【R18】私との婚約は破棄ですか? では、この書面に一筆お願いします。

迷い人

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02.この屋敷では、公爵令息の長話は聞き流すのが常識なのです。

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 傲慢馬鹿である亡き公爵の息子は、相手にするだけ時間の無駄なのは、屋敷の誰もが知る事実。 だけれど、この状態で無視をすれば、座ったデスクに足をダンダンとぶつけ、俺の言うことが聞けないのか!! を繰り返すのは分かっている。 面倒臭くて席についた。

「はい、これ、この請求書を処理しておいてくれるかな?」

 花街で相手をさせた女性の名前とランクに価格、そして日数が記載されている。

 53日間かぁ……。

 いつもは花街のギルドから直接請求がくるのですが、真偽不明で請求拒否されると思ったのでしょうかね? 本人に直接持たせるとは、余程用心をしたのでしょう。 と言うか……53日も居座られた花街側に同情せずにはいられません。

 とはいえどう対処しましょうか?

 ……公爵が亡くなる前は、最高5日で公爵を怒らせ鉱山送りにされていましたが、私が同じように言っても屋敷を破壊するほどに暴れ、自分を通そうとするでしょう。

「ずいぶんお楽しみだったようですね」

「仕方がないよ。 何しろ俺の婚約者殿は、ひっつめ髪に、眉間に皺をよせ四六時中不機嫌そうにしている不細工だ。 そんな奴と常に顔をわせていてごらん、心が冷え渇き、生きている事すら辛くなると言うものさ」

「はぁ、そうですか。 ですが53日間も花街で篭りきりでは婚約者にお会いすることもないのではございませんか? むしろ身を寄せさせてくれる愛人もいらっしゃらなかったのですか?」

 ヒラヒラとここ数日の滞在を証明する請求書を振って見せた。

「オマエが、この世に存在していることが、俺のストレスなんだよ!」

 威圧するように顔を近づけ、噛みつかんばかりの勢いで言い切る。 愛人に相手にされなかったと言うのは、彼のプライドを随分と傷つけてしまったらしく、顔面に向けて紅茶がかけられた。

 愛人の方々とて、流石に公爵が亡くなられた後すぐに彼を受け入れ蜜月を過ごすと言うのは、不謹慎だと思ったというところでしょうね。 賢明な判断です。

 猫舌の私用の紅茶火傷はないけれど、目の前の男を撤退させるための時間と、着替えの時間とかなりの時間をロスしてしまう。 さて……私は時計を眺めた。

 今まで公爵と私、ケインとその父の4人でやってきた仕事を、私とケインの2人でやっているのだから、何かと時間が足りないのだ。 淡々とした様子で、側に居たケインが私にタオルを差し出した。

「私、ですか? ……そうですか……それは、申し訳ございません」

 顔を拭きながら私は、誠意のこもらぬ謝罪をする。

「分かればいいんだよ。 まったくオマエは馬鹿なんだから、いちいちこんなことを説明させないでくれるかなぁ?」

「あとさぁ、君……母様が言ってた神殿の寄付を出し渋っているんだって? うちは公爵家だよ。 余り恥ずかしいことはしないでもらえるかな?」

「夫人が自由にしていい金銭の範囲を超えておりますので」

「だぁ、かぁ、らぁああ、恥をかかせるな!! と言っているんだ。 わかったか!!」

 イラっとした表情が伺え、私は両肩をすくめて見せた。

 バシッと頬を打たれた。

「この程度で済んでいるうちに処理をするんだな。 それと、従姉妹のアーベルがさ領地の質を上げるには識字率をあげなきゃいけないって、で、各地に学校を作りたいから面会したいって、で、リサ(愛人)がさブランドを立ち上げたいっていうんだけど、母様も偉く乗り気でさぁ~。 出資金はもちろんだしてもらうんだけど、やっぱり商売なら宣伝も大事でしょ? 貴族を集めて作品を披露するための茶会の企画だしてくれる? あと……」

 この後、公爵家跡取りであるカスペル・ベンニングの要求は30分にわたって続いた訳ですが、途中でケインが数年分の鋼鉄の採掘量記録をそっと手渡し、部屋の外に立つ侍女には仕立屋には後日伺わせてもらうから帰ってほしいと伝えていた。

 カスペルが長く居座るだろうと判断したのでしょうね。

 うんざりだわ。

 心の中で肩をすくめ、私は書類を読み進めたまま、当たり前の言葉を口にする。

「では、書類を出して申請してください」

「なぜ、俺が言ったことをすぐに実行できない?」

「書類を見たうえで、その企画が公爵家にとってふさわしいか内容を示唆し、利益率を検討、改善が必要なものには、その旨を指摘し書類の再提出を求め、資金提供への返済計画を立てなければなりません」

「俺が!! し、ろ!と言っているんだ」

「今日中にはドレスを決めたかったのですが」

 これは仕立屋に無駄足を踏ませてしまったことへの愚痴。 なんしろ、予約待ちの人気デザイナーなのだから、お帰り頂いた保証料だってそれなりにするのだ。

「あぁ、そのことだったら心配はいらないとも。 君は君の仕事をしてくれればいい。 ドレスは母様とアーベル、リサ、ベンテ、フランカ、ルイーゼ、マイケで決めておくから。 何しろ君は孤児院出身。 ドレスを見る目なんて持ち合わせてないだろう? せいぜい感謝するがいい」

 嘲笑う風に言われてうんざりするからこそ、反論の言葉が出てこない。

 そして次の瞬間、再び頬が打たれた。

「次期公爵に向かって、その態度許されると思っているのか!! なんだ不満か? 不満なのか? いいぞ、婚約破棄をするなら、披露宴の招待状を出す前が俺にとっても丁度いいからな。 だが、よく考えろ、婚約破棄を決定した時点で、オマエとこの公爵家の接点はなくなると言うものだ。 実績があるからどこでも雇ってくれるなどと考えているなら甘いぞ! 公爵家の怒りを買った孤児を誰が雇う? いや、俺が邪魔をするね。 オマエの行きつく先々に手をまわし、オマエが惨めに這いずりまわる姿を見て笑ってやる。 あぁ、誰かに頼ろうとするな? オマエが仲良くなる連中全員を不幸に追い落としてやるからな」

「分かりました……。 こちらの書状にサインをください」

 私は執務用の豪華なデスクから1枚の書類を取り出す。 神殿から配布される公的書面である。 これを提出することで、一度交わした約束は破棄することはできない。

「こんなものを出して、オマエは本当可愛くないなぁ……俺に構って欲しいのなら、愛想良く笑えとまでいわないが、服でも抜いてまたでも広げてはどうだ?」

「私との婚約はあり得ませんと言うこの書類に一筆頂ければ、ソレで結構です」

「後悔してもしらないからな!!」

「はい、絶対に後悔はしません」

 淡々とした様子で言えば、今度は身体が吹っ飛ぶ勢いでぶん殴られ。 顔を真っ赤にしながら、書面にサインを行い、部屋から出て行った。

 きっと、ままぁ~~~ティアが生意気だよぉ~~~。 等と訴えにいくのでしょう。





 カスペル・ベンニングが、怒りのままにサインした書面の文章は亡き公爵の筆であったことに気づけたなら、書類を読み進めるぐらいしただろうか? 書類の内容を彼に告げなかったのは、私の故意……だけど、この行動に私は1ミリたりとも後悔はない!

 ここ数年の間、公爵は強い心労を要因とする心臓の痛みに耐える日々を送っていた。 公爵は悩み、画策し、そうした結果、自らの息子に愛想をつかし書面を準備したのだ。

 カスペルがもう少しマシな男であれば、亡き公爵ももう少し長く生きながらえたかもと思えば、カスペルがサインした書類を眺めた。



 私(署名用の空欄だったカスペル・ベンニング)は、ティア・ノルドとの婚姻を絶対に求める事はありません。

 この申しだてによりベンニング公爵家の家督を放棄し、財産を放棄し、ベンニングの家名を放棄することをここに誓います。
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