婚約者の恋

うりぼう

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「くあーっ、うまい!!!」

ところ変わってここは食堂。
剣術の授業の後の昼休みである。
運動後の水分は風呂上りの一杯よりも身に染みる。
たまらなくうまい。

「おっさんかよ」

正面に座ったデレクにくすくすと笑いながら言われぎくりと震える。

「い、いやあ、ついつい、あははっ」

おじさんと言われるのは仕方がない。
だって俺はおじさんだったのだ。
まだまだ若い気ではいたけれど、10代のこの頃に比べたら十分おじさんだよなあ30代って。
しかももう後半にも差しかかろうとしていたのに独身彼女なし。
悲しい前世だよ全く。

「ていうか、良かったのか?」
「何が?」
「王子だよ、あのまま放っておいて」
「いつもの事だろ」
「まあな」

ダリアは授業中ばかりか授業が終わってからも色んな人に囲まれていた。
前から取り巻き達にも囲まれていたし何も不思議ではない。
むしろ取り巻き達に囲まれているのが普通だ。

「それにしても、王子があんな風になっちまうなんてな」

しみじみとダリアの様子を思い出して呟くデレク。
それには俺も同感だ。

「どうせ今だけだろ」

今までの俺と前世の記憶を取り戻した俺。
あまりに性格の違う俺をきっと面白がっているだけだ。
すぐに元のように戻るはず。
だって元は同じ人間なんだから。
今までの『エル』がダメだったのに今の『エル』が受け入れられるとは思わない。
思わない、のだが。

「エル」
「!」

取り巻き達を置き去りにして王子がやってきた。
しかも俺の隣の席に、俺の肩を抱くようにして腰をかけている。

「何をしていらっしゃるんでしょうか」

すん、と視線が冷たくなったのが自分でもわかる。
肩に回された手を指先でつまんで外そうとするが全然離れない。
この野郎手離しやがれ。

「エルが他の者に愛想を振りまくからだろう?自分が誰のものなのかきちんと自覚しろ」
「俺は俺だけのものです」
「それは違う。エルは俺の婚約者なのだから俺のものだ」
「解消されたはずですが」
「解消を解消すると言っただろう?」
「解消の解消を解消して下さい」
「それは無理な相談だな」

あああああもうめんどくせえなあこの王子。
一回撤回したものをまた蒸し返すな!

『お前を全力で落とす』

そう宣言してからのダリアは今までのが幻だったのかというくらい俺への扱いが変わった。
まるで人が変わったようだ。
それこそ誰かに取り憑かれたんじゃないかと思うくらい。
いやむしろ取り憑かれていた方が納得出来る。

今までだったら剣術の授業で負けた所であんなに心配なんてしてくれていない。
何も考えていないような視線を寄越すか、こんな事も出来ないのかと呆れたような視線を寄越すだけ。
即座に駆け寄り、助け起こしてくれたデレクの手から俺をムリヤリに奪ったりなど、そんな事は絶対にしなかった。

「こんなにエルに惹かれているんだ、諦められるはずがないだろう?」
「……っ」

頭を掴まれ引き寄せられ、頬に柔らかな感触が当たる。
こ、こいつキスしやがった!
頬だけど!
ぞわりと冷たい何かが背筋を這う。

「やめて下さい、本当にやめて下さい」
「照れているのか?可愛いな」
「照れてませんけど!?」

ごしごしとキスされた頬を擦るがその手も止められてしまう。

「擦ると赤くなるぞ」
「変な事されなかったら擦ってません!」
「たかがキスで大袈裟だな」
「たかが!?」

ああやだやだ外国人!
今は俺も外国人だけど!
キスが挨拶とでも言うともりか?

ていうか惹かれてるとか可愛いとか言ってるけど、この前はまだ『気になって仕方がない』程度だったよな?
いつの間に惹かれた?
いつの間に好きな相手に囁くようなセリフを吐くようになった?
いつの間に甘々な態度でべたべたするようになったんだ?

謎だ。
謎すぎる。

もっと淡泊だったじゃん、手も繋いだ事なかったじゃん、むしろ最近全然会話が成立すらしてなかったんじゃん元に戻れよ王子この野郎。

(ていうか俺は魔法と剣の世界を楽しみたいんだけど)

王子と恋をする予定なんてこれっぽっちもない。
いや、違う待て待て『王子と恋』じゃない『男と恋』だバカ野郎。
何ナチュラルに王子と恋する気でいるんだ俺。
違うだろ。

「どうしたエル、百面相して」
「何でもありません」
「そっけないな」
「いやほんと気軽に触らないでくれますかね」
「このくらい婚約者なら普通だ」
「だから婚約解消したじゃないですか」

ああもうこのやりとりをするのにも疲れてきた。
いい加減諦めてくれないかなこの王子。
そう思い、大きな大きな溜め息を吐き出した。


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