【第一部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

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七章

19、ひざまくら【1】

 俺は翠子さんにもたれるように、体を傾けた。
 だが、さらに腕を掴んで引っ張られる。
 そして、俺の体はそのまま重力に従って横に倒れた。

 縁側の外、庭の木々も外の塀も、何もかも角度が違って見える。

 これは、もしや話には聞いたことがあるが、実際には経験したことのない。あの膝枕というやつなのではないか?
 俺は翠子さんの腿に頭を置いたまま、困惑した。いや、混乱かもしれない。

 うわ、うわー。なんだ、これ。恥ずかしいぞ。
 だが、浴衣の生地越しに感じる翠子さんの腿は柔らかくて。ふわっといい匂いがして、何が何だか分からなくなる。

「瞼を閉じていてくださいね」
「いや……だが」
「いや、ではなくて。はい、ですよ」
「……はい」

 優しく命じられて、俺は従うしかなかった。瞼を閉じてはいるが、つい薄目を開けて確認したくなる。
 すると、頭をふわりと撫でられた。

 駄目だ、照れてしまう。
 きっと今の俺の顔は、カラスウリみたいに朱色に染まっているだろう。

 ああ、子どもの頃にカラスウリを採ったよなぁ。白いレース編みみたいな花が夜にだけひっそりと咲いて、朱の色が鮮やかな小さな瓜が実って。
 琥太兄こたにいが「やめとき。そんなん食べられへんやろ。カラスの食べもんちゃうん?」と止めるのも聞かずに、ぱくりと齧りついて。

 美味そうな色をしていたものだから我慢できず。果肉はほんのり甘くてとても苦くて、鼻孔をくすぐるというか……鼻孔に張りつく青臭い匂い。
 タスケテ……と、一瞬日本語が不自由になってしまった。
 たぶんあれは、カラスでも食べない。

 ああ、だから俺は甘いものが今も苦手なのか。
 
 って、違うだろ。現実逃避してどうする。
 
 翠子さん。確かにあなたには包容力がある。そう、たいそう強引な押しの強い包容力が。しかも俺は、それに抗えないんだ。
 むしろ抵抗して断って、あなたが悲しそうな顔をするのがとてもつらい。

 だが、もう勘弁してくれ。俺は甘やかされるのに慣れていないんだ。
 あなた専属の甘やかし担当なんだよ。

 照れてきつく目を閉じると、ふわりと唇に触れるものがあった。柔らかなその感触を、俺はよく知っている。

「翠子さん?」

 ぱっと目を開いたが「だめですよ」と、彼女の手で視界を塞がれた。
 指と指の隙間から、暮れてゆく太陽の光がオレンジ色に透けて、暗いのに暖かい色に満ちていく。

 再び、唇をふさがれる。初めは軽く、だが角度がいつもと違うから、翠子さんは何度もくちづけてくる。
 これは拷問だ。
 甘くて優しくて、とろけそうな心地になる拷問に違いない。

「翠子さん……もう、やめて……くれ」
「あら、初心うぶなんですね」

 翠子さんが、ふふっと笑う軽やかな声がする。
 違う。そうじゃない。今にもあなたを襲ってしまいそうだからだ。俺の自制心が効いている間に、解放してはくれまいか。

 俺が彼女に帯紐で目隠しをして、くちづけたり愛撫をしたりは、よくあるが。視界を閉ざされると、こんなにも感覚が鋭くなって、ドキドキするものなのか。

 翠子さんの片手が俺の目を覆ったままで、しなやかな指先がなおも頭を撫でる。

「旦那さまはお疲れなんです。この間から、わたくしを守ってくださったり、一緒に燐寸を探すのをお付き合いくださったでしょ? だから夕食まで休んでいてくださいね」
「俺は別に疲れては……」
「翠子のお膝で、休むんですよ」
「……はい」

 降参だ。そんな風に命令されたら、反抗なんてできやしない。

「ね? 心地よくなったでしょ」
「タスケテ……」と口の中で呟きはしたが。それすらも、翠子さんの唇でふさがれて、儚く消えていく。

 結局、俺は翠子さんの膝枕で眠ってしまった。
 俺……こんなに簡単に陥落する奴だったのか。存外、自分のことは自分が一番知らぬものだな。
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