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第三話
国王夫妻の寝室と曲者1
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日当たりのいい窓辺で、でっぷりとした黒い猫がまどろんでいた。
――いや、尻尾が根本から二股に分かれ、背中にコウモリみたいな羽根があるそれは、正確には猫ではなく悪魔の一種である。
可愛らしい飼い主によってドンロと名付けられ、ふてぶてしい面に似合わぬ蝶ネクタイみたいな首輪をもらっていた。
そんな猫型悪魔が、んあーんと大きく口を開けて欠伸をしたかと思ったら、灰色の瞳で側にいる人間を一瞥する。
窓辺に置かれた立派な執務机に向かい、難しい顔をして書類を睨んでいるのは、玉座に着いて二年目に入ったヴィンセント国王ウル。
しかし、彼はふいに手元の書類から視線を外すと、はあとため息を吐いた。
「マイリ」
「なんじゃ」
話しかけた相手は猫型悪魔ドンロではなく、己の小さな妻マイリ。
弱冠四歳の王妃は、行儀良く座って熱心に本を読んでいた。
ただし――ウルの膝の上にであるが。
「そこをどいてくれないか。仕事に集中できないんだが」
「わらわがヒザに乗ってやっているのに、ウルはうれしくないのか?」
菫色の大きな瞳をぱちくりさせて、さも不思議そうに問われ、ウルは片眉を上げる。
マイリもそれを真似るように片眉を上げて続けた。
「おぬしの父は、毎日わらわをヒザに乗せて仕事をしていたぞ? 〝ネコちゃあん、かぁわいいでちゅねー、でゅふふ〟と、にこにこしておったぞ?」
「おい、やめろ。軽率に、俺の中の厳格な父像を粉砕するな」
いつも厳しい顔をしていたあの父が、赤ちゃん言葉で猫に話しかけていたなんて――
でゅふふ、なんて気持ちの悪い笑い方をしていたなんて――
ウルは心底知りたくなかった。
思わず、父と同じ名前を付けられた猫型悪魔を見ると、彼はいつの間にかこちらに背中を向けてしまっていた。
その後ろ姿が何だか気まずそうに見えて、ウルもまた視線を逸らす。
代々の国王の血を対価としてここに国を置くことを許してきた存在――いわばヴィンセント王国の家主は、ウルの父である先代の国王には真っ白な美しい猫として寄り添っていたが、今代はフェルデン公爵家の孫娘を器としている。
ウルの膝の上にちょこんと座ったマイリは、退くつもりは毛頭なさそうだ。
そのブロンドの髪に覆われた頭越しに、さっきから彼女が熱心に読んでいる本を覗き込んで、ウルはため息を重ねた。
「なんじゃ、ため息ばっかりつきおって。おぬしがため息をつくたびに、わらわはつむじがこそばゆくてならん」
「だってなぁ、お前……その本、いったいどこから持ってきたんだ?」
「城の図書館でかりてきた。あの司書、寝ぼけたような面をしておったが、なかなかよい仕事をする。ぜひとも給金をはずんでやれ」
「いや、四歳児にその本を貸し出すような司書、むしろクビにしたいんだが……」
ウルは殊更大きなため息を吐き出してから、マイリの小ちゃなふくふくの手から本を取り上げる。
そうして、さも嫌そうな顔をしてその表紙を眺めた。
革張りの古めかしい表紙には、いやにおどろおどろしい書体でもって、こう表題が刻まれている。
『世界の拷問具大全集』
「〝表紙に使われている革は実際に拷問で剥がれた人の皮です〟とか、これ絶対お子様は閲覧禁止のやつだろう」
「あの寝ぼけた司書は、城の外には持ち出すなとしか言わんかったぞ?」
「寝ぼけたような面じゃなくて、結局そいつは本当に寝ぼけていたんだな? ほら、見てみろ。開いてすぐのところに、〝小さいお子様や心臓の弱い方はご覧にならないでください〟と注意書きがしてあるじゃないか」
「安心せい。わらわ、心臓はつよいほうじゃ」
ウルの記憶が確かならば、現在城の図書館にて寝ぼけながら司書をしているのは、マイリの父ロッツと同じく彼の幼馴染だ。
ちなみに、先日そのロッツによって――表向きは悪魔の仕業とされているが――執務室を爆破された大司祭の末息子でもある。
当の大司祭は驚異的危機回避能力によって爆死を免れたため、今日も元気にフェルデン公爵家の繁栄を妬んでハンカチを噛み締めていることだろう。
とにかく、件の司書が見た目だけはいたいけな四歳児に貸し出したのは、持っているだけで呪われてしまいそうな、たいそう不気味な本だった。
しかし、マイリは平然とした顔でウルの手からそれを取り返すと、先ほど熱心に読んでいたページを開き直す。
「人間の器でうまく血をすする参考になるかと思ってな。これなんて、どうだ。この、中にトゲトゲがいっぱい付いたかわゆいお人形に人間を入れるとな、あら不思議。自然と風呂おけに血がたまるそうじゃ」
「トゲトゲがいっぱい付いている時点で、それはもうかわゆいお人形ではありえない。っていうか、それだと俺、死ぬからな?」
「死なないていどに、ちょびっと刺せばよかろう? さきっちょだけ」
「先っちょだけとか言うな」
ウルは必ずや、かの怠慢な司書をクビにしようと決めた。
マイリが王妃となってはや一年。
今でこそ、幼い彼女が王宮で過ごすのも当たり前となったが、わずか三歳の娘を嫁に出す羽目になったその母は当初、それはもう嘆き悲しんだ。
「弟か妹ができれば母も落ち着くだろう。なに、すぐじゃ。わらわがいない夜は夫婦水入らずでよろしくやっとるからな」
「おい、やめろ。四歳児が親の夫婦生活を冷静に語るな」
母の必死の懇願により、マイリは現在、週の半分を城で、もう半分をフェルデン公爵家で寝起きしている。
本来ならば、この日は後者――マイリは、仕事を終えた祖父フェルデン公爵や父ロッツとともに生家に戻るはずだった。
ところが急遽、城に泊まることにしたらしい。
おかげでウルは、夕方国王執務室に書類を持ってきたロッツに涙目で睨まれた上、呪詛を吐かれた。
爆発しろ、とはこれいかに。
「お前、予定を変更してまで城に泊まる理由をロッツになんて説明したんだ?」
「図書館でかりた本をウルに読みきかせしてやりたいから、と言った」
随分と可愛らしい理由である。
ただし、その図書館で借りた本というのが、城外持ち出し禁止の『世界の拷問具大全集』なんてものでなければの話だが。
げんなりするウルとは対照的に、マイリはぷくぷくのほっぺを薔薇色に染め、にこにこと可愛らしい笑みを浮かべて続ける。
「わらわはな、〝野ウサギ〟なる拷問をくわしく知りたい」
「……野ウサギ」
「ウサギのようにピョンピョンはねるのだろうか? それならば、わらわきっとじょうずだぞ。三百年ほど前にウサギを器としたことがあったからな」
「いや……夢を壊すようで申し訳ないが、そんな可愛らしいものじゃなかった気がするぞ」
そんなやりとりをしつつ、ウルとマイリが向かうのは、王宮の最も奥まった場所。国王夫妻の寝室である。
週の半分、マイリはここでウルとともに寝起きをしている。
といっても、彼女は普通の四歳児とは違って、大人の世話を必要としない。
そのため、マイリと寝室をともにすることでウルが面倒を負わされることはなく、本当にただ一緒に眠るだけである。
最近になって新たに猫型悪魔ドンロも加わったが、国王夫妻の広いベッドにはまだまだ余裕があった。
ちなみに、寝室までは守衛のケットが先導している。
ウルが独り寝の夜はとっとと寄宿舎に戻るくせに、マイリが一緒だとくっついてきて、寝室の扉の前で「ケット、よくおやすみ」と頭を撫でられないと離れないのだ。
件の『世界の拷問具大全集』も、このケットが抱えている。
小ちゃな王妃殿下に心酔し切っている彼は、四歳児がそれを読むことに疑問も危機感を抱いていないらしい。
人皮が表紙の不気味な本も、鬼畜面の大男が抱えればお誂え向きの装備に見える。
そんなケットを先頭とした国王夫妻一行が寝室のある一角に現れると、一部の侍女や侍従が顔を青くした。
それを横目に見て、ウルは首を傾げる。
いかにケットが鬼畜面とはいえ、先に述べた通り、マイリが城で寝起きする週の半分はくっついてくるのだから、さすがに見慣れてもいい頃だ。
それなのに、おろおろと顔を見合わせている様子が引っかかる。
ウルはそんな連中の顔と素性を頭の中で照らし合わせ――とたん、すっと目を細めた。
「……ワニスファー家に由縁のある連中ばかり、か。なるほど?」
「うむ、〝ワニのペンチ〟というのも気になる。なあ、ウル。どこをはさむんじゃろうな?」
そうこうしているうちに、寝室に到着した。
ところが――
「陛下、妃殿下、少しお待ちを」
ケットがふいに動きを止めたかと思ったら、その鬼畜面をさらに険しくして扉を睨んだ。
「マイリ、下がれ」
「んむ? なんじゃ?」
今は誰もいないはずの扉の向こうに、何者かの気配を感じる。
ウルも慌ててマイリを自分の後ろに下がらせた。
それを見届けたケットが、腰に提げた剣の柄に手をかけながらバンッと勢いよく扉を開く。
「曲者め! そこで何をしている!」
「ひ、ひいっ……!!」
ケットの鋭い誰何の声にか、それともその鬼畜面に怯えてか、何者かのか細い悲鳴が上がった。
ウルは、ケットのたくましい背中越しに薄暗い寝室に目を凝らす。
中にいたのは、若い娘だった。
マイリよりはずっと年上の、おそらく妙齢と言われる年代だろう。
なんにせよウルには見覚えのない相手で、少なくとも国王夫妻の寝室にいるべき存在ではない。
しかも娘は、不躾にもベッドの上にいた。
さらには……
「あれま、おぬし! すっぽんぽんではないか!」
ウルの股座から顔を覗かせたマイリが、大きな菫色の瞳をぱちくりさせて素っ頓狂な声をあげる。
曲者は、あろうことか服を着ていなかった。
――いや、尻尾が根本から二股に分かれ、背中にコウモリみたいな羽根があるそれは、正確には猫ではなく悪魔の一種である。
可愛らしい飼い主によってドンロと名付けられ、ふてぶてしい面に似合わぬ蝶ネクタイみたいな首輪をもらっていた。
そんな猫型悪魔が、んあーんと大きく口を開けて欠伸をしたかと思ったら、灰色の瞳で側にいる人間を一瞥する。
窓辺に置かれた立派な執務机に向かい、難しい顔をして書類を睨んでいるのは、玉座に着いて二年目に入ったヴィンセント国王ウル。
しかし、彼はふいに手元の書類から視線を外すと、はあとため息を吐いた。
「マイリ」
「なんじゃ」
話しかけた相手は猫型悪魔ドンロではなく、己の小さな妻マイリ。
弱冠四歳の王妃は、行儀良く座って熱心に本を読んでいた。
ただし――ウルの膝の上にであるが。
「そこをどいてくれないか。仕事に集中できないんだが」
「わらわがヒザに乗ってやっているのに、ウルはうれしくないのか?」
菫色の大きな瞳をぱちくりさせて、さも不思議そうに問われ、ウルは片眉を上げる。
マイリもそれを真似るように片眉を上げて続けた。
「おぬしの父は、毎日わらわをヒザに乗せて仕事をしていたぞ? 〝ネコちゃあん、かぁわいいでちゅねー、でゅふふ〟と、にこにこしておったぞ?」
「おい、やめろ。軽率に、俺の中の厳格な父像を粉砕するな」
いつも厳しい顔をしていたあの父が、赤ちゃん言葉で猫に話しかけていたなんて――
でゅふふ、なんて気持ちの悪い笑い方をしていたなんて――
ウルは心底知りたくなかった。
思わず、父と同じ名前を付けられた猫型悪魔を見ると、彼はいつの間にかこちらに背中を向けてしまっていた。
その後ろ姿が何だか気まずそうに見えて、ウルもまた視線を逸らす。
代々の国王の血を対価としてここに国を置くことを許してきた存在――いわばヴィンセント王国の家主は、ウルの父である先代の国王には真っ白な美しい猫として寄り添っていたが、今代はフェルデン公爵家の孫娘を器としている。
ウルの膝の上にちょこんと座ったマイリは、退くつもりは毛頭なさそうだ。
そのブロンドの髪に覆われた頭越しに、さっきから彼女が熱心に読んでいる本を覗き込んで、ウルはため息を重ねた。
「なんじゃ、ため息ばっかりつきおって。おぬしがため息をつくたびに、わらわはつむじがこそばゆくてならん」
「だってなぁ、お前……その本、いったいどこから持ってきたんだ?」
「城の図書館でかりてきた。あの司書、寝ぼけたような面をしておったが、なかなかよい仕事をする。ぜひとも給金をはずんでやれ」
「いや、四歳児にその本を貸し出すような司書、むしろクビにしたいんだが……」
ウルは殊更大きなため息を吐き出してから、マイリの小ちゃなふくふくの手から本を取り上げる。
そうして、さも嫌そうな顔をしてその表紙を眺めた。
革張りの古めかしい表紙には、いやにおどろおどろしい書体でもって、こう表題が刻まれている。
『世界の拷問具大全集』
「〝表紙に使われている革は実際に拷問で剥がれた人の皮です〟とか、これ絶対お子様は閲覧禁止のやつだろう」
「あの寝ぼけた司書は、城の外には持ち出すなとしか言わんかったぞ?」
「寝ぼけたような面じゃなくて、結局そいつは本当に寝ぼけていたんだな? ほら、見てみろ。開いてすぐのところに、〝小さいお子様や心臓の弱い方はご覧にならないでください〟と注意書きがしてあるじゃないか」
「安心せい。わらわ、心臓はつよいほうじゃ」
ウルの記憶が確かならば、現在城の図書館にて寝ぼけながら司書をしているのは、マイリの父ロッツと同じく彼の幼馴染だ。
ちなみに、先日そのロッツによって――表向きは悪魔の仕業とされているが――執務室を爆破された大司祭の末息子でもある。
当の大司祭は驚異的危機回避能力によって爆死を免れたため、今日も元気にフェルデン公爵家の繁栄を妬んでハンカチを噛み締めていることだろう。
とにかく、件の司書が見た目だけはいたいけな四歳児に貸し出したのは、持っているだけで呪われてしまいそうな、たいそう不気味な本だった。
しかし、マイリは平然とした顔でウルの手からそれを取り返すと、先ほど熱心に読んでいたページを開き直す。
「人間の器でうまく血をすする参考になるかと思ってな。これなんて、どうだ。この、中にトゲトゲがいっぱい付いたかわゆいお人形に人間を入れるとな、あら不思議。自然と風呂おけに血がたまるそうじゃ」
「トゲトゲがいっぱい付いている時点で、それはもうかわゆいお人形ではありえない。っていうか、それだと俺、死ぬからな?」
「死なないていどに、ちょびっと刺せばよかろう? さきっちょだけ」
「先っちょだけとか言うな」
ウルは必ずや、かの怠慢な司書をクビにしようと決めた。
マイリが王妃となってはや一年。
今でこそ、幼い彼女が王宮で過ごすのも当たり前となったが、わずか三歳の娘を嫁に出す羽目になったその母は当初、それはもう嘆き悲しんだ。
「弟か妹ができれば母も落ち着くだろう。なに、すぐじゃ。わらわがいない夜は夫婦水入らずでよろしくやっとるからな」
「おい、やめろ。四歳児が親の夫婦生活を冷静に語るな」
母の必死の懇願により、マイリは現在、週の半分を城で、もう半分をフェルデン公爵家で寝起きしている。
本来ならば、この日は後者――マイリは、仕事を終えた祖父フェルデン公爵や父ロッツとともに生家に戻るはずだった。
ところが急遽、城に泊まることにしたらしい。
おかげでウルは、夕方国王執務室に書類を持ってきたロッツに涙目で睨まれた上、呪詛を吐かれた。
爆発しろ、とはこれいかに。
「お前、予定を変更してまで城に泊まる理由をロッツになんて説明したんだ?」
「図書館でかりた本をウルに読みきかせしてやりたいから、と言った」
随分と可愛らしい理由である。
ただし、その図書館で借りた本というのが、城外持ち出し禁止の『世界の拷問具大全集』なんてものでなければの話だが。
げんなりするウルとは対照的に、マイリはぷくぷくのほっぺを薔薇色に染め、にこにこと可愛らしい笑みを浮かべて続ける。
「わらわはな、〝野ウサギ〟なる拷問をくわしく知りたい」
「……野ウサギ」
「ウサギのようにピョンピョンはねるのだろうか? それならば、わらわきっとじょうずだぞ。三百年ほど前にウサギを器としたことがあったからな」
「いや……夢を壊すようで申し訳ないが、そんな可愛らしいものじゃなかった気がするぞ」
そんなやりとりをしつつ、ウルとマイリが向かうのは、王宮の最も奥まった場所。国王夫妻の寝室である。
週の半分、マイリはここでウルとともに寝起きをしている。
といっても、彼女は普通の四歳児とは違って、大人の世話を必要としない。
そのため、マイリと寝室をともにすることでウルが面倒を負わされることはなく、本当にただ一緒に眠るだけである。
最近になって新たに猫型悪魔ドンロも加わったが、国王夫妻の広いベッドにはまだまだ余裕があった。
ちなみに、寝室までは守衛のケットが先導している。
ウルが独り寝の夜はとっとと寄宿舎に戻るくせに、マイリが一緒だとくっついてきて、寝室の扉の前で「ケット、よくおやすみ」と頭を撫でられないと離れないのだ。
件の『世界の拷問具大全集』も、このケットが抱えている。
小ちゃな王妃殿下に心酔し切っている彼は、四歳児がそれを読むことに疑問も危機感を抱いていないらしい。
人皮が表紙の不気味な本も、鬼畜面の大男が抱えればお誂え向きの装備に見える。
そんなケットを先頭とした国王夫妻一行が寝室のある一角に現れると、一部の侍女や侍従が顔を青くした。
それを横目に見て、ウルは首を傾げる。
いかにケットが鬼畜面とはいえ、先に述べた通り、マイリが城で寝起きする週の半分はくっついてくるのだから、さすがに見慣れてもいい頃だ。
それなのに、おろおろと顔を見合わせている様子が引っかかる。
ウルはそんな連中の顔と素性を頭の中で照らし合わせ――とたん、すっと目を細めた。
「……ワニスファー家に由縁のある連中ばかり、か。なるほど?」
「うむ、〝ワニのペンチ〟というのも気になる。なあ、ウル。どこをはさむんじゃろうな?」
そうこうしているうちに、寝室に到着した。
ところが――
「陛下、妃殿下、少しお待ちを」
ケットがふいに動きを止めたかと思ったら、その鬼畜面をさらに険しくして扉を睨んだ。
「マイリ、下がれ」
「んむ? なんじゃ?」
今は誰もいないはずの扉の向こうに、何者かの気配を感じる。
ウルも慌ててマイリを自分の後ろに下がらせた。
それを見届けたケットが、腰に提げた剣の柄に手をかけながらバンッと勢いよく扉を開く。
「曲者め! そこで何をしている!」
「ひ、ひいっ……!!」
ケットの鋭い誰何の声にか、それともその鬼畜面に怯えてか、何者かのか細い悲鳴が上がった。
ウルは、ケットのたくましい背中越しに薄暗い寝室に目を凝らす。
中にいたのは、若い娘だった。
マイリよりはずっと年上の、おそらく妙齢と言われる年代だろう。
なんにせよウルには見覚えのない相手で、少なくとも国王夫妻の寝室にいるべき存在ではない。
しかも娘は、不躾にもベッドの上にいた。
さらには……
「あれま、おぬし! すっぽんぽんではないか!」
ウルの股座から顔を覗かせたマイリが、大きな菫色の瞳をぱちくりさせて素っ頓狂な声をあげる。
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