンがと分かっているからだ。アンの命を材料にするには、テオが邪魔なのである。
そしてこの顛末をテオはアンに言わなかった。言えばアンがそれで良いから国から出ようと言ったに違いないから。

「アンちゃんはさ、お母さんと逃げてきて、首都から離れた街の教会に保護されたんだ。教会の人がお母さんとアンの事を見て、すぐさま役所に申請してくれたみてぇでな。それからも国籍を得るために教会の人や近隣の人、それに次第に役所の担当者も親身になってくれたって言っててなあ。なんのゆかりもない自分たちのために、昼夜問わず頑張ってくれた。大人にはイヤな思いしかしてこなかったアンちゃんにとって、“本当の大人”を知ったんだろうな。だからアンちゃんはここの国が大好きなんだ。俺はさあ、そのアンの気持ちも守りてえのよ。まあ、俺は守りたい守りてえって言って、結局アンを苦しめてるだけたったんだから、はは、ざまあねえな」

テオが消える直前、寂しそうな顔でそう言っていた事を彼は忘れる事は出来ない。
いや、忘れてはいけないものでもあった。
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