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03.逃げればすべて解決! そんなわけないから大変なのですよ。
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私はカスペルの書いた書面を正式なものとするために、カスペルの申請を受諾した旨の文章と、私のサインを加え、ベンニング家の家紋をかたどった刻印を打ち、くるくると書類を丸め筒の中にしまい、ケインの懐に手を突っ込みしまい込んだ。
コレで申請書を神殿に提出し、神の前で契約の儀式を行い神印が押される事で法的な効果を持つことになる。
ようするに、今の状態の書類では法的には意味を持たないと言うことだ。
「ちょっと厳しいかなぁ……」
私とケインは重要書類を隠し棚に隠し、執務室に厳重に鍵をかけて自室へと足早に向かった。
赤くなり腫れた頬、紅茶でぬれ茶色のシミがついた服を見た侍女が、ケガの手当てをとか、お風呂の準備をしますと言うが、そんな悠長に構えている訳にはいかないのだ。
「オマエ達は、壊されて困るようなものを直ぐに隠しなさい」
そう命じれば、使用人達が慌てた。
あいにくと公爵を失った今、公爵家にはカスペルの暴走を止められるものはいない。 なら、壊されても大した被害のないものを犠牲に、壊されてまずいものをしまうのが最善なのだ。
直ぐにでも、書類を神殿に提出し騎士団に警備を頼みたいところだけれど、これがそう楽な話ではない。 法的な効果を与える神の前での契約は、神殿にとって稼ぎ時であるため、もったいぶられ、多額の寄付を請求される。 神殿への寄付金額の少ない私では、面会まで10日、申請書類の処理まで10日と言うところだろうか? 一気に寄付を積むと言う方法もとれるが、こっちが焦っているほどに足元を見てくるでしょう。
それに加え、カスペルの母親が毎年多額の寄付を神殿に行っている事は、こちらにとって非常に不利な状況と言わざるを得ない。
私室に戻るなり、私は侍女達に部屋から出ていくように命じた。
「ですが、お着換えの手伝いを」
年若い侍女がオロオロと狼狽えた様子で告げれば、ケインがニッコリと侍女に微笑み、甘い声で侍女に告げる。
「選びなさい。 知らないと言って逃げる事が出来る立場。 白状してもしなくてもヤバイ立場」
部屋の外と内とを指さしながら言えば、ハッとした様子で侍女は部屋から出て行った。
「意地悪な人ね」
私の言葉に、ケインは肩をすくめながらも笑いながらいう。
「世間では優しい男と評判なんですよ」
私は紅茶に濡れた服を脱ぎだせば、ケインは濡れタオルを準備し差し出す。 着替え中にケインがいる事は気にしてはいけない。 ケインは慣れた様子で硬く結い上げた私の髪をとき、サイドの髪をつまみ編み込みまとめ、リボンで飾りつける。
「余計なことに時間をかけないでよ」
「いえ、少しぐらいは可愛げを見せた方が、人は味方になってくれるものですよ」
「ソレを言うなら、カスペルにぶたれた頬がいいアクセントになってくれるでしょう?」
カスペルの暴力には慣れており、避けた事に激情されない程度の傷は残しつつも、ダメージは十分に抑え込んでいるのだ。
「愛らしい少女がぶたれるのと、態度の大きい少女がぶたれるのと、人はドチラを擁護したくなるかと言う単純な話です」
そう言って、生前公爵が買ってくれた愛らしいドレスを私につき付けた。
「荷物はコチラでまとめますので、着替えて下さい」
「本当にこれを着ますの?」
亡き公爵は、乱暴者な息子ではなく、可愛い娘が本当は欲しかったんだと言いながら、幼い頃から愛らしいドレスを私に着せ、親子ごっこを定期的に楽しむと言う趣味があったのだ。
「駄々をこねる時間など残っていると思わないでください」
厳しい口調で言われれば、私は肩をすくめドレスに袖を通しながら、ケインに話しかける。
「神殿への寄付金上位者で味方になってくれそうな人は?」
「輸入商をなさっている公爵の弟君エーリク様であれば、毎年多額の寄付を行っているはずです」
「エーリク様と言えば、合理的な物の考え方をなさる方。 協力いただけるはずです。 ついでに身の安全のため、保護を願いましょう」
そうして、私とケインは、サインを奪取してから30分程度の時間で屋敷を後にするのだが、その際に使用人の各責任者にはこう伝えた。
「カスペルが私達の行方を聞いたなら、行方は知らないが馬車に乗って街の方へと向かったと伝えなさい。 執務室を荒らされるなら、私とケインの部屋を犠牲に誘導をお願いします」
使用人と屋敷、業務上の書類を守るために必要な指示なのだ。
「私の部屋もですかっ!?」
「何、何か不味い事でも?」
「……いえ、長年集めたコレクションが……」
遠くを眺めながらも、馬車の御者席に身を置くケインだった。
「労災費用で、補償するわよ……」
「絶対ですからね!!」
「えぇ、約束するわ!」
この時の私は、大量の官能小説の保証をさせられるとは、考えてもいなかった。
私達が、これほどまで慌てたのには理由がある。
状況を理解しきれていないカスペルを罠に嵌めた形での書面。 彼が母親に会いに行っているのであれば、直ぐにでも書面の無効を訴えてくるのは予測できたためだ。
コレで申請書を神殿に提出し、神の前で契約の儀式を行い神印が押される事で法的な効果を持つことになる。
ようするに、今の状態の書類では法的には意味を持たないと言うことだ。
「ちょっと厳しいかなぁ……」
私とケインは重要書類を隠し棚に隠し、執務室に厳重に鍵をかけて自室へと足早に向かった。
赤くなり腫れた頬、紅茶でぬれ茶色のシミがついた服を見た侍女が、ケガの手当てをとか、お風呂の準備をしますと言うが、そんな悠長に構えている訳にはいかないのだ。
「オマエ達は、壊されて困るようなものを直ぐに隠しなさい」
そう命じれば、使用人達が慌てた。
あいにくと公爵を失った今、公爵家にはカスペルの暴走を止められるものはいない。 なら、壊されても大した被害のないものを犠牲に、壊されてまずいものをしまうのが最善なのだ。
直ぐにでも、書類を神殿に提出し騎士団に警備を頼みたいところだけれど、これがそう楽な話ではない。 法的な効果を与える神の前での契約は、神殿にとって稼ぎ時であるため、もったいぶられ、多額の寄付を請求される。 神殿への寄付金額の少ない私では、面会まで10日、申請書類の処理まで10日と言うところだろうか? 一気に寄付を積むと言う方法もとれるが、こっちが焦っているほどに足元を見てくるでしょう。
それに加え、カスペルの母親が毎年多額の寄付を神殿に行っている事は、こちらにとって非常に不利な状況と言わざるを得ない。
私室に戻るなり、私は侍女達に部屋から出ていくように命じた。
「ですが、お着換えの手伝いを」
年若い侍女がオロオロと狼狽えた様子で告げれば、ケインがニッコリと侍女に微笑み、甘い声で侍女に告げる。
「選びなさい。 知らないと言って逃げる事が出来る立場。 白状してもしなくてもヤバイ立場」
部屋の外と内とを指さしながら言えば、ハッとした様子で侍女は部屋から出て行った。
「意地悪な人ね」
私の言葉に、ケインは肩をすくめながらも笑いながらいう。
「世間では優しい男と評判なんですよ」
私は紅茶に濡れた服を脱ぎだせば、ケインは濡れタオルを準備し差し出す。 着替え中にケインがいる事は気にしてはいけない。 ケインは慣れた様子で硬く結い上げた私の髪をとき、サイドの髪をつまみ編み込みまとめ、リボンで飾りつける。
「余計なことに時間をかけないでよ」
「いえ、少しぐらいは可愛げを見せた方が、人は味方になってくれるものですよ」
「ソレを言うなら、カスペルにぶたれた頬がいいアクセントになってくれるでしょう?」
カスペルの暴力には慣れており、避けた事に激情されない程度の傷は残しつつも、ダメージは十分に抑え込んでいるのだ。
「愛らしい少女がぶたれるのと、態度の大きい少女がぶたれるのと、人はドチラを擁護したくなるかと言う単純な話です」
そう言って、生前公爵が買ってくれた愛らしいドレスを私につき付けた。
「荷物はコチラでまとめますので、着替えて下さい」
「本当にこれを着ますの?」
亡き公爵は、乱暴者な息子ではなく、可愛い娘が本当は欲しかったんだと言いながら、幼い頃から愛らしいドレスを私に着せ、親子ごっこを定期的に楽しむと言う趣味があったのだ。
「駄々をこねる時間など残っていると思わないでください」
厳しい口調で言われれば、私は肩をすくめドレスに袖を通しながら、ケインに話しかける。
「神殿への寄付金上位者で味方になってくれそうな人は?」
「輸入商をなさっている公爵の弟君エーリク様であれば、毎年多額の寄付を行っているはずです」
「エーリク様と言えば、合理的な物の考え方をなさる方。 協力いただけるはずです。 ついでに身の安全のため、保護を願いましょう」
そうして、私とケインは、サインを奪取してから30分程度の時間で屋敷を後にするのだが、その際に使用人の各責任者にはこう伝えた。
「カスペルが私達の行方を聞いたなら、行方は知らないが馬車に乗って街の方へと向かったと伝えなさい。 執務室を荒らされるなら、私とケインの部屋を犠牲に誘導をお願いします」
使用人と屋敷、業務上の書類を守るために必要な指示なのだ。
「私の部屋もですかっ!?」
「何、何か不味い事でも?」
「……いえ、長年集めたコレクションが……」
遠くを眺めながらも、馬車の御者席に身を置くケインだった。
「労災費用で、補償するわよ……」
「絶対ですからね!!」
「えぇ、約束するわ!」
この時の私は、大量の官能小説の保証をさせられるとは、考えてもいなかった。
私達が、これほどまで慌てたのには理由がある。
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