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第一夜 密約の指導(下)

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卑猥な音だけが室内に響き渡っていた。
微動だにしないように見えて、お互いを貪るように吸い付き合う。


「ァッ…ぁ…~~っん…ぁ」


もう他のことは何も考えられなかった。ただただ直江に負けたくない。
その一心だけが雪乃を突き動かしていく。


「ッぁ」


それでも時間の問題だったことは言うまでもない。アゴの感覚がマヒし始め、唾液すらうまく呑み込めなくなったころ、雪乃は直江に敗北を認めるように高い泣き声をあげて果てた。


「はぁ…はぁ…はぁっ…ぁ…待って直江…ァアアア」


前に押し出すように、四つん這いでかがむ雪乃の下から体を引き抜くなり、直江は爆発しそうなほど膨張したそれを容赦なく突き立てた。一気に奥まで突き上げてきた直江の梁型に、雪乃の体がしなやかにのけぞっていく。


「イヤァ…ッぁ…ぁ…壊れちゃ…ぅ…アア」

「相変わらずの名器だな、お前は」

「ヤッ…なおえ…ぁッぁあぁあ」


腰をつかんで高くあげさせた蜜壺に直江の腰がゆっくりと前後する。その度に逃げようと床を移動する雪乃は捕まり、また連れ戻されていた。


「ッ…くそ…ガキが、色気のある声をあげてんじゃねぇよ」

「あッん…~~っ…ふぁ…ぁ」


絶妙な力加減で打ち付けてくる直江の脈絡に意識が朦朧としてくる。まるで酸素が薄くなったように、呼吸が苦しく変わっていく。海の底のように穏やかな波に揺られ、ゆったりと泳ぐ魚のようになれたらいいのに。と、久しぶりに味わう直江の技量は、嵐の川に巻き込まれた木の葉のごとく揺れていた。


「~~っ?」


突然ピタリと止まった律動に、雪乃は前のめりになった体のまま後ろを振り返る。


「ッ?!」


勝ち誇った顔の直江の視線に、知らずと中がグッと締まった。たぶんつながる直江にもその心情はお見通しだったに違いない。不敵な視線で見下ろしながら、ふっと口角を上げたかと思うと、雪乃の腕をつかんで一気にその体を反転させた。


「ッひぁ…ぅ…ぁ…はぁ」


真上から内臓を突き刺すほど深く進軍してくる直江の圧力に、雪乃の体が弓なりにのけぞっていく。


「で?」


前髪をすくいあげて、頬を撫でる直江の問いかけに、雪乃は疑問符を浮かべた顔を見せる。そうして直江の瞳を見上げている内に、何が言いたいのかはわかった。八香の家に生まれ、跡継ぎとして仕込まれた女の役割は、安易に直江が言おうとしていることを伝えてくる。


「次はどうするか…そう…っ…だ」


ピクリと動いた直江の眉。


「っ…ぁ…なお…ぁ…ぇ」

「やればできるじゃねぇか」

「ァぁあ…ッひ…~~っ」


直江のモノを探るように雪乃は意識を膣の動きだけに集中させる。男の顔を下から見上げ、その瞳の中を覗き込みながら、主導権を握ろうと迫ってくる男の動きを止めさせる。
主導権だけは譲ってはならない。
いついかなるときも、床の中で八香の女は優位でなければならない。
それが八香が「夜伽一族」と呼ばれる所以。


「ッ…ぁ…アァア~っァ…んっ」


声は男を誘う兵糧。


「直江…ッな…ぉえ…っ…~ぁ」


名を呼ぶのは意識を向けさせる戦術。


「ぁ…きもちい…ィ…はぁ…ッ」


相手の気を緩め、器を操り、懐柔する。そのために八香一族に生まれたものは皆、床術を学び、秀で、この戦乱の世の中での弱者としての地位を脱ぎ去り、裏の権力者として名を馳せるまでになった。
女でありながら将軍や武将さえも手駒にするその魅力的な花は、暗躍の内に秘められ、門外不出として一族の中だけで生きている。


「もっと…っ…~~ッぁ」


男を奥へ奥へと誘い込む雪乃の声は止まらない。それに導かれるように直江は雪乃の体を抱きしめながら首筋に顔を埋め、本能の赴くままに欲望をむさぼりつくす。


「ァッひぁ…っ…ッ~っあぁ」


足を深く折り曲げ、飛ぶほど腰を打ち付けてくる直江の律動に、雪乃の声も跳ね上がっていた。お互いの匂いが混ざり合い、高みを目指して共に白濁の海に飛び込もうと体温が溶け合っていく。けれど、そのとき今度は雪乃の方から直江の律動を止めさせた。


「ッ…雪乃?」


苦しそうに歪んだ直江の顔に心が躍る。
これが八香の血だと言われてもうなずける。悶える男の顔と焦らされた男の吐息は、ぞくぞくと雪乃の神経を逆撫でていた。情欲に果てそうになるほど、キモチイイ。優勢な立場で男を操れることの喜びを雪乃はもう何年も前から会得している。


「直江?」


ビクンと中に埋まる直江が反応する。


「ねぇ、直江?」


雪乃は自分を求めて顔を寄せていた直江の顔を抱きしめるように、その耳にそっと唇を寄せる。


「直江、母様に何を頼まれたの?」

「ゥ…ぁ…っ」


腰に回された細い足。絡みつくように抱きしめられた頭部。脳の中を反芻する甘い声。力だけの勝負であれば簡単にねじ伏せられるほどの少女に、直江の筋肉がこわばっていく。その証拠に、直江の血管は浮き出るように雪乃を求め激しく動揺しているのに、吐くことも出来ないほどの締め付けに断罪の助けを求めていた。


「ダメよ…ッ直江…まだ動かないで?」


十も離れた少女のどこに、自分より背丈も体格も勝る男の動きを止める力があるというのか。


「私も出陣するときが来たのね?」

「ッ…ぁ雪乃…や…め」

「苦しいのね。直江、かわいそう」


自分の上であれほど主導権をふるっていた男が、今では抱きしめる自分の腕の中で悶絶している。これほど悦楽に浸れる瞬間が他にあるだろうか。雪乃はクスリと笑った後で、そのまま再度自分に埋まる直江の分身を撫でまわす。


「暴れないで、直江」


一見すれば重なったまま微動だにしない男女の影。


「私はただ聞いているだけよ?」


腰を引くことも差すことも出来ないもどかしさの中で、直江の男根は雪乃の内部に吸われ、しごかれ、止められる。振りほどいて滅茶苦茶に虐げることなど造作もないはずなのに、腰から砕けそうなほどの快楽には抗えない。


「直江…ッ…相手はだれ?」


そうして胸に押し付けていた直江の顔を持ち上げ、唇を寄せようとした雪乃の顔が恐怖に固まる。
欲に飢えた獣。
たぶん、里の中で唯一、直江の「この顔」を見たのは雪乃が初めてだろう。


「っァ…なっ直江?」


全身の力を抜き、直江を解放させた雪乃の体が小刻みに震え始める。


「ァアァッ?!」


捕まれた腰を一気に引き寄せられ、雪乃は直江の下で快楽の涙をこぼしていた。


「誰に向かって口きいてんだ、あ゛ぁ?」


どすの利いた直江の声は、記憶の中ではただ一度。その時は一晩中、直江に主従関係を叩きこまれた。あの日のことが蘇ってくると、体が勝手に震えだす。


「俺で技を練習するのは構わねぇが、使うことは許さねぇ」

「ぁ…ッ…ごめんなさ…ぃ」

「その性根を叩きなおしてやったはずなんだが、なぁ? 雪乃」

「ヒっ…ァ?!」


ポンっと軽く上下に跳ねるのが最期だった。快感に体をえぐられるという経験を教え込まれたことなど、誰もないに違いない。八香の娘でも性を教え込まれはすれど、性に食われる体験をさせられる娘はどこにもいない。
直江は特別。
男を食い物にする女系一族の中で、唯一、女帝直属の家系に床術を仕込む役割なのだから当然と言えた。


「まあ、教えてやった技が鈍ってねぇで安心したぜ。お前の初陣は、問題なく白星だろうよ」

「ッひ…ぁ…なぉ…ぇァッ…いやぁ」

「って、聞こえてねぇか」


下肢に割り込み、高く突き上げ、奥まで浸潤していく余韻に浸りながら直江は雪乃の額に唇を寄せて囁く。


「いいか、雪乃。俺は大人でお前はまだまだガキだ」


耳元をなぞるように真上から降り注いでくる声の甘さに、歓喜に溺れた雪乃の吐息は止まらない。


「俺以外の男に負けるなんざ許さねぇ、八香の姫であっても、ただの女としても、な」

「ッ?!」


涙で滲む世界の先で優雅に笑う直江の顔ほど、美しく恐ろしいものはないに違いない。雪乃はうなずき、すがるように直江を強く抱きしめながら、今日一番の悦楽の嬌声を泣き叫んでいた。
何度も何度も、その声が枯れるまで。
直江の指南は、終わってはくれなかった。


* * * * * * * *


ぐったりとした雪乃が初陣前の訓練を終えたのは、それから四日目の朝のこと。
まだ鳥も眠る朝靄の中、どこか嬉しそうに、けれど疲れたような男がひとり、部屋から廊下へと体を差し出してくる。


「直江か?」


甘ったるいようでいて、体の芯をうずかせる女の声。


「野菊様」


案の定、現れた美女の気配に、直江は片膝をつくことで忠誠を示した。その彼を少しばかり見下ろした視線を流し、野菊はふすまの先で眠る気配にクスリと意味ありげな笑いをこぼす。
その鋭い視線の奥で何を思案しているのかは、一介の凡人にはわからない。
盗み見るように野菊の顔を仰ぎ見ようとした直江は、直後、思い直してやめた。


「娘の技量はどうじゃ?」

「問題ないかと」

「相手はあの志路家のものぞ。あの強欲狸の息子じゃ。雪乃が負けるようなことがあっては困る」


薄暗い廊下で静かに男女の声は溶け合っていく。通りすがりの者がいたのなら、緊張感漂うその気配に、一体何事かと足を止めたに違いない。


「相手は兼景だと言うてはおらんじゃろうな?」

「はい」

「兼景は雪乃を好いておる。娘の初陣で変な知恵をつけられてはかなわんからな」

「その辺はご心配には及びません」

「そのために、直江。おぬしに雪乃の指南を任せておるのじゃ」


ただの従者と女帝のはずが、敵対する空気の冷たさは異常。



「淑化淫女(シュクカインニョ)の教えを元に、われら八香は栄え、地位を築いてきた。雪乃もその業を背負わねばならぬ」

「心得ております」

「ならばよい」


野菊の勝ち誇った声に、直江の指先が一瞬だけピクリと揺れる。
それに気分を良くしたのか、野菊は直江に囁くように腰をかがめ、その耳先に綺麗な三日月形の唇を押し当てた。


「雪乃はお前のものにはならぬ」


すっと顔を離して体勢を戻した野菊の圧力に、直江の肩が知らずのうちに少し下がる。男の脳を機能低下させることなど造作もないという風に、野菊はふわりと歩み始めた。肩をはだけさせた着物の裾が、ゆっくりと廊下を流れていく。


「雪乃は今宵、兼景様の床に召される」


横を通り抜け、廊下の角を曲がって消えていく野菊の声だけが、衣擦れの音と混ざって直江の耳をかすめていく。


「新たな歴史の始まりじゃ」


朝靄に消されるように野菊の姿はどこかへと去っていった。後に残るのは静寂な朝の気配と、廊下で頭を下げる直江の姿だけ。


「はぁ、ったく。めんどくせぇな」


立ち上がりながらつぶやいた直江の声は、誰の耳にも通らない。


「手塩にかけて自分好みに調教したってのに、他の男に抱かせるなんて、わかっててもやっぱ、なんつーか、ああ。恨みたくもなるぜ。八香の血ってもんを、な」


せめて恐怖を味わうことの無いように。泣いて過ごすことがないように。
八香一族の末裔として、血を受けつぐ使命をもった少女の寝息に変化がないことを確認した直江は、盛大なため息をこぼしたあとで、そっとその場を後にした。
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