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一章 ゲームスタート

第7話 現実世界①

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 紫音視点

 「……なんか軽い。僕何か入れ忘れたっけ?」

 コンビニ弁当を食べ、風呂と歯磨きをしてすぐ様就寝した次の日。
 学校に向かう最中、教科書が減ったとはいえ妙に鞄が軽く感じ何か忘れたのかと不安に駆らた。
 だけど、中身を確認しても忘れ物はない。学校側が持ってくるよう言われた教材が、変わらずみっちりと詰まっている。

「……何でだろ?全く思い当たる節がない」

 ここ最近の生活を振り返っても、春休み中筋トレのきの字も触れないくらい寝て起きて、アニメと漫画を消費する怠惰な生活を僕は送っていたのだ。筋肉など付くはずもない。
 強いて上げるなら、昨日大量の教科書を運んで帰ってきたくらいだけど、あれで筋肉が付いていたら僕は中学校の頃から苦労していないだろう。

「……僕にも成長期がついに来たか」

 原因が何か分からず、適当なことを言って自分を納得させて思考を切り替える。

「……シオンの声が今日は聞こえないな」

 うざいくらい毎日のように語りかけてきていたシオンからの声が、今日は一度も聞こえてこない。
 約半年その状態が続いていたせいか、聞こえてこない状態に違和感を覚えてしまっている。
 どうやら、知らないうちにかなり僕は毒されていたらしい。嫌な事実に気が付いてしまった。
 まぁ、昨日の様子を見るにおおかた筋肉痛が酷くて寝込んでいるのだろう。凄い叫んでたし、相当痛かったと思う。
 けど、どうせ明日には復活して『ゲームをしてくれ』とか言ってきそうだな。
 
「……僅かな平穏を楽しもう」

 久々に心穏やかな生活が送れるのだ。これを見過ごすという選択肢は僕にない。学校から帰ってきたらゴロゴロして、ポテチとコーラ、漫画の三連コンボをしよう。そして、残りは時間の許す限りひたすら惰眠を貪るんだ。
 今日も二時間くらいで、学校が終わるし最高の日になりそう。

「おっす!紫音今日はなんだか嬉しそうだな」

 家に帰ってからのことを想像して、うっとりしていると僕より三十センチもデカい漢が話しかけてきた。

「……おはよう、クマ。うん。ちょっと良いことがあってね」

 今話しかけてきたこの漢の名前は、園田そのだ 熊人くまと。渾名は『クマ』。同じ高校に入学した同中の友達だ。高校生一年生に似つかわしくない百八十後半の身長と、世紀末になってたら服を弾き飛ばしそうな程のムキムキ筋肉が特徴的だ。
 物凄い威圧感のある見た目だけど、凄いフレンドリーで話しやすくて優しいため、中学校の頃はマスコットキャラポジションにいた。

「なんだなんだ?教えてくれよ」
「僕の身長が伸びる可能性が見えたんだよ。それも十センチ。これで、チビの汚名を返上できる」
「それは良かったな。十センチも伸びるなら今年は無理だが、来年には背の順で最前列を脱却できるだろう」
「そうだね。来年には体育の時みんなの生贄にならなくて済むよ」

 中学時代のことを思い出して、僕は遠い目をした。
 手を上げる時、誰も手を上げなくて先生が困った時最前列だと目についてよく指名された。僕の身長が低いのもあるけど、この時はどうしても日本人特有の奥ゆかしさを呪ってしまう。

「あの時はすまんかったな。それより、話題が変わるんだが知ってるか?俺らの隣クラスに今話題沸騰中の女優の針崎はりさき のぞみちゃんがいるらしいぞ」

 クマも死んだ顔でラジオ体操をする僕でも思い出したのか、渇いた笑みを浮かべ謝罪の言葉を口にする。
 その後、気まずい雰囲気を打ち消すため新たな話題を出してくれた。

「……誰それ。僕知らないんだけど、可愛いの?」
「ハハッ、まぁテレビを見ないお前らしい反応だな。めちゃくそ可愛いぞ。五年に一人に生まれる超絶美少女って言われるくらいに」
「……五年に一人ってのが凄い生々しいけど、可愛いのは分かったよ。けど、隣のクラスなら関わることはなさそうだね」
「確かに。せいぜい俺達に出来るのは遠くから眺めて目の保養にするくらいだな」
「……そうだね」

 僕達はどうせ関係ないだろうと、笑い合った。
 同じクラスならまだしも、隣のクラス。しかも、芸能人。平々凡々な僕らには決して手の届かない完全な高嶺の花だ。関わり合うことはないだろう。
 そう思って。
 この時は呑気に笑っていた。

 まさか、この後あんなことになるなんて思わずに。




 

 

 

 

 


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