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第十話
王妃様が案内するヴィンセント城ダンジョン5
しおりを挟む「──おい、待て! 待て待て待て、待てい!!」」
外聞も気にせず叫んだウルが、フォークを握り締めたちっちゃな手を慌てて掴む。
そんな彼を、愛くるしい顔をムッと歪めて見上げるのはマイリだ。
「なんじゃあ、ウル。やかましいのぅ。食堂ではお行儀よくせぬか」
「いや、お前のせいだからな? その真っ白いローブを着たままミートソースパスタを食おうとするんじゃない。絶対にやめろ」
マイリの前に置かれたトレイには、小さなパンケーキが二枚とサラダ、ハンバーグに目玉焼き、ミートソースパスタやポテトが載った皿と、スープカップが並ぶ。
パンケーキの真ん中には、ヴィンセント王家の紋章をあしらった小さな旗が立っていた。
「わかったわかった。この旗をやるから、よきにはからえ」
「旗はいらんが、よきには計らってやる。断じて、旗はいらんが」
ウルはマイリのローブを脱がして椅子の背もたれにかけ、首元にナプキンを付けてやる。
幼児の世話を焼く姿がすっかり板についた国王陛下に、食堂に居合わせた民衆はにっこりとした。
マイリの向かいには、彼女にくっついていた犬といつの間にかやってきたドンロが座り、ウルがお子様膳と一緒に運んでやったそれぞれのまんまをがっついている。
負けじとミートソースパスタを頬張るマイリに、ウルはやれやれと苦笑いを浮かべたものの、側にやってきた鬼畜面に気づいて眉を跳ね上げた。
「ケット! お前、守衛の仕事はどうした!」
「恐れながら、陛下。守衛としての私の代わりはいくらでもおりますが、妃殿下のかわゆい妖精さんな私の代わりはどこにもおりませんので」
「いや、格好いいこと言ったみたいな雰囲気出してるんじゃない。普通にさぼるな。あと、妖精ってなんだ。おぞましいな。冗談は休み休み言え」
「ははは、陛下とは一度じっくり語り合わねばなりませんね──拳で」
この時は幸い、ケットの両手がそれぞれトレイで塞がっていたおかげで、国王と守衛のガチンコ勝負はお預けになった。
一つはウルが注文した日替わり膳、もう一つはケット自身のお子様膳特盛である。
そもそも日常的にこの食堂を利用する幼児はマイリだけなので、お子様膳も彼女のために考案された特別なメニューだが、童心に返りたいお年頃の大人達にも密かに人気があった。なお、特盛には巨大なステーキが二枚付く。
一方、本日の日替わりのメインは具がたっぷり詰まったキッシュだが、ウルの皿にも零れ落ちんばかりに肉が載っていた。
おそらく、若者にいっぱい食べさせたい親戚のおばちゃん症候群の料理長が盛ったのだろう。
「これ、ウルよ。旗をやるから、野菜も食え?」
「とか言って、ピーマンを寄越すな。自分で食べなさい。あと、旗はいらん」
「陛下、旗を差し上げますから、ピーマンを食べてください」
「子供かよ。自分で食え。旗はいらんと言っとるだろうが」
彼らは、窓からずっと離れたテーブルに付いていた。
ウルも当然、マチアスの存在に気づいてはいるが……
「よくよく考えたら、マチアスをヴィンセントに寄越せと言ったのはマイリだからな」
「うむ、いかにも」
「レベッカ女史もその約束を果たすために、わざわざ今回あいつを特使にしたんだろうよ。マイリが納得する結末にならなければ、マチアスがはるばるヴィンセントに来た意味がない」
「そのとおりじゃ。よくわかっておるではないか、ウル。褒めてつかわす」
ウルの言葉に満足げに頷きつつ、マイリは彼の皿に築かれた肉の山の天辺に旗を刺した。
窓際ではマチアスが椅子に座り直し、エリックと護衛騎士が彼らの分の料理も持って席に戻ったようだ。
マチアスは馬車を降りた時と比べて衣装が簡素になっているし、何やら顔色がよくないように見えるが、ロッツに勧められて食事を始めた。
それを見届けて視線を外したウルに、マイリがにっこりと愛らしく微笑む。
ただし、その口の周りは獲物を食い殺したみたいに真っ赤になっていた。
「悪いようにはせぬ。マチアスは、ウルが大事に思う人間じゃからな。それだけで、わらわにとってもあやつは価値がある」
「ちっ、陛下は妃殿下に愛されていますね」
「今、舌打ちしたよな? ──おい、マイリ。とりあえず、一回口の周りを拭かせろ」
この後も、甲斐甲斐しくちっちゃな王妃の世話を焼きつつ昼食を堪能したヴィンセント国王は、食堂を出る頃には家紋が描かれた旗を二つ握らされていた。
「昔々も大昔のことでございます」
西に軌道をとった太陽の光が差し込む窓辺に、真っ白い祭服に身を包んだ壮年の男が立つ。
現在、ヴィンセント大聖堂の頂点にある、コリン・ウォーレー大司祭だ。
その穏やかな声が朗々と語り出したのは、ヴィンセント王国の創世記だった。
「一本の大きなスギの木に、天より一柱の神が降り立ち、ここに国を築くことをお許しくださいました。これ以降、我らヴィンセントの民はかの神を崇め奉り、安寧と繁栄を祈って参ったのでございます」
ヴィンセント王国に生まれれば幼い頃から繰り返し聞かされるものだが、ヴォルフ帝国出身のマチアスにとっては初めて耳にする話である。
一階中央食堂で昼食を終えた勇者マチアス一行は、ヴィンセント城ダンジョンの攻略を再開した。
結局、姫役たるウルはマチアスに声をかけることも目を合わせることもないまま、ロッツとともに一足先に仕事に戻ってしまっている。
マイリはしょんぼりとするマチアスの尻を叩いて再び大階段を目指したが、廊下の向こうから一階の中ボスこと侍女頭が歩いてくるのが見えたものだから、慌てて手近な部屋に逃げ込んだのだ。
そこにいたのが大司祭コリンで、件の部屋は王宮に設けられた礼拝室だった。
マイリ曰く、セーブポイント。マチアスは知る由もないが、もちろん自称異世界転生者ソマリの受け売りである。
いきなり飛び込んできた一行を快く匿ってくれたコリンに、せっかくだからと説法を強請ったのもマイリだったが……
「すやぁ……」
コリンが話し始めて三分と経たずに夢の中へ。
昼食を食べてお腹がいっぱいになった五歳児には、コリンの穏やかな声が子守唄に聞こえたのだろう。
枕に選ばれたのはマチアス──ではなく、隣に腰掛けた護衛騎士の筋肉ガチガチの膝だったのだが。
自称妖精さんに負けず劣らずな厳つい顔面をデレデレにして、小さなヴィンセント王妃の寝顔を見守る従者に、マチアスは顔を引き攣らせた。
犬も、すやすや眠る幼子を夢中で眺めている。
護衛騎士の向こうから声が上がったのは、そんな時だった。
「──大司祭様、懺悔させてください。私はかつて、不信心な人間でした」
「おや、伺いましょうか。──エリック・ワニスファー君」
実は昼食後、勇者一行は人員交代を行なっていた。
自称妖精さんことケットが泣く泣く仕事に戻されたのと引き換えに、宰相執務室勤務のエリック少年が同行することになったのだ。なお、賢者ドンロはマチアスの膝で地鳴りのようなイビキをかいている。
エリックはそんな騒音を物ともせず、淡々と話し始めた。
「私が生まれたワニスファー公爵家は、代々長男が家督を継いて参りました。たとえそれが、どうしようもなく堕落しきった愚か者であっても、例外なく」
エリックの父然り、一緒に王都を追放された長兄然りである。
エリックがいかに優秀であろうと、どれほど血の滲むような努力を重ねようとも、長男至上主義のワニスファー公爵家では評価されることもない。次兄はその事実に絶望し、早々に父や長兄に迎合する生き方を選んでしまった。
長男ではないせいで不遇を強いられてきたというエリックに、マチアスは同情的な目を向ける。
ヴォルフ帝国では最も優秀な皇子皇女が後継に指名されるため、長男というだけでマチアスがあの強く美しい姉を差し置いて玉座を継ぐようなことにならなかった。
「悔しくて悔しくて、でもどうしようもなくて……神様なんていないんだって思いました」
膝の上に置いた拳をぐっと握り締めて、エリックが続ける。
「どうせ頑張ったって、自分は名もなき三男坊のまま終わるんだ、と何もかも諦めかけていたんです。でも──」
奇跡は起きた。
いや、当時のワニスファー公爵家にとっては悲劇だったかもしれないが、とにかくエリックの父も兄達も失脚し、名もなき三男坊は一気に表舞台に躍り出ることとなる。
「そうして初めて──神様はちゃんといて、私の生き様を見ていてくださったような気がしたんです」
するとその時、横からちっちゃくてふくふくの手が伸びてくる。
マイリの手だ。
いつの間に起きたのか、マイリは膝の上で握り締められていたエリックの拳をポンポンして言った。
「家督が回ってきたのは運じゃろうがな。しかし、今こうして、エリックがじーじや父に重用されているのは、お主が三男坊という立場に腐らず、日々努力を重ねた結果じゃ」
「妃殿下……」
「えらいなあ、エリック。がんばったなあ」
「あ、ありがとうございます……」
ちっちゃな王妃に労わられて、まだあどけなさを残したエリックがはにかむ。
うんうん、と大司祭コリンも笑顔で頷いた。
なんとも微笑ましい光景である。
光の中で交わされるそんなやりとりが眩しくて、マチアスはそっと目を逸らした。
そんな彼を、こちらもいつの間にか目を覚ましていたらしい猫悪魔ドンロがじっと見上げてくる。
旧友と同じ、灰色の瞳で。
とっさにそれからも目を逸らしたマチアスは、今度は犬と視線がかち合った。
そういえば、と取り繕うみたいに口を開く。
「天より一柱の神が降り立ち……というのは、ヴォルフ神教と共通していますね。ヴォルフは、神自身が築いた国だとも言い伝えられていますけれど」
「ほう、自ら人間の国をなあ。大兄者も酔狂なことよの」
護衛騎士の筋肉ガチガチの膝に頬杖を突いて犬を眺めつつ、マイリが笑った。
その言葉の意味が理解できず、マチアスは聞き返そうとしたが……
「マチアスよ、お主のざんげは済んだか?」
「え?」
「では、ゆくか勇者よ──悪者をやっつけに」
「……え?」
もっと理解できない言葉を続けられ、ヴォルフ皇弟の沽券もへったくれもない間抜けヅラを晒すこととなった。
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