あの時の答えあわせを

江藤 香琳

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4章

ラースのアトリエ②

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「昨日はよく眠れたかい?」

玄関ドアを引きながら、ラースが人懐っこい笑みで迎える。

昨日とは打って変わって、一足早い春用のキナリ色のニット着ている姿もまた、惚れ惚れする。

「 ラース、こんにちは。長旅のあとで、興奮してて、なかなか眠れませんでした。それに、時差ぼけもあるみたいで……」

「そうだよね。昨日着いたばかりなのに、さっそく、来てくれてありがとう」

「いいえ! こちらこそ、よろしくお願いします。ラースさんのアトリエに行けるとあって、仕事なのに楽しみにしていました」

「郁はそうやって僕を喜ばせるんだから。早速、中に入って」

そういいながら、ラースはパチッと郁にウィンクをしてきた。

(ウッ…… ラースがかっこよすぎるよ。ウィンクされる心の準備してなかった。チクショー)

「いや、ヘンな意味ではなく……! それじゃぁ、おじゃまします……」

ラースの後を追って、郁は足早にアトリエの中に入る。

郁は玄関で上着を脱ぎながら、あたりを見渡すと、大きな出窓からたくさんの日差しが入ってくることに気がついた。

ラースらしい、温かみを感じる室内だ。

案内された部屋に入ると、ほんのりと土の香りが漂ってきた。

あたりを見渡すと、至る所に大皿やマグカップなど、作りかけの陶芸作品が並べられていた。

(あっ、有名なカランコエのシリーズじゃないか! 色とりどりの花が素朴なのに可憐で、好きなシリーズなんだよな)

郁は目の前に並べられている、カランコエシリーズの作品に釘づけになった。

「郁、この作品気になるの?」

「はい。有名なシリーズで、僕も素敵だなと思ってて。本物を間近に見られる日が来るとは思いませんでした」

「そこまで言ってもらえると、陶芸家冥利に尽きるね。どうもありがとう。そのシリーズの誕生秘話は、またあらためて」

「えっ、誕生秘話を聞いていいんですか! 絶対知りたいですし、今回の個展の目玉にもなると思っています」

郁はこれまでの緊張はスッカリ忘れたかのように、饒舌に話し出す。それだけ、ラースの作品が大好きなのだ。

「いいもなにも。僕にとっても大切なシリーズ作品だし、個展の詳細は今日の打ち合わせでつめていこう。」

「はい!ぜひ。」

「前置きが長くなっちゃったけど、僕の仕事場をざっくり紹介するね。コーヒー入れるから、そこのソファに座ってて。」

ラースは、グレーの4人がけソファを指差し、郁に座るよう案内した。

「僕はね、この6階建てビルの1階と2階を借りているんだ。この1階は、主に陶芸活動に使う部屋。見ての通り、広々としていて過ごしやすいんだ。1階と2階はメゾネットタイプになっていてね。2階には、デザインの創作活動ができる書斎や応接室、休憩室があるんだ。2階はあとで案内するね」

2人分のコーヒーをもって、ラースもソファに腰かける。もちろん、マグカップはラースの作品だ。

「へぇ~、1階と2階がアトリエなんですね。玄関入って、なんだか温かい雰囲気を感じて、ラースさんぽいなって思っていました」

「ふふ、そうなの?それは嬉しいな~ それとね、この上の階は、僕の友人デザイナーが借りていてね。過去には、僕の個展の空間デザインを担当してくれたんだよ。」

「ええ、そうなんですか!? ぜひその方にもお会いしたいです!」

「もちろん、今度紹介するね。僕のオフィスの適当な紹介は、これで終わり。なにか聞きたいことある?」

「あのー、てっきりオフィス兼自宅なのかと思ってました」

「郁は真っ先にそんなことが気になるんだ?」

「いや、その、そーいうことではなくて!
ぱっと浮かんだ素朴なギモンだったんです!」

「ははっ! ちょっと、からかってみたかっただけ。僕はね、公私を分けたいからオフィスと自宅を別にもってるんだよ。僕の仕事はやろうと思えば24時間できるんだけど、日々アウトプットしているうちに、自分が自分でなくなる気がしてね。まどろこしい言い方したね…… 要は創作意欲が湧かなくなると思ったんだ。オフィスがあると、通勤の間に気持ちを切り替えられるし、街並みを見て、いまの流行を知ることもできるしね。それと、公私ともにパパラッチに追われるのはゴメンだ」

ラースは心底やれやれといった表情で苦笑いした。

「ラースさんのその気持ち、わかる気がします。俺の会社は在宅勤務ができるんですけど、オフィスで仕事したほうが集中できるし捗るんです。満員電車の通勤はイヤですけど。でも、在宅勤務してパソコンをパタンと閉じたあとのモヤっとした気持ちとか、夕飯作りながら仕事のこと考えちゃったり…… 性に合ってないみたいです。まぁ、俺はパパラッチに追われたことはありませんけど……」

(ラース。ゴシップネタ、ほんのり楽しみにしててごめんなさい…… それくらいしか、今何してるのか知りようがなかったし…… けれど、大変だよな、有名人って)

話とは裏腹に、郁にとってはラースを知るすべでもあった。ラースにはそんなこと、口がさけても言えないが。

「ふふっ、郁もそうなんだね。それだけ、気持ちの切り替えは大切ってことさ。僕の自宅はフレゼレクスベアの反対側の地域にあるから、今度案内するよ。アトリエの紹介なのに、こんなに話しちゃったね。そろそろ仕事の本題に入ろうか。」
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