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学院編 12 悪役令嬢は時空を超える 

365 悪役令嬢は古い本に絶叫する

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「……はあ」
ハロルドの私室に入ったマリナは、ベッドに座って途方に暮れていた。
「お兄様って、意外に物を持たない主義なのね」
机の中にあったのはペンなどの文具が少しだけで、まっさらな便箋と封筒がそのまま残っている。書きかけの手紙はない。そもそも、あまり手紙を書いた形跡はないようだ。

「マリナに宛てた出せないラブレターとか、激甘の日記とか見つかるんじゃない?」
「……可能性、大だね」
「ダメよ、そんな秘密の……ちょ、ちょっとだけなら見てもいいよね?」
と妹達は『思わぬ収穫』を期待していたようだった。
――何を考えているのよ。
机の引き出しからは、植物の品種改良について書いたと思われるノートが出てきた。病害虫に強い品種に、寒さに強い品種といった具合である。
「関係ないか……うーん、一応持って行こうかしら」
机の捜索を諦め、マリナは書棚の本を片っ端から開いてみた。
「……何もないわね。……あら?」
小さめの本を取り出して戻すと、棚の奥に何か、引っかかるものがある。本が奥まで入らないのだ。椅子を近くに寄せて、靴を脱いで上がって棚の奥を覗く。
「何かしら……瓶、よね?」
黒い小瓶が隠れていた。蓋のコルク栓には封印がなく、一度開封された形跡がある。ラベルには見覚えのある筆跡で名前が綴られている。
「……『ユーデピオレ』?」
瓶を傾けると細かい粒が掌に落ちる。
「種だわ。どうして本棚に?」
マリナは種を瓶に入れ、零れないように蓋をしてから、書棚に視線を戻した。農作物の品種改良が趣味で、普通科三年時に行う個人の研究でも植物を扱っている義兄の部屋なら、植物図鑑の一冊や二冊はあるはずだ。

図鑑を開いて、ユーデピオレの項を読む。解毒作用があるが、とても貴重なため一般には出回っていないとある。ハーリオン家の財力なら希少な種も購入できなくはないだろう。
「……どうして、お兄様が解毒剤を?」
引っかかるのはそこだった。毒殺される心配がある王太子のセドリックならまだしも、一侯爵家の、分家筋から迎えた養子である。ハロルドに解毒剤が必要な理由が分からない。皆に相談しようと、マリナは小瓶と図鑑とノートを持って部屋を後にした。

   ◆◆◆

「報告書は、これで本当に全部?」
「はい。書庫に納められていた全てです」
アリッサは机の上に重ねられた冊子を一つ手に取り、ぱらぱらとページをめくって唸った。
「……アリッサ様?」
リリーが心配そうに様子を窺う。温和なアリッサの眉間に皺が寄っている。領地からの報告書に目を通すと言い出した彼女のために、リリーはロイドに言いつけて書類を運ばせたのだ。
「図書館で報告書を見たのよ。うちの領地と、その近隣のね。うちの領地はどこも、この数年苦しい経営が続いているけれど、その隣では全くそんな様子はないのよ」
「ハーリオン侯爵家の領地だけが、不作なのですか?」
「そうなの。おかしいでしょう?コレルダードの作物の収量は、この報告書だと十年前と比べて半分以下になっているの。でもね、同じ川の上流や下流の地域では、同じ作物を作っていても収量が減らないどころか増えているのね。そんなことってあるかしら?」
「さあ……局地的な病気の流行でしょうか。害虫の発生ですとか」
「私もその可能性は考えたわ。収量が激減したのが三年前、その後で川の下流域に感染が拡大していってもおかしくないのに……」
「私にはよく分かりませんが、アリッサ様がおかしいと感じられたなら、皆様にご相談なさるべきかと存じますわ」
アリッサは頷いて、報告書を居間に運ぶようにロイドに言った。彼女が居間に姿を見せた時、既に三姉妹は成果を持って集まっていた。

   ◆◆◆

「おお、よく来たね、アリッサ!」
一人掛けの椅子に脚を組んで座り、ジュリアはまるで王者の風格を漂わせている。
「ジュリアちゃん、どうしちゃったの?」
驚いて何度も瞬きを繰り返すアリッサに、無表情のエミリーがぼそりと告げる。
「……いつものハッタリに決まってる」
「なあんだ」
「ちっがーう!今度という今度は、私の探索能力の前にひれ伏すがいい!はーっはっはっは」
マリナがこめかみを押さえて椅子の肘掛に凭れた。
「……ということだけれど、ジュリアから先に報告してもらっていいわよね?」
「いいよ?」
「……別に」

「これよ!」
長椅子に座ったアリッサとエミリーの前に、ジュリアは書斎で見つけた運航表のメモを置いた。
「……で?」
「で?じゃないよ。これ、すっごく大事なことだと思うんだよね」
「見たところ、ビルクール海運の定期便……私達の名前がついた船の運航表ね」
「今言おうと思ってたのに!」
ジュリアがつまらなそうに口を尖らせる。
「ごめんなさい。だって、一目瞭然じゃない?」
「これのどこが、大事なの?」
アリッサの問いかけに、ジュリアは二つ咳払いをして、
「よくぞ聞いてくれました。いい質問だね、アリッサ君」
とふんぞり返って言う。
「方法はよく分かんないんだけどさ、アスタシフォンの港に荷物が届いた日時って、どうにかして調べられないかな?怪しい荷物はうちの船が下ろしたのではないって分かれば、お父様の疑いも晴れると思うんだ」
「運航表と照らし合わせるのね?」
「そ。明らかにうちの船が海の上にいた時刻に、怪しい荷物が陸揚げされたって分かればさ、その時刻に港にいた船が怪しいじゃん」
「簡単にはいかないと思うなあ……」
「私も」
難色を示したマリナとアリッサに、ジュリアは腰に手を当てて食って掛かる。
「天候の影響で入港が遅れることもあるし、ビルクールからの出港が遅れることもあるわ」
「うっ……」

ドサッ。
「じゃあ、これでどう?」
机の上から持ってきたのは、分厚い綴りだった。開くとぎっしり文字が書きこまれている。
「なあに?お父様のメモ?」
「ううん。違う。ジョンから借りたの。ジョンの備忘録ってとこかな。毎朝、お父様から様々な指示を受けるでしょ、ジョンも歳だから時々忘れそうになるんだって。で、こうやって紙に書いてるの。この中にビルクール海運本社への指示も含まれてるのよ」
「つまり、ビルクール海運が不正を行っているとしても、お父様の指示かそうでないか、これで分かるってことなのね?」
「正解!さぁっすが、マリナ。お父様が悪いことをしたって捕まってるのは、アスタシフォンとの貿易絡みだからさ、お父様が悪いのか、ビルクール海運が悪いのか、それとも他に悪い奴がいるのか、この三つのどれかだと思うんだよね。だから、ジョンの備忘録とビルクール海運本社の動きを照らし合わせれば……」
「……お父様の指示以外の活動に問題がある」
「そうそう。ね?私の捜索テクニックもなかなかのもんでしょ?」
三人をぐるりと見て、ジュリアはにっと歯を出して笑った。

「……とそうそう、これ」
「ん?」
ジュリアが出した本に三人は注目した。
「随分傷んでるねえ」
本を大切に扱うアリッサは、悲しそうに眉を八の字にした。
「お父様の書斎にあった、一番ボロい本。これ、へそくりが隠されていそうじゃない?」
「……確認したの?」
「してないよ。皆で開けてみない?見つけたら山分けってことで」
「ダメよ。少しでも使用人の皆の手当てに回したいわ」
「マリナちゃん、いいこと言うね」
「はいはい。じゃ、開けて見るよ?……あれ、エミリーは?」
気づくと末妹はドアへ向かって歩いていくところだった。
「……私、知らなかったことにするから。じゃ」
三人に微かに笑いかけ、エミリーは転移魔法で姿を消した。
「どうしたのかしら?」
「さあ?眠いんじゃない?魔法薬作りって魔力使うし。……開けるよ、それ!」

寝室に転移魔法で戻ったエミリーの耳に、居間から絶叫が聞こえてきた。
「……だから、やめておけばいいのに」
廊下を使用人達が慌ただしく走る音がする。主不在の今、その娘達に何かあってはならないのだ。
「ま、大丈夫でしょ」
天井目がけて魔法球を飛ばし、エミリーはベッドに寝転んだ。
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