42 / 247
三章
15、面映ゆいです
今夜の夕食は、ビフカツに、鯵のつみれ汁、それに茄子の柴漬けです。
ビフカツは、外国人の居留地があるこの街では馴染んだ味です。山と海が近く、鯵も朝に漁港にあがったものが昼には市に並ぶので新鮮です。
洋食をお膳でいただくわけにもいかず、今日の夕食はダイニングでとります。
高瀬邸は日本家屋なのですが、台所と食堂というよりも、キッチンとダイニングと言った方がしっくりとくる洒落た造りです。
何度見ても、ステンドグラスから差し込む光がきれいです。夕暮れ時、ステンドグラスを透かした光は、トパーズや翡翠のようにテーブルの上で煌めいています。
「本当はスープを用意した方がよかったんですけどね。鯵の活きがよかったので、つい、ね」
お清さんがよそってくださるつみれ汁を、わたくしはテーブルまで運びました。
お汁は澄み、あしらわれた茗荷の淡い赤紫と、ねぎの緑が黒い塗りのお椀に映えています。
「おいしいです」
「あら、お口に合ってよかった。たんと召し上がってくださいね。疲れも取れますよ」
にこにことお清さんが微笑んでいますが。その疲れが意味するところを考えると、恥ずかしさにうつむいてしまいます。
察していますよね、さすがに。
「欧之丞さまもねぇ。あまり翠子さんに無理をなさらないでくださいね。嫌われてしまいますよ」
つみれ汁を飲んでいた旦那さまが、噎せてしまいました。
慌てて口を拭いてらっしゃいますが。顔だけではなく、耳まで真っ赤です。
隣の席に座っていらっしゃるので、わたくしからはよく見えるんです。
「お、俺は別に……げほっ」
「大丈夫ですか?」
「げほ、ごほっ」
旦那さまは、盛大に咳き込んでいらっしゃいます。
き、気まずいです。
お清さんにしてみれば、旦那さまがわたくしを無理やり抱いていると思っているようです。いえ、決して間違いではないのですが。
旦那さまに翻弄されると、自分でも気づかぬ内に、彼を求めてしまっているようで。
その、何というか。
わたくしは、顔がかーっと熱くなりました。
お清さんは他の用事をすると言って、ダイニングを離れました。
二人きりになって沈黙が続きましたが、しばらくして旦那さまが口を開きました。
「……前にな、お清に言われたことがある。翠子さんは女学校の四年生になって間がないから、卒業を待って結婚するにしてもあと二年以上ある。二人の赤ちゃんを見られるのは、まだ先なんですねぇ、と」
「それは、その……」
「俺はお清になんて答えればいいんだ?」
旦那さまは、途方に暮れたように天井を仰ぎました。乱れた前髪が額にかかり、教室でお見掛けするよりも若く見えます。
「存じ上げません。だって、先生に分からないことが生徒のわたくしに分かるはずないです」
「こら、思考を放棄するな。翠子さんの悪い癖だ」
「ここは教室ではないんですもの」
「……まったく」
だって、答えられるはずがないです。
旦那さまだって、照れていらっしゃるじゃないですか。
ビフカツは、外国人の居留地があるこの街では馴染んだ味です。山と海が近く、鯵も朝に漁港にあがったものが昼には市に並ぶので新鮮です。
洋食をお膳でいただくわけにもいかず、今日の夕食はダイニングでとります。
高瀬邸は日本家屋なのですが、台所と食堂というよりも、キッチンとダイニングと言った方がしっくりとくる洒落た造りです。
何度見ても、ステンドグラスから差し込む光がきれいです。夕暮れ時、ステンドグラスを透かした光は、トパーズや翡翠のようにテーブルの上で煌めいています。
「本当はスープを用意した方がよかったんですけどね。鯵の活きがよかったので、つい、ね」
お清さんがよそってくださるつみれ汁を、わたくしはテーブルまで運びました。
お汁は澄み、あしらわれた茗荷の淡い赤紫と、ねぎの緑が黒い塗りのお椀に映えています。
「おいしいです」
「あら、お口に合ってよかった。たんと召し上がってくださいね。疲れも取れますよ」
にこにことお清さんが微笑んでいますが。その疲れが意味するところを考えると、恥ずかしさにうつむいてしまいます。
察していますよね、さすがに。
「欧之丞さまもねぇ。あまり翠子さんに無理をなさらないでくださいね。嫌われてしまいますよ」
つみれ汁を飲んでいた旦那さまが、噎せてしまいました。
慌てて口を拭いてらっしゃいますが。顔だけではなく、耳まで真っ赤です。
隣の席に座っていらっしゃるので、わたくしからはよく見えるんです。
「お、俺は別に……げほっ」
「大丈夫ですか?」
「げほ、ごほっ」
旦那さまは、盛大に咳き込んでいらっしゃいます。
き、気まずいです。
お清さんにしてみれば、旦那さまがわたくしを無理やり抱いていると思っているようです。いえ、決して間違いではないのですが。
旦那さまに翻弄されると、自分でも気づかぬ内に、彼を求めてしまっているようで。
その、何というか。
わたくしは、顔がかーっと熱くなりました。
お清さんは他の用事をすると言って、ダイニングを離れました。
二人きりになって沈黙が続きましたが、しばらくして旦那さまが口を開きました。
「……前にな、お清に言われたことがある。翠子さんは女学校の四年生になって間がないから、卒業を待って結婚するにしてもあと二年以上ある。二人の赤ちゃんを見られるのは、まだ先なんですねぇ、と」
「それは、その……」
「俺はお清になんて答えればいいんだ?」
旦那さまは、途方に暮れたように天井を仰ぎました。乱れた前髪が額にかかり、教室でお見掛けするよりも若く見えます。
「存じ上げません。だって、先生に分からないことが生徒のわたくしに分かるはずないです」
「こら、思考を放棄するな。翠子さんの悪い癖だ」
「ここは教室ではないんですもの」
「……まったく」
だって、答えられるはずがないです。
旦那さまだって、照れていらっしゃるじゃないですか。
あなたにおすすめの小説
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
【完結】女当主は義弟の手で花開く
はるみさ
恋愛
シャノンは若干25歳でありながら、プレスコット伯爵家の女当主。男勝りな彼女は、由緒ある伯爵家の当主として男性と互角に渡り合っていた。しかし、そんな彼女には結婚という大きな悩みが。伯爵家の血筋を残すためにも結婚しなくてはと思うが、全く相手が見つからない。途方に暮れていたその時……「義姉さん、それ僕でいいんじゃない?」昔拾ってあげた血の繋がりのない美しく成長した義弟からまさかの提案……!?
恋に臆病な姉と、一途に義姉を想い続けてきた義弟の大人の恋物語。
※他サイトにも掲載しています。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。