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三章

15、面映ゆいです

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 今夜の夕食は、ビフカツに、あじのつみれ汁、それに茄子の柴漬けです。
 ビフカツは、外国人の居留地があるこの街では馴染んだ味です。山と海が近く、鯵も朝に漁港にあがったものが昼には市に並ぶので新鮮です。

 洋食をお膳でいただくわけにもいかず、今日の夕食はダイニングでとります。
 高瀬邸は日本家屋なのですが、台所と食堂というよりも、キッチンとダイニングと言った方がしっくりとくる洒落た造りです。
 何度見ても、ステンドグラスから差し込む光がきれいです。夕暮れ時、ステンドグラスを透かした光は、トパーズや翡翠のようにテーブルの上で煌めいています。

「本当はスープを用意した方がよかったんですけどね。鯵の活きがよかったので、つい、ね」

 お清さんがよそってくださるつみれ汁を、わたくしはテーブルまで運びました。
 お汁は澄み、あしらわれた茗荷みょうがの淡い赤紫と、ねぎの緑が黒い塗りのお椀に映えています。

「おいしいです」
「あら、お口に合ってよかった。たんと召し上がってくださいね。疲れも取れますよ」

 にこにことお清さんが微笑んでいますが。その疲れが意味するところを考えると、恥ずかしさにうつむいてしまいます。
 察していますよね、さすがに。

欧之丞おうのすけさまもねぇ。あまり翠子さんに無理をなさらないでくださいね。嫌われてしまいますよ」

 つみれ汁を飲んでいた旦那さまが、せてしまいました。
 慌てて口を拭いてらっしゃいますが。顔だけではなく、耳まで真っ赤です。
 隣の席に座っていらっしゃるので、わたくしからはよく見えるんです。

「お、俺は別に……げほっ」
「大丈夫ですか?」
「げほ、ごほっ」

 旦那さまは、盛大に咳き込んでいらっしゃいます。
 き、気まずいです。

 お清さんにしてみれば、旦那さまがわたくしを無理やり抱いていると思っているようです。いえ、決して間違いではないのですが。
 旦那さまに翻弄されると、自分でも気づかぬ内に、彼を求めてしまっているようで。
 その、何というか。

 わたくしは、顔がかーっと熱くなりました。

 お清さんは他の用事をすると言って、ダイニングを離れました。
 二人きりになって沈黙が続きましたが、しばらくして旦那さまが口を開きました。

「……前にな、お清に言われたことがある。翠子さんは女学校の四年生になって間がないから、卒業を待って結婚するにしてもあと二年以上ある。二人の赤ちゃんを見られるのは、まだ先なんですねぇ、と」
「それは、その……」
「俺はお清になんて答えればいいんだ?」

 旦那さまは、途方に暮れたように天井を仰ぎました。乱れた前髪が額にかかり、教室でお見掛けするよりも若く見えます。

「存じ上げません。だって、先生に分からないことが生徒のわたくしに分かるはずないです」
「こら、思考を放棄するな。翠子さんの悪い癖だ」
「ここは教室ではないんですもの」
「……まったく」

 だって、答えられるはずがないです。
 旦那さまだって、照れていらっしゃるじゃないですか。
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