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四章
32、海洋測候所【4】※琥太郎視点
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結局、海洋測候所への電話のほとんどを欧之丞がやりとりすることになった。
てきぱきと話が進んで、夏期休暇の間の気温と天気を紙に書き留めている。
測候所のある海の近くだけやのうて、避暑地であるこの辺の天候も分かるらしい。
そら、そうか。山と海では気候は全然ちゃうもんな。
けど、欧之丞は全然電話を代わってくれへん。
ふーんだ。いけず。
翠子さんと文子さんの担任っていうのを、どうしても主張したいみたいやな。
けど、ええで。琥太郎兄ちゃんは優しい大人やからな。
欧之丞は風情を解さへん朴念仁やけど。私はそれはもう風流で雅やさかいに、ちゃーんと文子さんらの日記がもっとええ内容になるように、電話から洩れ聞こえてくる測候所の人の話を書き留めてるねん。
私が万年筆を走らせてると、ふっと手元が暗なった。
どうしたんやろ? と思て顔を上げると、なんと文子さんがメモを覗きこんどったんや。
そうか、そうか。琥太郎兄ちゃんが何をしとんのか、気になったんやな? 気になって仕方がないんやな。
「琥太郎さん。相変わらず綺麗な字ですね」
「字だけやのうて、内容も褒めてくれてええで」
万年筆を持ってない左手で、文子さんの頭を撫でてやる。さらりとした黒髪が、私の指からすぐに逃げていく。
「あ、あの。恥ずかしいです」
文子さんは横目でちらっと翠子さんの方を見遣った。それからロビーにおる宿泊客や従業員にも。
そんなに恥ずかしがらんでもええのに。
欧之丞なんか、おおっぴらに翠子さんに構っとうし。どうせだぁれも他人のことなんか気にせぇへんで。
ホテルやのうて旅館やったら知らんけど。
ほんのりと頬を染めて、瞼を伏せている文子さん。
ああ、なんて可愛いんやろ。
恥ずかしいんやなぁ。純情やなぁ。
ここが部屋やったら、きっときゅっと抱きしめてしまうやろけど。
ロビーやし、我慢しとこ。
「ありがとうございました。それでは失礼いたします」
いつの間にか電話を終えた欧之丞が、指定された金額の硬貨を電話機の投入口に入れていった。
ことんことん、と落ちていく硬貨の音。
あかん。文子さんに見とれとったから、後半の情報を書きそびれた。
私とも思われへんミスや。
欧之丞が、ちらっと私の手元を見る。そして自分が書き留めたメモを手にして不敵に笑たんや。
「深山さん、心配はいらない。俺が見せてあげよう。翠子さんと一緒に日誌に写しなさい」
うっわー、性格悪っ。
文子さんも「ありがとうございます、先生」やなんて、うなずいたらあかんやんか。
欧之丞は意地の悪い担任やで。こう、尊敬する恩師みたいな立ち位置と違うやろ?
結局、途中までになってしまった私のメモも持って、文子さんと翠子さんはロビーの机で宿題を始めた。
ちょっと様子を覗こうと思たけど。背後から、欧之丞に肩をぐいっと掴まれた。
「琥太兄は、俺と居るんだ」
「え、なんでー? 私はこんなに真面目やのに」
「……深山さんが集中できない。そうしたら自然と翠子さんの手も止まる。そうすると宿題が終わらない」
あ、そういうもんなん?
あかんなぁ。これまでの冴えとう私と違て、恋をすると感性は磨かれるのに、別の何かが鈍るよなぁ。
この間はちゃんと宿題の監督が出来たのになぁ。
てきぱきと話が進んで、夏期休暇の間の気温と天気を紙に書き留めている。
測候所のある海の近くだけやのうて、避暑地であるこの辺の天候も分かるらしい。
そら、そうか。山と海では気候は全然ちゃうもんな。
けど、欧之丞は全然電話を代わってくれへん。
ふーんだ。いけず。
翠子さんと文子さんの担任っていうのを、どうしても主張したいみたいやな。
けど、ええで。琥太郎兄ちゃんは優しい大人やからな。
欧之丞は風情を解さへん朴念仁やけど。私はそれはもう風流で雅やさかいに、ちゃーんと文子さんらの日記がもっとええ内容になるように、電話から洩れ聞こえてくる測候所の人の話を書き留めてるねん。
私が万年筆を走らせてると、ふっと手元が暗なった。
どうしたんやろ? と思て顔を上げると、なんと文子さんがメモを覗きこんどったんや。
そうか、そうか。琥太郎兄ちゃんが何をしとんのか、気になったんやな? 気になって仕方がないんやな。
「琥太郎さん。相変わらず綺麗な字ですね」
「字だけやのうて、内容も褒めてくれてええで」
万年筆を持ってない左手で、文子さんの頭を撫でてやる。さらりとした黒髪が、私の指からすぐに逃げていく。
「あ、あの。恥ずかしいです」
文子さんは横目でちらっと翠子さんの方を見遣った。それからロビーにおる宿泊客や従業員にも。
そんなに恥ずかしがらんでもええのに。
欧之丞なんか、おおっぴらに翠子さんに構っとうし。どうせだぁれも他人のことなんか気にせぇへんで。
ホテルやのうて旅館やったら知らんけど。
ほんのりと頬を染めて、瞼を伏せている文子さん。
ああ、なんて可愛いんやろ。
恥ずかしいんやなぁ。純情やなぁ。
ここが部屋やったら、きっときゅっと抱きしめてしまうやろけど。
ロビーやし、我慢しとこ。
「ありがとうございました。それでは失礼いたします」
いつの間にか電話を終えた欧之丞が、指定された金額の硬貨を電話機の投入口に入れていった。
ことんことん、と落ちていく硬貨の音。
あかん。文子さんに見とれとったから、後半の情報を書きそびれた。
私とも思われへんミスや。
欧之丞が、ちらっと私の手元を見る。そして自分が書き留めたメモを手にして不敵に笑たんや。
「深山さん、心配はいらない。俺が見せてあげよう。翠子さんと一緒に日誌に写しなさい」
うっわー、性格悪っ。
文子さんも「ありがとうございます、先生」やなんて、うなずいたらあかんやんか。
欧之丞は意地の悪い担任やで。こう、尊敬する恩師みたいな立ち位置と違うやろ?
結局、途中までになってしまった私のメモも持って、文子さんと翠子さんはロビーの机で宿題を始めた。
ちょっと様子を覗こうと思たけど。背後から、欧之丞に肩をぐいっと掴まれた。
「琥太兄は、俺と居るんだ」
「え、なんでー? 私はこんなに真面目やのに」
「……深山さんが集中できない。そうしたら自然と翠子さんの手も止まる。そうすると宿題が終わらない」
あ、そういうもんなん?
あかんなぁ。これまでの冴えとう私と違て、恋をすると感性は磨かれるのに、別の何かが鈍るよなぁ。
この間はちゃんと宿題の監督が出来たのになぁ。
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