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「なかなか濃いランチになりましたね」
「ええ、本当に」
食事を終え、店を出ると、馬車の近くでゆるゆると談話を続けた。これまでと変わらぬ時間と空気に、自然と会話は弾み、気づけば随分と長く話し込んでしまっていた。
「と、すみません。お忙しいのに、引き留めてしまって……」
「構いませんよ。今日はそこまで予定も詰まっていませんし、ベルナールくんと久しぶりにたくさんお話しができて楽しかったです」
「私も、楽しかったです」
どうなってしまうのかと思っていたメルヴィルとの関係だが、崩れることも拗れることもなかった。それが純粋に嬉しくて笑えば、メルヴィルがふっと微笑んだ。
「機会があれば、ベルナールくんの恋人にも会いたいものですね」
「えっ!?」
「今の君を見れば、相性のいい相手なんだろうということは分かりますし、そこまで心配もしていませんが、それでもどんな相手かは気になりますからね」
「え、えっと……」
「お父様や、マルク様にはもう紹介したんですか?」
「い、いえ、まだで……」
「家族枠に私も含んで、一緒に紹介してくれてもいいですよ。親戚のおじさんとかどうでしょう?」
「それは、無理があるかと……」
本気なのか冗談なのか分からないメルヴィルの発言に困っている間に、時計塔の鐘が鳴った。
「おや、随分と話し込んでいたみたいですね。では、そろそろ解散しましょうか」
「は、はい」
「次に会えるのを、楽しみにしていますよ」
「はい……お気をつけて」
そう言い残し、メルヴィルは馬車に乗り込んだ。そのままゆっくりと走り出した馬車の中、ヒラヒラと手を振る彼に手を振り返しつつ、遠ざかっていく馬車を見送った。
(……会うって、私とだよな?)
まさかルノーと会おうとしてる訳じゃあるまいな……そんなことを考えながら、自分のことを案じてくれる人の多さにただただ感謝する。
(……ルゥくんと話したら、父上とマルクにも、手紙を書こう)
付き合っている人がいると知ったら、二人はどんなに驚くだろう……想像した未来に少しだけドキドキしながら、満たされた気持ちで帰路についた。
翌日、早くルノーと話しがしたくて、早すぎる時間に職場に着くも、いくら待てども彼が現れることはなく、始業時間になっても、ルノーが出勤してくることはなかった。
「休み、ですか?」
普段ならとっくに席にいるはずのルノーの姿が見えず、キョロキョロと辺りを見回していると、フラメルにチョイチョイ、と手招きをされた。
呼ばれるまま彼の席へと向かえば、ルノーの欠勤について知らされた。
「体調不良でしょうか?」
「みたいなんだけどねぇ、何がどうとは聞いてないんだ」
朝早く、メリア家の使いの者がやって来て、ルノーの欠勤について言付けていったらしい。ただ、ハッキリとどのような不調で、とは言わなかったらしく、風邪か季節の流行り病か、はたまた別の不調なのかは分からなかったらしい。
(大丈夫だろうか……)
一昨日は元気そうだったのに、どうしたのだろうか?
急な知らせに、つい過剰に案じる気持ちが顔に出そうになるも、ぐっと抑える。
『職場の同僚』『上司と部下』という立場上、必要以上に心配するのは不自然だろう、とすぐさま気持ちを切り替えた。
「……心配ですが、メリアくんなら何かあればきちんと知らせてくれるでしょうし、少し様子を見ましょうか」
「そうだね。幸い忙しい時期でもないし、明日には元気に出勤してくるかもしれないしね」
相変わらずのほほんとした反応のフラメルに苦笑しつつ、ルノーに回す予定だった分の業務を引き受けると自席へと戻った。
(何かあったのかな?)
フラメルの手前、感情は抑えたが、本当は心配で心配で、どうにも落ち着かない。
ルノーはこれまで、公休日以外で休んだことがない。毎日決まった時間に出勤し、定時の中できちんと仕事を終えるようなしっかりした子だ。そんな子が、曖昧な理由で欠勤するだろうか?
考えれば考えるほど心配で、不安で、仕事にも身が入らない。
このままでは、いつかの時のように、フラメルに注意されてしまう……そう思い、頭を切り替えるべく、大きく息を吸い込む──と、ふとある考えが浮かんだ。
(お見舞いに行こうかな?)
これまで何度も訪ねたメリア家の屋敷。場所は分かっているし、体調不良で休んだ部下を上司が見舞うのも、そこまでおかしいことではない。
勿論、部署の者には内緒で行くが、後でバレたところで「心配だったので」と嘘偽りなく肯定すればいいだけの話だ。
自分にしては珍しく妙案が浮かんだことに、つい「うんうん」と頷きそうになり、慌てて動きを堪える。
(大丈夫。お見舞いに行くだけだ)
様子を見に行くこと自体は、何もおかしいことではない。
昨日、決意したばかりのアレコレについては、ルノーの体調が戻ってから話せばいい。今日は純粋に、彼のことが心配で行くだけ……そんな言い訳をつらつらと頭の中で並べながら、終業時間に向けて、黙々と仕事をこなした。
長い長い一日を終え、定時で仕事を上がると、メリア家の屋敷に向かった。途中、見舞いの品が必要だろうかと思い、道中の青果店に立ち寄ると、甘い香りを放つ桃を購入した。ほどよく熟した柔らかい実ならば、体調が悪くても食べられるだろう。
(そういえば、こうして誰かの見舞いに行くのも初めてだな)
戻った馬車の中、桃の香りを抱きながら、ふとそんなことを思う。
本当に、これまでの薄っぺらい人生が嘘のように、ルノーに出会ってから多くのことを経験していると、こんな時ですら実感する。
(元気にしてるといいんだが)
会えない寂しさすら、彼から与えられている現実に苦笑いしつつ、愛しい人の家へと向かう。
少しの時間でも、ルノーと過ごせたら──そんな暢気なことを考えていられたのは、ここまでだった。
「ええ、本当に」
食事を終え、店を出ると、馬車の近くでゆるゆると談話を続けた。これまでと変わらぬ時間と空気に、自然と会話は弾み、気づけば随分と長く話し込んでしまっていた。
「と、すみません。お忙しいのに、引き留めてしまって……」
「構いませんよ。今日はそこまで予定も詰まっていませんし、ベルナールくんと久しぶりにたくさんお話しができて楽しかったです」
「私も、楽しかったです」
どうなってしまうのかと思っていたメルヴィルとの関係だが、崩れることも拗れることもなかった。それが純粋に嬉しくて笑えば、メルヴィルがふっと微笑んだ。
「機会があれば、ベルナールくんの恋人にも会いたいものですね」
「えっ!?」
「今の君を見れば、相性のいい相手なんだろうということは分かりますし、そこまで心配もしていませんが、それでもどんな相手かは気になりますからね」
「え、えっと……」
「お父様や、マルク様にはもう紹介したんですか?」
「い、いえ、まだで……」
「家族枠に私も含んで、一緒に紹介してくれてもいいですよ。親戚のおじさんとかどうでしょう?」
「それは、無理があるかと……」
本気なのか冗談なのか分からないメルヴィルの発言に困っている間に、時計塔の鐘が鳴った。
「おや、随分と話し込んでいたみたいですね。では、そろそろ解散しましょうか」
「は、はい」
「次に会えるのを、楽しみにしていますよ」
「はい……お気をつけて」
そう言い残し、メルヴィルは馬車に乗り込んだ。そのままゆっくりと走り出した馬車の中、ヒラヒラと手を振る彼に手を振り返しつつ、遠ざかっていく馬車を見送った。
(……会うって、私とだよな?)
まさかルノーと会おうとしてる訳じゃあるまいな……そんなことを考えながら、自分のことを案じてくれる人の多さにただただ感謝する。
(……ルゥくんと話したら、父上とマルクにも、手紙を書こう)
付き合っている人がいると知ったら、二人はどんなに驚くだろう……想像した未来に少しだけドキドキしながら、満たされた気持ちで帰路についた。
翌日、早くルノーと話しがしたくて、早すぎる時間に職場に着くも、いくら待てども彼が現れることはなく、始業時間になっても、ルノーが出勤してくることはなかった。
「休み、ですか?」
普段ならとっくに席にいるはずのルノーの姿が見えず、キョロキョロと辺りを見回していると、フラメルにチョイチョイ、と手招きをされた。
呼ばれるまま彼の席へと向かえば、ルノーの欠勤について知らされた。
「体調不良でしょうか?」
「みたいなんだけどねぇ、何がどうとは聞いてないんだ」
朝早く、メリア家の使いの者がやって来て、ルノーの欠勤について言付けていったらしい。ただ、ハッキリとどのような不調で、とは言わなかったらしく、風邪か季節の流行り病か、はたまた別の不調なのかは分からなかったらしい。
(大丈夫だろうか……)
一昨日は元気そうだったのに、どうしたのだろうか?
急な知らせに、つい過剰に案じる気持ちが顔に出そうになるも、ぐっと抑える。
『職場の同僚』『上司と部下』という立場上、必要以上に心配するのは不自然だろう、とすぐさま気持ちを切り替えた。
「……心配ですが、メリアくんなら何かあればきちんと知らせてくれるでしょうし、少し様子を見ましょうか」
「そうだね。幸い忙しい時期でもないし、明日には元気に出勤してくるかもしれないしね」
相変わらずのほほんとした反応のフラメルに苦笑しつつ、ルノーに回す予定だった分の業務を引き受けると自席へと戻った。
(何かあったのかな?)
フラメルの手前、感情は抑えたが、本当は心配で心配で、どうにも落ち着かない。
ルノーはこれまで、公休日以外で休んだことがない。毎日決まった時間に出勤し、定時の中できちんと仕事を終えるようなしっかりした子だ。そんな子が、曖昧な理由で欠勤するだろうか?
考えれば考えるほど心配で、不安で、仕事にも身が入らない。
このままでは、いつかの時のように、フラメルに注意されてしまう……そう思い、頭を切り替えるべく、大きく息を吸い込む──と、ふとある考えが浮かんだ。
(お見舞いに行こうかな?)
これまで何度も訪ねたメリア家の屋敷。場所は分かっているし、体調不良で休んだ部下を上司が見舞うのも、そこまでおかしいことではない。
勿論、部署の者には内緒で行くが、後でバレたところで「心配だったので」と嘘偽りなく肯定すればいいだけの話だ。
自分にしては珍しく妙案が浮かんだことに、つい「うんうん」と頷きそうになり、慌てて動きを堪える。
(大丈夫。お見舞いに行くだけだ)
様子を見に行くこと自体は、何もおかしいことではない。
昨日、決意したばかりのアレコレについては、ルノーの体調が戻ってから話せばいい。今日は純粋に、彼のことが心配で行くだけ……そんな言い訳をつらつらと頭の中で並べながら、終業時間に向けて、黙々と仕事をこなした。
長い長い一日を終え、定時で仕事を上がると、メリア家の屋敷に向かった。途中、見舞いの品が必要だろうかと思い、道中の青果店に立ち寄ると、甘い香りを放つ桃を購入した。ほどよく熟した柔らかい実ならば、体調が悪くても食べられるだろう。
(そういえば、こうして誰かの見舞いに行くのも初めてだな)
戻った馬車の中、桃の香りを抱きながら、ふとそんなことを思う。
本当に、これまでの薄っぺらい人生が嘘のように、ルノーに出会ってから多くのことを経験していると、こんな時ですら実感する。
(元気にしてるといいんだが)
会えない寂しさすら、彼から与えられている現実に苦笑いしつつ、愛しい人の家へと向かう。
少しの時間でも、ルノーと過ごせたら──そんな暢気なことを考えていられたのは、ここまでだった。
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