Sub侯爵の愛しのDom様

東雲

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屋敷に帰ると、家人が慌てた様子で出迎えてくれた。先に知らせが来ていたらしく、家令達からは心身の心配をされたが、「大丈夫」と答え、多くを語ることは避けた。マクシミリアンから受けた行為を、自分の口から説明するのは流石に躊躇われたのだ。
それを察してくれたのか、皆深くは追及せず、ただ無事に戻ってきたことを喜んでくれた。

「ところで、メリア様はどうされたのですか……?」
「色々あってね。少し疲れてしまったみたいなんだ」

腕の中、未だに意識を失っているルノーは、眠っているようにしか見えない。言葉を濁しつつ、まずは休みたいと伝え、ルノーの肩を抱いた手に力を込めた。

「彼はこのまま私のベッドで休ませるから、客間の準備はしなくていい。代わりに、メリアの屋敷に彼がここにいることと、暫くこちらで休ませる旨を知らせてくれ」

そう告げれば、家礼が黙礼で承知の意を返してくれた。
王城からずっと抱き抱えたまま、当然のようにルノーを連れ帰ってしまったが、離れ離れになるという選択肢は元よりなかった。
自分もルノーから離れたくないし、ルノーだってきっと離れたくないはず。自惚れではなく、王城での不安定な様子と、いつかの彼の姿が重なり、離れるのが怖かったのだ。

(目が覚めた時、私が側にいたほうがいい気がする)

直感的にそう思い、メリア家の屋敷には寄らず、真っ直ぐ屋敷まで帰ってきたのだ。
家礼と侍女長に最低限の伝達事項だけ伝えると、自室へ向かい、寝室のベッドの上にルノーを寝かせた。
ベストやパンツを脱がせ、シルクシャツのタイを解く。寝苦しくない程度の装いにしてから羽毛で包むと、そっとその場を離れた。
そのまま一階に戻れば、侯爵家の主治医が既に待機していた。軽く問診をし、鞭で叩かれた手と腕、床に強打した膝を手当てしてもらう。
顔に皺を刻んだ医師は、赤く腫れた左手の痕だけで、鞭で打たれた傷痕だと気づいたようだったが、眉間により深い皺を作っただけで、口を噤んでくれた。
何も言わず、何も聞かずにいてくれることに感謝しつつ手当てを済ませると、すぐに自室へと戻った。
向かった先、部屋の前では、侍女長がワゴンと共に待っていた。

「ご必要になるかと思った物は、一通りご用意致しました」
「ありがとう。急がせて悪かったね」
「とんでもないことでございます」
「何かあれば呼ぶから、暫くは休ませてくれ。来客の対応は任せる」
「畏まりました。ごゆっくりお休みくださいませ」

恭しく頭を下げる侍女長から用意してもらった物をワゴンごと受け取ると、それを持ったまま静かに部屋の中に入る。ワゴンを押しながら寝室まで戻れば、ルノーはまだ眠ったままだった。
自分がいない間に目が覚めなかったことにホッとしつつ、急いで正装からガウンに着替えると、ワゴンに乗っていた濡れタオルを手に、ベッドの縁に腰掛けた。まだ少し温かいそれでルノーの顔や首筋を拭いながら、自身の頬にも同じ物を当てれば、気持ち良さからほぅ……っと吐息が漏れた。

(なんだか、大変な一日だったな……)

正確に言えば、ほんの数時間にも満たない間の出来事だったのだが、色々ありすぎたせいか、既に朧げになりかけている部分もある。
忘れたいからか、それとも、ルノーの存在で記憶が上書きされたか……肉体的疲労は凄まじいが、精神的にはまだ余裕があることが救いだった。

(……ルゥくんのアレは、Defenseディフェンスというものだったんだろうか)

ルノーの頬を拭いながら、ぼんやりと少し前の出来事を思い出す。
Defense──Domが自身のSubを傷つけられた時に陥る症状であり、Subを守ろうと、周囲に対し暴力的になるというものだ。
助けに来てくれた時のルノーは、温厚で柔和な彼からは想像もできないほど攻撃的だった。
マクシミリアンに対する最初の一撃の躊躇いのなさといい、その後の自我を失うほどの激昂といい、普段の彼とはまるで違った。

(……喜んでは、いけないのかもしれないけど……)

彼が誰かを傷つけるのも、誰かに傷つけられるのも、見たくない。そう思うのに、ルノーが自分を守るため、我も忘れるほど怒ってくれたという事象が嬉しくて、気が緩むと頬まで緩んでしまいそうだった。

(……いけないな)

とはいえ、危険なことに変わりはない。
自分のために怒ってくれるのは嬉しいが、一歩間違えれば、その結果は耐え難いほどの悲しいものになってしまう。
今後は、行動にも重々気をつけよう……自戒の念を胸に刻みながら、ルノーの額をタオルで拭った時だ。

「ん……」
「! ……ルゥくん?」

吐息のような小さな音と共に、閉じられていた瞼がゆっくりと開いた。
ぼんやりと空を見つめていたルノーだが、目が合った瞬間、バチリと目を見開き、飛び上がらんばかりの勢いで跳ね起きた。

「ベル!!」
「ッ……、ルゥくん、待って! 落ち着いて……!」

体を起こしかけ、途中でグラリと傾いたルノーの体を慌てて支える。やんわりと抱き止めた背を撫でると、殊更柔らかな声で彼の名を呼んだ。

「……ルゥくん、大丈夫だよ。ここはもう王城じゃないから、大丈夫。安全な場所だから、今は、少し休もう?」

ゆるゆると背を撫でながら、ゆっくりとルノーの体を倒す。存外大人しく、再びベッドに体を預けたルノーが、不安げにこちらを見上げた。

「ベル……ベル、本当に、何も……」
「大丈夫。本当に、大丈夫だよ。……ルゥくんが助けてくれたから、もう大丈夫だよ」

不安の色が消えないルノーを安心させるように、笑みを浮かべ、白い頬を撫でれば、その瞳が眩しいものでも見るように細められた。

「ベル……、僕は……」
「ルゥくん、お話しするのは、休んでからにしよう? 私も疲れてしまったから、一緒に寝て、起きてから、ちゃんと話そう?」
「……」

そう告げれば、ルノーがコクリと頷いてくれた。素直な反応に安堵しつつ、水の入ったコップを手に取る。

「喉が乾いただろう? 休む前に水を……」

飲もう──そう言いかけて、言葉を止めた。
こちらを見つめる金の双眸が、『飲ませて』と強く主張し、目を逸らすことができなくなる。
コマンドではない。言葉にすらされていない。けれど、抗うことのできない欲に支配された体は、ルノーからの要求に応えるように、コップの水を口に含んだ。

「ん……」

マットレスに手をつき、ルノーに覆い被さるように身を屈め、濡れた唇を重ねる。カサついた唇を潤すように、少量ずつルノーの咥内に水を移せば、ゆっくりと流れていったそれが、唇を離すと同時にコクリと飲み込まれた。
それを見届けると、またコップの中身を口に含み、唇を重ねる。それを何度も何度も繰り返し、その数と同じだけ、キスをした。
コップの中が空になるまでキスを繰り返した頃には、互いの唇はしっとりと濡れ、情事の後のような空気が漂っていた。

「……もう、大丈夫?」
「ん……」

眠くなってきたのか、ぼんやりとした表情のルノーの頬は淡く色づき、その目はとろりとしていた。

「ベル……きて」
「ふふ、うん」

横向きに寝たまま、両手を伸ばすルノー。その言葉も、仕草も、覚えのあるそれで、つい笑ってしまう。
これは抗えないな、と思いながらベッドに乗り上げると、ルノーの隣に収まった。

「ルゥくん?」
「これ……邪魔です」
「……分かった。ちょっと待ってね」

横になりかけたところで、ルノーがガウンの端を掴み、突っぱねるように引っ張った。
不機嫌そうな顔、けれど可愛らしい我が儘にしか見えないそれに苦笑すると、ガウンを脱ぎ捨て、裸になる。

「これでいいかい?」
「ん……」

寄り添うように寝転べば、ルノーが胸元に顔を埋め、素肌にぴったりとくっついた。人肌を恋しがるように頬を寄せ、目一杯に抱きつこうとするルノーに、きゅうっと胸が鳴く。
可愛い、愛しい、という感情が溢れるまま、まろい頭を抱き寄せると、足先をルノーの足に絡め、全身で彼の体温を感じた。
肌に当たる熱い吐息は擽ったくて、すぐに聞こえてきた寝息は穏やかで、暖かな静けさの中、ようやく日常が戻ってきたような安心感から、瞼がゆっくりと降りてくる。

(気持ちいい……)

まだ陽も高い明るい部屋の中、どこか背徳感のある微睡に身を任せると、ルノーと共に眠りについた。


──数時間後、予定より十日も早く帰ってきた父が部屋に駆け込んできて、本当の意味で大変な一日になるのだった。




マクシミリアンとの一件があった翌日から、侯爵家はずっとバタバタとしていた。いや、正確に言えば、当日からずっとバタバタしていた。

自宅待機と言われ、仕事は休んだが、オードリックの使いの者やら、事情聴取のための役人やらが出入りし、その中で父と弟が帰ってきたり等、とても休んでいられる状態ではなかった。
どうも父は手紙を受け取った時点でこちらに向かっていたらしく、帰宅と同時に王城での一件を知り、案ずる気持ちから慌てて部屋に駆け込んだらしい。
もう子どもではないのに……と思いつつ、愛されていることが嬉しく、同時に疾しいことは何もないとはいえ、いきなり恋人と裸で眠っている姿を見せてしまい、恥ずかしいやら申し訳ないやらで、本当に大変な思いをした。
幸いと言っていいのか、父はその点については言及せず、自分の身だけを心配してくれた。一旦、状況説明を……と部屋を移動した先で話し始めようとすると、今度はそこにマルクも帰ってきた。

マルクも手紙の返事を書くと、仕事を片付け、すぐに領地を発ったらしい。奥方である義妹と子ども達は後からゆっくり来る予定で、その間に兄の初めての恋愛話を聞こうと、意気揚々と帰ってきたらしい。
二人共、明るい話題を期待して帰ってきてくれただろうに、本当に申し訳ない……そう思いつつ、王城での一連の出来事と、これまで黙っていたマクシミリアンとの確執について、包み隠さず話した。
マクシミリアンとの確執は、あちらから一方的に嫌われているだけだったので言う必要はないと思っていたのだが、結局は今回のような事態に発展してしまった。
「二人には、また迷惑をかけて……」と謝れば、父も弟も首を横に振り、「ベルナールのせいじゃない」「兄さんが悪いんじゃないだろう」と言ってくれた。
そこからは、憤慨した父が抗議のため、自分の代わりに王城へ向かい、弟が屋敷の仕事と来客の対応をしてくれた。「今はゆっくり休んで」と言われ、その言葉に甘えた。


そんな中で、父とマルクはルノーと対面した。
本来であれば、もっときちんとした形で紹介する予定だったのだが、緊急事態ではどうしようもなかった。
軽く湯浴みを済ませ、身支度を整えたルノーと共に、父とマルクの前に並ぶと姿勢を正した。

「手紙でもお伝えした通り、彼と、お付き合いをしています」
「お初お目にかかります。ベルナール様とお付き合いをさせていただいております、ルノー・メリアと申します」

優雅な所作で礼をするルノーに、父も弟も、ポカンとしていた。お付き合いをしている人がいる、とは手紙に書いていたが、相手の性別までは伝えていなかったからだろう。
どんな反応が返ってくるか……とドキドキしながらルノーの手を握れば、その手をギュッと握り返された。『大丈夫』と言ってくれているようなその強さにホッと息を吐けば、父がゆっくりと口を開いた。

「……メリアくんと言ったかな」
「はい」
「まずは、お礼を言わせておくれ。今回のことで、息子を守ってくれたようだね。ありがとう。君がいなかったら、ベルナールも、私達も、もっと悲しい思いをしていたかもしれない」
「もったいないお言葉でございます、アルマンディン様。ベルナール様がご無事で、本当に何よりでございました」
「……君は、息子のことを愛しているのかい?」
「はい。心から」
「あ、お……」

突然の父からの問いにも驚くが、それに堂々と答えるルノーにこちらが動揺してしまう。

「ベルナール」
「は、はい!」
「お前も、彼のことを愛しているのか?」
「! ……はい。心から、愛しています」

ほんの少しの恥ずかしさを飲み込み、自分と同じ臙脂色の瞳を見て答えれば、父がふっと表情を和らげた。

「……そうか。ようやく、愛せる人を見つけたな」
「ッ……」

いつか、互いに愛し愛される、最愛の人が現れるかもしれないから──そう言ってくれた父の声を思い出し、目の奥がジン……と熱くなる。

母に拒まれ、自身の性を憂い、「誰も愛せない」と諦めた後でさえ、そう優しく諭してくれた父。あの時の言葉を、父はずっと、覚えてくれていたのだ。
懐かしい記憶に、言葉にし難い感情が込み上げ、唇が震える。気づけばポタリと落ちていた涙が合図になったように、ルノーの手が解け、伸ばされた父の腕の中に体が収まっていた。

「今まで、よく頑張ったな。ベルナールが幸せなら、私はそれだけで充分だ。……二人で、幸せになりなさい」
「っ……、う……!」

ルノーと結婚したい──そう言わずとも、この先を彼と一緒に生きていくことを認めてくれた父に、感謝の気持ちと安堵で涙が止まらなくなった。

父の前で泣いたのは、母に叩かれ、抱き締められたあの日が最後だった。
あの時の悲しみや苦しみも、丸ごと全部包み込むように抱き締められ、堪らずその背に手を回した。

父よりずっと高くなった背。厚くなった体。それでも、抱き締めてくれる父の胸は、あの日と変わらず、ずっとずっと広く、大きかった。
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