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七章
11、旦那さま
「ほぉら、もう少しだ。出ておいで」
おじさまが、猫なで声で話しかけてきます。
けれど、髪を引っ張る力は強く、頭がひどく痛みます。
誰が出ていくものですか。利用されると分かっていて、あなたの欲望のために虐げられると知っていて、言うことを聞くはずなんてありません。
おじさまには、それすらも分からないの?
わたくしを、ただの操り人形だと思っているの?
「嫌です。おじさまの言いなりになんて、なりません」
「我儘を言うもんじゃない。翠……」
突然鈍い音がしたと思うと、おじさまがどさりと倒れました。生垣のてっぺん、ちょうどわたくし達が隠れている真上です。
何が起こったのか分かりませんでした。
だって、来てくださるはずがないんですもの。
ここにわたくし達がいることを、ご存じのはずがないんですもの。
「翠子さん。銀司。無事か」
「だ……旦那さま」
どうして? わたくしは矢も盾もたまらず、生垣から飛び出して旦那さまにしがみつきました。
見間違いじゃありません。幻でもありません。
本当に、あなたです。
「旦那さま。旦那さまっ」
散らされた葉ごと、旦那さまはわたくしを抱きしめてくださいます。
冷たい雨に降られ、びしょ濡れになった旦那さまのシャツは体に張り付いています。
待っていたんです。会いたかったんです。でも、わたくしの危機も居場所も分かるはずがないと……なのに、どうして?
「よかった、無事で」
雨の匂いと薄荷と檸檬の混じった香りに包まれながら、わたくしは頭にもひたいにも頬にもくちづけられました。
「うっ……くそっ」
呻き声を上げながら、おじさまが頭を手で押さえながら立ち上がります。旦那さまはわたくしを背後に隠し、なぜか角棒を握っていらっしゃいます。
どうやらその角棒で、先ほどおじさまを殴り飛ばしたようです。
「あんた、最低のクズだな。壺の金は結納金から搾り取ることができても、絵の分の金は優しいお姉さまは渡してくださらなかったのか」
「お前、またぼくの邪魔を」
「邪魔をしたのはあんただろうが。前に言ったはずだ。俺の許嫁に会うことは許さないと」
旦那さまは角棒の先端を、おじさまに向けました。彼を睨みつける旦那さまの瞳は殺気立っています。
「女学校の教師が暴力をふるっていいのか」
「へーぇ、急に被害者ぶるのか。うちの生徒を誘拐し、あろうことか売り飛ばそうとしていることをきれいに忘れて。めでたい頭だな」
「ぼくは、そんなことはしていない」
おじさまは平然と嘘をつきますが、旦那さまに通用するはずもありません。
「残念だったな。翠子さんの隣には、あんたの蛮行を証言してくれる人もいる。あんたが払えもしない絵画を買ったのを、画廊で見た人もいる。俺とあんたのどちらに非があるのかは、誰の目にも明らかだろう」
旦那さまは手にした角棒を、地面に突き立てます。驟雨にぬかるんだ地面の泥が、おじさまに跳ねてかかります。
「骨董だろうが絵画だろうが、欲しいなら自分の力で手に入れるんだな。豪奢なふりをして、貧しい世界で溺れるのは自由だが。勝手に一人でやっていろ」
泥で汚れた服を体に張り付かせ、おじさまは悔しそうに口を引き結びました。ゆがんだその顔も、泥で汚れています。
「次に同じことがあれば、手段は問わない。俺はしがない教師だからな。暴力に訴えるのは嫌いなんだ」
「叔父が姪を連れ戻すのは正当だ。官憲が動くわけがない。それにどの口が暴力が嫌いだと……この卑怯者」
「官憲は関係ないな。だが光栄だな。卑怯者に卑怯呼ばわりされると、ぞくぞくする」
旦那さまは目を細めました。そして恐ろしいことを口になさいます。
「とことんまで、あんたのことを引きずりおろしてやりたくなるからな」
おじさまが、猫なで声で話しかけてきます。
けれど、髪を引っ張る力は強く、頭がひどく痛みます。
誰が出ていくものですか。利用されると分かっていて、あなたの欲望のために虐げられると知っていて、言うことを聞くはずなんてありません。
おじさまには、それすらも分からないの?
わたくしを、ただの操り人形だと思っているの?
「嫌です。おじさまの言いなりになんて、なりません」
「我儘を言うもんじゃない。翠……」
突然鈍い音がしたと思うと、おじさまがどさりと倒れました。生垣のてっぺん、ちょうどわたくし達が隠れている真上です。
何が起こったのか分かりませんでした。
だって、来てくださるはずがないんですもの。
ここにわたくし達がいることを、ご存じのはずがないんですもの。
「翠子さん。銀司。無事か」
「だ……旦那さま」
どうして? わたくしは矢も盾もたまらず、生垣から飛び出して旦那さまにしがみつきました。
見間違いじゃありません。幻でもありません。
本当に、あなたです。
「旦那さま。旦那さまっ」
散らされた葉ごと、旦那さまはわたくしを抱きしめてくださいます。
冷たい雨に降られ、びしょ濡れになった旦那さまのシャツは体に張り付いています。
待っていたんです。会いたかったんです。でも、わたくしの危機も居場所も分かるはずがないと……なのに、どうして?
「よかった、無事で」
雨の匂いと薄荷と檸檬の混じった香りに包まれながら、わたくしは頭にもひたいにも頬にもくちづけられました。
「うっ……くそっ」
呻き声を上げながら、おじさまが頭を手で押さえながら立ち上がります。旦那さまはわたくしを背後に隠し、なぜか角棒を握っていらっしゃいます。
どうやらその角棒で、先ほどおじさまを殴り飛ばしたようです。
「あんた、最低のクズだな。壺の金は結納金から搾り取ることができても、絵の分の金は優しいお姉さまは渡してくださらなかったのか」
「お前、またぼくの邪魔を」
「邪魔をしたのはあんただろうが。前に言ったはずだ。俺の許嫁に会うことは許さないと」
旦那さまは角棒の先端を、おじさまに向けました。彼を睨みつける旦那さまの瞳は殺気立っています。
「女学校の教師が暴力をふるっていいのか」
「へーぇ、急に被害者ぶるのか。うちの生徒を誘拐し、あろうことか売り飛ばそうとしていることをきれいに忘れて。めでたい頭だな」
「ぼくは、そんなことはしていない」
おじさまは平然と嘘をつきますが、旦那さまに通用するはずもありません。
「残念だったな。翠子さんの隣には、あんたの蛮行を証言してくれる人もいる。あんたが払えもしない絵画を買ったのを、画廊で見た人もいる。俺とあんたのどちらに非があるのかは、誰の目にも明らかだろう」
旦那さまは手にした角棒を、地面に突き立てます。驟雨にぬかるんだ地面の泥が、おじさまに跳ねてかかります。
「骨董だろうが絵画だろうが、欲しいなら自分の力で手に入れるんだな。豪奢なふりをして、貧しい世界で溺れるのは自由だが。勝手に一人でやっていろ」
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「次に同じことがあれば、手段は問わない。俺はしがない教師だからな。暴力に訴えるのは嫌いなんだ」
「叔父が姪を連れ戻すのは正当だ。官憲が動くわけがない。それにどの口が暴力が嫌いだと……この卑怯者」
「官憲は関係ないな。だが光栄だな。卑怯者に卑怯呼ばわりされると、ぞくぞくする」
旦那さまは目を細めました。そして恐ろしいことを口になさいます。
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