8 / 247
一章
7、夜更け
はしたないことをしてしまいました。
食事を終えたわたくしは、我に返りました。結局、先生がすべて食べさせてくれたのです。
そのせいで、先生の食事は冷えてしまったでしょう。
「申し訳ありません」と頭を下げましたが、先生は不思議と笑顔でいらっしゃいました。
「別にてんぷらが少々冷めたところで、問題はない」
学校で高瀬先生の笑顔を見ることはなく、教員と話している時も、取り巻きの女学生に囲まれている時も、常に難しい顔をしていらっしゃいます。
空腹に負けたわたくしを、嘲笑っているのかと訝しみましたが。そんな風ではありません。
なんと申しますか、柔らかな春風が吹くような笑みなのです。
「高瀬先生でも、そんなお顔をなさるんですね」
思わず問いかけると、先生ははっとしたように急に眉間にしわを寄せました。
「ここは学校ではない。名前で呼ぶか、せめて『旦那さま』と言いなさい」
え? そちらなのですか。
笑顔は恋人に向けるもので、お前に見せる価値などないと罵られるとばかり思っていましたが。
「明日は学校があるが、まだここでの生活に慣れていないからな。休みなさい」
「でも、宿題が」
「ああ、俺が出した宿題か」
先生は苦笑なさいました。今度は、ちょっと馬鹿にされていると分かります。
どうせ解けっこないと思っているのでしょう。
「ふむ、そうだな。朝まで宿題を教えるのと、俺と閨を共にするのと、どちらかを選ばせてやろう」
「閨を共にするって、あの……まさか」
突然の申し出に、わたくしの声は裏返ってしまいました。
でも、そういうことですよね。男女の交わりというか、要は体を重ねるということですよね。
女学校ではすでに婚約者がいる方もいらっしゃいます。でも、わたくしは誰ともお付き合をしたこともないですし、無論手を繋いだことすらありません。
先生がわたくしの耳元に口を寄せました。
「別に、すぐに抱こうというわけじゃない。あなたと共に夜を過ごしたいだけだ」
「えっと、その。添い寝……ですか」
「子どもじゃあるまいし」
では何を? 本の読み聞かせでもありませんよね。高瀬先生の方が学がありますもの。
「あなたを見ていたい。なぁに、朝までなどとは言わない。風邪をひかせたくはないからな。そうだな、夜更けまでくらいならいいだろう」
何を仰っているんですか?
わたくしのすぐ傍で、黒い瞳が細められました。
使用人が夕餉の膳を下げ、布団を敷いてくれました。
二組の布団が並べられ、まるで夫婦の寝所のようです。
布団の前に正座するわたくしを、先生が見下ろしています。
「立ちなさい、翠子さん」
促されるままに立ち上がると、座敷と縁側の間にある柱へと導かれました。先生の手がわたくしの帯にかかったと思うと、しゅるりと帯が解かれました。
「えっ? きゃあっ」
「顔や腕も白いが、服に隠れている部分は白磁のようだな」
「見ないでください」
「では徹夜で勉強をするか? 俺は指導はするが、答えは教えない。もし君が居眠りをしたら、頭から水をかけて起こすが。それでいいのか?」
水を? どうしてそんな厳しいことを仰るのでしょう。
怯えるわたくしを、先生は腕を組んだまま眺めています。先生が教室で生徒を叱ることもありますが、こんな風に脅かすようなことは誰も言われていませんでした。
なぜ、わたくしだけが? やはりお金で買われたからなのですか?
みじめな思いに、唇を噛みしめることしかできません。
「どうするんだ?」
「先生の思うようになさってください」
食事を終えたわたくしは、我に返りました。結局、先生がすべて食べさせてくれたのです。
そのせいで、先生の食事は冷えてしまったでしょう。
「申し訳ありません」と頭を下げましたが、先生は不思議と笑顔でいらっしゃいました。
「別にてんぷらが少々冷めたところで、問題はない」
学校で高瀬先生の笑顔を見ることはなく、教員と話している時も、取り巻きの女学生に囲まれている時も、常に難しい顔をしていらっしゃいます。
空腹に負けたわたくしを、嘲笑っているのかと訝しみましたが。そんな風ではありません。
なんと申しますか、柔らかな春風が吹くような笑みなのです。
「高瀬先生でも、そんなお顔をなさるんですね」
思わず問いかけると、先生ははっとしたように急に眉間にしわを寄せました。
「ここは学校ではない。名前で呼ぶか、せめて『旦那さま』と言いなさい」
え? そちらなのですか。
笑顔は恋人に向けるもので、お前に見せる価値などないと罵られるとばかり思っていましたが。
「明日は学校があるが、まだここでの生活に慣れていないからな。休みなさい」
「でも、宿題が」
「ああ、俺が出した宿題か」
先生は苦笑なさいました。今度は、ちょっと馬鹿にされていると分かります。
どうせ解けっこないと思っているのでしょう。
「ふむ、そうだな。朝まで宿題を教えるのと、俺と閨を共にするのと、どちらかを選ばせてやろう」
「閨を共にするって、あの……まさか」
突然の申し出に、わたくしの声は裏返ってしまいました。
でも、そういうことですよね。男女の交わりというか、要は体を重ねるということですよね。
女学校ではすでに婚約者がいる方もいらっしゃいます。でも、わたくしは誰ともお付き合をしたこともないですし、無論手を繋いだことすらありません。
先生がわたくしの耳元に口を寄せました。
「別に、すぐに抱こうというわけじゃない。あなたと共に夜を過ごしたいだけだ」
「えっと、その。添い寝……ですか」
「子どもじゃあるまいし」
では何を? 本の読み聞かせでもありませんよね。高瀬先生の方が学がありますもの。
「あなたを見ていたい。なぁに、朝までなどとは言わない。風邪をひかせたくはないからな。そうだな、夜更けまでくらいならいいだろう」
何を仰っているんですか?
わたくしのすぐ傍で、黒い瞳が細められました。
使用人が夕餉の膳を下げ、布団を敷いてくれました。
二組の布団が並べられ、まるで夫婦の寝所のようです。
布団の前に正座するわたくしを、先生が見下ろしています。
「立ちなさい、翠子さん」
促されるままに立ち上がると、座敷と縁側の間にある柱へと導かれました。先生の手がわたくしの帯にかかったと思うと、しゅるりと帯が解かれました。
「えっ? きゃあっ」
「顔や腕も白いが、服に隠れている部分は白磁のようだな」
「見ないでください」
「では徹夜で勉強をするか? 俺は指導はするが、答えは教えない。もし君が居眠りをしたら、頭から水をかけて起こすが。それでいいのか?」
水を? どうしてそんな厳しいことを仰るのでしょう。
怯えるわたくしを、先生は腕を組んだまま眺めています。先生が教室で生徒を叱ることもありますが、こんな風に脅かすようなことは誰も言われていませんでした。
なぜ、わたくしだけが? やはりお金で買われたからなのですか?
みじめな思いに、唇を噛みしめることしかできません。
「どうするんだ?」
「先生の思うようになさってください」
あなたにおすすめの小説
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
【完結】女当主は義弟の手で花開く
はるみさ
恋愛
シャノンは若干25歳でありながら、プレスコット伯爵家の女当主。男勝りな彼女は、由緒ある伯爵家の当主として男性と互角に渡り合っていた。しかし、そんな彼女には結婚という大きな悩みが。伯爵家の血筋を残すためにも結婚しなくてはと思うが、全く相手が見つからない。途方に暮れていたその時……「義姉さん、それ僕でいいんじゃない?」昔拾ってあげた血の繋がりのない美しく成長した義弟からまさかの提案……!?
恋に臆病な姉と、一途に義姉を想い続けてきた義弟の大人の恋物語。
※他サイトにも掲載しています。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。