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第一章 魔王様、少年期をお過ごしになる

30 魔王様、御自分の視野を広げる事を決められる

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今日は小学校の卒業式だった。

聖女もミユもこれで中学生に上がるのだと思うと寂しくなるが、既に二人は宿坊予約を取っており卒業旅行ならぬ卒業宿坊をするようだ。
聖女と過ごせる時間が多いに越したことは無いし、我としても異世界での生活は聖女ありきの生活で過ごしている為、今後も平和に過ごしたいと思っている。

そして卒業式が終わり、鐘打ち堂で早めの待ち合わせをしていると聖女が中学校の制服姿で訪れた。
ブレザーの可愛らしい制服に身を包んだ聖女に胸が締め付けられたが、こうやって大人になっていくのだと思うと置いていかれるような寂しさを感じる反面、喜ばしいとさえ思ってしまう。

――早く大人になりたい。

素直に聖女を見ていると思うのだ。
大人になれば聖女を独占できる、誰にも触れさせず、ずっとずっと……。
その夢が叶う為にもまだ時間が必要である事も解っているが、聖女は我の心を見透かしたように苦笑いし、我の頭を撫でた。


「祐ちゃん早く大人になりたいって何時も言ってるけど、子供時代にしか得られない経験は沢山したほうが良いよ?」
「慌てても直ぐに大人になれるものではないと言う事は理解しております。ですが……貴女が小学校を卒業すると、学校に行くと言う意義を失ってしまいますね」


事実、聖女が学校を卒業してしまえば学校に通うと言う意味を失ってしまうのだ。
この世界の学問とは人生では使えるものもあれば、その専門に行かない限り使うことも無い内容も多い。
それでも学校に行く意義は、聖女がいるからと言う理由で成り立っていたのに肝心の聖女が卒業してしまうと目的を見失ってしまう。


「祐ちゃんは精神的に大人だけど、だからこそ沢山経験を積んでほしいの」
「経験ですか?」


前世では沢山の経験をした。
魔王になり幾つもの人間の村を潰したし、勇者達とも戦う事もした。
仲間と言う仲間はいなかったが、それなりに充実していた魔王時代だと思っている。


「学生時代の経験は大人になっても大事なんだって。それに出来るだけ友達も多くいると自分の視野が広がるっていうか……もっと祐ちゃんは広い世界を見たほうが良い気がするの」
「広い世界ですか?」
「無論、アキラ君や恵君って言う友達がいる事もいいことだと思うけど、もっと沢山の人と関わるのも大事だと思うよ?」


思いも寄らない言葉に我が目を見開くと、聖女は優しく微笑んだ。


「ですが、沢山の知り合いや友人がいても何かと争いが起きるだけです。その様な面倒ごと私は喜んで経験しようとは思いません」
「確かに友達や知り合いが多いとそうなりやすいけど、その中で自分に合う人をもっと増やしたらどうかなって話なの。それに人の好き好きなんて……法則で話した方が解りやすいかな?」
「お願いします」
「二:六:二の法則って言うのがあってね? 自分の事が嫌いな人が二割、自分の事をどうでもいい人が六割、自分の事が好きな人が二割って言われてるの」
「ふむ」
「でも、人との関係が少ないとちゃんと自分の事を理解してくれてる大事な二割と出会うことも出来ないでしょう? もし祐ちゃんが人と関わることに対して自分の事が嫌いな二割を意識しすぎてるのだとしたら、それは祐ちゃんが自分らしさを殺してるんじゃないかなって思ったの」


その言葉に聖女を見つめると「私の勝手な考えだけどね」と苦笑いした。
我としてはそんなつもりは無かったが、確かに魔王時代の癖が抜け切れずにいるのではないだろうかと理解した。

魔王時代は我が頂点であったが故に、言いたい事はなんでも言えた。
しかし異世界にきてからは反対に自分の意見を余り言わなくなったような気もする。
無難に振舞う事で、八方美人でいることで平和に暮らそうと思っていたのを聖女には見抜かれてしまっていたようだ。

――だが、それが我らしさを壊しているのだと。

それが弊害になっているのではないかと指摘された時、我はもっと自由に生きて良いのだと心のどこかで重荷が取れた気がした。


「祐ちゃんの可能性を閉じ込める必要は無いと思うの、もっと自由でもいいと思うの」
「自由……ですか?」
「無論、僧侶としての立場もあるだろうから下手な事はできないのは解ってるけど、七夕祭りの時みたいに、もっと自分らしくしても罰は当たらないんじゃないかな?」


その言葉に我は大きく深呼吸をし、自分が外に対して臆病になっていた事を始めて気がつかされた。
きっと――勇者が危険な目にあってから自分を都合の良い人間として動き始めたのかもしれない。
大事な者に危害が加えられないように、大事なものを傷つけられないように……我は恐かったのだ。


「……今からでも、間に合うでしょうか」
「自分らしくってこと?」
「ええ」
「間に合うよ、それに七夕の時の祐ちゃんとっても素敵だったもの」


その言葉に我は両頬を強く叩くと、真っ直ぐ前を見据える。
――そうだ、恐いのなら次は守れば良い。
――そして、我がそれなりに地位のある存在になればよい。
そうする事によって、守ることがもっと可能になるのだから。


「心寿、苦言をありがとうございます」
「どう致しまして。やっぱり心のどこかで遠慮してるところがあったのね?」
「ええ、夏祭り以降……私はどこかで恐怖していたのです。ですが……単純な事でしたね、守れば良いのです。またあの時のように振る舞い、大事な存在が危うい目に遭わぬよう対策を考えながら自分らしくあればよいのです」
「うん、うん!」
「ありがとう心寿……私はもっと自由になる」


聖女を見つめ微笑むと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。


もっと沢山の人間と関わりを持とう。
関わりを持たねば、守れるだけの地位を得る事も難しいだろう。
何の為の前世の記憶か。
我は魔王、臆病者では無いのだ。


「心寿のおかげで私は前に進めそうです」
「良かった!」
「私も臆病だった自分と卒業ですね」
「ふふっ じゃあ祐ちゃんも卒業おめでとう御座います!」
「ありがとうございます」


久々に清々しい気分だ。
聖女はやはり我にとって本当に必要な女性だと改めて実感できた。


――さぁ、スタートしよう。
僧侶らしく、魔王らしく、もっともっと視野を広げる為に。


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