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学院編 8 期末試験を乗り越えろ

235 悪役令嬢は追いかけっこをする

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「信じらんない!アレックスの奴!」
ジュリアが逃げ込んだ先は医務室だった。
学院内で恋愛相談のスペシャリストと名高いロン先生は、今日も気だるそうな雰囲気を漂わせ、着崩したローブとシャツから見える肌から無駄な色気を垂れ流している。
「で?エロいって言われて逃げたのね」
「酷いよ。皆の前であんな」
「アレックスはあんたを素晴らしいって言いたかったんでしょうよ。あの子も言葉が上手に使えないから、誰かがエロいって言ったのをそのまま……」
「意味を分かってないってことですか?」
「んー。分かってるとは思うよ。あれでも思春期の男子だからねえ。エロい愛読書の一冊や二冊、寮の部屋にあるんじゃないの」
――エロ本……。こっちの世界にもあるんだ……。

「話を聞く限りじゃ、アレックスはアイリーンよりあんたの方が好みだってんだから、自信を持ちな」
「自信を持つ?私、自信を失くしてなんか……」
「愛されてる自信がないから、彼氏の一言に揺らいじゃうんじゃない?アイリーンと浮気したわけでもないのに、アレックスの気持ちが向こうにあるって決めつけてさ」
――確かにそうかもしれない。
「私達を宥める時に、レナードが言ってたんです。アレックスはアイリーンより私に……欲情するみたいだって……」
言葉にするのも恥ずかしい。ジュリアはいつもの元気な調子が出なかった。
「ああー、だから振り払って逃げてきたの。エロいって言われたのが原因じゃないのね」
「エロいって言われたのも嫌だったの!……でも、アレックスが欲情するのが私だって聞いたら……」
「ドキドキしちゃった?」
顔を傾けて、ロン先生はうふふと笑った。
「……はい」
「あんた達、幼馴染なんだっけ?」
「そうです」
「お友達の延長で恋人になったら、急に彼氏が男だって意識させられて焦った。……違う?」
――!!
驚いて固まっているジュリアを見て、ロン先生は満足したらしく、さらに笑みを深めた。
「いいわねー。初々しい恋愛話って大好物よ、あたし。……じゃ、さっさとワケ話して和解しておいで」
ジュリアの肩をぽんと叩き、手をひらひらさせて追い払うような仕草をする。
「ロン先生、話は……」
「さあ、行った行った!あたしは忙しいんだからね」
――暇で暇でしょうがないって言ってたのは誰よ!
医務室から追い出され、背後でドアが閉められた。
「どうし」
「ジュリア!」
ようかな……と続ける間もなく、遠くから大好きな声がした。

   ◆◆◆

「アリッサさん、転移……こ、ここは?」
周囲が薄暗いと気づいたキースが、きょろきょろと辺りを見回す。
「学院の裏手の木立。ここに猫が住んでるの」
「猫……」
「今日の放課後、私、猫になる」
「はあ!?」
もう少しで顎が外れそうだな、とエミリーはキースをまじまじと見つめた。
「知らない?動物使役魔法」
「闇魔法の一つですよね」
「精神だけを動物に乗せるの。虫は嫌だから、せめて猫に」
「猫になって勉強会に潜りこむんですか?自習室に入れるかなあ……」
「かなあ、じゃない。……キースが抱いていくのよ」
「僕が?……エミリーさんを?」
――私ではなく、正確には猫を、だけど。
「うん」
「エミリーさんを……」
キースは何やらぶつぶつ言っている。大丈夫だろうかと目の前で手を振ると、はっと意識が戻ってこちらを見た。
「……身体は医務室に置かせてもらう。猫はキースが捕まえて教室に連れてきて」
「はあ!?」
再びキースの顎が外れそうだなとエミリーは思う。
「……私、捕まえるの苦手なの。お願い」
自分でもあざといかなと思うほど、表情筋をフル活用してエミリーは微笑み、キースが真っ赤になって口をパクパクしたのを確認して、一人だけ転移魔法で教室に戻った。

   ◆◆◆

「ジュリア!待てってば!」
「来ないで!」
ダダダダダダダダ……。
医務室の前から走り通しで、二人は校内を追いかけっこしていた。
ジュリアにとっては『追いかけっこ』と呼べるような遊びではない。アレックスが近くに来ると思っただけで、先ほどの抱擁未遂を思い出して身体が火照るのだ。
――私、変になっちゃった。アレックスと普通にするなんて無理っ!
「どうして、逃げるんだよ!」
「気にしないで!教室に帰って!」
瞬発力はジュリアが上回るが、持久力はアレックスの方が数段上だ。耐久勝負に持ち込まれたらアウトだ。追いつかれてしまう。
アレックスは訓練になるとしつこい。特に、勝負で負けると何度も戦いを挑んでくる。この追いかけっこが勝負だと彼が認識すれば、間違いなくジュリアを負かす、つまり、追いつくまでやめないだろう。
――諦めないか。仕方ない。
いつまでも走っていられない。先生に見つかって説教を食らうのが関の山だ。
廊下の角を曲がったところで、ジュリアは足を止め、壁に凭れて彼を待った。アレックスは廊下を曲がって少し行き過ぎてから、先にジュリアがいないのに気づき、こちらを振り向いた。
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