【第一部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

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五章

14、言語化

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 なぜ旦那さまは、急に週末なんて仰ったのでしょう。
 確かにお仕置きされて、その翌朝が写生大会で半日屋外にいたので、疲れてはいましたが。

「妙です」
「あら、味付けがうまくいきませんか?」

 突然、お清さんに話しかけられて、わたくしは小皿を落としそうになりました。そうでした。お夕飯のお手伝いをしていたんでした。

「いえ、大丈夫だと思います」

 小皿にとった合わせ酢は、お出汁とすっきりとした酢、それに薄口醤油と砂糖の仄かな味が、よく合っています。

はもを揚げるんですね。わたくしは湯がいて梅肉を添えた鱧の落とししか、頂いたことがないんです」
「南蛮漬けという名前が一般的ですけどね。私は甲比丹漬かぴたんづけって言ってるんですよ」
「かぴたん……」

 口ごもるわたくしに、お清さんは「あらまぁ」と微笑みます。

「南蛮船の船長。つまり『キャプテン』の意味ですよ。江戸時代からあって、油で揚げたり、炒めたりしてから和えたりする料理のことですよ」

 油がハイカラというか異国風なんでしょうか。キャプテン漬けと考えると、ちょっと怖い図を想像してしまいますが。

 夕食になり、旦那さまがダイニングにいらっしゃいました。
 
「珍しいな。鯵じゃなくて、鱧の南蛮漬けか」
「甲比丹漬けですよ。翠子さんが手伝ってくださったんです」
「へぇ、すごいな」

 にこにこと旦那さまとお清さんに見つめられて、気恥ずかしいわたくしは、急いでお箸を並べ始めました。
 味付けをしたのはわたくしなので、旦那さまのお口に合うといいのですが。

 わたくしは、隣に座る旦那さまのお箸の動きを、じっと目で追いました。
 まずはお味噌汁。これは美味しいに決まっています。お清さんが作ったのですから。

 あ、鱧が口に入りました。鱧、噛まれています。鱧、飲み込まれました。

「あの……食べにくいんだが」

 困ったように旦那さまが眉を下げます。ちょっと真剣に観察しすぎました。

「すみません。つい」
「大丈夫。ちゃんと美味しいから」

 ふわっとわたくしは口元がほころびました。すると、旦那さまがお箸を置いて、わたくしを見つめて固まっています。

「どうかなさいましたか」
「いや、何でもない」
「もしかして唐辛子が効きすぎていましたか?」

 いけません。こういう時は温かいお茶ではなく、水です。
 空のグラスを持って立ち上がったわたくしの腕を、旦那さまが掴みます。

「違う、そうじゃなくて。その」
「はい?」

「あらあら忙しいわぁ」と言いながら、お清さんがダイニングから出ていきました。
 わたくしは腕を握られたまま、動くことができません。
 旦那さまは小さく「あれで気を利かせたつもりなのか」と呟いておられます。

「翠子さん。さっきのは唐辛子ではなく」
「はいっ」

 わたくしの頭の中はぐるぐるしています。実家で料理をしていたこともありますが、めざしを焼いたり、庭に実った梅をもいで、梅干しを作ったりと、たいそう地味な料理ばかりでしたので。
 やはり旦那さまのお口には合わなかったのではないかと。

「俺が固まったのは、だな。ああ、なんでそこまで説明しないといけないんだ」
「言いにくいことですか」

 わたくしは表情を引き締めます。

「言いにくいが、きっと言わないとあなたは誤解するんだろう?」
「しませんよ。苦言もしっかりと受け止める所存ですから」
「……だから、それが誤解なんだ」

 そんな。決意を固めたのに、誤解だなんて。
 悲壮な気持ちが顔に出てしまったのでしょうか。旦那さまが慌てたご様子で、おろおろとなさいます。

「あなたが花開くような笑顔を見せるから。それだけで、俺は嬉しいんだよ。だから固まってしまった。気持ちの言語化も大事だと思うが、せめてある程度で許してくれないか」

 頬に朱を差したように、旦那さまの顔が赤くなりました。

「参ったな……」と仰いながら、旦那さまがわたくしの腕を離しました。
 わたくしは自分の椅子に座り、お夕飯を食べ始めましたが。困ったことに味がよく分かりません。

 隣に座る旦那さまのことばかり意識してしまって、甲比丹漬けは酸っぱいというくらいしか……。勿体ないです。せっかくの鱧なのに。
 おそらくわたくしの頬も、赤くなっていたと思います。
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