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八章
10、逆効果でした
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雲のように軽い綿菓子を、わたくしは初めて食べました。
もったいなくて、ずっと置いておきたいと思ったんですけど。湿気を吸ってべたつくから、早く食べなさいと旦那さまに促されました。
「ふわふわです。甘いですね、夢のようです」
「そうか、甘いのか。悪夢のようだな」
また、そんな意地悪を仰って。
わたくしが綿菓子を食べていると、旦那さまは、また麦酒を買っていらっしゃいました。今日はよく飲んでいらっしゃいます。蒸し暑いからでしょうか。
凪の時間が終わったのでしょう。吹く風に頭上に灯された提灯が、ゆらゆらと揺れています。
わたくしが手に持つ風車も、からからと愛らしい音を立てました。
旦那さまは麦酒の瓶を片手に、先ほど琥太郎さんから受け取った封筒を開いています。それを読み終わると、わたくしをじっと見つめました。
「翠子さんはいい子だな」
大きな手が、わたくしの頭を撫でます。急にどうなさったのでしょう。中折れ帽子のつばから見える目は、優しく細められています。
「あ、あの。外でこういうのは照れるんですけど」
「大丈夫。誰も見ていない」
「でも……」
「うんうん、翠子さんはかわいい」
困りました。確かに誰もわたくしたちを気に留めませんが、それでも人が多いんですもの。旦那さまが、麦酒二本くらいで酔うとも思えないんですけど。
やはりいつもの意地悪い、いたずらでしょうか。
それとも、さっき迷子になってしまったことの仕返し?
これは、少し反撃した方がいいかもしれません。
わたくしは綿菓子をちぎり、旦那さまの口にねじ込みました。
ふふ、旦那さまは甘いものがたいそう苦手でいらっしゃいますから。完璧です。
口の中に突然入れられた綿菓子を、旦那さまは苦虫を噛み潰したような表情で味わっておられます。
甘いのにそんな顔をなさって。麦酒の方が、よほどその表情に似合っていますのに。
「甘いな」
「ふっ。そうでしょう」
これでもう妙に絡んできたりはしないはず。わたくしは勝ち誇った気分でした。
「いけないな、翠子さんは。俺は甘いものは苦手だと言っているのに」
あ……ら? なんだか風向きがおかしいです。
旦那さまは少ししゃがむと、わたくしの耳元に口をお寄せになりました。
「これはあなたの俺に対するお仕置きなんだね。それなら、俺もいたずらをした子には、お仕置きをしないといけないよ」
「え? 違うんです。そんなつもりでは」
「嘘までつくのかな。俺の可愛い翠子さんは」
「違うの、違うんです」
わたくしは必死で首を振りましたが、旦那さまの目は妙に楽しそうに笑っておいででした。
◇◇◇
風のない蒸し暑い中、わたくしたちは帰途につきました。
旦那さまに無理やり綿菓子を食べさせたので、この後のことが正直怖いです。
ああ、なぜわたくしは人の嫌がることをしたのでしょう。短絡的な行動が悔やまれます。
今は畳んだ扇子ではなく、じかに手をつないでいます。
緊張で手に汗がにじんできました。
旦那さまに嫌がられるかもしれません。とっさに手を離そうとすると、よけいに強く握られます。
「あの、離してください」
「なぜ?」
「その……。汗が……手を拭きたいです」
やれやれ、と肩をすくめながら、旦那さまはわたくしの袂に手を伸ばして、そこから汕頭のレースの半巾を取り出しました。でも片手はつないだままです。
「俺は気にしないが、翠子さんが気にするならばしょうがない」
そう仰ると、二人のてのひらが重なる部分に、半巾をさし入れます。それまで湿っていたてのひらが、さらりとした布地に触れて乾いていきます。
恥ずかしいですよね。淑女たるもの手に汗なんてかいてはいけないと思います。ええ、絶対に。
もったいなくて、ずっと置いておきたいと思ったんですけど。湿気を吸ってべたつくから、早く食べなさいと旦那さまに促されました。
「ふわふわです。甘いですね、夢のようです」
「そうか、甘いのか。悪夢のようだな」
また、そんな意地悪を仰って。
わたくしが綿菓子を食べていると、旦那さまは、また麦酒を買っていらっしゃいました。今日はよく飲んでいらっしゃいます。蒸し暑いからでしょうか。
凪の時間が終わったのでしょう。吹く風に頭上に灯された提灯が、ゆらゆらと揺れています。
わたくしが手に持つ風車も、からからと愛らしい音を立てました。
旦那さまは麦酒の瓶を片手に、先ほど琥太郎さんから受け取った封筒を開いています。それを読み終わると、わたくしをじっと見つめました。
「翠子さんはいい子だな」
大きな手が、わたくしの頭を撫でます。急にどうなさったのでしょう。中折れ帽子のつばから見える目は、優しく細められています。
「あ、あの。外でこういうのは照れるんですけど」
「大丈夫。誰も見ていない」
「でも……」
「うんうん、翠子さんはかわいい」
困りました。確かに誰もわたくしたちを気に留めませんが、それでも人が多いんですもの。旦那さまが、麦酒二本くらいで酔うとも思えないんですけど。
やはりいつもの意地悪い、いたずらでしょうか。
それとも、さっき迷子になってしまったことの仕返し?
これは、少し反撃した方がいいかもしれません。
わたくしは綿菓子をちぎり、旦那さまの口にねじ込みました。
ふふ、旦那さまは甘いものがたいそう苦手でいらっしゃいますから。完璧です。
口の中に突然入れられた綿菓子を、旦那さまは苦虫を噛み潰したような表情で味わっておられます。
甘いのにそんな顔をなさって。麦酒の方が、よほどその表情に似合っていますのに。
「甘いな」
「ふっ。そうでしょう」
これでもう妙に絡んできたりはしないはず。わたくしは勝ち誇った気分でした。
「いけないな、翠子さんは。俺は甘いものは苦手だと言っているのに」
あ……ら? なんだか風向きがおかしいです。
旦那さまは少ししゃがむと、わたくしの耳元に口をお寄せになりました。
「これはあなたの俺に対するお仕置きなんだね。それなら、俺もいたずらをした子には、お仕置きをしないといけないよ」
「え? 違うんです。そんなつもりでは」
「嘘までつくのかな。俺の可愛い翠子さんは」
「違うの、違うんです」
わたくしは必死で首を振りましたが、旦那さまの目は妙に楽しそうに笑っておいででした。
◇◇◇
風のない蒸し暑い中、わたくしたちは帰途につきました。
旦那さまに無理やり綿菓子を食べさせたので、この後のことが正直怖いです。
ああ、なぜわたくしは人の嫌がることをしたのでしょう。短絡的な行動が悔やまれます。
今は畳んだ扇子ではなく、じかに手をつないでいます。
緊張で手に汗がにじんできました。
旦那さまに嫌がられるかもしれません。とっさに手を離そうとすると、よけいに強く握られます。
「あの、離してください」
「なぜ?」
「その……。汗が……手を拭きたいです」
やれやれ、と肩をすくめながら、旦那さまはわたくしの袂に手を伸ばして、そこから汕頭のレースの半巾を取り出しました。でも片手はつないだままです。
「俺は気にしないが、翠子さんが気にするならばしょうがない」
そう仰ると、二人のてのひらが重なる部分に、半巾をさし入れます。それまで湿っていたてのひらが、さらりとした布地に触れて乾いていきます。
恥ずかしいですよね。淑女たるもの手に汗なんてかいてはいけないと思います。ええ、絶対に。
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