上 下
134 / 153
九章

16、彼が王の証

しおりを挟む
「アズレット」

 エラがあごをアフタルの方に向けて、騎士団長の名を呼んだ。それだけでアズレットは、ずかずかとアフタルに向かってくる。

 アフタルとアズレットの間に、ラウルが立ちはだかった。
 だが次の瞬間、剣を抜いた騎士団長にラウルは斬りつけられた。
 左の肩から右の胸にかけて。

「ラウル!」

 アフタルは悲鳴を上げた。ティルダードは声を上げることもできずに、がくがくと震えている。
 ラウルはよろめいたが、血を流してはいなかった。

 足元へ落ちていくのは、薄青い破片。
 とっさにラウルが張った結界だ。

「貴様……まさか」
「私が負傷するようなことがあっては、姫さまをお守りする者がおりませんから」

 床に落ちた破片をエラが拾い上げた。
 硬く薄いかけらをしげしげと眺めて、眉根を寄せる。きついしわが寄るほどに。

「昔、見たことがあるわ。赤毛の精霊がタフミネフを庇おうとして、緑の壁を作った。あの時も、こんな風に緑の破片が散らばって」
「伯母さま、まさか母さまのことを」

 なぜ百年ほども前にサラーマに届けられた宝石が、似たような時期に精霊として現れたのか。アフタルはやっと分かった。
 王家に危機が訪れたからだ。

 だから王族であるのに、エラには精霊がついていない。彼女がわざわいそのものであるからだ。
 本来ならば王である父につくはずだったラウル。
 父の急逝にエラが関わっていることは明白だ。

 だが、エラにとってほんの半年ほど前まで、父は邪魔な存在ではなかったのだろう。
 闘技場での儲け、ワインと引き換えに人身売買を行っていたこと。それらを父に指摘され、禁止されたのだとしたら。
 そのせいで実の弟である王を恨み、消したのなら。

 アフタルは、指の関節が白くなるほどに拳を握りしめた。
 ぎり、と奥歯を噛みしめ、エラを睨みつける。

「あんたが……蒼氷のダイヤモンド? 王の証なのね」

 確認するような問いかけだった。
 ラウルは答えない。

 突然、甲高い笑い声が室内に反響した。

「いいわ。いいわよ、アフタル。素敵なことを考えたわ」

 さも楽しそうに、エラが赤い唇を歪めながら笑う。

「池に大潮おおしおの蓮を咲かせましょう。タフミネフの時は失敗したけれど。娘のあなたは成功させてあげましょうね」

 鼓膜が痛むほどの笑い声を立てながら、エラは閉じた扇をアフタルの方へ向けた。

「さぁ、皆の前で美しい花を咲かせなさい」
「……大潮の蓮」

 その言葉を口にしたアフタルは、鳥肌が立った。
 顔を真っ青にしたティルダードが、アフタルにしがみつく。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

毒花令嬢の逆襲 ~良い子のふりはもうやめました~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:98,335pt お気に入り:3,154

転生公爵令嬢は悲劇の運命しかない推しを守りたい!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:149pt お気に入り:2,627

処理中です...