14 / 247
二章
3、知らぬふりを
俺が担当しているのは、高等女学校の四年生だ。年齢で言えば、十五歳から十六歳の女子ということになる。
そう、俺の半分の年齢。つまり子どもだ。
名簿を手に廊下を歩きながら、俺は職員室から教室へと向かった。
「高瀬先生がいらっしゃいました」
廊下に立つ女生徒が、教室内に呼びかけるのが見えた。
他の学校の仕組みは知らないが、この学校ではドアガールという制度がある。廊下側の一番前の席になった者は、廊下で教師が来るのを待ち、授業が終わると教師をドアの外で見送る。
無論、ドアの開け閉めは女生徒の仕事だ。
つまらない制度を作ったものだ、と心底思う。廊下でぼーっと立ち尽くしている時間に、英単語の一つでも覚えたり、数学の宿題を進めることもできるだろうに。
子どもにドアを開けられて嬉しがる男がいるものだろうか。むしろこちらが女性にドアを開けてやる立場なのではないか?
女生徒がドアを開けようとするから、俺はそれを手で制して自分で開いた。なぜかその生徒が、ぽうっと顔を赤らめて俺を見つめている。
風邪か? 初夏だから、こんな北向きの廊下で立ちっぱなしでも寒いことはないが。冬場にはこの制度は相当きついよな。
教壇に立ち、教室を見渡すと今日は空席がなかった。
翠子さん……いや、笠井さんが窓際の後方の席に座っている。それを確認してほっとした。
いつもは、木の枝にとまる鳥を眺めていたりするのに。今日の笠井さんは緊張しているかのように、机の上で両手を握りしめてうつむいている。
まぁ、仕方ないか。そう簡単に切り替えることもできないだろう。
そんな不器用さも愛らしいが。
ふいに教室内がざわめいた。どうしたのかと思い顔を上げると、前方の席の生徒たちが俺の顔を見つめている。
どうしたんだ? なにか顔についているのか?
慌てて手の甲で頬やあごを拭ったが、とくに何もなさそうだ。
「珍しいですわ。高瀬先生が微笑まれるなんて」
「明日は雨かしら。でも、いいものが見られましたね」
いかんな。翠子さんのことを考えると、自然と頬が緩んでしまった。ここは学校だ、職場なんだ。気を抜くな、俺。
だが微笑んだくらいで注目されるとは、とんだ珍獣扱いだな。
◇◇◇
驚きました。
わたくしは唖然と、教壇に立つ高瀬先生を見据えました。
だって、今日で二度目なんですよ。先生が微笑んだのは。
女学校には四年通っていますが、この四年間、一度だって先生の柔らかな表情を見たことがありません。
きっと常に難しい数式だの、理論だのを考えていらっしゃるから、笑うことなどないと思っていたのですけど。
今の先生は、どんな楽しいことを考えていらしたんでしょう。
「笠井さん」
先生はわたくしを妻にすると仰いましたけど。男爵家の娘とはいえ、今は没落して借金を抱えるほどなのですから。わたくしよりも、もっと先生に見合う令嬢がいらっしゃると思うのですが。
「笠井さん」
ああ、でも。本当にそんな令嬢が現れたら、わたくしと結婚すると決めたのは早計だったと、あの家を追い出されるかもしれません。
なにか自立できる道を考えなくては。
「笠井翠子さん」
「は、はい。だん……」
旦那さまと言いかけて、わたくしは手で口を押えました。
しまった。ここは高瀬邸ではありません。学校です、教室です。
「だん? 団子の夢でも見ていたのか。出席しているのなら、返事をしなさい」
「申し訳ありません」
そう、俺の半分の年齢。つまり子どもだ。
名簿を手に廊下を歩きながら、俺は職員室から教室へと向かった。
「高瀬先生がいらっしゃいました」
廊下に立つ女生徒が、教室内に呼びかけるのが見えた。
他の学校の仕組みは知らないが、この学校ではドアガールという制度がある。廊下側の一番前の席になった者は、廊下で教師が来るのを待ち、授業が終わると教師をドアの外で見送る。
無論、ドアの開け閉めは女生徒の仕事だ。
つまらない制度を作ったものだ、と心底思う。廊下でぼーっと立ち尽くしている時間に、英単語の一つでも覚えたり、数学の宿題を進めることもできるだろうに。
子どもにドアを開けられて嬉しがる男がいるものだろうか。むしろこちらが女性にドアを開けてやる立場なのではないか?
女生徒がドアを開けようとするから、俺はそれを手で制して自分で開いた。なぜかその生徒が、ぽうっと顔を赤らめて俺を見つめている。
風邪か? 初夏だから、こんな北向きの廊下で立ちっぱなしでも寒いことはないが。冬場にはこの制度は相当きついよな。
教壇に立ち、教室を見渡すと今日は空席がなかった。
翠子さん……いや、笠井さんが窓際の後方の席に座っている。それを確認してほっとした。
いつもは、木の枝にとまる鳥を眺めていたりするのに。今日の笠井さんは緊張しているかのように、机の上で両手を握りしめてうつむいている。
まぁ、仕方ないか。そう簡単に切り替えることもできないだろう。
そんな不器用さも愛らしいが。
ふいに教室内がざわめいた。どうしたのかと思い顔を上げると、前方の席の生徒たちが俺の顔を見つめている。
どうしたんだ? なにか顔についているのか?
慌てて手の甲で頬やあごを拭ったが、とくに何もなさそうだ。
「珍しいですわ。高瀬先生が微笑まれるなんて」
「明日は雨かしら。でも、いいものが見られましたね」
いかんな。翠子さんのことを考えると、自然と頬が緩んでしまった。ここは学校だ、職場なんだ。気を抜くな、俺。
だが微笑んだくらいで注目されるとは、とんだ珍獣扱いだな。
◇◇◇
驚きました。
わたくしは唖然と、教壇に立つ高瀬先生を見据えました。
だって、今日で二度目なんですよ。先生が微笑んだのは。
女学校には四年通っていますが、この四年間、一度だって先生の柔らかな表情を見たことがありません。
きっと常に難しい数式だの、理論だのを考えていらっしゃるから、笑うことなどないと思っていたのですけど。
今の先生は、どんな楽しいことを考えていらしたんでしょう。
「笠井さん」
先生はわたくしを妻にすると仰いましたけど。男爵家の娘とはいえ、今は没落して借金を抱えるほどなのですから。わたくしよりも、もっと先生に見合う令嬢がいらっしゃると思うのですが。
「笠井さん」
ああ、でも。本当にそんな令嬢が現れたら、わたくしと結婚すると決めたのは早計だったと、あの家を追い出されるかもしれません。
なにか自立できる道を考えなくては。
「笠井翠子さん」
「は、はい。だん……」
旦那さまと言いかけて、わたくしは手で口を押えました。
しまった。ここは高瀬邸ではありません。学校です、教室です。
「だん? 団子の夢でも見ていたのか。出席しているのなら、返事をしなさい」
「申し訳ありません」
あなたにおすすめの小説
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
お隣さんはヤのつくご職業
古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。
残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。
元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。
……え、ちゃんとしたもん食え?
ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!!
ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ
建築基準法と物理法則なんて知りません
登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。
2020/5/26 完結
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
「職場では隙のない完璧な先輩が、家ではゆるニットで甘えてくる。それでも彼女は、まだ俺の恋人じゃない」
まさき
恋愛
会社では完璧で、誰も近づけない先輩。
そんな彼女と、俺は同じ部屋で暮らしている。
「…おかえり」
ゆるニット姿の彼女は、家でだけ甘い声を出す。
近い。甘い。それでも――
「ちゃんと付き合ってから」
彼女は知っている。自分が好きになりすぎることを。
嫌われるのが怖くて、迷惑になるのが怖くて。
だから一歩手前で、いつも笑って止まる。
最初から好きなくせに、言えない彼女と。
気づいているのに、待っている俺の話。