ねむれない蛇

佐々

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おさない凶器

#01

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 真は飲み会の席にいた。
 ユーリの贔屓にしている和食の店で、堅苦しい日本料亭というよりかは大衆居酒屋に近い形態の店だった。安っぽいテーブルに串焼きや漬物、魚の干物なんかが並ぶ光景は、本当に日本によくある居酒屋のようだった。
 メイン会場は奥にある座敷で、数十名の幹部とその下の構成員が三つのテーブルに別れて座っている。
「ボス! 日本酒お待たせしました!」
 今日はフィオーレの貸切だが、普段これだけの客が同時に入ることのない店は当然人手が足りていない。もとより店主を除けば全員外国人のこの店に、回転率などという言葉はおそらく存在しない。ユーリの注文をいち早く通すため、真は店員のごとく働いていた。
「ありがとう。シンも飲むだろ?」
 瓶を取り上げたユーリに恐縮してとっさにグラスを手にしたものの、真は躊躇った。
「俺、日本酒はちょっと苦手で……」
「なんだてめーボスの酒が飲めないってのか?」
 別の卓から赤い顔をしたロマーノがちょっかいを出しに来た。
「そんなに飲みたきゃ自分で飲めよ」
「ボスはお前にすすめて下さったんだろうが! 文句言わずにグイッといけよ!」
「日本のおっさんみたいな絡み方すんなよ」
「まぁまぁ、いいんだよロマーノ。シンにも苦手なものくらいあるさ」
 ユーリから助け舟が出た。さすがボスは人間も出来ていらっしゃる。しかしなぜかグラスに酒が注がれている。
「シンはほんとに優秀だよ。かっこよくて仕事もできて、非の打ち所がない部下だ。いつも言ってるけど、俺は君を評価してるんだよ?」
「あ、ありがとうございます……」
「そんなもったいない言葉を頂いて、いつも幹部の中じゃ一番偉そうな奴が酒の席でこの体たらく、下に示しがつきませんよ」
「まぁ、確かに普段のシンはすごく格好いいから、憧れてる人も多いだろうに……残念だよ」
「飲みます! 喜んで飲ませて頂きます!」
 前言撤回。酒が入るとボスは大人げなかった。
 半ばやけくそでグラスを呷る。
「おーいいぞ! それでこそフィオーレの幹部だ!」
 ロマーノは嬉々としてグラスに新しい酒を注いでいる。
「もういいって! 俺マジで日本酒嫌いなの! ワインにしろワインに!」
 あの独特の味がどうにも好きになれない。飲みやすいとか甘いとか言われて今まで色々試してきたが、口にの合った試しがない。そして絶対に悪酔いした。
「贅沢言ってんじゃねえ。ワインはこんな飲み方していい酒じゃないんだよ」
「それで言うなら日本酒も違うから! なんでそのグラスが小さいのか考えろよ!」
「一気飲みしやすいようにだろ?」
「違うわ!」
「言いたいーことは飲んでかーら言え」
「どこで覚えたんだよそんなコール!」
 しかも微妙に古い! ロマーノのでかい声のせいで周囲の注目も集まりつつあった。
「え、なに?」
「シンが飲むって」
「あいつ酒強いじゃん」
「日本酒は苦手らしいよ」
「マジで? うけるんですけど」
 好き勝手に煽ってくるギャラリーに殺意を抱きながら二杯目を飲み干す。後で全員殺してやる。
 二杯が終わるとすかさず三杯目を要求され、だんだん面倒になってきて瓶を取り上げ直接口をつける。
「おおー! いったー!」
「いいぞー! 潰れろー!」
 周囲から無責任な歓声が上がる。さすがに苦しくなって口の端から溢れる酒の量が多くなってきた。
「シン、あとは俺がもらうよ」
 耳元でユーリの声が聞こえたと思ったら瓶を取られ、立ち上がったユーリがそれを呷る。あっという間に空になった瓶をユーリが掲げると先ほどよりも大きな歓声に包まれた。
「ボス!」
「最高です!」
「結婚してください!」
「フィオーレに!」
「フィオーレに!」
 勝手に盛り上がった男たちがそこら中で乾杯を始める。しばしそれに付き合ったユーリは再び真の隣に腰を下ろした。
「大丈夫?」
 取り出したハンカチで口元を拭われる。
「す、すみません……ありがとうございます」
 あれだけ酒を飲んだ後だというのにユーリからは良い匂いがして、真は顔が熱くなるのを感じた。
「酔ったんじゃない? 顔赤いよ?」
 周りがうるさいから自然と顔が近くなる。アルコールのせいもあって、速い自分の鼓動がうるさい。
「ちょ、ちょっとトイレに……」
 これ以上ここに居てはまずいと思い、真は立ち上がった。
「俺のことはいいから、少し休憩してきな。君、来てから動きっぱなしじゃない」
「すみません……失礼します!」
 真は逃げるように座敷を抜け出した。
 溜まった酒と水分を抜いて手を洗いながら鏡を見ると、確かにひどい顔だった。頰ばかりか目元まで紅潮し、乾燥のせいで少し潤んでいる。真は冷たい水で顔を洗い、緩んだネクタイを締め直した。
 すぐに席に戻る気にもなれず、ユーリの言葉に甘えて一息入れようと思い、厨房で水をもらってカウンター席に座った。飲み会のメイン会場は奥の座敷だが、テーブル席やカウンターでも構成員が比較的ゆっくり酒や食事を楽しんでいる。
「死ぬかと思った……」
「そんなに飲んだの?」
 テーブルに突っ伏して呟くと、上から声が降ってきた。顔を上げると烏が居た。夜だが今日は白い服で、カウンターの内側に立っているから店員かと思った。
「お前何やってんだよ」
 いつの間に来たんだ。そしてなぜそこに居るんだ。
「ユーリに呼ばれて顔だしたんだけど、人手が足りないから手伝ってる。俺が焼いた焼き鳥食う?」
「いらねー変な薬とか入ってそう」
「俺の手がどんなに神がかっててもさすがに料理じゃ昇天させてあげられないよ」
「相変わらず頭沸いてんな」
 煙草をくわえると後ろから誰かがぶつかってきた。
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