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4章

47.公爵兄妹、喧嘩する

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 カインヴェルは勢いよく公爵邸を後にした。

 だけど、すぐに歩みは遅くなり、何度も侯爵邸を振り返った。

 ティアには、ほんの少しと言ったけれど、カインヴェル自身ティアとの別れが辛くて、ほんの少しの間……少し我慢すればいい……そう自分に言い聞かせながら、憂鬱な気持ちで王宮へと向かった。



 王宮は広く、新しく作られるハーレム地区を馬鹿馬鹿しいと眺めながらヴェルはとぽとぽ歩く。 会いたくもないエリック・ホワイトノースの元へとぽとぽ歩いて向かう。



 辿り着きたくなくても、ついてしまった。



 王宮内 エリック・ホワイトノース公爵に与えられた部屋。

 ヒッソリ気配を殺し、窓から中を覗き見る。

 暑い気候のせいか、窓は開け放されていて盗み聞き放題。 一応、憲兵の巡回はあるけど……存在感を消すのは昔から得意だから問題ない。



 どんな事があったのか?
 想像できないでもない。

 エリックに与えられた部屋からは血の匂いがした。
 腐った肉を持って来ていた男達匂いの他に何人もの血の匂い。



 様々な嫌な事、思いは時が解決すると言うけれど、エリックの怒りは収まっていないらしい。 いや、人を殺してしまう程度の八つ当たりの時期は終わったらしい。

 それでも妹エリナにも声を荒げているあたり、今も危険な状態なのかもしれない。



「兄様、相手は獣です。 人間の常識を求める事が間違いなんです!! 全てはお兄様のミス。 八つ当たりをされても困ります!!」

「ウルサイ!! 獣一匹懐かせる事も出来なかった癖に!! 私を非難するつもりか!!」

「非難ではありませんわ。 ただ思慮深い行動をなさってくださっていれば、このような状況に至らなかったと言っているのです。 そもそもなぜ1月も牢に入れて置いたのですか!!」

「分からせる必要があったんだ!! それに、こんなに簡単に死ぬなんて思わなかった」

「1月も放っておいて死なないって、お兄様の無知には呆れますわ!!」

「相手は、王族だ。 先祖返りする程の血だ。 問題があると思ったんなら、オマエが指示を出しておけば良かったんだろう!!」

「私が勝手をしてはお兄様が怒るではありませんか。 矛盾です。 理不尽です。 全てが当主であるお兄様の責任です。 ソレを理解できないのなら、お兄様は当主には向かないと言う事ですわ。 そもそも食事を食べていないと聞いた時点で対処するべきでしたのに!! 私知っておりますのよ。 エドワード国王が雇った使用人にうつつを抜かしていたのでしょう。 カインを死なせた挙句、エドワードの所有物に手を出すなんて……それで良く自分が国を管理する等と言えたものですわ。 自分の事すら管理できずにいながら!!」

「オマエだって、あのバカが手に入れた顔の良い使用人を自分に譲って欲しいと願い出たと聞いたぞ」

「あら、私はコソコソとして後の憂いになるような事はしておりませんわ。 うちの侍女と取り換えましょうと交渉をしたのよ。 エドワードだって美男よりも美女の方が好きでしょう」

「勝手をするな!! 使用人に対する権限を持っているのは私だ!! オマエが好きにしていいもんじゃない!!」

「だけど兄様……カインが居る事を前提に、エドワードに対し……いいえお兄様の当主就任を良く思わない一族の長老達に対しても随分と酷い態度をとっていましたでしょう? 皆、兄様に腹を立てていたわ。 このままだと兄様の公爵としての地位が不味いのではありませんか? 私なら彼等とも上手く渡り合っていける。 当主の座を私に譲り渡してはどうかしら?」



 なんて話を聞いた今のタイミング出て行けば、どうにもエリックの立場を守るような感じになる気がしてしまう。 それは少し嫌だなぁ……と聞き耳をたてていたカインヴェルは悩むのだった。

「うるさい!! 馬鹿のお前に当主の仕事が務まる訳無い!!」

「なら、私が当主の顔となり、実務はお兄様にさせてさしあげますわ。 自分が置かれた境遇を考えれば、それぐらいして当然でしょう?」

「黙れ!!」

 投げつけられるガラスの花瓶。

 今回の盗み聞きは、エリナへの好意に対する迷いを払拭するには十分なものだった。 だが、重たいガラスの花瓶を女性に投げつけると言うのを見過ごせる訳がない。

 カインヴェルは慌てて中に入り込み花瓶を身体で受け止めた。

「危ないだろう」

「ぁっ……」

 エリナから零れるのは助けて貰えた事への感謝ではなく、嫌悪交じりのような呻き声。

「生きていたのですね」

 ホッとした表情を浮かべるエリック。
 そしてそのエリックにエリナは顔を顰めた。

「兄様、状況をご理解していらっしゃるの!!」

「だな……」

 頷くのはカインヴェル。 そしてカインヴェルは言葉を続けた。

「普通は安堵ではなく、今の話を聞かれた事への気まずさと言うものを感じるものだが……オマエは俺には理解できないと思っているのか?」

「ぁ、いえ、決してそんな訳では……」

「このまま逃げても良かったが、それでは傲慢な態度を周囲にとっていたオマエは随分と気まずい思いをするだろうとオマエを気遣ってやったにも関わらず、まだ、俺を傀儡として使えると思っているのか? 俺の重要性を理解したと思っていたのに……随分と浅はかな男だなぁ~」

 見下していた獣に言われるのだ、エリックの顔は羞恥や怒り・不安に顔色が青くなったり赤くなったり随分と忙しく変化していた。

「俺は何時だって逃げる事が出来る。 だが、国民を哀れに思うからこそ戻ろうかと言う気にもなったが……最も身近な国民がこれほど俺を馬鹿にしているようでは、戻る価値が無い……そういうことか?」

 エリックはテーブルの向こうから大慌てで、カインヴェルの前にかけより地面に座り込み土下座をした。

「良く……お戻りくださいました。 今までの態度は改めます。 どうか、私と共にこの国を導いて下さい!!」

「カイン様。 助けて頂きありがとうございました」

 そう言ってエリナはカインヴェルに寄り添おとした。

「今の話……聞いていなかったと思ったのか?」

「ぇ、あ……カイン様と会えぬ寂しさからの出来心ですわ!!」

「……まぁ、いい……。 最初からオマエはどうでもいいし、コレからもどうでもいい。 俺はエリックに話しがある。 オマエは邪魔だ。 出て行け」

「でも……私は、諦めません。 暴力から救ってくれた……それがアナタ自身も気づいていない私への思いだと信じ……アナタについて行きます」

 言い返そうとしても、自分の立場を保とうと幾らでも言い訳をするだろう。 そう思えば、エリナを相手にする事を面倒だと、鬱陶しいと考えたカインヴェルはエリックへと視線を向けてこう言った。

「あの邪魔な女をどこかにやれ」

「はい、すぐに!!」

 エリックは安堵と優越感に、エリナを乱暴に部屋から追い出すのだった。

「さて、これからの計画を練ろうか?」

「はい!!」
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