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163 ザムザリア王都襲撃

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◆???視点

「――止まれ!」

 街の門にさしかかったところで、門番に行く手を塞がれた。

 ザムザリア王国王都ザルバックは、北大陸最大の都市だ。
 人口は二十万を超えている。
 堅牢な城塞都市で、中心街を高い城壁がぐるりと取り巻く。
 城壁には、東以外の三方向に門がある。

 いま、黒い外套をまとった男が制止されたのは、南の門の前だった。

 フード付きの黒い外套をかぶった男だ。
 伸びすぎた金髪と、長いこと剃られていない無精髭、落ち窪んだ眼窩と、それと不釣り合いにギラギラと輝く青い瞳。
 男の鬼気迫る迫力に、男を制止した門番のほうがたじろいだ。

 だが、よく見ると、男の外套は肩の部分が垂れている。
 男には腕がないのだと、門番はすぐに気がついた。

 ならば、この男をおそれる必要はない。
 たとえ魔術士だったとしても、この距離では剣のほうが早い。
 門番は兵の中でもまずまず剣の腕が立つほうだ。

(なにビビってんだ。こんなやつなんとでもなるさ)

 門番は自分に言い聞かせ、男へと近づいた。

「……なんだ?」

 不機嫌そうに、男が言った。

「なんだとはなんだ。ここを通るには通行証が必要だ」

「通行証……」

 男は、それがなんだかわからないかのようにつぶやいた。

「そうだ。知らないのか? ザルバックの旧市街に入れるのは身元のたしかな者だけだ。それ以外の者は城壁の外の新市街に行くがいい。たいていの用件はそっちで片付く」

「俺は、城に用があるんだがな」

「城に? なにか約束でもあるのか?」

「そんなものはない」

「なら通せない」

 門番は、目の前の男が不気味に思えてしかたない。

 だが、門番をやっていると、一定の割合でおかしなやつがやってくる。
 自分は王に呼ばれていると言い張ったり、自分は高貴な生まれだと信じ込んでいたり、王が自分のことを監視している、すぐにそれをやめさせろと訴えたり。
 要するに、狂人のたわごとだ。

(こいつもそのたぐいだろうな。やれやれ……へたにつつくと暴れ出したり騒ぎ出したりするからな)

 高圧的にはねつけるだけではなく、穏便にお帰り願うのも門番の仕事だ。

 が、

「そうか。残念だ」

 男は、おもいのほかあっさりと引き下がる。

 門番がほっと息をつきそうになった、その瞬間。

「がはっ!」

 門番は、首をなにかで締め付けられ、身体を宙に持ち上げられていた。

(な、にが……)

 門番は自分の首元を見る。

 そこには、青白い光の腕があった。
 男の外套がはだけ、そこから光を寄せ集めて作ったような半透明の青白い腕が伸びている。
 実体があるようには見えない指先が、門番の喉元に食いついて離れない。

 門番の両足は宙に浮いていた。
 なんとか逃れようと、門番が両足を激しくばたつかせる。

 その反動で、男のフードが外れた。

 伸びた金髪と無精髭のせいで気づかなかったが、門番はその顔に見覚えがあった。

 城で見た顔だ。

 それが誰だったのかを思い出そうとして、ようやく気づく。

「き、貴様は……クレティ……」

 男は、喜悦に歪んだ顔で、門番の喉を握りつぶした。



「くくっ、通行証、ねえ」

 男が笑う。

「神の代理人たるこの俺に、通行証が必要だと? ふははっ、馬鹿もここまでくると笑えるな」

「貴様!」

 周囲にいた他の兵たちが異常に気づき、男に槍を向けてきた。

 男がたたずむあいだに、さらに兵が集まってくる。
 兵たちは男を取り囲み、槍の穂先を男に向ける。

「……これだけか?」

 男がつぶやく。

「なんだと?」

「この程度なら、難易度を下げるまでもないだろう。いや、逆に上げておこう。高難易度で倒したほうが成長が早いようだからな」

「な、なにを言っている?」

「そ、そいつ! クレティアスじゃないか!? もと近衛騎士で指名手配中の……」

 兵たちが男の正体にようやく気づく。

「そのまま突いてこい」

 クレティアスが言った。

「……はぁ?」

「そのまま突けと言っている。こうだ」

 クレティアスは、青白い光の手で一本の槍の穂先をつかんだ。
 その穂先をぐいと引いて自分の胸に近づける。

「狂ったか、クレティアス!」

「なにを言う。狂っているのは貴様らだ。神の代理人に槍を向けているのだからな」

「か、神の代理人だと? それは陛下のことだ! 貴様、特派騎士としての立場を利用して狼藉を働いただけでは飽き足らず、神聖なる国王陛下をも侮辱するか!」

「気に障ったか? ならば突け。さぁ、さぁ!」

 クレティアスが槍へと身を乗り出す。
 穂先がクレティアスの胸に近づいた。
 クレティアスは鎧をつけていない。
 鋭利な穂先はぼろぼろの服を裂き、クレティアスの胸から血が流れる。

「くっ……ほ、捕縛しろ!」

 兵のリーダー格がそう命じた。
 槍のあいまから、さすまたが二つ差し込まれる。
 クレティアスの前後からさすまたを使って動きを封じようというのだ。

 だが、

「つまらんな。これでは訓練にもならぬ」

 クレティアスが動いた。

 兵たちが反応し、槍を突く。
 捕らえろと言われたばかりだったが……兵たちは怖かったのだ。
 目の前の男が。
 それは、ほとんど本能的な恐怖だった。

 一瞬で槍の包囲網が狭まった。
 槍は互いにぶつかりあい、甲高い金属音を響かせる。

 その中心で串刺しになっていたのは、もちろんクレティアス……ではなかった。

「ぐ、ぐふっ……」

 串刺しにされ、血を吐いて絶命したのは、クレティアスに槍の穂先を握られていた兵だった。

 仲間を殺したことに兵たちが動揺する。

 その背後に、青白い光の腕を持ったクレティアスが立つ。

「インフェルノ、のはずだがな。この程度の相手では、もはやこの難易度でも物足りん」

 青白い二本の腕が宙を走る。

 兵たちの全身に斬線が刻まれた。
 十人を超えていた兵たちは、その線に沿ってバラバラになり、濡れた音を立てて一斉に地面へと崩れていく。

「ひ、ひぃぃっ!」

 背後にいて運よく生き残った兵が悲鳴を上げる。

 その兵は、頭から股間までを縦一文字に斬り裂かれ、臓腑を撒き散らしながら左右に倒れた。

 クレティアスは、左右の腕をたしかめる。
 腕は、肘から先が薄刃の剣のように変形していた。

「きゃああああ!」
「うわああああ!」

 周囲で悲鳴が上がった。
 昼日中ひるひなかの門の前だ。
 あたりには商売人や奉公人などがたくさんいる。

「こいつらも殺すか? いや、経験としては不味すぎる。だが、ドロップアイテムにはなるか」

 クレティアスの姿が消えた。
 次の瞬間には、門の前に静寂が戻っていた。
 バラバラと血肉となって崩れ落ちる市民たち。
 血の沼のただなかに、クレティアスはつまらなそうに立っている。

「民間人ではよくてポーションだな。
 やはり、あそこまで行かなくては経験にもならんし、いいドロップアイテムも引けないか」

 クレティアスは、門の奥に見える城に向かって歩き出す。
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