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1章
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この国は古くから王権神授説が用いられている。すなわち、王は神から選ばれた存在で、王の言うことは神の言うことと同じである。だから国民は王の言うことに従わなければならない。
たとえそれが、理不尽なものであったとしても。
それが、俺の生まれるずっと前からこのフィカリア王国で言われてきたことだ。その権威ある国王家の一人息子、ノア王子殿下の従者に選ばれたことは我が家の大きな誇りだそうだ。
ジョシュアという名前が「神は救い」をいう非常にめでたいものだから、という理由で選ばれてしまった。俺は別にそんな名前をつけてくれとは言っていない。そして俺の両親も「何となく響きがいいから」という、至極適当な理由でつけたというのに。
それに加え、俺の容姿も非常に「有難い」のだそうだ。青みがかった黒髪は我が国で信仰されている大天使と同じものである。それに菫色の瞳は王妃がこよなく愛する色だ。だがどちらもそこまで珍しいものではなく、下町育ちの両親は「綺麗な色ねぇ」くらいにしか考えていなかった。
ちょうど生まれたばかりの王子に相応しい男児を探していたところ、結果として俺が選ばれてしまった。そのおかげで俺の家族は平民としては暮らしに困らない程度の仕送りをもらっているのだから文句は言えない。
たとえ、俺の一日がわがまま癇癪坊ちゃんの子守りで終わったとしても。
「何なんだ、急に。いい子になるだなんて」
「まあいいじゃない。あなたも王子殿下のわがままに振り回されていたじゃない」
「そうだけど」
使用人の休憩室で、メイド仲間のメリッサがタバコをプカリとふかした。ヘーゼルナッツみたいな髪が肩の上で今日も元気にクルクルになっている。生まれつきのパーマとのことだが、彼女のチャームポイントでもある。
はしばみ色の目は猫みたいにキュッと細められ、美味しそうにタバコを吸っている。俺はタバコを吸わないから手持ち無沙汰ではあるが、こうやって他愛のない話をするのは好きだ。
そばかすが散らばっているせいで幼く見られるが、実際は俺の四歳年上、十八歳だ。基本的に王子殿下が着るものを用意する係だが、他にも細々としたことを担当してくれているのでいわば俺たちは「王子殿下わがまま被害者の会」の一員ということになる。
「いい子だなんて。あの王子にできると思うか?」
「さあ。でも、本人がそう言っているんでしょう?」
「うん」
「じゃあ期待してあげなさいよ。たった一人の従者なんだから」
「それも成り行きだ」
「だとしても、よ」
むう、と唇を尖らせる。そう、俺が王子殿下の従者になったのは成り行きなのだ。本来であれば平民が王子の従者になんかなれっこない。王子の物心がつくまでの間、その間だけの関係だったはずだ。
なのに何故かひどく気に入られてしまい、「ジョシュアじゃないとやだ!」といつものわがままを受け入れられてしまった結果、今も俺はここにいる。
挙句のはてに「王子の従者なのだから」と言ってメイド長から見た目について厳しく言われてしまう。切ることが面倒で伸ばしっぱなしの髪は高い位置で結ばないと箒でしばかれるため、今日もきっちりと縛り上げていた。
実家ほどの大きさがある休憩室は、俺たち下働きの人間が使う場所だ。食事をしたり、今みたいにタバコを吸ったり。本来であれば王子直属の従者である俺は使わない場所だが、たまには息抜きも必要だ。
欲しいものは何でも手に入る王族と一緒にいると、自分の中にある色々なものが狂わされてしまう気がしてついここに来てしまう。王子殿下はあまり望ましいと思っていないようだけど。言わなければバレないだろう。
「あんたがどう思っているかは別として、好かれているのは事実じゃない。喜ばしいと思うけどね」
「それは俺に対する嫌味か?」
「まさか。嫌われるよりマシってこと」
それもそうだけど。
「嫌いだったら俺なんかを従者にしないだろ」
「その通り。だからせいぜい頑張りなってこと。ほら、もうすぐ勉強の時間よ?」
壁にかけられた時計を見ると、言葉通りあと十分で勉強時間だ。これが、一番骨が折れる。最初から最後までふてくされた顔をされ、いくら教えてもノートにメモを取ろうとしない。ひどい時は部屋から脱走して城の中を探し回る羽目になる。
おまけにかくれんぼが上手なせいで、なかなか見つけられず二時間近く探し回ったこともある。果たして、いい子になる宣言はどれほど効果があるんだろうか。重たい気持ちになりながら、俺は休憩室を後にした。
たとえそれが、理不尽なものであったとしても。
それが、俺の生まれるずっと前からこのフィカリア王国で言われてきたことだ。その権威ある国王家の一人息子、ノア王子殿下の従者に選ばれたことは我が家の大きな誇りだそうだ。
ジョシュアという名前が「神は救い」をいう非常にめでたいものだから、という理由で選ばれてしまった。俺は別にそんな名前をつけてくれとは言っていない。そして俺の両親も「何となく響きがいいから」という、至極適当な理由でつけたというのに。
それに加え、俺の容姿も非常に「有難い」のだそうだ。青みがかった黒髪は我が国で信仰されている大天使と同じものである。それに菫色の瞳は王妃がこよなく愛する色だ。だがどちらもそこまで珍しいものではなく、下町育ちの両親は「綺麗な色ねぇ」くらいにしか考えていなかった。
ちょうど生まれたばかりの王子に相応しい男児を探していたところ、結果として俺が選ばれてしまった。そのおかげで俺の家族は平民としては暮らしに困らない程度の仕送りをもらっているのだから文句は言えない。
たとえ、俺の一日がわがまま癇癪坊ちゃんの子守りで終わったとしても。
「何なんだ、急に。いい子になるだなんて」
「まあいいじゃない。あなたも王子殿下のわがままに振り回されていたじゃない」
「そうだけど」
使用人の休憩室で、メイド仲間のメリッサがタバコをプカリとふかした。ヘーゼルナッツみたいな髪が肩の上で今日も元気にクルクルになっている。生まれつきのパーマとのことだが、彼女のチャームポイントでもある。
はしばみ色の目は猫みたいにキュッと細められ、美味しそうにタバコを吸っている。俺はタバコを吸わないから手持ち無沙汰ではあるが、こうやって他愛のない話をするのは好きだ。
そばかすが散らばっているせいで幼く見られるが、実際は俺の四歳年上、十八歳だ。基本的に王子殿下が着るものを用意する係だが、他にも細々としたことを担当してくれているのでいわば俺たちは「王子殿下わがまま被害者の会」の一員ということになる。
「いい子だなんて。あの王子にできると思うか?」
「さあ。でも、本人がそう言っているんでしょう?」
「うん」
「じゃあ期待してあげなさいよ。たった一人の従者なんだから」
「それも成り行きだ」
「だとしても、よ」
むう、と唇を尖らせる。そう、俺が王子殿下の従者になったのは成り行きなのだ。本来であれば平民が王子の従者になんかなれっこない。王子の物心がつくまでの間、その間だけの関係だったはずだ。
なのに何故かひどく気に入られてしまい、「ジョシュアじゃないとやだ!」といつものわがままを受け入れられてしまった結果、今も俺はここにいる。
挙句のはてに「王子の従者なのだから」と言ってメイド長から見た目について厳しく言われてしまう。切ることが面倒で伸ばしっぱなしの髪は高い位置で結ばないと箒でしばかれるため、今日もきっちりと縛り上げていた。
実家ほどの大きさがある休憩室は、俺たち下働きの人間が使う場所だ。食事をしたり、今みたいにタバコを吸ったり。本来であれば王子直属の従者である俺は使わない場所だが、たまには息抜きも必要だ。
欲しいものは何でも手に入る王族と一緒にいると、自分の中にある色々なものが狂わされてしまう気がしてついここに来てしまう。王子殿下はあまり望ましいと思っていないようだけど。言わなければバレないだろう。
「あんたがどう思っているかは別として、好かれているのは事実じゃない。喜ばしいと思うけどね」
「それは俺に対する嫌味か?」
「まさか。嫌われるよりマシってこと」
それもそうだけど。
「嫌いだったら俺なんかを従者にしないだろ」
「その通り。だからせいぜい頑張りなってこと。ほら、もうすぐ勉強の時間よ?」
壁にかけられた時計を見ると、言葉通りあと十分で勉強時間だ。これが、一番骨が折れる。最初から最後までふてくされた顔をされ、いくら教えてもノートにメモを取ろうとしない。ひどい時は部屋から脱走して城の中を探し回る羽目になる。
おまけにかくれんぼが上手なせいで、なかなか見つけられず二時間近く探し回ったこともある。果たして、いい子になる宣言はどれほど効果があるんだろうか。重たい気持ちになりながら、俺は休憩室を後にした。
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