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十一章

2、二人の殿下

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 翌年。
 色とりどりの花が湖畔に咲き乱れ、若葉を透かした陽光が、辺りを淡い緑に染める春。

 今日はアフタルの叙任式と結婚式が、かつての離宮で行われる。

「おかしくありませんか?」

 アフタルは鏡に映る自分の姿を、何度も確認している。
 珍しく髪を高い位置で結い上げているので、露わになったうなじが気になってしまう。

「お美しいですよ」
「仰々しくないですか?」
「なにを仰いますやら。まだこれからマントも羽織りますのに」

 ミーリャが次々と正装用の道具を手渡してくる。手にしたマントは、ずっしりと重かった。
 まずは大公としての叙任式。続けて結婚式。

 すでに君主としての仕事をしているので、普段から「大公殿下」と呼ばれてはいるが。

 人生の一大事が、たった一日の内にまとめて行われるだなんて。
 緊張で足が震えそうだ。

「大丈夫です。アフタルさま。私が、お傍に控えておりますから」

 部屋の壁際に立つラウルが、声をかけてくれる。

「約束ですよ」
「無論です」

 つい情けない声を出して、ラウルに縋りつきたくなってしまう。
 でも、今日はできない。
 式典に列席するために、この宮に人が集まっているのだから。

「でも、本当にわたくしで大丈夫なのでしょうか」
「俺もいるだろ」

 答えた声は、ラウルではなかった。

 開かれたままの扉から、シャールーズが室内に入ってきた。
 すでに礼装に着替えている彼は、白い上下が褐色の肌に映えている。

 シャールーズは一瞬目を見開いて、立ち止まった。まるで眩しいかのように、目を細める。

「いくら小国とはいえ、わたくしには荷が重いような気がして。不安なんです」
「しっかりしろよ、大公殿下。叙任してくれるティルダードに笑われるぞ」
「そうでした。陛下の御前ですものね」

 弟の名を聞いて、急にアフタルは表情を引きしめた。

 正妃パルトが王宮に戻り、今は摂政として、若き王ティルダードを支えている。
 彼女の守護精霊であるヤフダが、この離宮でつきっきりで力を与えて正妃の体を蝕む毒を浄化したから。
 今のパルトはまつりごとを行えるほどに回復している。

「お時間でございます」

 侍女が呼びに来た時は、すでにアフタルは支度を終えていた。

「それじゃ、行くか。大公殿下」
「はい。あなた」

 シャールーズがさしだす手を、アフタルはとった。

 ◇◇◇

 大広間は色とりどりの光に満ちていた。
 色ガラスを嵌めた薔薇窓から落ちる光は、まるで宝石を散りばめたようだ。

 かつての剣闘士達が、道を作るように左右に並んでいる。

 威風堂々としたシャールーズは、自信に満ち溢れて見える。

 アフタルは深呼吸して、凛と胸を張った。肩の開いたドレスの上から斜めに掛けたサッシュ。
 アフタルの腰には双子神ディオスクリの短剣。シャールーズは揃いの長剣を佩びている。

 上腕までの長い手袋をはめたアフタルに、ラウルがうやうやしく杖をさしだす。

「この日を心待ちにしておりました」
「ラウル」
「これからは、お二人にお仕えすることになりますね」

 小声で囁いたラウルが、典雅な振る舞いで頭を下げた。

 杖の先端には、王の証である蒼氷のダイヤモンドがつけられるのだが。そこには植物をかたどった装飾が施されているだけで、無論ダイヤモンドはない。
 ラウルが手渡すことで、同じ意味を成すからだ。

 列席している人達の中に、ササンの姿を認め、シャールーズは微笑んだ。
 それに応じるように、ササンも鷹揚にうなずく。

「パラティア大公、アフタル殿下ならびにシャールーズ殿下に、我らの忠誠を」

 かつての剣闘士であり、今のパラティア騎士団が剣を高く掲げる。
 左右の剣が交差して、硬い音を立てる。

 ティルダードが待つ壇上へと、アフタルとシャールーズは進んだ。

 パラティア大公国の共同君主として。
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