247 / 247
十一章
終章
しおりを挟む
俺は、翠子さんの腕の中でごろごろと喉を鳴らすエリスを眺めていた。
うちでエリスを預かることになって、琥太兄と猫が距離を置くことになって、ちょうど良かったのかもしれない。
カルピスは初恋の味だというが。
琥太兄は来るもの拒まずで女性とつきあっていたが、誰でも付き合うということは裏を返せば、誰のことも本気で好きではないということだ。
「欧之丞は初恋を引きずりすぎやで」と、高等学校の頃も大学生の頃も、琥太兄にはよく言われたが。
もしかしたら、今が琥太兄にとっての初恋なのかもしれない。
だよな、これまで自分から女性に声をかけに行くこともなかったし。
通学路で女学生を待っている姿なんてのも、初めて見る。
むしろ、学生時代は琥太兄が通りがかるのを、女学生が待ち構えているのが当たり前の光景だった。
考えてみれば、あの人は短歌を手紙やら伝言代わりにする面倒くさいところがあるが。
女性に対して、和歌を送るのも初めてじゃなかろうか。
「本気、か」
それにエリスの自由な外出を認めるということは、深山さんに対しても、ちゃんと一定の距離を保つということだろう。
俺の受け持ちの生徒だから、さすがに妙なことはしないだろうが。
情熱が暴走しすぎたら、深山さんを三條邸に軟禁くらいはしかねない。
まぁ、今回エリスにその点を嫌われたのだから。
今は琥太兄も落ち込んでいるかもしれないが。長い目で見たら、きっといいんだよ。
それにうちも、翠子さんが喜んでくれるから、ちょうどいい。
「あら、もう一枚手紙がありますよ」
翠子さんが、エリスの首の毛に埋まっていた輪にした紙をほどいた。
しわくちゃになった紙を丁寧に開くと、中には夜色のインクで文字がしたためられていた。
「『あんまり束縛しすぎたら、あかんで』だそうです。なんのことでしょうね」
その言葉、そっくりそのまま琥太兄に返すよ。
俺は、あんたのことを心配してたところなんだ。
しかしまぁ、三十を過ぎての本気の恋か。興味深くはあるが、見初められた深山さんはちょっと可哀想かもな。
なんせ、相手が食えない琥太兄だから。
「苦労しそうだよな」
「何がですか?」
「まぁ、いろいろだ」
俺は翠子さんの横に腰を下ろして、彼女のすべらかな髪を撫でた。その髪を手にすくい、接吻する。
凪の時間が終わったのか、涼しい風が吹きはじめる。潮の香りは消え、今は夜に咲く花の甘い香りと……土で汚れた猫用の布団の匂い。
今一つ色気には欠けるが。俺は翠子さんの肩を抱いて、その唇にくちづけた。
柔らかな唇が応じてくるから、いっそそのまま押し倒したくなったけれど。
俺は胸の辺りを、小さな四つの足の裏で突っぱねられた。
エリスは「あたしの番よ。あんたは我慢なさい」とでも文句を言いたげに俺を睨みつけてくる。
しょうがないな。明日は別荘へ出かけるんだ。今夜のところは、我慢しておいてやるとしよう。
俺は分別のある大人だからな。
ーーーーーーーー
第一部完。
第二部へと続きます。
うちでエリスを預かることになって、琥太兄と猫が距離を置くことになって、ちょうど良かったのかもしれない。
カルピスは初恋の味だというが。
琥太兄は来るもの拒まずで女性とつきあっていたが、誰でも付き合うということは裏を返せば、誰のことも本気で好きではないということだ。
「欧之丞は初恋を引きずりすぎやで」と、高等学校の頃も大学生の頃も、琥太兄にはよく言われたが。
もしかしたら、今が琥太兄にとっての初恋なのかもしれない。
だよな、これまで自分から女性に声をかけに行くこともなかったし。
通学路で女学生を待っている姿なんてのも、初めて見る。
むしろ、学生時代は琥太兄が通りがかるのを、女学生が待ち構えているのが当たり前の光景だった。
考えてみれば、あの人は短歌を手紙やら伝言代わりにする面倒くさいところがあるが。
女性に対して、和歌を送るのも初めてじゃなかろうか。
「本気、か」
それにエリスの自由な外出を認めるということは、深山さんに対しても、ちゃんと一定の距離を保つということだろう。
俺の受け持ちの生徒だから、さすがに妙なことはしないだろうが。
情熱が暴走しすぎたら、深山さんを三條邸に軟禁くらいはしかねない。
まぁ、今回エリスにその点を嫌われたのだから。
今は琥太兄も落ち込んでいるかもしれないが。長い目で見たら、きっといいんだよ。
それにうちも、翠子さんが喜んでくれるから、ちょうどいい。
「あら、もう一枚手紙がありますよ」
翠子さんが、エリスの首の毛に埋まっていた輪にした紙をほどいた。
しわくちゃになった紙を丁寧に開くと、中には夜色のインクで文字がしたためられていた。
「『あんまり束縛しすぎたら、あかんで』だそうです。なんのことでしょうね」
その言葉、そっくりそのまま琥太兄に返すよ。
俺は、あんたのことを心配してたところなんだ。
しかしまぁ、三十を過ぎての本気の恋か。興味深くはあるが、見初められた深山さんはちょっと可哀想かもな。
なんせ、相手が食えない琥太兄だから。
「苦労しそうだよな」
「何がですか?」
「まぁ、いろいろだ」
俺は翠子さんの横に腰を下ろして、彼女のすべらかな髪を撫でた。その髪を手にすくい、接吻する。
凪の時間が終わったのか、涼しい風が吹きはじめる。潮の香りは消え、今は夜に咲く花の甘い香りと……土で汚れた猫用の布団の匂い。
今一つ色気には欠けるが。俺は翠子さんの肩を抱いて、その唇にくちづけた。
柔らかな唇が応じてくるから、いっそそのまま押し倒したくなったけれど。
俺は胸の辺りを、小さな四つの足の裏で突っぱねられた。
エリスは「あたしの番よ。あんたは我慢なさい」とでも文句を言いたげに俺を睨みつけてくる。
しょうがないな。明日は別荘へ出かけるんだ。今夜のところは、我慢しておいてやるとしよう。
俺は分別のある大人だからな。
ーーーーーーーー
第一部完。
第二部へと続きます。
12
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(10件)
あなたにおすすめの小説
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
虚弱なヤクザの駆け込み寺
菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。
「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」
「脅してる場合ですか?」
ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。
※なろう、カクヨムでも投稿
お隣さんはヤのつくご職業
古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。
残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。
元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。
……え、ちゃんとしたもん食え?
ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!!
ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ
建築基準法と物理法則なんて知りません
登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。
2020/5/26 完結
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「ひなちゃん。
俺と結婚、しよ?」
兄の結婚式で昔、お隣に住んでいた憧れのお兄ちゃん・猪狩に再会した雛乃。
昔話をしているうちに結婚を迫られ、冗談だと思ったものの。
それから猪狩の猛追撃が!?
相変わらず格好いい猪狩に次第に惹かれていく雛乃。
でも、彼のとある事情で結婚には踏み切れない。
そんな折り、雛乃の勤めている銀行で事件が……。
愛川雛乃 あいかわひなの 26
ごく普通の地方銀行員
某着せ替え人形のような見た目で可愛い
おかげで女性からは恨みを買いがちなのが悩み
真面目で努力家なのに、
なぜかよくない噂を立てられる苦労人
×
岡藤猪狩 おかふじいかり 36
警察官でSIT所属のエリート
泣く子も黙る突入部隊の鬼隊長
でも、雛乃には……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
真風様、通算200話お疲れ様です!
毎日の更新ありがとうございます!
毎日9時少し前の更新が楽しみで、待ち遠しいです。
翠子さんと旦那さまの日常は、微笑ましかったり、ドキドキしたり。
映像が思い浮かび、時には香りまでしてきそうです。
お清さんのご飯は、いつもとても美味しそう。
文子さんと琥太兄のロマンスも気になりますし、二人の出会いのキッカケ(?)になったらしい(?)おネコのエリスは、琥太兄は文学青年みたいだから、森鴎外の舞姫からきたのかしら、とか想像をめぐらし、銀司さんは南国出身らしいけど、それは鹿児島かしらとか、色々推理しては楽しんでおります。
これからも楽しみにしています!
johndoさま、いつも応援してくださり、ありがとうございます。
もう200話に到達していましたか。道理で目次が長いと……。
細かな部分まで読み取ってくださり、本当に嬉しいです。お察しの通り、エリスは『舞姫』からですし、銀司は鹿児島の離島の出身です。さすが、鋭いですね。
小説を書くのが好きとはいえ、こうして読んでくださっているからこそ、日々続けられるのだと思っています。なので毎日欠かさず読んでくださることを感謝しています。
本当にありがとうございます。
気分転換に、名前だけ出ている琥太兄の両親の出会いの話を書いていて、それのストックが溜まってきたので直近で連載を開始したいと思います。
もしよろしければ、そちらもお付き合いいただければ幸いです。
小説は書きやすいんですけど、あらすじが苦手なもので。これがなかなか面倒です。
うっふっふ。
まわりくどい琥太兄のアプローチは、このことですね。
確かに、これはまわりくどい。
いやいや、まわりくどすぎる(笑)。
琥太兄と文子さんの未来が遠すぎて、ゴールが見えません!
琥太兄の(私の中での)イメージは、浅野忠信さんなんです。
白系の着流しにパナマ帽、もしくはカンカン帽なんかピッタリだと思うんですよね。
johndoさま、いつもありがとうございます。
琥太兄はまわりくどすぎるんですが、今現在、書いている部分では「ちょっと強引すぎるんちゃうん?」
というくらい、ようやく積極的に動くようになりました。
ただ、その部分が公開になるのが随分先になるので。
ゴールは遠いんです。
いつもキャラを、素敵なイメージで見てくださって恐縮です。ありがとうございます。
白系の着流しにパナマ帽やカンカン帽、夏っぽくて最高の組み合わせですね。
洒落てて、大人の男性の色気を感じます。
知らぬは文子さんばかりなり。
翠子さんも、旦那さまも、読んでいる私も、琥太兄の想いを知っているので、今回の展開にニヨニヨぐふふが止まりません!
この二人の今後にも、旦那さまと翠子さんのような未来があるのでしょうか?
更新のお楽しみが更に増えました!
毎日の更新が愛読者としては、本当にありがたいです!
johndoさま。感想ありがとうございます。
確かに組員にまで知れ渡っているので、気づいていないのは、張本人の文子さんだけなんですよね。
琥太兄と文子さんは徐々に接触していきますが、琥太兄のアプローチがまわりくどいので……。
毎日読んでくださり、本当にありがとうございます。
時間のある時に書き溜めをしているので、二か月ほどとても忙しかったのですが、
なんとか更新が途切れる事なく乗り越えることができました。
これも日々、読んでくださっているお陰です。本当にありがとうございます。