11 / 247
一章
10、旦那さま
しおりを挟む
先生のくちづけは、まるで食べられてしまいそうなほどに激しいものでした。
箸につままれて、先生の口でかみ砕かれる海老の気持ちが少し分かったような気がします。
もどかしすぎる快感は終わることがなく、拷問のようです。
座ることも許されず、わたくしは立ったままで先生の愛撫を受け入れていました。
「先生……」
「そう呼ぶようには教えていない」
「旦那……さま」
「まぁ、いいだろう。いずれ俺を名前で呼びなさい」
なぜわたくしが先生を呼んだのか、それを問い詰められることはありませんでした。でも、きっと先生、いえ旦那さまは分かっておいでです。
このもどかしい熱を、体を支配する火照りをなんとかしてほしいと願っていることを。
けれど、旦那さまは口の中は犯すほどに激しいのに、体へ与えられるのはそよ風が撫でるほどの隔たりがあるので。
わたくしは何度も達しそうになりながらも、それが叶わずに旦那さまにしがみつきました。
「も、無理です。立っていられません」
「立っていられないなら、やめようか」
思いがけない返答に、わたくしは首を小さく振りました。
そんな反応をする自分に、驚いたほどです。こんな無体な仕打ちは、一刻も早くやめてほしかったのに。
心も体も、今はそれを求めていません。
このまま放り出されたら、きっと苦しくて自ら淫らなことをしてしまいそうです。
それならば、旦那さまにしていただく方が。
そう考えるわたくしは、すでに少しおかしくなっているのかもしれません。
「やめないでください。苦しいのです」
わたくしは旦那さまの胸に顔をうずめました。
「やはり、ここまでにしておこう」
「いやです……いや、もっと翠子に触れてください」
もっと近くで訴えたいと思ったわたくしは、背伸びをして旦那さまの耳の近くで囁きました。
先生のことを旦那さまと呼ぶだけで、不思議と背徳感が薄れます。
だから、こんな浅ましいことをお願いできたのかもしれません。
わたくしは旦那さまの愛玩物。ならば甘えてもいいはず。
今、この方は高瀬先生ではないのですから。
「翠子さん」と呼ぶ旦那さまの声がかすれています。
それが何を意味するのか、わたくしには分かりませんし、考える余裕もありません。
旦那さまの手が、わたくしの下肢に伸ばされました。ためらいがちに一度手を引こうとして、しばらくの後「いいのだな」と問いかける声が聞こえました。
わたくしは無言でうなずきます。
「あ、あぁ……ん……んんっ」
長く節くれだった指が、わたくしの秘された箇所をまさぐります。
塗れた音が聞こえ、どれほどにわたくしが感じているのか思い知らされます。
もう立っていることもできなくなり、わたくしは旦那さまにもたれかかりました。
そのまま畳に寝かされて、執拗な愛撫を受け入れます。
「や……あぁ、ああっ」
甘くて鋭い痺れが一気に背筋を駆け抜け、頭の中が白く弾けました。
わたくしは短い息を繰り返し、汗ばんだ胸を上下させました。
旦那さまは、びくびくと痙攣を起こしているわたくしの体を抱きしめてくださいました。
そう、この方は高瀬先生ではなく、旦那さま。
わたくしが今日、初めて出会ってお仕えする人。
でなければ、心が壊れてしまいます。
◇◇◇
翠子さんは、俺の腕の中で果てた。
両手で顔を隠し、けれど口元までは隠し切れずに、彼女は絶頂の際に悲鳴に似た声を上げた。
「もう休みなさい」
「……はい、旦那さま」
こんな時も、律儀に呼び名を守ろうとする。
汗ばんだ彼女の頬を撫でてやると、柔らかな笑みを浮かべた。
教室では友人に笑顔を見せるが、担任である俺には一度も笑いかけたことがない。朗らかな表情も見せてはくれない。
数学という教科がいけないのだろうか。
もし俺が国語を担当していたのなら、少しは打ち解けてくれていたのだろうか。
まだ快楽の余韻が彼女を支配している。
もし、今すぐにでも正気に戻れば、こんな風に彼女を追い詰めた俺のことを嫌悪するだろう。
「旦那……さま」
「ここにいるよ」
箸につままれて、先生の口でかみ砕かれる海老の気持ちが少し分かったような気がします。
もどかしすぎる快感は終わることがなく、拷問のようです。
座ることも許されず、わたくしは立ったままで先生の愛撫を受け入れていました。
「先生……」
「そう呼ぶようには教えていない」
「旦那……さま」
「まぁ、いいだろう。いずれ俺を名前で呼びなさい」
なぜわたくしが先生を呼んだのか、それを問い詰められることはありませんでした。でも、きっと先生、いえ旦那さまは分かっておいでです。
このもどかしい熱を、体を支配する火照りをなんとかしてほしいと願っていることを。
けれど、旦那さまは口の中は犯すほどに激しいのに、体へ与えられるのはそよ風が撫でるほどの隔たりがあるので。
わたくしは何度も達しそうになりながらも、それが叶わずに旦那さまにしがみつきました。
「も、無理です。立っていられません」
「立っていられないなら、やめようか」
思いがけない返答に、わたくしは首を小さく振りました。
そんな反応をする自分に、驚いたほどです。こんな無体な仕打ちは、一刻も早くやめてほしかったのに。
心も体も、今はそれを求めていません。
このまま放り出されたら、きっと苦しくて自ら淫らなことをしてしまいそうです。
それならば、旦那さまにしていただく方が。
そう考えるわたくしは、すでに少しおかしくなっているのかもしれません。
「やめないでください。苦しいのです」
わたくしは旦那さまの胸に顔をうずめました。
「やはり、ここまでにしておこう」
「いやです……いや、もっと翠子に触れてください」
もっと近くで訴えたいと思ったわたくしは、背伸びをして旦那さまの耳の近くで囁きました。
先生のことを旦那さまと呼ぶだけで、不思議と背徳感が薄れます。
だから、こんな浅ましいことをお願いできたのかもしれません。
わたくしは旦那さまの愛玩物。ならば甘えてもいいはず。
今、この方は高瀬先生ではないのですから。
「翠子さん」と呼ぶ旦那さまの声がかすれています。
それが何を意味するのか、わたくしには分かりませんし、考える余裕もありません。
旦那さまの手が、わたくしの下肢に伸ばされました。ためらいがちに一度手を引こうとして、しばらくの後「いいのだな」と問いかける声が聞こえました。
わたくしは無言でうなずきます。
「あ、あぁ……ん……んんっ」
長く節くれだった指が、わたくしの秘された箇所をまさぐります。
塗れた音が聞こえ、どれほどにわたくしが感じているのか思い知らされます。
もう立っていることもできなくなり、わたくしは旦那さまにもたれかかりました。
そのまま畳に寝かされて、執拗な愛撫を受け入れます。
「や……あぁ、ああっ」
甘くて鋭い痺れが一気に背筋を駆け抜け、頭の中が白く弾けました。
わたくしは短い息を繰り返し、汗ばんだ胸を上下させました。
旦那さまは、びくびくと痙攣を起こしているわたくしの体を抱きしめてくださいました。
そう、この方は高瀬先生ではなく、旦那さま。
わたくしが今日、初めて出会ってお仕えする人。
でなければ、心が壊れてしまいます。
◇◇◇
翠子さんは、俺の腕の中で果てた。
両手で顔を隠し、けれど口元までは隠し切れずに、彼女は絶頂の際に悲鳴に似た声を上げた。
「もう休みなさい」
「……はい、旦那さま」
こんな時も、律儀に呼び名を守ろうとする。
汗ばんだ彼女の頬を撫でてやると、柔らかな笑みを浮かべた。
教室では友人に笑顔を見せるが、担任である俺には一度も笑いかけたことがない。朗らかな表情も見せてはくれない。
数学という教科がいけないのだろうか。
もし俺が国語を担当していたのなら、少しは打ち解けてくれていたのだろうか。
まだ快楽の余韻が彼女を支配している。
もし、今すぐにでも正気に戻れば、こんな風に彼女を追い詰めた俺のことを嫌悪するだろう。
「旦那……さま」
「ここにいるよ」
22
あなたにおすすめの小説
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
交際マイナス一日婚⁉ 〜ほとぼりが冷めたら離婚するはずなのに、鬼上司な夫に無自覚で溺愛されていたようです〜
朝永ゆうり
恋愛
憧れの上司と一夜をともにしてしまったらしい杷留。お酒のせいで記憶が曖昧なまま目が覚めると、隣りにいたのは同じく状況を飲み込めていない様子の三条副局長だった。
互いのためにこの夜のことは水に流そうと約束した杷留と三条だったが、始業後、なぜか朝会で呼び出され――
「結婚、おめでとう!」
どうやら二人は、互いに記憶のないまま結婚してしまっていたらしい。
ほとぼりが冷めた頃に離婚をしようと約束する二人だったが、互いのことを知るたびに少しずつ惹かれ合ってゆき――
「杷留を他の男に触れさせるなんて、考えただけでぞっとする」
――鬼上司の独占愛は、いつの間にか止まらない!?
碧眼の小鳥は騎士団長に愛される
狭山雪菜
恋愛
アリカ・シュワルツは、この春社交界デビューを果たした18歳のシュワルツ公爵家の長女だ。
社交会デビューの時に知り合ったユルア・ムーゲル公爵令嬢のお茶会で仮面舞踏会に誘われ、参加する事に決めた。
しかし、そこで会ったのは…?
全編甘々を目指してます。
この作品は「アルファポリス」にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる