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7.突然の出逢い
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長衣の男は、倒れている藍珠とそのあとを追ってきた東風を交互に見てちょっと眉を上げた。
東風は男を見て一瞬怯んだが、すぐに藍珠の腕をつかんで立ち上がらせようとした。
「来い!」
「いや、離してっ!」
藍珠は必死に抵抗したが力では叶わない。
そのまま、なかば引きずられるようにして連れ去られそうになったところで長衣の男が口を開いた。
「女が嫌がっているではないか。離してやれ」
人に命令することに慣れた貴族の口調だった。
東風は面倒なことになったと思ったが、前から目をつけていた藍珠を手に入れる絶好の機会を逃すのも惜しく、へらりと愛想笑いを浮かべてこの場をやり過ごそうとした。
「これはお見苦しいところをお見せいたしまして。これはちょっとした痴話喧嘩でして」
その間も藍珠は、東風の腕から抜け出そうと懸命にもがき続けていた。
「おい。我が儘もいい加減にしろ。他人様のまえで恥ずかしいだろう」
あくまで恋人同士のちょっとした喧嘩ということで押し通すつもりらしい。
男は黙ってこちらを見ている。
ここで彼に去られたら、いよいよ助からない。
無理矢理に東風のものにされてしまう。
藍珠は必死に叫んだ。
「お願いです、助けて下さい!」
「お、おい。何言ってるんだよ、おまえ」
「この人とは恋人なんかじゃありません! お願い助けて!」
「いい加減にしろよ、この……」
東風は苛立ったように、手を振り上げた。
(打たれる……!)
思わず目をつぶったが、次の瞬間聞こえてきたのは、
「ぐああっ」
という東風の呻き声だった。
男が、腰に佩いていた太刀を鞘ごと抜いて、その鞘で東風の眉間を打ち付けたのだ。
目にも止まらない速さだった。
東風が眉間を抑えてうずくまった隙に藍珠はその腕のなかから抜け出した。
「痴話喧嘩だか何だか知らぬが、女に助けを求められて知らぬふりをしたら寝覚めが悪いからな」
男は静かな口調でそう言った。
「くそっ、格好つけやがって……」
東風はギラギラとした目で男を睨みつけたが、その時、路地のむこうの方からバラバラと数人の男たちが走ってきた。
「若様! ここにいらっしゃいましたか!」
「お一人でどこかへ行かれては困ります! やっ、この者たちは……」
男たちは長衣の男に駆け寄ると口々に言った。
「チッ……」
東風が舌打ちをして逃げ出す。
「あ、おい!」
駆けつけた男たちの一人が呼び止めるが、長衣の男は
「良い。祭り騒ぎに浮かれた街のごろつきだろう。放っておけ」
と冷たく言った。
藍珠は男たちが集まってくるのを見て、改めて自分があられもない格好にされているのに気がついた。
東風の嘘とはいえ、痴話喧嘩で男と揉めてこのような目にあった女と蔑まれるのも恥ずかしく、藍珠は、
「あ、あの、ありがとうございました!」
と頭を下げるとそのまま、後も見ずに駆けだそうとした。
しかし、さっきまでの恐怖で膝が震えてうまく走れない。
しかも、さっき男にぶつかって倒れた拍子に足首を挫いてしまったみたいだ。
転びそうになるのを、男が駆け寄って支えてくれた。
「大丈夫か?」
言いながら長衣の上に来ていた丈の長い羽織を藍珠の方からかけてくれる。
「は、はい。大丈夫です。申し訳ありません」
「若様、そちらの娘は?」
供の男がいぶかしげに尋ねる。
「先ほどの男に絡まれて、ここへ連れ込まれていたらしい。ちょうど通りかかったので助けてやった」
「それはそれはご親切な。しかし、こんなところで市井の花に構っている場合ではございませんよ。早く宮……いえ、お屋敷にお戻り下さいませ。それこそ天下の百花が競って若様をお待ちでございましょう」
「香と白粉の匂いでまぶされた砂糖菓子みたいな花たちがね。それが気がすすまないからこうしてここに来ているんだろう」
「またそんな我が儘を。皇……いえ、お母上さまがお許しになられませんぞ」
男はうるさそうに供の者に手を振って、藍珠の顔を覗き込んだ。
「どうした? どこか痛めたのか」
「い、いえ。大丈夫です」
そう言って立ち去ろうとするのだが、足が痛んでうまく歩けない。
片足に重心をかけながら、少しずつ歩こうとすれば出来るのだが、そうしてよろよろと歩き始めた途端、いきなり男に抱き上げられてしまった。
「きゃっ」
「陛……いや、若様、何を」
「見れば分かるだろう。この佳人は足を怪我している。連れ帰って手当してやろう」
「そんな……大丈夫です。私歩けます!」
藍珠は叫び、供の者たちも慌てて止めにかかった。
「何を仰っているのです。今夜が何の日かお忘れになられたのですか。一刻も早くお戻りいただかなければならないのにそのような娘に構うなど……」
「手当ならば我々がいたします。若様はともかくお戻りを」
けれど男は構わず、藍珠を抱いたまま歩き出した。
「嫌だ。余は今宵、この娘と過ごす。なあに、母上は私が新しい花を迎えれば満足なのだろう。だったらこの可憐な花を愛でてもいいではないか」
そのまま、少し離れたところに置いてあった馬車に乗り込む。
あまりの成り行きに茫然としている藍珠を乗せたまま、馬車は男に命じられて走り出した。
東風は男を見て一瞬怯んだが、すぐに藍珠の腕をつかんで立ち上がらせようとした。
「来い!」
「いや、離してっ!」
藍珠は必死に抵抗したが力では叶わない。
そのまま、なかば引きずられるようにして連れ去られそうになったところで長衣の男が口を開いた。
「女が嫌がっているではないか。離してやれ」
人に命令することに慣れた貴族の口調だった。
東風は面倒なことになったと思ったが、前から目をつけていた藍珠を手に入れる絶好の機会を逃すのも惜しく、へらりと愛想笑いを浮かべてこの場をやり過ごそうとした。
「これはお見苦しいところをお見せいたしまして。これはちょっとした痴話喧嘩でして」
その間も藍珠は、東風の腕から抜け出そうと懸命にもがき続けていた。
「おい。我が儘もいい加減にしろ。他人様のまえで恥ずかしいだろう」
あくまで恋人同士のちょっとした喧嘩ということで押し通すつもりらしい。
男は黙ってこちらを見ている。
ここで彼に去られたら、いよいよ助からない。
無理矢理に東風のものにされてしまう。
藍珠は必死に叫んだ。
「お願いです、助けて下さい!」
「お、おい。何言ってるんだよ、おまえ」
「この人とは恋人なんかじゃありません! お願い助けて!」
「いい加減にしろよ、この……」
東風は苛立ったように、手を振り上げた。
(打たれる……!)
思わず目をつぶったが、次の瞬間聞こえてきたのは、
「ぐああっ」
という東風の呻き声だった。
男が、腰に佩いていた太刀を鞘ごと抜いて、その鞘で東風の眉間を打ち付けたのだ。
目にも止まらない速さだった。
東風が眉間を抑えてうずくまった隙に藍珠はその腕のなかから抜け出した。
「痴話喧嘩だか何だか知らぬが、女に助けを求められて知らぬふりをしたら寝覚めが悪いからな」
男は静かな口調でそう言った。
「くそっ、格好つけやがって……」
東風はギラギラとした目で男を睨みつけたが、その時、路地のむこうの方からバラバラと数人の男たちが走ってきた。
「若様! ここにいらっしゃいましたか!」
「お一人でどこかへ行かれては困ります! やっ、この者たちは……」
男たちは長衣の男に駆け寄ると口々に言った。
「チッ……」
東風が舌打ちをして逃げ出す。
「あ、おい!」
駆けつけた男たちの一人が呼び止めるが、長衣の男は
「良い。祭り騒ぎに浮かれた街のごろつきだろう。放っておけ」
と冷たく言った。
藍珠は男たちが集まってくるのを見て、改めて自分があられもない格好にされているのに気がついた。
東風の嘘とはいえ、痴話喧嘩で男と揉めてこのような目にあった女と蔑まれるのも恥ずかしく、藍珠は、
「あ、あの、ありがとうございました!」
と頭を下げるとそのまま、後も見ずに駆けだそうとした。
しかし、さっきまでの恐怖で膝が震えてうまく走れない。
しかも、さっき男にぶつかって倒れた拍子に足首を挫いてしまったみたいだ。
転びそうになるのを、男が駆け寄って支えてくれた。
「大丈夫か?」
言いながら長衣の上に来ていた丈の長い羽織を藍珠の方からかけてくれる。
「は、はい。大丈夫です。申し訳ありません」
「若様、そちらの娘は?」
供の男がいぶかしげに尋ねる。
「先ほどの男に絡まれて、ここへ連れ込まれていたらしい。ちょうど通りかかったので助けてやった」
「それはそれはご親切な。しかし、こんなところで市井の花に構っている場合ではございませんよ。早く宮……いえ、お屋敷にお戻り下さいませ。それこそ天下の百花が競って若様をお待ちでございましょう」
「香と白粉の匂いでまぶされた砂糖菓子みたいな花たちがね。それが気がすすまないからこうしてここに来ているんだろう」
「またそんな我が儘を。皇……いえ、お母上さまがお許しになられませんぞ」
男はうるさそうに供の者に手を振って、藍珠の顔を覗き込んだ。
「どうした? どこか痛めたのか」
「い、いえ。大丈夫です」
そう言って立ち去ろうとするのだが、足が痛んでうまく歩けない。
片足に重心をかけながら、少しずつ歩こうとすれば出来るのだが、そうしてよろよろと歩き始めた途端、いきなり男に抱き上げられてしまった。
「きゃっ」
「陛……いや、若様、何を」
「見れば分かるだろう。この佳人は足を怪我している。連れ帰って手当してやろう」
「そんな……大丈夫です。私歩けます!」
藍珠は叫び、供の者たちも慌てて止めにかかった。
「何を仰っているのです。今夜が何の日かお忘れになられたのですか。一刻も早くお戻りいただかなければならないのにそのような娘に構うなど……」
「手当ならば我々がいたします。若様はともかくお戻りを」
けれど男は構わず、藍珠を抱いたまま歩き出した。
「嫌だ。余は今宵、この娘と過ごす。なあに、母上は私が新しい花を迎えれば満足なのだろう。だったらこの可憐な花を愛でてもいいではないか」
そのまま、少し離れたところに置いてあった馬車に乗り込む。
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