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六章
4、ミーリャの印象
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二冊の本の奥付を見ると、著者や製本所の情報の他に、見知った名前と住所があった。
「このキラドという名は、ロヴナの父上のことですね」
どうやら発行者として、ロヴナの父親が関わっているらしい。国を越えて商売をするのは、貿易商としては普通かもしれないが。手広く商売をしているようだ。
「キラド家は、カシアやウェドとも武器の売買をしていますよ」
アフタルの手元を覗きこんで、侍女のミーリャが教えてくれた。しゃべっていなければ、寝ているのか起きているのか分からない目の細さだ。
「そうだったのですか?」
「はい。だから、あたしは反対でした。姫さまが、キラド家に降嫁なさるのは。あの家の息子が、別の女性にうつつを抜かしたのは、かえって良かったのではないかと思います」
一瞬、ミーリャの瞳が大きく見開かれた。
それまでのおとなしくて、おどおどした彼女とは一変して、芯の強さが垣間見えた気がした。
日々、顔を合わせているのだから、どこかで会ったような……という言い方は変だが。誰かに印象が重なる気がした。
「恥ずかしいです。わたくしは、キラド家の実情も知らずに、ただ王家のためになればと……迂闊でした」
「ですが、姫さまの嫁ぎ先をお決めになったのは、前王では?」
ラウルの問いかけに、アフタルは瞼を閉じた。
嫁ぎ先の候補はいくつもあった。有力だったのは、ウェド王家だ。
だがその話は流れた。
思えばおかしな話だ。ヤフダとミトラは王家の守護精霊なのだから、政略結婚に適しているのはアフタルしかいない。
父は、姉二人が自分の娘でないことを知っていたからこそ、姉には結婚の話がなかったのに。
ふいに、ひんやりとした感触を、眉間に感じた。驚いたアフタルは、目を開いた。
ちょうどラウルが人差し指で、アフタルの眉間に触れているところだった。
「力がこもっています」
「えっ?」
「……済みません、つい。姫さまは、殿下ではいらっしゃらないのに」
「ありがとう。心配してくれているのですね」
ティルダードが悩んでいる時にも、よくそうしているのだろう。
微笑ましい反面、やはりラウルにとってもティルダードにとっても、お互い離れていることは寂しくつらいに違いない。
早く王都に戻れるようにしなければ。
「わたくしの嫁ぎ先を決めたのは、お父さまとエラ伯母さまです」
次に眉間にしわを寄せたのは、ミーリャだった。
木々の葉を透かした光が、ミーリャの顔に緑の色を落とす。
不健全で不健康な色だった。
「お父さまは、わたくしをウェドの王家に嫁がせたかったようですが。伯母さまが反対されたとかで、実現には至りませんでした」
財政的に厳しいからと、納得してロヴナと婚約したけれど。今なら身分違いの婚約話がいとも簡単に進められた理由が分かる。
もしアフタルがウェドに嫁いでいたら。ウェドの王家を巻きこんで、サラーマに内政干渉する可能性があったからだ。
「では、あの退廃的な男が婚約を破棄してくれたのは、むしろ幸運であったと言えますね」
「ええ。商人の妻という立場では、王族である伯母さまに対して物申すことができませんから」
ラウルにはそう答えたが、アフタルは顎に指を当てて考え込んだ。
幸運。それだけで済ませていいのだろうか。
「このキラドという名は、ロヴナの父上のことですね」
どうやら発行者として、ロヴナの父親が関わっているらしい。国を越えて商売をするのは、貿易商としては普通かもしれないが。手広く商売をしているようだ。
「キラド家は、カシアやウェドとも武器の売買をしていますよ」
アフタルの手元を覗きこんで、侍女のミーリャが教えてくれた。しゃべっていなければ、寝ているのか起きているのか分からない目の細さだ。
「そうだったのですか?」
「はい。だから、あたしは反対でした。姫さまが、キラド家に降嫁なさるのは。あの家の息子が、別の女性にうつつを抜かしたのは、かえって良かったのではないかと思います」
一瞬、ミーリャの瞳が大きく見開かれた。
それまでのおとなしくて、おどおどした彼女とは一変して、芯の強さが垣間見えた気がした。
日々、顔を合わせているのだから、どこかで会ったような……という言い方は変だが。誰かに印象が重なる気がした。
「恥ずかしいです。わたくしは、キラド家の実情も知らずに、ただ王家のためになればと……迂闊でした」
「ですが、姫さまの嫁ぎ先をお決めになったのは、前王では?」
ラウルの問いかけに、アフタルは瞼を閉じた。
嫁ぎ先の候補はいくつもあった。有力だったのは、ウェド王家だ。
だがその話は流れた。
思えばおかしな話だ。ヤフダとミトラは王家の守護精霊なのだから、政略結婚に適しているのはアフタルしかいない。
父は、姉二人が自分の娘でないことを知っていたからこそ、姉には結婚の話がなかったのに。
ふいに、ひんやりとした感触を、眉間に感じた。驚いたアフタルは、目を開いた。
ちょうどラウルが人差し指で、アフタルの眉間に触れているところだった。
「力がこもっています」
「えっ?」
「……済みません、つい。姫さまは、殿下ではいらっしゃらないのに」
「ありがとう。心配してくれているのですね」
ティルダードが悩んでいる時にも、よくそうしているのだろう。
微笑ましい反面、やはりラウルにとってもティルダードにとっても、お互い離れていることは寂しくつらいに違いない。
早く王都に戻れるようにしなければ。
「わたくしの嫁ぎ先を決めたのは、お父さまとエラ伯母さまです」
次に眉間にしわを寄せたのは、ミーリャだった。
木々の葉を透かした光が、ミーリャの顔に緑の色を落とす。
不健全で不健康な色だった。
「お父さまは、わたくしをウェドの王家に嫁がせたかったようですが。伯母さまが反対されたとかで、実現には至りませんでした」
財政的に厳しいからと、納得してロヴナと婚約したけれど。今なら身分違いの婚約話がいとも簡単に進められた理由が分かる。
もしアフタルがウェドに嫁いでいたら。ウェドの王家を巻きこんで、サラーマに内政干渉する可能性があったからだ。
「では、あの退廃的な男が婚約を破棄してくれたのは、むしろ幸運であったと言えますね」
「ええ。商人の妻という立場では、王族である伯母さまに対して物申すことができませんから」
ラウルにはそう答えたが、アフタルは顎に指を当てて考え込んだ。
幸運。それだけで済ませていいのだろうか。
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