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三章

11、こういうのは困ります

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「おいおい、大丈夫かよ」
「へ、平気です」

 顔を覗きこんでくるシャールーズを、アフタルは手で制止する。

 どうしていいのか分からない。どんなふうに接するのが正解か、分からない。
 ここまでアフタルの心に踏み込んできた人は、いなかったから。

「ゼロか百って言ったよな。俺は『なんとなく好き』とか『嫌いじゃない』とかって曖昧なのはいやなんだよ」

 アフタルの隣の席に座り、シャールーズが顔を見つめてくる。
 その美しい瞳に、戸惑った表情のアフタルが映っている。

 咳はまだとまらない。大きな手が、アフタルの背中を撫でてくれる。ゆっくりと、いたわるように。
 

「覚悟決めろよな。俺はアフタルを選んだ。アフタルも俺を選んだんだろ」
「……はい」
「じゃあ、迷うことねぇな」

 シャールーズは柔らかく微笑んだ。
 本当にこういうのは困る。
 アフタルが再びグラスに手を伸ばそうとしたが、慌ててグラスを倒しそうになった。

「おっと」

 とっさにシャールーズがグラスを押さえてくれる。
 骨ばった長い指。そのせいか、アフタルが持っている時よりもグラスが繊細に見える。
 恋人のよう……いや、人と精霊が恋人になっているのだと自覚した途端に、羞恥に見舞われた。

「ご、ごめんなさい」

 照れてしまって、アフタルは両手で顔を覆った。

「謝るこたぁ、ねぇぜ。恥じらうのは、俺のことをすごく好きだからだろ? そうじゃねぇなら、嫌悪するよな」
「う……ううっ」

 正論すぎて、反論できない。

 こういう感情は、皆どうやって習うのだろう。どうやって慣れるのだろう。
 家庭教師はそんなこと、教えてくれなかった。これまで習った学問の中に、そんな項目はなかった。

「まぁ、落ち着け。もうむせるなよ」

 グラスを受け取ろうとするアフタルの手は無視された。
 シャールーズはそのまま手を伸ばすと、グラスの縁をアフタルの唇に触れさせた。

「ほら、少しずつ飲めばいいから」
「じ、自分で飲めます」
しもべの仕事を主が奪ってどうするんだ」
「そうなんですか? 侍女にこんなことをしてもらったことは、ありませんけど」
「侍女は仕事で王宮に仕えているだけだろ。アフタルに忠誠を捧げた侍女がこれまでいたことがあるのか?」

 言われてみれば、そうかもしれない。
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