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十章
26、お屋敷【3】
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案内された部屋は、奥まった部分にあるお座敷でした。
そのお座敷だけで、小さな家が一軒分ありそうですけども。
しかも周囲にぐるりと張り巡らされた外廊下には、ここにも強面のお兄さんが立っています。
「若。高瀬さまをお連れしました」
「ああ、入ってくれ。欧之丞、翠子さん」
旦那さまが障子を開けて入るので、わたくしも後に続きました。
物のほとんどない、端正な室内です。藺草のいい香りと、床の間に飾られた檜扇の花。
琥太郎さんは脇息に肘を置いて、着流し姿で座っていらっしゃいます。
うわぁ、絵にかいたような若頭です。
斉川さんが旦那さまとわたくしに座布団を勧めてくださるので、わたくしはきちんと正座をしました。両手は膝に、背筋はまっすぐに。
こ、怖いです。緊張です。
「で、話って何なんだ? しかも翠子さんを名指しで」
「そうそう。別に欧之丞は、呼んでへんねんけどな」
ぴくっ。旦那さまのこめかみ辺りに、青筋が立ちました。
「翠子さんのことなら、俺を通してもらおうか」
「いや、別にええんちゃう? 欧之丞は保護者ちゃうやろ」
「……卒業までの後見人ではある」
琥太郎さんは脇息に肘をついて、顎を手に載せました。倦怠感に溢れた感じです。
「斉川。あの子、連れて来たって」
あの子? わたくしと旦那さまは、顔を見合わせました。「了解いたしました」と座敷から出て行った斉川さんですが、しばらくすると外で「ぎゃー」とか「そっちや。逃がすな」とか物騒な声が聞こえてきます。
ばたばたと走り回る足音。
抗争に向けての準備じゃないですよね。
「やんちゃな子ぉやし、みんな苦労しとうわ」
しばらく騒がしかった外が、ようやく静かになりました。
障子が開いて座敷に入ってきた斉川さんは、髪は乱れて頬にはひっかき傷、そして腕には……猫がちょこんと抱かれていました。
金色の毛並みの、とてもきれいな成猫です。
「この子、エリスいうんやけど」
「『舞姫』にしては、やんちゃすぎるだろ」
「それもまた、悪ない」
琥太郎さんが腕を伸ばすと、斉川さんが暴れるエリスをなんとか琥太郎さんに渡しました。
それまで斉川さんを蹴り飛ばしていたエリスは、今度は琥太郎さんを前脚と後ろ脚を突っ張って拒否しています。
「いやー、猫って難しいわ。この間、欧之丞と花街に行ったときに家を空けたやん。その時、組の者に世話してもろたんやけど。怪我人続出やったわ」
「で、そのエリスさんをどうしろと?」
尋ねる旦那さまに対して、琥太郎さんは「お前やない」と手を振ります。
「またちょっと家を空けるから、翠子さんに預かってほしいんやけど」
「え、わたくしですか? 引っかかれますよ」
「どうやろ。大丈夫や思うんやけど」
「手ぇ出してみ」と言われて、わたくしは恐る恐る両手を差し出しました。
琥太郎さんがエリスを、わたくしの手にのせます。
しなやかな感触。毛並みはふわふわで、ああ、夢見心地になりそうです。
エリスは緑色の瞳で「なぁに?」とでも問いたげに、わたくしを見上げました。
ふるふると感動で、体が打ち震えます。
「ほらな、平気やろ。この子はな、風情を解する人が好きなんや。まぁ、私のことはほどほどに好きって感じやけどな」
「か、可愛いです」
「うんうん」
琥太郎さんは、満足そうにうなずいています。
「天使って、地上に降りると猫になるんですね」
「そうなんや。よう分かっとうやん」
旦那さまが、エリスを撫でようとそっと手を差し出すと、それまでおとなしかったのに「シャーッ!」と威嚇します。
小さい姿で、なんと勇ましい。
わたくしと琥太郎さんは、勇猛果敢なエリスの姿に感じ入ってしまいました。
「……俺も風情を解するけど?」
「欧之丞のは、知識で補完しとうだけや。エリスは、そういうの見抜くんやなぁ。賢いなぁ」
「ただの男嫌いなんじゃないのか?」
「うん、おかしいなぁ。私も男なんやけどなぁ、あいにく、そこまでは嫌われてへん」
「さっき突っぱねられていたじゃないか」
旦那さまは渋い表情で、眉間に皺を寄せました。
わたくし達はこれから学校に向かうということで、エリスは後でうちに届けておくということになりました。
猫のお世話を任されたのです。責任をもって頑張らなくては。
そのお座敷だけで、小さな家が一軒分ありそうですけども。
しかも周囲にぐるりと張り巡らされた外廊下には、ここにも強面のお兄さんが立っています。
「若。高瀬さまをお連れしました」
「ああ、入ってくれ。欧之丞、翠子さん」
旦那さまが障子を開けて入るので、わたくしも後に続きました。
物のほとんどない、端正な室内です。藺草のいい香りと、床の間に飾られた檜扇の花。
琥太郎さんは脇息に肘を置いて、着流し姿で座っていらっしゃいます。
うわぁ、絵にかいたような若頭です。
斉川さんが旦那さまとわたくしに座布団を勧めてくださるので、わたくしはきちんと正座をしました。両手は膝に、背筋はまっすぐに。
こ、怖いです。緊張です。
「で、話って何なんだ? しかも翠子さんを名指しで」
「そうそう。別に欧之丞は、呼んでへんねんけどな」
ぴくっ。旦那さまのこめかみ辺りに、青筋が立ちました。
「翠子さんのことなら、俺を通してもらおうか」
「いや、別にええんちゃう? 欧之丞は保護者ちゃうやろ」
「……卒業までの後見人ではある」
琥太郎さんは脇息に肘をついて、顎を手に載せました。倦怠感に溢れた感じです。
「斉川。あの子、連れて来たって」
あの子? わたくしと旦那さまは、顔を見合わせました。「了解いたしました」と座敷から出て行った斉川さんですが、しばらくすると外で「ぎゃー」とか「そっちや。逃がすな」とか物騒な声が聞こえてきます。
ばたばたと走り回る足音。
抗争に向けての準備じゃないですよね。
「やんちゃな子ぉやし、みんな苦労しとうわ」
しばらく騒がしかった外が、ようやく静かになりました。
障子が開いて座敷に入ってきた斉川さんは、髪は乱れて頬にはひっかき傷、そして腕には……猫がちょこんと抱かれていました。
金色の毛並みの、とてもきれいな成猫です。
「この子、エリスいうんやけど」
「『舞姫』にしては、やんちゃすぎるだろ」
「それもまた、悪ない」
琥太郎さんが腕を伸ばすと、斉川さんが暴れるエリスをなんとか琥太郎さんに渡しました。
それまで斉川さんを蹴り飛ばしていたエリスは、今度は琥太郎さんを前脚と後ろ脚を突っ張って拒否しています。
「いやー、猫って難しいわ。この間、欧之丞と花街に行ったときに家を空けたやん。その時、組の者に世話してもろたんやけど。怪我人続出やったわ」
「で、そのエリスさんをどうしろと?」
尋ねる旦那さまに対して、琥太郎さんは「お前やない」と手を振ります。
「またちょっと家を空けるから、翠子さんに預かってほしいんやけど」
「え、わたくしですか? 引っかかれますよ」
「どうやろ。大丈夫や思うんやけど」
「手ぇ出してみ」と言われて、わたくしは恐る恐る両手を差し出しました。
琥太郎さんがエリスを、わたくしの手にのせます。
しなやかな感触。毛並みはふわふわで、ああ、夢見心地になりそうです。
エリスは緑色の瞳で「なぁに?」とでも問いたげに、わたくしを見上げました。
ふるふると感動で、体が打ち震えます。
「ほらな、平気やろ。この子はな、風情を解する人が好きなんや。まぁ、私のことはほどほどに好きって感じやけどな」
「か、可愛いです」
「うんうん」
琥太郎さんは、満足そうにうなずいています。
「天使って、地上に降りると猫になるんですね」
「そうなんや。よう分かっとうやん」
旦那さまが、エリスを撫でようとそっと手を差し出すと、それまでおとなしかったのに「シャーッ!」と威嚇します。
小さい姿で、なんと勇ましい。
わたくしと琥太郎さんは、勇猛果敢なエリスの姿に感じ入ってしまいました。
「……俺も風情を解するけど?」
「欧之丞のは、知識で補完しとうだけや。エリスは、そういうの見抜くんやなぁ。賢いなぁ」
「ただの男嫌いなんじゃないのか?」
「うん、おかしいなぁ。私も男なんやけどなぁ、あいにく、そこまでは嫌われてへん」
「さっき突っぱねられていたじゃないか」
旦那さまは渋い表情で、眉間に皺を寄せました。
わたくし達はこれから学校に向かうということで、エリスは後でうちに届けておくということになりました。
猫のお世話を任されたのです。責任をもって頑張らなくては。
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