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十一章
12、鍛えられているので【1】
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夕食の時も、翠子さんはやはり部屋の方ばかりを気にしていた。蒸した白身魚をほぐしたものを、エリスには与えているのだから。自分はちゃんと夕食を食べればいいのに。
「残さずに食べたでしょうか」
「腹が減っていれば食うだろ。あれだけ遊んだんだ。大丈夫だろ」
「わたくし、もしかして魚の骨を全部取り切れなかったかもしれません」
「……犬じゃないんだから、平気だろ」
動物を飼ったことのない翠子さんには、猫の舌がなぜざらついているのかを、教えなければならなかった。
俺が昔飼っていた猫は、柔らかくした煮干しを与えると綺麗に頭と骨だけを残して食べたものだ。煮干しだぞ。よくまぁ、あんな器用に小さな骨を残せるものだ。
今日の献立は、鶏のつくねと夏野菜の炊き合わせ。それに白身魚の天ぷらだ。お清から魚を少し分けてもらって、翠子さんがエリス用に茹でてほぐしてやっていた。
海辺というか漁港の猫は、漁師が残った魚を丸ごとやって、それを食べるものだがなぁ。いちいち火を通して、身をほぐすなんて面倒なことしないだろ。
鯵とか、けっこうでかい魚でも咥えてたりするよな。猫って。
「あら?」
突然、翠子さんが声を上げた。
驚いたように目を丸くしたのに、次いで嬉しそうに顔をほころばせる。
「まぁまぁ、どうしましょう」
何がどうしたんだ? 隣に座る翠子さんを見れば、なぜか膝にエリスがのっていた。なぜ?
誰かが部屋にいる時は、縁側は開けたままだが。エリスだけにする時は、障子も閉めるし、廊下側の襖も閉めている。
「もしかして、襖を自分で開けたのか?」
エリスはテーブルの上の天ぷらをちらっと見て、そして翠子さんに向かって甘えた声で「にゃあ」と鳴いた。
こいつ、確信犯だ。
確実に翠子さんを落としにかかっている。
「食事が足りなかったの? そうね、衣を剥がしたら、エリスでも食べられるかしら」
翠子さんはいそいそと天ぷらの衣を、箸で外し始めた。
ほぐした魚は、結構な量があったぞ。こいつ、食うの早くないか? 琥太兄はエリスは繊細で……とか言っていたが。それ真実か? ちゃんと自分で猫の世話をしているか? 怪しいぞ。
「翠子さん。自分の分はちゃんと食べなさい」
「え、でもエリスが」
「今は、あなたの話をしているんだ」
厳しく言い放つ俺と「お願い、お魚ください。むしろ全部ください」と翠子さんの頬に頭をすり寄せるエリスに挟まれて、翠子さんはおろおろしていた。
よくよく考えたら、ヤクザに追いかけまわされても、そいつらを引っ掻いて逃げる猫だった。普段から鍛えられているんだよな。
結局、エリスには俺の分の魚を分けてやった。
「坊ちゃまも甘いですよ」
お清が呆れた口調で言いつつ、茶を淹れてくれる。
ああ、甘いとも。だが、そうしないと翠子さんがちゃんと食事をとらないんだ。仕方ないだろう?
やはり今日は遊び疲れたのだろう。子どもでもあるまいに、翠子さんは風呂から上がると早々に眠ってしまった。
俺は布団を敷いて、翠子さんを抱えて寝かせてやる。
蚊帳の吊り手を長押の金具に引っ掛けていると、蚊帳と畳の間でエリスがさまよっていた。
右に行っても弛んだ蚊帳から出られず、下がろうとしても長い尻尾が邪魔をしてうまくいかない。
「お前、もしかして方向音痴か?」
まるで網にかかった魚のようなエリスを助け出し、蚊帳の中に入れてやる。エリスはというと、さっきの失敗など、そ知らぬ風で自分の体を舐めている。
気高さを装っているが、俺は知っている。懐かれはしなかったが、かつて猫を飼っていたからな。
これは、気を落ち着けるために体を舐めているのだ。
小さな体の猫にしてみれば、蚊帳の緑は果てのない海のようだろう。焦って蚊帳に爪を立てなかっただけ、偉いというべきか?
「残さずに食べたでしょうか」
「腹が減っていれば食うだろ。あれだけ遊んだんだ。大丈夫だろ」
「わたくし、もしかして魚の骨を全部取り切れなかったかもしれません」
「……犬じゃないんだから、平気だろ」
動物を飼ったことのない翠子さんには、猫の舌がなぜざらついているのかを、教えなければならなかった。
俺が昔飼っていた猫は、柔らかくした煮干しを与えると綺麗に頭と骨だけを残して食べたものだ。煮干しだぞ。よくまぁ、あんな器用に小さな骨を残せるものだ。
今日の献立は、鶏のつくねと夏野菜の炊き合わせ。それに白身魚の天ぷらだ。お清から魚を少し分けてもらって、翠子さんがエリス用に茹でてほぐしてやっていた。
海辺というか漁港の猫は、漁師が残った魚を丸ごとやって、それを食べるものだがなぁ。いちいち火を通して、身をほぐすなんて面倒なことしないだろ。
鯵とか、けっこうでかい魚でも咥えてたりするよな。猫って。
「あら?」
突然、翠子さんが声を上げた。
驚いたように目を丸くしたのに、次いで嬉しそうに顔をほころばせる。
「まぁまぁ、どうしましょう」
何がどうしたんだ? 隣に座る翠子さんを見れば、なぜか膝にエリスがのっていた。なぜ?
誰かが部屋にいる時は、縁側は開けたままだが。エリスだけにする時は、障子も閉めるし、廊下側の襖も閉めている。
「もしかして、襖を自分で開けたのか?」
エリスはテーブルの上の天ぷらをちらっと見て、そして翠子さんに向かって甘えた声で「にゃあ」と鳴いた。
こいつ、確信犯だ。
確実に翠子さんを落としにかかっている。
「食事が足りなかったの? そうね、衣を剥がしたら、エリスでも食べられるかしら」
翠子さんはいそいそと天ぷらの衣を、箸で外し始めた。
ほぐした魚は、結構な量があったぞ。こいつ、食うの早くないか? 琥太兄はエリスは繊細で……とか言っていたが。それ真実か? ちゃんと自分で猫の世話をしているか? 怪しいぞ。
「翠子さん。自分の分はちゃんと食べなさい」
「え、でもエリスが」
「今は、あなたの話をしているんだ」
厳しく言い放つ俺と「お願い、お魚ください。むしろ全部ください」と翠子さんの頬に頭をすり寄せるエリスに挟まれて、翠子さんはおろおろしていた。
よくよく考えたら、ヤクザに追いかけまわされても、そいつらを引っ掻いて逃げる猫だった。普段から鍛えられているんだよな。
結局、エリスには俺の分の魚を分けてやった。
「坊ちゃまも甘いですよ」
お清が呆れた口調で言いつつ、茶を淹れてくれる。
ああ、甘いとも。だが、そうしないと翠子さんがちゃんと食事をとらないんだ。仕方ないだろう?
やはり今日は遊び疲れたのだろう。子どもでもあるまいに、翠子さんは風呂から上がると早々に眠ってしまった。
俺は布団を敷いて、翠子さんを抱えて寝かせてやる。
蚊帳の吊り手を長押の金具に引っ掛けていると、蚊帳と畳の間でエリスがさまよっていた。
右に行っても弛んだ蚊帳から出られず、下がろうとしても長い尻尾が邪魔をしてうまくいかない。
「お前、もしかして方向音痴か?」
まるで網にかかった魚のようなエリスを助け出し、蚊帳の中に入れてやる。エリスはというと、さっきの失敗など、そ知らぬ風で自分の体を舐めている。
気高さを装っているが、俺は知っている。懐かれはしなかったが、かつて猫を飼っていたからな。
これは、気を落ち着けるために体を舐めているのだ。
小さな体の猫にしてみれば、蚊帳の緑は果てのない海のようだろう。焦って蚊帳に爪を立てなかっただけ、偉いというべきか?
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